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第45話「国連の無力」

【作中時間】2026年6月21日 19:00 - 20:00(台湾標準時 / UTC+8)

※日本標準時(JST / UTC+9):6月21日 20:00 - 21:00

※米国東部夏時間(EDT / UTC-4):6月21日 07:00 - 08:00

19:05 米国・ニューヨーク/国連本部 安全保障理事会 会議場

米国東部夏時間、午前7時5分。

ニューヨークのイースト川沿いに建つ国連本部ビル。その中枢である安全保障理事会(安保理)の馬蹄形のテーブルは、世界中から集まった各国の代表たちによる、異常な熱気と、それを上回る「恐怖」に包まれていた。

台湾海峡での開戦から丸二日が経過し、中国による「戦術核使用の示唆(第44話)」という最悪の恫喝が行われた直後。アメリカの緊急要請により、安保理の緊急会合が徹夜で開かれていたのである。

「……中華人民共和国の行動は、国連憲章の精神を根本から踏みにじる、あからさまな侵略行為であるだけでなく、全人類の生存を脅かす狂気の沙汰です!」

アメリカ合衆国国連大使の女性が、マイクを握りしめ、怒りに身を震わせながら演説を行っていた。

彼女の背後のスクリーンには、炎上する台湾・台北の市街地や、日本の東京湾岸部へ弾道ミサイルが着弾した瞬間の凄惨な映像が、世界に向けて大々的に映し出されている。

「中国は、二千三百万人の台湾市民の自由を武力で奪おうとしたばかりか、それを阻止しようとした同盟国(日本)の首都にミサイルを撃ち込みました。そしてあろうことか、自らの軍事侵攻が頓挫するや否や、『あらゆる手段を排除しない』と、核兵器の使用を公然とチラつかせて世界を脅迫しているのです! これは、文明社会に対する完全な宣戦布告に他なりません!」

アメリカ大使の厳しい非難に、イギリスやフランスの代表も重々しく頷いた。

「我々アメリカ合衆国は、同盟国(日本・イギリス・フランスなど)と共同で、以下の安保理決議案を提出します。一つ、中国人民解放軍の台湾からの即時・無条件撤退。二つ、日本および台湾周辺へのあらゆる軍事行動の停止。三つ、核兵器による威嚇の即時撤回。……もし中国がこれに従わない場合、国連憲章第7章に基づく、最高レベルの経済・軍事制裁を発動することを求めます!」

アメリカ大使が力強く決議案を読み上げると、議場には重苦しい沈黙が落ちた。

これが可決されれば、国連という国際社会の「総意」として、中国を完全にテロ国家として認定し、世界中から孤立させることができる。

しかし、馬蹄形テーブルの向かい側に座る男――中華人民共和国の国連大使の顔には、微塵の動揺も、罪悪感すら存在していなかった。

彼は、冷笑を浮かべながら、手元のマイクのボタンをゆっくりと押した。

19:20 国連本部/中国・ロシア代表の反論

「……アメリカ大使のヒステリックな演説には、呆れ果てるばかりですな」

中国国連大使の低く響く声が、議場に流れた。彼の態度は、絶対的な権力者の代弁者としての傲慢さに満ちていた。

「まず、前提からして完全に間違っている。台湾は、古来より中華人民共和国の『不可分の一部』であり、これは国連決議2758号(アルバニア決議)においても国際社会が公式に認めている事実です。自国の領土内で分離独立を企むテロリスト(頼政権)を鎮圧するための警察行動に過ぎないものを、『侵略』と呼ぶこと自体が、アメリカのあからさまな『内政干渉』なのです」

「詭弁だ! あなた方は数万人の市民を殺しているのだぞ!」

イギリス大使が怒号を飛ばすが、中国大使は冷ややかな目でそれを一蹴した。

「流血を招いた責任は、我が国の内政問題に不法に軍隊を送り込み、我が軍の正当な兵站線を不意打ちで破壊したアメリカと日本の『覇権主義的挑発』にこそあります。我が国は、彼らの不当な軍事介入から自衛したに過ぎません。東京へのミサイル攻撃も、日本が先に我が国本土(福建省)を巡航ミサイルで先制攻撃したことに対する『限定的な報復(自衛権の行使)』です。先に手を出したのは、そちらでしょう?」

中国大使は、さらにトーンを落とし、凄みを効かせた声で続けた。

「さらに、我が国報道官の声明(究極の抑止力)についてですが……これは、アメリカと日本がこれ以上、我が国の神聖なる領土(台湾)に手出しをし、事態を不必要にエスカレートさせることを防ぐための『防衛的な警告』に他なりません。アメリカが台湾周辺から軍を退けば、何も起こらない。……世界を核の火の海にしたいのは、一体どちらでしょうか?」

