11.僕は食後のケーキ君(4)
「先に行きますよ」僕はカナタさんを置き去りにして、そのまま進んだ。近くにいるのが恥ずかしいというのもあるが、誰のためにやってるのだ? という想いも強かった。僕だって疲れているのだ、早く終わらせて帰ろう。
ひとりになったのをいいことに、かなりの早足で進み、細い路地の前に着いた。ここを五十メートルほど行けば、目的地だ。
僕は路地の先を覗きこんだ。
廃墟のような文化住宅の壁に挟まれたその道は薄暗く、アスファルトの割れ目から雑草が伸びていた。タバコの吸殻や空き缶も散乱しており、腐敗臭が鼻をつく。近道ていどのメリットでは、入る気にはなれない道だ。
だからこそ、誰にも見つからず噂が途切れてしまったのだろう。占いのターゲット層である女子大生が、偶然見つけられるような場所ではない。
もし、この先に『北極星の母』がいたとしたら、こぐま座をなぞって移動しているのは「話題作り」だとした僕の考えは改めよう。「話題作り」の結果、客足が遠のいてしまっては本末転倒なのだから。だとすると、手順とか、ゲン担ぎといった意味あいになるだろうか。
路地を進んで文化住宅を抜けても、何かの建物に囲まれた細道であることは変わりなく、それは続いていた。さらに歩くと人影らしきものが見えて、「やっと!」と僕は興奮したが、立て看板だと気づいて息を吐いた。
看板の位置まで進むも、やはり『北極星の母』はいない。地図アプリを起動し、この位置が最後のポイントであることを念のため確認した。
場所は間違いないようだが……。
僕は改めて看板を見た。どぎついピンクの下地に赤で『ピンク屋』と書かれている。さらに側面には電飾がほどこされ、やはりピンクに光っている。夜の歓楽街でさえ、こんなにも露骨でけばけばしいものは珍しいのではと思った。
立て看板の横には、安っぽいスチール扉がある。おおよそまともな店とは思えないが、ここで訊くしか選択肢はなさそうだ。僕は大きく息を吐いてから、ドアノブに手をかける。その直後、ガッと脳天に衝撃が走った。
「まさし、まさし」との声で、僕はハッとした。
「ここはっ!? いったいなにが!?」声の音階がはずれる。僕は混乱していた。
「大丈夫、私がいるから。落ち着いて」カナタさんが微笑んでいる。
いくぶんか落ち着き、状況が認識できてきた。僕は今、カナタさんに膝枕してもらい、仰向けに横たわっている。身体のほうは重く痺れ、満足に動かない。
最後に覚えているのは、ピンク屋のドアに手をかけたところで、頭部を駆けた衝撃だ。スタンガンでも喰らったのだろうか?
「起きれる?」カナタさんが覗き込むように僕を見た。
「すいません。まだ、ちょっと」
「うん、いいよ」カナタさんは僕の額を優しくなでてくれた。
「僕が先に行ってから、どれくらい経ちました?」
「少し休んで、だらだら歩いてきて、倒れている正志を見つけて……結構経ってるんじゃない?」
よくわからない答えだった。かろうじて腕は動いたので、スマホをだして時間を確認した。三時半、逆算すると三十分近く気絶していたことになる。
身体の具合を確認しながら、「どうして僕はこんな目にあわされたのだろう?」と考え始めた。もし、カナタさんがひとりでここに来ても、同じことが起こったのだろうか?
「悪いけどさぁ。こんなとこで、いちゃつかないでくれる?」
不意に男の声がして、僕は視線を向ける。二十代半ばであろう男がコンビニのビニール袋を片手に、こちらを見下ろしていた。派手なシャツにサングラス、気取った茶髪パーマ、ホスト風の軽薄そうな男だった。
「そんなんじゃなくて、気分悪くしてるんだって!」カナタさんは苛立ちを隠さずに返す。
「あっ、そう。まあ、道の真ん中だし、ほどほどにしてね」
男は口元をにやりとさせながら、通せんぼしていた僕の身体をひょいっと跳び越え、看板横のスチール扉を開けて中に入った。この店の関係者なのだろう。
「『北極星の母』はいませんでしたが、目撃情報はあると思います。さっきのヒトに訊いてみましょう」
僕はいいながら身体を起こそうとしたが、うまく力が入らず途中で崩れ、カナタさんによりかかった。ぐったりした僕の身体を、カナタさんは抱きしめて支えてくれた。
「大丈夫?」
「すいません。もうしばらくすれば回復すると思います。そうしたら、『北極星の母』を……」
「もういいの、帰ろ!」遮るようにカナタさんがいった。
十五分ほどで、ひとりで立てるぐらいには回復した。カナタさんから身体を離すさいに、少し名残惜しく感じた。僕にはシスコンの気でもあるのだろうか?
何度かカナタさんの肩を借りながら、駅まで歩いた。それにしても僕はいったい誰に、なんの目的で、こんな目にあわされたのだろう?




