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第38話「帝都防空戦」

【作中時間】2026年6月21日 13:00 - 14:00(台湾標準時 / UTC+8)

※日本標準時(JST / UTC+9):6月21日 14:00 - 15:00

13:05 中国・北京/中南海 中央軍事委員会 地下統合作戦指揮所

日本標準時、午後2時5分(台湾標準時、午後1時5分)。

北京の地下バンカーに響き渡った報告は、中国の最高指導部にとって、文字通り「顔面に泥を塗られる」に等しい最悪の屈辱であった。

「……日本の航空自衛隊機(C-2)が、我が軍の防空網の隙間――台湾東部の山岳地帯を地形追従飛行で突破。台北市中心部に、対戦車火器と弾薬を含む大量の物資を投下エアドロップしました。……現在、その弾薬を手にした台湾軍の反撃により、大安森林公園周辺の我が方の歩兵部隊が後退を余儀なくされています!」

東部戦区司令官は、報告した情報将校を射殺せんばかりの形相で怒鳴りつけた。

「なぜ撃ち落とせなかった! たかが図体のデカい輸送機一機だぞ!」

「た、台湾の中央山脈の谷間を、高度50メートル以下で飛んできたのです! レーダーのクラッター(地表反射)に紛れ込み、気づいた時にはすでに投下態勢に入っていました。……完全に狂気の沙汰スーサイド・ミッションです!」

円卓は、怒号と混乱に包まれた。

先ほどの日本による中国本土への巡航ミサイル攻撃(第34話)に続き、今度は前線のド真ん中へ直接、武器の出前デリバリーをしてのけたのだ。日本の自衛隊は、もはや「後方支援」という建前を完全にかなぐり捨て、台湾を死守するための「共同交戦国」として、中国の喉元へ全力で牙を剥いてきている。

「……静かにしろ」

最高指導者(総書記)の、低く、しかし絶対的な殺意を孕んだ声が響いた。

その瞬間、将軍たちの怒号はピタリと止んだ。

「日本は、我が国が台湾海峡で出血している足元を見て、完全に調子に乗っている。……彼らは戦後80年、一度も自らの国土にミサイルを撃ち込まれたことがない。だからこそ、ゲーム感覚で大国に歯向かえるのだ」

総書記は、ホログラム・テーブルに映る「日本列島」の地図を、親指でゆっくりと擦った。

「恐怖を教えてやれ。自らの首都が火の海になるという、真の戦争の恐怖を。……ロケット軍に命じる。作戦名『天罰』を実行せよ。目標は、日本の心臓部――東京だ」

「総書記! 東京には多数の民間人が……!」

政治局員の一人が思わず声を上げたが、総書記の氷のような視線に射すくめられ、言葉を失った。

「これは軍事目標への精密打撃だ。日本の戦争指導の中枢である『市ヶ谷(防衛省)』、および在日米軍の司令部である『横田基地』。……ここに、DF-21CおよびDF-26(中距離弾道ミサイル)の波状攻撃を叩き込め。東京の空を、火の海で染め上げろ」

独裁者の冷酷な命令は、直ちに内陸部のロケット軍基地へと伝達された。

数分後。中国大陸の深くから、マッハ10を超える恐るべき速度で大気圏を飛び出し、日本の首都・東京へ向けて弧を描く「死の雨」が、ついに解き放たれたのである。

13:20 日本・東京都内/新宿周辺(Jアラート発令)

日本標準時、午後2時20分。

2026年6月21日は、本来であれば初夏の陽気が心地よい日曜日であった。

台湾での戦争勃発を受け、日本国内の交通機関は一部制限され、不要不急の外出を控えるよう政府から通達が出ていたものの、首都・東京の街にはまだ多くの市民の姿があった。「戦争は遠い南の海で起きていること」という、島国特有の正常性バイアスが、完全に払拭されてはいなかったのだ。