被害者と加害者を完全にすり替える、極めて悪質なプロパガンダ(世論戦)。

しかし、国際社会という冷酷なパワーゲームの場において、その「嘘」を強力にバックアップするもう一つの巨頭が存在していた。

「……中華人民共和国の代表の主張は、完全に理にかなっている」

ロシア連邦の国連大使が、マイクを握った。

ウクライナ戦争以降、国際社会の鼻つまみ者となっていたロシアにとって、中国が台湾でアメリカと正面衝突することは、自らの地政学的な負担を減らす最高の「陽動作戦」であった。

「アメリカと西側諸国は、自らの都合の良い時だけ『国際法』を振りかざし、他国の正当な主権行使を邪魔する。このダブルスタンダードこそが、世界の不安定化の元凶である。……ロシア連邦は、中国の台湾における『領土の保全』に向けた行動を完全に支持する。同時に、アメリカが提出したこの偏向的で挑発的な決議案は、事態の平和的解決を妨げるだけの紙屑ガベージであると断言する」

ロシア大使の言葉は、単なる中国の擁護だけではない。その背後には「もしヨーロッパ(NATO)が中国に同調して経済制裁を課すなら、ロシアからの天然ガスを完全に断ち、バルト海で軍事行動を起こすぞ」という、暗黙の恫喝(第30話)が強力に働いていた。

フランスやドイツの代表団の顔色が、目に見えて青ざめた。

彼らは、理念としてはアメリカに同調したい。しかし、自国の経済とエネルギーの命綱をロシアと中国に握られている以上、これ以上強く踏み込むことができなかった。

19:40 国連本部/決議案の採決

「……それでは、アメリカ合衆国等から提出された『中国による軍事行動の即時停止と撤退を求める決議案』について、採決を行います」

議長国の代表が、沈痛な面持ちで宣言した。

議場に集まった世界中の報道機関のカメラが、安保理メンバー15カ国の代表の手元へと一斉に向けられた。

「賛成の国は、挙手を」

アメリカ、イギリス、フランス、そして日本(非常任理事国)など、西側陣営の代表が一斉に手を挙げた。賛成は、15カ国中、過半数を大きく超える「10カ国」に達した。

「……賛成多数。しかし」

議長が、言葉を詰まらせた。

議場の反対側では、中国大使とロシア大使が、微動だにせず、しかし絶対的な拒絶の意思を込めて、赤い「反対(Against)」の札をゆっくりと掲げていたのだ。

「……常任理事国である中華人民共和国、およびロシア連邦からの『反対(拒否権:Veto)』が投じられました。……国連憲章第27条の規定により、本決議案は『否決』されました」

議場に、重く、鉛のようなため息と、怒号が交錯した。

賛成多数であろうとも、第二次世界大戦の戦勝国である「五大国(P5)」のうち一カ国でも反対すれば、国連はいかなる行動も起こせない。これが、国連の絶対的ルールであり、致命的な欠陥であった。

しかも今回は、当事者である中国自身が「拒否権」を持っているのだ。泥棒が、自分を逮捕するかどうかの裁判で、裁判長を務めているようなものである。

「恥を知れ!!」

アメリカ大使が、マイクを叩きつけて立ち上がった。

「自らが火を放ち、何万人もの市民を殺しておきながら、その特権(拒否権)に隠れて制裁から逃れようというのか! これでは、国際連合という組織は、ただの独裁者の隠れ蓑ではないか!」

しかし、中国大使は冷笑を崩さない。

「我々は、国連憲章に定められた正当な権利を行使したまでです。……アメリカこそ、他国の内政に干渉する帝国主義的な振る舞いを改めるべきだ」

そして、この異様な光景を前に、最も恐ろしい反応を示していたのは、西側でも中露でもない、「グローバルサウス(新興国・途上国)」の代表たちであった。

彼らは、中国の横暴に憤りを感じつつも、アメリカが主導する決議案に「賛成」も「反対」もできず、「棄権」を選ぶ国が相次いだ。

彼らにとって、アメリカの覇権もまた絶対的な正義ではない。そして何より、巨大な経済力と軍事力を持つ中国とロシアを本気で敵に回せば、明日の自国の経済が破綻するからだ。

国連安保理の採決は、世界の平和を維持するための場ではなく、人類が完全に「民主主義陣営」と「権威主義陣営(中露)」、そして「様子見の第三極」へと、修復不可能なレベルで『分断』されたことを、全世界へ生中継で証明する残酷な儀式となってしまった。

