第26話「血の海峡」
【作中時間】2026年6月21日 01:00 - 02:00(台湾標準時 / UTC+8)
※日本標準時(JST / UTC+9):6月21日 02:00 - 03:00
01:05 台湾・桃園市沿岸部/台湾陸軍 第6軍団・無人機運用中隊
台湾北西部、桃園市の海岸線から数キロ内陸に入った、半ば廃墟と化したゴルフ場のクラブハウス。
その地下ワインセラーに急造された前線指揮所は、怒号と無機質な電子音、そしてVR(仮想現実)ゴーグルを装着した数十名の若い兵士たちの異常な熱気に満ちていた。
「目標、第3セクターの波打ち際! 敵の水陸両用装甲車、約40両が密集して上陸中! 各機、突入しろ!」
中隊長(少校)の怒鳴り声に合わせ、VRゴーグルを被り、手元のコントローラーを握りしめたオペレーターたちが、一斉に親指を押し込んだ。
彼らが操っているのは、一機わずか数万円で組み立てられた民生品ベースの「FPV(一人称視点)ドローン」である。しかし、その小さな機体の腹部には、対戦車榴弾(RPG)の弾頭や、強力な指向性爆薬がテープで無造作に括り付けられていた。
ウクライナ戦争でその圧倒的な費用対効果を証明した「空飛ぶ手榴弾」の群れが、今や台湾防衛の最も凶悪な非対称兵器として、中国軍の頭上に襲いかかっていた。
「……バッテリー残量30%。敵のZBD-05(歩兵戦闘車)のトップアタック軌道に入ります」
眼鏡をかけたオタク風の若い兵士が、無機質な声で報告する。彼の視界の中には、赤外線カメラが捉えた、真っ暗な海から這い上がってくる中国軍の装甲車の熱源が白く輝いて見えていた。
「装甲の薄いエンジンルームか、兵員室のハッチを狙え。……やれ!」
『ブゥゥゥゥゥゥン……!!』
海岸線の上空に、数千匹の怒り狂う殺人蜂のような、モーターの高周波ノイズが響き渡る。
闇夜に紛れて急降下してきた数十機のFPVドローンは、中国軍の装甲車が放つ機関銃の盲撃ちを嘲笑うかのように機敏に回避し、次々と目標に激突していった。
ズガァァァァァァァァンッ!!
「命中! 敵装甲車、炎上!」
「次弾、発進させろ! 息をつかせるな!」
中国軍の水陸両用装甲車は、水上での浮力と速度を稼ぐために、装甲がアルミ合金製で極端に薄く作られている。そのため、上空から装甲の薄い上面を狙い撃つFPVドローンや、台湾軍が撃ち下ろす「ジャベリン」対戦車ミサイルに対しては、まさに「動くアルミ缶」に等しかった。
ドローンがハッチに直撃し、成形炸薬が車内を貫通する。
装甲車の中で待機していた十数名の中国兵は、爆炎と超高温の金属片に焼かれ、一瞬にして炭化するか、悲鳴を上げながら燃え盛る車外へと転がり出た。
「……これが、現代の戦争か」
クラブハウスの窓から海岸線の惨状を双眼鏡で覗き込んでいた中隊長は、血の気の引いた顔で呟いた。
最新鋭のハイテク装甲車が、高校生のおもちゃのようなドローンによって、次々とスクラップに変えられていく。しかし、台湾軍のオペレーターたちの顔に歓喜はない。彼らがどれだけ敵を殺そうとも、真っ黒な海からは、まるで無限に湧き出すゴキブリのように、新たな中国軍の揚陸艇が絶え間なく吐き出されてくるからだ。
01:25 台湾海峡 波打ち際/中国人民解放軍 第1波上陸部隊
「進め! 止まるな! 止まったら死ぬぞ!!」
膝まである泥と海水、そして仲間の血と内臓が混ざり合った赤黒いスープの中を、中国人民解放軍の歩兵(上等兵)は、重いアサルトライフルを頭上に掲げながら必死に前進していた。
彼の乗っていた装甲車は、数分前に海上で台湾軍の対艦ミサイルを食らって轟沈した。彼は奇跡的にハッチから海へ飛び込んで助かったが、所属する小隊の半分は海の底へ沈んだ。
残された者たちは、容赦なく降り注ぐ台湾軍の機関銃の弾幕と、頭上から襲いかかってくる見えないドローンの恐怖に怯えながら、ただひたすらに砂浜を目指して泳ぎ、歩くしかなかった。
「……助けて、くれ……足が……!」
横を歩いていた若い新兵が、突如として海中に引きずり込まれるように倒れた。
彼らが歩いている浅瀬には、台湾軍が事前に敷き詰めていた無数の「沈底機雷」と「対人障害物」が隠されていたのだ。
ズガァァァン!!