新宿駅前の巨大な交差点。

その時、街行く人々のスマートフォンが、数万台同時に、あの不気味で甲高い「不協和音」を一斉に鳴らし始めた。

『ウィィィィン! ウィィィィン! ウィィィィン!』

同時に、新宿アルタの大型ビジョンや、街頭の防災無線から、無機質な合成音声が東京の街に響き渡った。

『――ミサイル発射。ミサイル発射。中国から日本に向けて、ミサイルが発射されたものとみられます。建物の中、または地下へ避難してください』

街は、一瞬の静寂に包まれた。

誰もが足を止め、自分のスマートフォンと、頭上のビジョンを交互に見比べた。

これまでは「北朝鮮からの発射(太平洋への通過)」ばかりだったJアラート。しかし今回の主語は『中国』であり、その警告の深刻さは、これまでとは全く異なっていた。

「……おい、嘘だろ……?」

一人の若者が空を見上げた瞬間、防災無線の音声が、さらに切迫したものへと切り替わった。

『――直ちに避難! 直ちに避難! ミサイルが関東地方に落下する可能性があります! ただちに地下へ避難してください!!』

「キャァァァァァッ!!」

「逃げろ! 地下鉄だ!!」

そのアナウンスが、東京を完全なパニックへと突き落とした。

数万人の群衆が、悲鳴を上げながら新宿駅の地下コンコースや、デパートの地下階へ向かって雪崩を打って駆け出した。ベビーカーを抱えて走る母親、転倒して踏みつけられるサラリーマン。

遠い南の島で起きているはずだった戦争が、マッハ10の速度で、一億人の日本人の頭上へと直接降ってきた瞬間であった。

13:30 日本・東京/防衛省(市ヶ谷) 統合作戦司令部(JJOC)

「……敵弾道ミサイル、数12! 大気圏外アポジーを通過し、関東平野へ向けて降下中! 目標、本省(市ヶ谷)、および横田基地、横須賀基地と推定!」

市ヶ谷の地下深く、統合作戦司令部(JJOC)の指揮所内は、警報の赤いフラッシュライトと、絶叫のような報告で満たされていた。

スクリーンには、日本海を越え、新潟・群馬の上空を突き破って東京へ向けて落下してくる12発の弾道ミサイルの軌道が、真っ赤な線で描画されている。

「……ついに来たか」

統合作戦司令官(陸将)は、両手をデスクにつき、その赤い線を睨みつけた。

「東京湾に展開しているイージス艦の迎撃状況は!」

「イージス艦『あたご』『ちょうかい』、SM-3発射! ……しかし、ダメです! 敵ミサイルは極端なロフテッド軌道(高く打ち上げる軌道)と、電子欺瞞デコイを併用しています! SM-3の迎撃網を、6発が突破! 本省(市ヶ谷)へ向かってきます!!」

大気圏外での迎撃ミッドコースをすり抜けた弾道ミサイルは、重力に引かれてマッハ8以上の極超音速に加速しながら、真っ赤なプラズマに包まれて大気圏へと再突入してくる。

もはや頼れるのは、地上に配備された「最後の盾」のみであった。

「第1高射群、PAC-3MSE、交戦開始エンゲージ! 本省の真上を絶対に抜かせるな!!」

司令官の絶叫と同時刻。

市ヶ谷の防衛省本省のグラウンド(ヘリポート)、および朝霞駐屯地、習志野駐屯地などに配備されていた航空自衛隊の地対空誘導弾「ペトリオット(PAC-3 MSE)」の四連装ランチャーが、一斉に天を仰ぎ、火を噴いた。

ドガァァァァァァァァンッ!!

東京のド真ん中、新宿区の住宅街のすぐ横から、鼓膜を破るような凄まじいロケットの轟音と、目も眩むような閃光が打ち上がった。

PAC-3 MSEは、従来の爆発で破片を当てる方式ではなく、目標の弾道ミサイルに「直接体当たり(ヒット・トゥ・キル)」して粉砕する、極めて精緻な運動エネルギー兵器である。

東京の青空に、幾筋もの真っ白な飛行機雲コントレイルが、放射状に伸びていく。

地下に逃げ遅れ、ビルの陰から空を見上げていた市民たちは、自分たちの頭上わずか十数キロの成層圏で繰り広げられる、神々の戦いのような光景を目の当たりにしていた。

高度1万5,000メートル。

マッハ8で落下してくる中国軍のDF-21と、マッハ4で駆け上がる日本のPAC-3が、東京上空で激突した。

ピカァァァァァァァッ!!

