美しい琥珀
いつも不思議に思っていた。
おばが、いつもどこからか質の良い琥珀を手に入れてくることを。
琥珀の素晴らしさに感嘆した客がもっと欲しいって言うと。
何だかちょっと困った顔をして。
でもしばらくするとまた琥珀を手に入れてきた。
やはり同じように美しい琥珀の塊を。
一度、冗談半分に琥珀を手に入れる方法を聞いてみたことがあるけど、トップシークレットよって言われてそれっきり。
おばはよく旅行に出かけていたが、その最中にどこかで琥珀の産地を偶然発見したのだろうか。
私はおばのことを、金脈を発見した山師のようにうらやましく思っていた。
しかしそんなおばも、ある日モンスターの襲撃に巻き込まれて亡くなった。
琥珀を売ることでお金には困ってなかったし、裕福な余生が約束されていたというのに、人生うまくはいかないものだ。
葬儀が終わってしばらく経ったある日、亡くなったおばの遺品を整理していたところ、とあるメモが出てきた。
情報をまとめると、どうやら未発掘の遺跡に関するメモのようだ。
しかも、どうやらそこに琥珀が大量に入手できる場所が隠されているようである。
「なるほど、その遺跡から琥珀を運びだしてたのね……」
確かに遺跡の奥にあるなら、他に誰にも知られることはない。琥珀の産地はまさに独り占め状態だったろう。あれだけの琥珀を確保できていたのも納得できるというものだ。
こんな美味い話を見逃すわけにはいかない。自分にもその利益を手にする権利はあるはずだ。もうおばはいなくなったのだから。
気になるのは場所が遺跡ということだが、荒事が得意ではなかったおばが出入りできたのだ。自分が行ってもそこまで危険なことはないだろう。
私は一度自宅に戻ると、旅装束を着て腰にナイフを差し、野営道具などが入った荷物を背負って、メモに書かれた遺跡へと向かった。
幸い遺跡はメモに書かれた通りの場所にあり、中に入ることへの障害も特になかった。
遺跡をしばらく進んでいくと、中の景色が少しずつ変わっていく。
どうやら、ここは何かの研究所だったようだ。
この研究所にも、さまざまな書類が残されていた。
幸い、昔の言語を読むことが可能な程度の知識は持っている。
私は机の上にまとめられていた書類を手に取り、ひとつずつ目を通し始めた。
「どれどれ……」
私に分かる範囲で推測すると、ここは植物に関する研究所だったようだ。
書類の書かれ方から分かったことだが、どうも研究所の主人が望むような研究結果は得られなかったらしい。
ただ、副産物を得ることが出来たとのこと。
――その副産物とは、琥珀である。
「やっぱりね! どこにあるのよ? その琥珀は」
私は肝心の情報を求めて書類を手早くめくった。
――琥珀は樹木が傷つけられた際に出てくる樹脂から生まれる。
――もちろん化石化するために長い時間を要するわけだが。
――ならば、その樹木とその周囲の環境を含めて、流れる時間を大幅に早めてやればどうだろう?
――琥珀もそれだけ早く完成するはずだ。
「なるほど……でもそんなこと出来るのかしら? 樹が枯れちゃうと思うんだけど……」
――そこで考えたことが、樹木のモンスター、トレントを利用することだ。
――トレントには寿命がない。鋭利な刃物でトレントを傷つけ、時間の流れを早める魔法装置の中で放置する。もちろん周囲の環境も整えて。
――これを行うだけで、一ヶ月もあれば見事な琥珀が出来上がる。
――自分が望んだ研究結果とは程遠い副産物だが、研究資金稼ぎくらいの役には立つだろう。
……私が目を通した書類には、大体このようなことが書かれていた。
「……な、なんて恐ろしいことを考えてんのよ、この人……」
書類を持つ手が震えた。いくら相手がモンスターとはいえ、やって良いことと悪いことがある。
深々と息をつきながら書類から目を離し……。
何気なくあたりを見回した私はびくりと身をすくませる。
書類を読む前は認識できていなかったけど、視界の隅に金属で出来た巨大な釜と、それを開ける重厚な扉がある。あれこそが、件の魔法装置ではないのか?
ということはつまり、今でも中にトレントがいる?
おばが、定期的に質の良い琥珀を手に入れていた謎が、完全に解けた。……今となっては、そんな謎解けないほうが良かったのかもしれないけど。
私は恐る恐る、魔法装置と思しき金属の釜に近づいた。
深呼吸をすること数回。
意を決して、重い扉をゆっくりと開けた。
扉が開いていくにつれて、しばらく封印されていた空気があふれ出し。
はたして、中にはトレントがいた。いくつものチューブによって拘束されたトレントが埋まる土を含め、魔法装置の中身はまさに琥珀を生み出すためのジオラマと化していた。
人面樹と呼ばれる通りの特徴である大きな目と口が、開けた扉口のすぐそばにある。
樹皮に埋もれる疲れ果てたふたつの目が、私を見返す。
そして大きな口が、ゆっくりと動いた。
タスケテ……コロシテ……
さすがに私もトレントの言葉まで理解できるわけではない。
しかし、トレントの表情がそう言っていた。
「……」
私は恐怖にわななく手で腰のナイフを引き抜き、刀身を見つめた。
貧弱なこのナイフでも、眉間のあたりを狙えば楽にさせてやれるだろうか?
しばらく逡巡した後、私は震える切っ先をトレントへと伸ばした。
◇◆◇◆◇
「ありがとうございましたー!」
元気のよい声が露店のひしめくマーケットに響く。
ある時期から私が定期的に出している露店には、今日もこれまでと同じく複数の琥珀が並べられていた。
大きさも質も申し分ない、とても美しい琥珀の塊だ。
大した時間もかけずに飛ぶように売れていき、残るはあとひとつ。
私が店の裏でこっそりと金勘定をしているところに、ここ最近常連となっている身なりの上品なマダムがやって来た。
すぐに営業スマイルを浮かべて応対する。
店頭に琥珀がひとつしか残されていないのを見て、マダムは露骨にがっかりしたようだった。
「今日はこれで最後なの? あなたのお店の琥珀、とても綺麗だからもっと欲しいのよ。どうにかして手に入らないかしら? お金なら出し惜しみしないから」
「……そうですね。すぐには無理ですが、ひと月ほど待ってもらえれば、用意してみせますよ」
「本当? ありがとう!」
今となっては、おばが、もっと欲しいと言われた時に困ったような表情を浮かべていた理由がよく分かる。
きっと、今の自分も同じような表情をしていることだろう。
最後のひとつを買っていった金回りの良い上客を見送った後、私は腰に差しているナイフをちらりと見やる。
――あと一回で止めよう。あと一回で止めよう。
そんな決意も、美しい琥珀の輝きによってかき消されてしまうのだ。




