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第39話「深海の狩人」

【作中時間】2026年6月21日 14:00 - 15:00(台湾標準時 / UTC+8)

※日本標準時(JST / UTC+9):6月21日 15:00 - 16:00

14:05 台湾・台北市/中正紀念堂チアンカイシェク・メモリアル・ホール周辺

午後2時5分。

亜熱帯の太陽が容赦なくコンクリートを熱する台北市中心部。広大な庭園と白亜の巨大なモニュメントを誇る中正紀念堂の周囲は、戦車から立ち上る黒煙と、耳を劈くような爆発音に包まれていた。

「……第2分隊、右翼の建物の屋上から撃ち下ろせ! 敵の戦車を逃がすな!」

日本から命懸けで空輸された「01式軽対戦車誘導弾(軽MAT)」を手にした台湾軍の予備役部隊が、血走った目で瓦礫の山を駆け上がり、中国軍の機甲部隊に対する猛烈な反転攻勢カウンター・オフェンシブを展開していた。

大通りのど真ん中で立ち往生しているのは、中国軍の主力「99A式戦車」の小隊(3両)。

彼らは先ほどの戦闘で燃料をほぼ使い果たし、さらに弾薬も払底していた。分厚い複合装甲に守られているとはいえ、エアコンの切れた車内は気温50度を超える「鉄の蒸し風呂」と化し、中国の戦車兵たちの体力と気力を容赦なく奪い去っていた。

『ピーーーーッ!』

予備役兵の肩に担がれた01式軽MATの赤外線シーカーが、熱気を放つ99A式戦車のエンジン部を完全にロックオンした。

「日本からの贈り物だ、地獄へ持っていけ!!」

シュパァァァァッ!

ミサイルは空高く舞い上がった後、最も装甲の薄い砲塔の真上トップから急降下し、戦車のキューポラに突き刺さった。

ドガァァァァァンッ!!

タンデム成形炸薬弾頭が、分厚い装甲をバターのように貫通する。内部の乗員は瞬時に蒸発し、ハッチから巨大な火柱が数十メートルの高さまで噴き上がった。

「ヒィィィッ! 逃げろ! 戦車の中にいたら丸焼きにされるぞ!!」

後続の戦車に乗っていた中国兵たちは、パニックを起こしてハッチを開け、両手を上げながら車外へと転がり出てきた。

彼らの心は、完全にへし折られていた。

圧倒的な物量で台北の中心部に突入したはずだった。しかし、待っていたのは補給の途絶という兵站の崩壊であり、さらに同盟国(日本)が自らの首都を焼かれながらも弾薬を届けてきたという事実が、台湾軍の士気を「狂気」のレベルにまで引き上げていたのだ。

「……前線の部隊が、次々と投降しています! 第3大隊も壊滅!」

川沿いのマンションに陣取る中国軍・機甲旅団の指揮官(大佐)は、無線から聞こえる悲鳴を前に、呆然と立ち尽くしていた。

無敵を誇った人民解放軍の重戦車部隊が、小銃と火炎瓶、そして少量の対戦車ミサイルしか持たない民兵(予備役)たちによって、街角のゴミのように次々とスクラップに変えられていく。

「……なぜだ。なぜ、後方からの補給が来ない! 港には何十万トンもの弾薬と燃料が届いているはずだろうが!!」

大佐の絶叫は、空しく指揮所のコンクリートの壁に反響するだけであった。

彼らは知らなかった。

空の上の「イージスの盾」が砕け散った今、台湾海峡を支配する主導権は、空でも水上でもなく、光の届かない「暗黒の深海」へと完全に移り変わっていたことを。

14:25 台湾海峡/海中・深度150メートル

日光の届かない、水温の低い台湾海峡の海底深く。

そこを、音を立てずに滑るように進む、巨大な黒い影があった。

海上自衛隊の最新鋭リチウムイオン蓄電池搭載型潜水艦「たいげい(SS-513)」である。

AIP(非大気依存推進)や従来型の鉛蓄電池とは一線を画す大容量リチウムイオン電池を搭載した「たいげい」型は、原子力潜水艦に迫るほどの長時間の水中潜航能力と、究極の「静粛性」を兼ね備えた、世界最高峰の通常動力型潜水艦であった。

「……ソナー探知コンタクト方位ベアリング0-4-5、距離2万。……スクリュー音多数。重いディーゼル音です。中国軍の徴用船団(第三波)と思われます」

ソナーマンが、ヘッドホンを耳に押し当てながら、極めて冷静な声で報告する。

暗いレッドライトに照らされた発令所。艦長(2等海佐)は、腕を組んだまま戦術ディスプレイを見つめた。

アメリカ海軍の空母打撃群がミサイルを撃ち尽くして後退(第34話)して以来、中国軍は制空権・制海権を握ったと錯覚し、本土の港から無数の民間フェリーやタンカーを徴用して、台湾の台北港へ向けて「補給の大船団」を走らせていた。