ズドドドドドドォォォォォンッ!!!!!

真昼の空に、太陽が複数生まれたかのような強烈な閃光が弾け、数秒遅れて、腹の底を揺さぶるような落雷の連鎖音が東京中の窓ガラスを激しく震わせた。

「……シーカー命中! 目標1、2、4、迎撃成功!!」

JJOCの指揮所に、歓声が上がる。

日本の防空部隊は、世界最高練度と呼ばれるその腕を遺憾無く発揮し、市ヶ谷と横田へ向かっていた弾頭を次々と空中で粉砕したのだ。

しかし。

「……目標3、迎撃失敗ミス! デコイに欺瞞されました! 弾頭が落下します!! 衝撃に備えろ!!」

弾道ミサイルの飽和攻撃を、100%防ぎ切ることは物理的に不可能である。

迎撃網をすり抜けた1発のDF-21の弾頭(高性能炸薬数百キロ)が、市ヶ谷の防衛省からわずかに南東へ逸れ、東京の市街地へとそのまま突き刺さった。

ドゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!

JJOCの分厚い地下数十メートルのコンクリートの壁が、大地震のように激しく揺さぶられ、天井から大量の粉塵が降り注いだ。照明が一瞬明滅し、非常用電源に切り替わる。

「……着弾インパクト!!」

「被害状況を報告しろ! どこに落ちた!!」

司令官が、ホコリを払いながら叫ぶ。

情報幕僚が、震える手でキーボードを叩き、上空のドローンカメラの映像をメインスクリーンに投影した。

そこに映し出されたのは、日本の首都の、信じられない惨状であった。

弾頭が直撃したのは、防衛省から直線距離で数キロ離れた、港区・東京湾岸エリア(芝浦・お台場周辺)の巨大な港湾・物流施設であった。

直径数十メートルの巨大なクレーターが穿たれ、周囲の倉庫群や高層マンションの低層階が、爆風によって完全に吹き飛ばされている。もうもうと立ち上る真っ黒な煙の柱が、東京タワーのすぐ横で、天高く這い上がっていた。

「……あ、ああ……」

JJOCの幕僚たちの間から、絶望のうめき声が漏れた。

弾道ミサイルの直撃による、戦後日本初の自国領土への甚大な被害。

防衛省の中枢こそ守り抜いたものの、迎撃戦の破片デブリや、軌道を逸れた弾頭によって、日本の首都はついに物理的な火の海に沈んだのである。

13:50 日本・東京/首相官邸 地下危機管理センター

「……東京湾岸部への着弾を確認。火災が周辺に延焼中。現時点で、民間人の死傷者は数百名規模に上る模様です。警察・消防、および陸上自衛隊の第1師団が、人命救助のため現地へ急行しています」

官邸の地下危機管理センター。

大型モニターに映し出された、黒煙を上げる東京の街のライブ映像を前に、閣僚たちは言葉を失い、死のような沈黙に包まれていた。

「……総理。これが、戦争の現実です」

防衛大臣(小泉進次郎 モデル)が、血の気の引いた顔で、絞り出すように言った。

「我々が台湾を助けるために武器を送り、中国本土へ反撃のミサイルを撃ち込んだ結果……彼らは、我が国の罪なき市民の頭上にミサイルを落としてきた。……我々の決断は、本当に正しかったのでしょうか」

日本の戦後民主主義が最も恐れ、何としても避けたかった事態。

他国の戦争に巻き込まれ、自国の国土が焦土と化すこと。それが今、モニターの中で現実の地獄となって燃え盛っていた。

野党やメディアからは、「なぜ台湾のために日本が火の海にならなければならないのか」「今すぐ停戦し、中国に謝罪すべきだ」という非難の嵐が巻き起こることは火を見るより明らかだった。

