偉大な芸術家
ある街に一人の芸術家がいた。
自分を偉大だと信じており、決してうぬぼれではないほどの腕前とセンスがあった。しかし、他人に批評されるのを恐れる気持ちもまた大きかった。
幼少期より自宅に閉じこもって絵ばかり描いていたため、多くの作品を生み出したが、それを誰かに見せることはまったくなかったのである。
それゆえに、彼を芸術家だと知る者はほとんどいなかった。せいぜい画材屋の店員くらいなものだろう。その店員も、もちろん彼の作品を見たことはなかったが。
芸術家はそんな生き方に満足していたが、老年にさしかかり、自分の中に後悔が湧きおこる。
やはり、世の人たちに作品を見てもらうべきだったのではなかったか、と。
しかし、やはり批評にさらされるのは怖い。
この期に及んでまだそんなことを考えてしまう自分を恥じる芸術家の老人であったが、そのような生き方しか出来なかったのもまた事実である。
そこで、芸術家は一計を案じた。
その計画を遂行することで、老人は心残りなく死を受け入れることが出来た。
やがて老人の遠縁にあたる者が故人宅にやって来る。遺品整理に訪れたのだ。
自分が亡くなったら、遺品は全て燃やしてくれ。
会ったこともない老人から届いた手紙の、最後に書かれていた一文がそれだった。
遠縁の男は面倒ごとを押し付けられたものだなと感じながらも、誰もいない住処の扉を開けて足を踏み入れた。
そこで男が目にしたものは。
芸術家が生前準備していた、
『見るな』
『見てはいけない』
『これを見たら呪いが降りかかるぞ』
などの警句が赤い絵の具で書かれた一画だった。
そしてその隔離されたスペースには、芸術家が残した多数の作品が、箱に入れられてうずたかく積まれていた。
――見るなと言われれば、見たくなるのが人間というものだ。
――世の人は、自分の作品を見て感嘆するだろう。そして偉大な芸術家を失ったと大いに嘆き悲しむだろう。
老人は自分の死期をさとった時、ほくそ笑みながらこの計画を実行したのである。
遠縁の男は異様な光景を見てしばし立ち尽くしたものの、まもなく気を取り直して遺言通りにすべてを廃棄、燃やすことにした。
男は他人が嫌がることはしない善良さを持ち、それと同時に怖いものは見たがらない小心さを持ち合わせていたのである。




