魅了の術
魅了の術。
術の魔力に抵抗できなかった男の心を奪ってしまい、意のままにコントロールする恐ろしい術である。
ちょうど今、ダンジョン奥の一画で。
ラミアと呼ばれる、上半身は人間の女で下半身は蛇の姿を持つおぞましいモンスターが、その術を眼前の冒険者一行にかけた。
術の効果でたちまち男たちの大半が操られてしまい、彼らの戦技が仲間へと振るわれる。
瞬く間に戦線は崩壊し、冒険者たちは一敗地にまみれた。
満身創痍の彼らに出来たことは、ほうほうのていで逃げ延びることだけであった。操られた仲間をそのままにして。
無事に街には戻れた彼らであったが。
このままではダンジョン探索の依頼が失敗になってしまう。それに、なんとかして操られた仲間を救いたい。
メンバーが半数となってしまった冒険者パーティーは相談の結果、お金を出し合って、賢者にある依頼を出すことにした。
彼らには扱えないが、魅了の術に対抗できる高位の魔法が存在する。使うだけで魅了の術を解除し、さらに予防までできる便利な魔法。
それを誰でも手軽に使える魔法の巻物に書き記してもらったのである。
もちろんそれなりの依頼料を取られたが、大事な仲間を救うためなら、これくらいは安いものであった。
やがて冒険者たちは完成した巻物を受け取った。
予防のための一本。操られた仲間を救うための一本。そして念のために予備の一本。
さらに半減した戦力の数を補うため、助っ人として知り合いの冒険者に臨時で仲間に入ってもらった。もちろんこれも依頼料を払ってのことである。
今度は負けないという自信とともに、冒険者たちはふたたびダンジョンの中へと入る。ダンジョンの大半はすでに彼らが踏破した場所であり、時々出てくるモンスター以外、大した危険もなく奥へと進めた。
はたしてラミアは、以前戦ったフロアにそのまま佇んでいた。七段ほどある大階段の上、平らとなった場所に、まるで女王のように鎮座している。蛇の下半身がとぐろを巻き、尻尾の一部は階段から垂れていた。
ラミアのそばには当然のように、あの時魅了されてしまった仲間の男たち三人が付き従っていた。もちろん未だに術の支配下にあるようで、彼らはうっとりとラミアを見つめている。
そこに、あらかじめ予防の魔法をかけておいた冒険者たちがなだれ込み、それぞれ武器を構えて対峙した。
蛇が鎌首をもたげるように上半身を起こし、ラミアはふたたびやってきた者たちを睥睨する。
もちろんラミアは以前のように魅了の術を使った。せめて女だけで組んで挑んでくればよいものを、と嘲笑を浮かべつつ。
しかし、今まで数々の男を操ってきたはずの魅了の術が、その効果をまったく発揮しなかった。
あらかじめかけておいた魔法が、魅了の術を打ち消したのだ。
驚くラミアを前に間髪をいれず、冒険者の一人は巻物を取り出した。もちろん今度使う対象は、ラミアのそばでこちらに向かって武器を構える三人の男たちだ。
賢者から授かった魔法を素早く発動させ、未だ操られたままの三人に解き放つ。
即座にその力が及ぼされ、男たちの目に正気が戻った。
たちまち、こんなおぞましいモンスターのそばにはいられないと、脱兎のように逃げ出そうとした男たち……二人の背中を、白刃が一閃した。
背中を斬られた二人はたまらず階段から転げ落ち、床に倒れ伏す。
何が起きたのかと驚愕する冒険者たちの目線の先には、ラミアの前でたった一人、剣を構えて彼女を守るように立つ戦士がいた。
――馬鹿な。もう魅了の術は解除したはず……。
想定外の状況にとまどい、慌てる冒険者たち。
魔法が失敗したということはありえない。他の二人は見事に術から解放されたのだから。
困惑の中、一人の冒険者が思い至ったように叫んだ。
「お、お前……さては魅了の術で操られてるわけじゃないな!?」
「ああ。俺は最初から自分の意思で彼女に従っている。一目見て虜になり、彼女にすべてを捧げると誓ったんだ。……さあお前たち、覚悟はいいか?」