高市総理は、組んだ両手を顔の前に当て、じっと目を閉じていた。

その沈黙は、数分間にも及んだ。

彼女の脳裏には、焼け出された東京の市民の悲鳴と、数時間前に沖縄の空で散った自衛隊パイロットの無念が交錯していた。

やがて、総理はゆっくりと目を開いた。

その瞳には、後悔や迷いは微塵もなく、むしろ「修羅の道」を最後まで歩み抜くという、凄絶なまでの覚悟の炎が燃え盛っていた。

「……防衛大臣」

総理の声は、静かであったが、官邸の地下室の空気を震わせるほどの強い力を持っていた。

「我が国は今日、流さなくてもよかった血を流したのかもしれません。……しかし、もし我々が中国の恫喝に屈し、台湾を見捨てていれば、明日の東京は『一発のミサイル』ではなく、『無数の人民解放軍の戦車』によって蹂躙されていたでしょう」

総理は、立ち上がり、モニターに映る燃える東京の街を見つめた。

「独裁国家は、我々民主主義国家が『国民の犠牲(血)』に耐えられないと高を括っている。ミサイルを数発都市に撃ち込めば、世論が割れ、政府が白旗を上げると計算しているのです。……ここで我々が怯めば、彼らの計算を証明することになる」

高市総理は、閣僚たちを振り返り、断固たる声で命じた。

「官房長官、直ちに緊急記者会見をセッティングしなさい。私が直接、国民に語りかけます。東京へのミサイル攻撃という悲劇を隠さず伝え、その上で、我が国は絶対にテロリズムと独裁者の暴力には屈しないと宣言します」

「そして防衛大臣」

総理の視線が、防衛大臣を鋭く射抜く。

「市ヶ谷のJJOCに伝えなさい。『歩みを止めるな』と。……台湾への補給作戦(空輸・海中輸送)は継続。そして、中国本土の残存ミサイル基地に対する第二波の反撃作戦ネメシスを準備しなさい。我々は、撃たれたら必ず撃ち返します」

13:55 台湾・台北市/衡山ホンシャン指揮所(地下バンカー)

台湾標準時、午後12時55分。

台北の地下バンカーにも、日本の首都・東京が弾道ミサイルの攻撃を受け、炎上しているという衝撃的なニュースが、アメリカの衛星回線を通じて飛び込んできた。

「……日本が、東京が攻撃された。我々へ武器(C-2)を届けてくれた直後に、その報復として……!」

国防部長が、モニターに映る黒煙を上げる東京タワーの映像を見て、息を呑んだ。

ライ総統は、その映像を見つめたまま、無言で唇を強く噛み締めていた。

台湾を守るために、同盟国である日本が自らの首都に火の粉を被った。その事実が持つ政治的・道義的な重さは、台湾の指導部と軍の将兵たちにとって、計り知れない衝撃であった。

「……日本人は、逃げなかった」

参謀総長が、震える声で呟いた。

「自分たちの街が焼かれてもなお、我が国への支援を打ち切るという通信は入っていません。……彼らは、最後まで我々と共に戦う覚悟を決めたのです」

頼総統は、振り返り、指揮所に詰める全ての幕僚たちに向けて言った。

「同盟国が、自らの血を流して我々に『弾薬(希望)』を届けてくれた。そしてその代償として、彼らの首都が焼かれている。……我々に、ここで立ち止まったり、降伏したりする権利など、もはや一ミリも残されていない」

総統の目から、一筋の涙が流れ落ちた。しかし、その声は鋼のように力強かった。

「前線の全軍に、総統令として伝達せよ! 日本から届いた弾薬を使い切り、台北の街に巣食う中国軍の機甲部隊を完全に殲滅しろ! 奴らを一歩たりとも総統府に近づけるな! 同盟国の流した血に、我々の戦果で報いるのだ!!」

午後1時00分。

日本標準時、午後2時00分。

開戦から38時間が経過。

中国が切った「帝都へのミサイル攻撃」という破滅のカードは、日本を屈服させるどころか、逆に日台の「血の連帯」をかつてないほど強固なものへと鍛え上げてしまった。

絶望的な膠着状態は完全に破られ、怒りと執念に燃える台湾軍による、市街地での凄まじい反転攻勢カウンター・オフェンシブが、今まさに火を噴こうとしていたのである。

この話はシミュレーション小説であり現実のいかなる国を中傷するものでは有りません。

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