すぐ近くで、兵員を50名以上乗せた中型のエアクッション揚陸艇(LCAC)が、浅瀬に潜んでいたスマート機雷(磁気・音響センサー信管)に触れ、凄まじい水柱とともに爆発した。
ガスタービン・エンジンが粉々に吹き飛び、乗っていた兵士たちが、まるで壊れた人形のように数十メートルの空中へ放り出され、バラバラになって赤い海面へと落ちてくる。
「ひぃぃっ……!!」
上等兵は、顔に降りかかってきた生温かい肉片と血を拭うこともできず、ただ狂ったように砂浜へ向かって足を動かした。
空からは、ブゥゥゥンという不気味なノイズとともに、台湾軍のFPVドローンが雨のように降ってくる。
「上だ! 撃ち落とせ!」
兵士たちがパニックに陥り、暗闇の空に向けてアサルトライフルを乱射する。しかし、時速100キロ以上で不規則に飛び回る小さなドローンを、歩兵の小銃で撃ち落とすことなど不可能に近い。
ドカーン! ドカーン!
ドローンは、海岸に身を隠そうと密集している兵士たちのど真ん中や、指揮官の通信アンテナを目掛けて正確に突っ込み、爆発した。
「衛生兵! 衛生兵ェッ!!」
「腕が……俺の腕がない!!」
砂浜に辿り着いた中国兵たちを待っていたのは、安息の地ではなく、完全に計算し尽くされた「殺戮地帯」であった。
台湾軍は、海岸線の地形を熟知している。どこに敵が上陸し、どこに隠れるかを完全に把握した上で、あらかじめ迫撃砲と重機関銃の照準(射表)をピタリと合わせていたのだ。
シュパパパパパッ!!
台湾軍の陣地から放たれた曳光弾が、海岸の砂を削り取りながら中国兵の列を薙ぎ払う。兵士たちは次々と砂浜に倒れ伏し、文字通り「血の海」を形成していく。
「……駄目だ、前へ進めない! 敵の火力が濃すぎる!」
小隊長が無線機に向かって絶叫する。
「後退許可を! このままでは全滅します!」
『――後退は許可しない! 督戦隊が後ろで見ているぞ! 前へ進め! 屍を乗り越えて橋頭堡を確保しろ!』
背後の海上で指揮を執る揚陸艦からは、非情な命令が繰り返されるのみであった。
上等兵は、燃え盛る味方の装甲車の陰にうずくまり、両手で耳を塞いだ。
圧倒的な物量とハイテク兵器で、一瞬にして台湾を制圧できると教えられていた。しかし現実の戦場は、第一次世界大戦のソンムの戦いや、ノルマンディー上陸作戦のオマハ・ビーチと何ら変わらない、ただの「肉挽き機」であった。
台湾海峡の水は、今や数万人の兵士たちの血によって、完全に赤く染まり上がっていた。
01:40 台湾・台北市/衡山指揮所(地下バンカー)
「……桃園方面の第6軍団より報告。沿岸部での水際迎撃戦闘により、敵の第一波上陸部隊(水陸両用装甲車および歩兵)に対し、推定で50%以上の甚大な損害を与えたとのことです。敵の進軍は、完全に砂浜で釘付け(ピンダウン)にされています!」
台北の地下深く、衡山指揮所。
幕僚の報告を聞いた指揮所内には、一瞬、安堵の空気が流れた。
開戦以来、圧倒的な兵力差を前に絶望的な報告ばかりが続いていた中で、台湾軍の非対称戦術が完璧に機能し、世界最大規模の中国上陸部隊を水際で粉砕しつつあるのだ。
しかし、頼総統の表情は、微塵も和らいではいなかった。
「……弾薬の消耗状況は?」
総統の低く冷たい声が、指揮所の空気を引き締めた。
「それが……」
兵站担当の幕僚が、顔を曇らせてスクリーンにデータを映し出した。