しかし、水上の艦隊が後退しただけで、アメリカと日本が海峡を放棄したわけではなかった。

むしろ、目に見える脅威が消えたことで、深海に潜む「見えざる狩人」たちの独壇場となっていたのだ。

「……米海軍の原潜(SSN)との音響通信、リンクを維持しています。目標の割り振り、完了しました」

副長が囁くように報告する。

「たいげい」の周囲数十キロの海域には、アメリカ海軍が誇るバージニア級原子力潜水艦が複数隻、同じく息を潜めて待ち構えていた。彼らは海中の音響データリンクを通じてターゲットを分割し、中国の無防備な補給船団を完全に「包囲」していた。

「これより、敵兵站線に対する『無制限潜水艦作戦』を開始する」

艦長は、潜望鏡のグリップを握りしめ、静かに、しかし断固たる声で命じた。

「……目標、敵の大型タンカーおよび弾薬輸送船。魚雷発射管チューブ1から4、18式魚雷、注水。発射準備スタンバイ

「1番から4番、注水完了。最終諸元、入力完了!」

水雷長が応じる。

「……撃て(ファイヤ)」

ゴポォォォォンッ!!

圧縮空気の鈍い音とともに、「たいげい」の艦首から、海上自衛隊の誇る最新鋭の重魚雷「18式魚雷」が連続して射出された。

有線誘導のワイヤーを引きながら、魚雷は自らのスクリューを回転させ、海中を時速90キロ以上の猛スピードで標的へと向かって突き進んでいく。

同時に、隣接する海域からも、アメリカのバージニア級原潜から放たれた数十発の「Mk48 ADCAP(高性能魚雷)」が、白い航跡を引きながら海峡の海中を飛び交い始めた。

「……魚雷、自律誘導アクティブに移行。ワイヤー、カット!」

目標に接近した魚雷たちは、自らの先端からアクティブ・ソナーのピング(探信音)を放ちながら、確実に巨大な船の腹へと食いついていった。

14:35 台湾海峡(海面)/中国人民解放軍 第3波 補給船団

台湾本島へ向けて、ドラム缶に入った燃料や弾薬を山のように積んだ中国の民間徴用タンカーが、波を掻き分けて進んでいた。

彼らの周囲には、護衛の駆逐艦が数隻いるだけで、空からのミサイル攻撃がないことに船員たちは安堵しきっていた。

「……あと2時間で台北港だ。なんとか空爆の隙を突けたな」

タンカーのブリッジで、船長がタバコに火をつけたその瞬間。

船体の真下――キールのド真ん中で、数千度もの熱と凄まじい衝撃波を伴う、破滅的な大爆発が起きた。

ズガァァァァァァァァァンッ!!!!!

18式魚雷やMk48魚雷は、船体に直接ぶつかって爆発するのではない。船底のわずか数メートル下で爆発し、海水を一気に気化させて巨大な「真空のバブルジェット」を作り出す。その泡が収縮する際の凄まじい水圧の力で、数万トンの巨大な船を「背骨キールから真っ二つにへし折る」のだ。

「うわぁぁぁぁぁっ!!」

タンカーは文字通り「くの字」にへし折れ、積載していた数千トンの航空燃料とディーゼル燃料が一瞬にして引火した。海峡のど真ん中に、太陽が落ちたかのような巨大な火柱が上がる。

「敵の潜水艦だ!! 下から撃たれているぞ!!」

護衛の中国軍駆逐艦がパニックに陥り、慌ててアクティブ・ソナーを海中に打ち鳴らす。

しかし、日本の「たいげい」も、アメリカのバージニア級も、魚雷を撃ち放った直後にはすでに深く静かに潜航し、深海の闇の中へと完全に姿を消していた。

ドガァァン! ズガァァン!!

タンカーだけではない。戦車用の弾薬コンテナを満載したRO-RO船や、歩兵の食糧を運んでいた貨物船が、見えない深海の死神から放たれた魚雷によって次々と腹を裂かれ、火だるまになって海の底へと引きずり込まれていく。

「……沈む! 助けてくれェッ!」

火の海に投げ出された中国の船員や後方支援部隊の兵士たちが、絶望的な悲鳴を上げる。

これこそが、日米の潜水艦隊による「兵站ロジスティクスの完全切断」であった。

ミサイルのような派手な撃ち合いではない。しかし、海を渡らなければ戦争ができない中国軍にとって、この「深海の絞首刑」は、いかなる最新兵器よりも致命的で、確実な死を意味していた。