国連は、台湾を救うためのいかなる法的な行動(制裁や平和維持軍の派遣)も、公式に「放棄」したのである。

19:50 台湾・台北市/衡山ホンシャン指揮所

台湾標準時、午後7時50分。

ニューヨークで下された「国連決議の否決」という残酷なニュースは、アメリカの暗号通信を通じて、即座に台北の衡山指揮所へと伝えられた。

「……国連安保理、中国への非難決議を否決。……中露の拒否権によるものです。国際社会による公式な介入や、国連主導の停戦調停は……事実上、不可能となりました」

通信幕僚が、涙を堪えながら報告した。

地下バンカーの将校たちは、無言のまま天を仰ぎ、あるいは壁を拳で叩いた。

台湾の二千三百万人の市民が、今この瞬間も炎の中で血を流し、大国の核の脅威に晒されている。それなのに、世界中の国々が集まる「平和の殿堂」は、ただ話し合いをするだけで、何一つ具体的な助け舟を出そうとしなかったのだ。

「……期待など、していなかったさ」

国防部長が、自嘲気味に笑った。

「国連などという組織は、平時に外交官たちがワイングラスを傾けるためのサロンに過ぎない。いざ世界大戦の危機が迫れば、あの紙屑の憲章が我々をミサイルから守ってくれるわけではないのだ」

ライ総統は、スクリーンの向こうにある、焼け野原となった台北の街のライブ映像をじっと見つめていた。

国連が見捨てた。ヨーロッパも動けない。アメリカは核の恫喝に直面し、日本は自らの首都を焼かれながらもギリギリの支援を続けている。

もはや、誰かが魔法のようにこの戦争を終わらせてくれるという甘い幻想は、完全に打ち砕かれた。

「……誰も、助けには来ない」

頼総統は、振り返り、指揮所に詰める全員に向けて、静かに、しかし燃え盛るような声で言った。

「我々の国は、我々自身の手で守るしかない。自分たちの流す血の代償としてのみ、我々は自由を勝ち取ることができるのだ」

総統は、通信幕僚へ命じた。

「日本のJJOC(統合作戦司令部)へ通信を繋げ。……彼らへの感謝と、我々の『最後の覚悟』を伝える」

19:55 日本・東京/防衛省 統合作戦司令部(JJOC)地下指揮所

日本標準時、午後8時55分。

市ヶ谷のJJOCでも、国連の機能不全というニュースは重く受け止められていた。しかし、彼らには絶望している暇はなかった。台湾の頼総統からの直接通信ホットラインが、メインスクリーンに繋がれたのだ。

『……日本の司令官、そして高市総理。我が国の窮地に際し、自らの首都を焼かれながらも「命の架け橋(C-2輸送機)」を繋いでくれたこと、台湾国民を代表して、心から感謝する』

スクリーンの中の頼総統の顔は、疲労と煤で黒く汚れていたが、その瞳は信じられないほど力強く輝いていた。

「総統閣下……」

統合作戦司令官(陸将)は、直立不動で敬礼を返した。

『国連は、我々を見捨てた。中国は、核の炎で我々を脅している。……だが、我々は一歩も引かない』

頼総統は、画面の向こうで真っ直ぐに司令官を見据えた。

『これより我々は、台北市内に孤立している中国軍(第72集団軍)の残党に対し、最後の一兵まで歼滅するための『夜間総攻撃』を開始する。……日本よ。どうか、海峡の封鎖(潜水艦作戦)を維持し、中国本土からの増援を絶ち続けてくれ。我々が、この手でこの戦争の「決着」をつける』

通信が切れた後、JJOCの指揮所には、静かだが、鋼鉄のような決意が満ちていた。

国連という国際社会の「法と秩序」が崩壊した今、頼れるのは、同盟国同士の「血の連帯」と、目の前の敵を物理的に排除する「暴力」のみであった。

「……聞いたな、諸君」

統合作戦司令官は、幕僚たちを振り返り、裂帛の気合いを込めて命じた。

「外交(国連)は死んだ。ならば、我々軍人が、力ずくで極東の平和ラインを維持するしかない。……潜水艦部隊および航空部隊へ達する! 台湾海峡の完全封鎖を何があっても死守しろ! 台湾の同志たちが台北を掃除し終わるまで、中国の船を一隻たりとも通すな!」

午後8時00分。

台湾標準時、午後7時00分。

開戦から、ジャスト45時間が経過した。

ニューヨークの摩天楼で、スーツを着た外交官たちが平和への道を完全に閉ざしたその瞬間。

地球の裏側の台湾海峡では、核の脅威という「パンドラの箱」の影に怯えることなく、自らの命を燃やして自由を掴み取ろうとする者たちの、最も凄惨で、最も泥臭い「最後の夜」が、完全に幕を開けようとしていたのである。

残り時間、あと3時間。

この話はシミュレーション小説であり現実のいかなる国を中傷するものでは有りません。

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