スフィンクス
「そこの者よ」
峠を通りかかった旅の男が、何者かに呼び止められた。
突然の呼び声にびっくりし、きょろきょろと左右を見回す男。
「何か良い謎かけはないか?」
続くその言葉と共に、男のそばにある大きな岩の上に、のそりと大きな影が現れた。
仰いだ旅人の目に映ったのは、彼がこれまでに見たことのない異形であった。
ライオンのような胴体と四肢を持ち、その背には白い鳥の翼が生えている。
顔は美しい人間の女性であり、首のすぐ下には一対の大きな乳房が実っていた。
学者たちからスフィンクスと呼ばれるモンスターである。
男は恐怖に怯えてその姿をただ見返すしかなかったが、見下ろす瞳に敵意がないことを悟るとおずおずと口を開けた。先ほど投げかけられた問いを思い出したのである。
「よ、良い謎かけ……ですか?」
男の確認に、スフィンクスはこくりとうなずく。
「うむ。我々スフィンクスに代々伝わっている有名な謎かけがあるのだが、わたしはその謎かけを出題するのに飽きてしまったのだ。お前も耳にしたことがあるだろう。朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足で歩く者は何か? ……という謎かけを」
スフィンクスを見たことがなかった男も、彼女の指摘の通りその謎かけのことは聞いたことがあった。
未だにびくびくしている男をよそに、スフィンクスは深々と嘆息する。
「それに、もはや有名になりすぎたせいで、その答えを知っている者も多いと聞く。それでは謎かけにならぬであろう?」
「た、たしかに……」
実際、男もその答えは知っていた。朝はハイハイの四本足、昼になったら二本足、夜は杖をついた三本足で歩く者……人間である。
スフィンクスはすがるように男へと顔を向けた。美しい人間女性の見目形をしたその顔を。
「そこで代わりとなる謎かけを探しているのだ。もしお前が素晴らしい謎かけを考えてくれたら、褒美を取らそう。代々伝わる金銀財宝の類だ。不満はなかろう?」
「ほ、本当ですか!?」
「うむ。種族の誇りにかけて、嘘はつかん」
スフィンクスの言葉を聞いた男は、たちまちやる気になった。褒美がもらえることに加え、美人の口から頼まれたということもやる気が上がった理由のひとつかもしれない。
さっきまでの恐怖も忘れ、彼女が納得するような謎かけを生み出すため熱心に頭をひねる。
やがて男は、スフィンクスの顔を見上げて思いついた謎かけを披露した。
「このような謎かけはいかがでしょう。……歩く時も立ち止まる時も座る時も、どこまでもついてくるものは何だ?」
期待感を宿して見下ろしていたスフィンクスの双眸が、たちまち失望の色に染まる。
「答えは影だな。つまらない謎かけだ。死刑に処す」
「は? ちょ、ちょっと待っ……」
宣告に違わず、スフィンクスは岩の上から男へと襲い掛かる。
スフィンクスは鋭い爪をもって哀れな犠牲者を引き裂き、その死体をむさぼり食った。
次の日。
スフィンクスは同じようにこの場所を通りかかった旅人の前に姿を現し、また同じように問いを投げた。
旅人はしばらく考え、やがて思いついた謎かけを自信満々に発表する。
「ポケットの中には何がある?」
「分かるわけないであろう。悪問だ。死刑に処す」
また新たな死体が生まれ、スフィンクスはぞんぶんに腹を満たした。
次の日。
やはり同様に、道行く旅人を呼び止めて問いかけるスフィンクス。
旅人はおそるおそるといった風情で、意見を述べた。
「投げ上げたコインを左右どちらかの手で素早くつかみ、どっちの手に入ってるでしょう……とかは?」
「わたしは知的な謎かけしか好まない。愚かな提案だ。死刑に処す」
哀れな旅人はたちまち犠牲者に名を連ねることとなった。
このスフィンクスの問いには決まった答えがないため、明らかにあの有名な謎かけよりも質が悪い。やがて過去よりも死者が多く発生する大事件となってしまう。
最終的にはモンスター退治の依頼を受けた冒険者たちがやってきて、知ではなく力で解決したのであった。