14:50 中国・北京/中南海 中央軍事委員会 地下統合作戦指揮所

「……台湾海峡を横断中であった第三波補給船団、および燃料タンカー群……全滅しました」

北京の地下バンカー。

海軍司令官のその震える報告は、中国の最高指導部にとって、文字通り「死刑宣告」に等しい響きを持っていた。

「全滅……? 米軍の空母はいなくなったはずだぞ! 何にやられたのだ!」

東部戦区司令官が、信じられないというように目を見開いた。

「潜水艦です……! アメリカ海軍の原潜と、日本の海上自衛隊の通常動力型潜水艦による、大規模なウルフパック(群狼戦術)です! 奴ら、空母を囮にして後退させ、海中に潜ませていた潜水艦隊に、我が軍の補給船だけを狙わせたのです!」

将軍たちの間に、恐怖と絶望のどよめきが広がった。

潜水艦を駆逐するためには、対潜哨戒機や多数の護衛艦が必要不可欠である。しかし、中国軍の対潜哨戒機は、生き残っている台湾軍の防空ミサイルや、沖縄から飛来する日米の戦闘機の警戒により、海峡上空を安全に飛ぶことができない。

「……これで、台北港への補給ルート(海の橋)は完全に、そして物理的に『切断』されました」

統合参謀総長が、鉛のような声で言った。

「台北市内に取り残された数万の我が軍の将兵と、数百両の戦車は……もはや一発の弾丸も、一滴の燃料も、そして水すらも手に入れることはできません。……彼らは、台湾軍の包囲の中で『餓死』するか『全滅』するのを待つしかありません」

バンカー内に、死のような沈黙が落ちた。

開戦から38時間が経過。圧倒的な軍事力を誇った人民解放軍の台湾侵攻作戦は、日米台の連携による「兵站の破壊」という最も残酷な戦術の前に、完全に、そして決定的に『崩壊』したのである。

円卓の奥。

最高指導者(総書記)は、微動だにせず、ホログラム・テーブルに映る「孤立無援」の自軍のマーカーを見つめていた。

東京へ報復の弾道ミサイルを撃ち込んでも、戦局は微塵も好転しなかった。それどころか、日米の意志をより強固なものにしてしまった。

(……このままでは、負ける)

絶対無謬であるはずの中国共産党が、台湾と日米を相手に敗北する。それは、人民の怒りが爆発し、自らの首が物理的に刎ねられる(体制の崩壊)ことを意味していた。

独裁者にとって、「敗戦」という選択肢は存在しない。どれほど世界が破滅しようとも、彼個人の権力が守られるのであれば、いかなる手段も正当化されるのだ。

「……総書記、ご決断を」

参謀総長が、恐る恐る進言した。

「通常戦力での台湾制圧は、もはや不可能です。我々は……撤退の準備をするべきでは……」

「撤退だと?」

総書記が、ゆっくりと顔を上げた。その目は、完全に人間性を失った、漆黒の虚無アビスそのものであった。

「撤退などしない。我々はまだ、この戦争を終わらせる『究極の手段ジョーカー』を切っていないではないか」

バンカー内の空気が、凍りついた。

総書記が何を言おうとしているのか、将軍たちは本能的に悟り、恐怖に顔を歪めた。

「ロケット軍司令官。……『DF-26』および『DF-21』の弾頭を、通常炸薬から『戦術核弾頭(低出力核)』へ換装する準備を急げ」

「なっ……! 総、総書記! 核兵器の先制使用ファースト・ユースは、我が国の軍事ドクトリンに反します! それをやれば、アメリカとの全面核戦争に……!!」

政治局員たちが悲鳴を上げたが、総書記は冷酷にそれを遮った。

「アメリカは自国が核攻撃されない限り、同盟国のために世界を滅ぼすような核のボタンは押さない。……台湾の主要軍事拠点、および日本の沖縄(米軍基地)と市ヶ谷の上空で、低出力の電磁パルス(EMP)核爆発、あるいは戦術核攻撃を行えば、奴らの抗戦の意志は完全に砕け散る」

総書記は、ホログラム・テーブルの電源を切り、立ち上がった。

「準備が整うまで、あと数時間だ。……これが、大国に歯向かった愚か者どもへの、最後の審判となる」

午後3時00分。

台湾標準時、午後2時00分。

開戦から、38時間が経過した。

通常兵器による戦争が完全に「中国の敗北」という形で詰み(チェックメイト)に近づいた瞬間、追い詰められた独裁者は、自らの破滅を避けるために、全人類の禁忌である「核の引き金」へ、その指を深くかけようとしていたのである。

48時間のタイムリミットまで、残りあと10時間。

世界は今、本当の意味での「終末の瀬戸際」へと立たされようとしていた。

この話はシミュレーション小説であり現実のいかなる国を中傷するものでは有りません。

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