愛しの彼は左利き
ある村のそばに、突然モンスターの群れが押し寄せてきた。
どこからか逃げてきたのか、それとも侵略のためにやってきたのかは分からないが、その地に住む人間たちにとって脅威であることは変わらない。
やってきたモンスターたちは数が多い上に種族もばらばら。
ゴブリン、ホブゴブリン、オーク、リザードマン、歩く茸、オーガ……などなど。
異種族が混ざり合っているからか、モンスターたちも大して連携がとれてないということ。それと大型モンスターがいないことが、人間側にとってわずかな救いとなっていた。
◇◆◇◆◇
村を囲う小さな柵の内側で、一人の女が不安を顔に貼り付けて外を眺めていた。
恋人の男が、モンスターたちとの戦いに赴いているのである。
恋人は多少剣が使えることと、左利きという以外に大して特徴のない男だったが、それでも女にとって愛する存在であることに変わりはない。
どれくらいそうしていただろうか。
今では陽も落ちかけ、あたりを薄闇が支配しはじめていた。
下がってきた気温が女の肩をぶるると震わせる。
しかしそれでも村の屋内に戻ろうとしない女の背後から、足音が近づいてきた。
「心配なのは分かるが、そろそろ休め。ずっと起きてるじゃないか」
「父さん……」
振り向いた女の目に、悪い足をかばうように杖をついている自分の父の姿が映った。
「大丈夫だ。村の男たちだけでなく、駆けつけてくれた冒険者たちだって戦ってくれている。お前の彼氏だって無事に戻って来るさ」
女の父はくやしそうな表情を顔に浮かべている。
足が悪くて彼らと一緒に行くことのできなかった自分を責めているのだろうと、女は父の心中を察した。
「うん、そうね……」
女はもう一度、彼氏に思いをはせて村の外側へと向き直る。
――お願い、必ず帰って来て……!
そう強く念じたその時、何かの音が彼女の鼓膜を震わせた。音の発生源は村の内側からではない。
はっとした女はとっさに父を振り返った。父の顔にも緊張が張り付いている。幻聴ではないのは確かなようだ。
耳を澄ます女に聞こえてきた音の正体は、どうやら大勢の足音のようである。女は暗がりを見通そうと目を凝らす。
薄闇の中、遠くにいくつものシルエットが見えた。
二本足の集団が、ゆっくりとこちらに近づいて来る。
――人間? それともモンスター?
とにかく村人たちに知らせようと、女と父親はその場を離れようとするが。
その時、女は気づいた。
先頭にいる人影が、左手に剣らしきものを持っていることに。
瞬間、そのシルエットが自分の恋人と重なって見えた。
歓喜の声が女の口からあふれ出る。
「左手に剣を持ってるわ! きっと彼よ! 無事だったのね!」
女は顔に笑みを浮かべ、柵を乗り越えて駆け出した。疲れきっているであろう、愛しい恋人を迎えんがために。
なお、リザードマンというモンスターは一部の学者たちに左利きなことで知られている。