「ジャベリン対戦車ミサイル、TOWミサイル、およびFPVドローンの消費速度が、事前のシミュレーションを300%上回っています。……敵は、我々が撃破しても撃破しても、全く怯むことなく、文字通り『死体の山』を盾にして後続部隊を上陸させてきています。このままのペースで迎撃を続ければ、沿岸防衛部隊の対装甲火器は、あと『2時間』で完全に底を突きます」
頼総統は、目を閉じて深く息を吐き出した。
キルレシオ(撃破比率)で見れば、台湾軍の圧勝である。数万円のドローンで数億円の装甲車を破壊し、一人の犠牲で十人の敵を殺している。
しかし、中国軍は「100人殺されても、1000人送り込めば勝てる」という、恐るべき人命の浪費を前提とした戦術をとっている。台湾軍の弾薬が尽きた瞬間、その残った数百人が一気に陣地を蹂躙しにくるのだ。
「……中南海の独裁者は、自分の兵士たちを『弾除けの砂袋』程度にしか思っていないのか」
国防部長が、信じられないというように首を振った。
「自国民の命をこれほど無慈悲にすり潰せる国家に、民主主義国家の合理的な計算など通用しません」
「だからこそ、我々は絶対に屈するわけにはいかないのだ」
頼総統は目を開き、力強い声で言った。
「あのような命の尊厳を解さない独裁体制の下に、台湾の二千三百万人の命を差し出すことなど、断じてあり得ない。……各部隊に命じろ。対戦車ミサイルが尽きれば、手榴弾と地雷を使え。それが尽きれば、銃剣で戦え。敵が一人でも砂浜に残っている限り、我々は一歩も退かない」
総統は、通信幕僚の方へと顔を向けた。
「アメリカ太平洋軍(INDOPACOM)へのホットラインを繋げ。我々は十分に血を流し、敵を海辺に釘付けにした。……次は、ワシントンが約束を果たす番だ。グアムと空母からの『第二波』の爆撃で、海峡に浮かぶ敵の後続船団(第二波上陸部隊)を、完全に海の底へ沈めてくれ、とな」
01:55 中国・北京/中南海 中央軍事委員会 地下統合作戦指揮所
「……第一波上陸部隊、桃園および林口の海岸線にて敵の猛烈な抵抗に遭遇。損害率が60%を突破しました。事実上、第一波部隊は壊滅状態です!」
北京の地下バンカー。
巨大なホログラム・テーブルに映し出された台湾の海岸線は、無数の「部隊喪失」を示す黒いバツ印で完全に埋め尽くされていた。
開戦からわずか26時間。
中国人民解放軍は、これまでの数十年間で経験したことのない、数万人規模という未曾有の大量死に直面していた。
「台湾のドローン群とミサイル陣地が、ここまで温存されていたとは……!」
東部戦区の司令官が、脂汗を流しながら呻いた。
「我が軍の水陸両用装甲車(ZBD-05)は、水上での機動力に特化した結果、装甲が犠牲になっている。敵のトップアタック兵器の前には、あまりにも無力だ」
「言い訳は聞きたくない」
円卓の奥から、最高指導者(総書記)の氷のように冷たい声が響いた。
その目には、数万人の兵士が死んだことに対する悲哀も動揺も一切なく、ただ自らの権力基盤と「歴史的偉業」が揺らぐことへの苛立ちだけが渦巻いていた。
「海岸線で第一波が死滅したということは、敵のミサイルとドローンの在庫をそれだけ削り取ったということだ。……敵の弾倉が空になりつつある今こそが、最大の好機である」
総書記は、ホログラム・テーブルの台湾海峡を指差した。
そこには、第一波の惨劇を後方から見つめながら待機している、民間フェリーや徴用船で構成された、さらに巨大な「第二波上陸部隊(主力機甲部隊および歩兵数万人)」の群れが浮かんでいた。
「第二波の輸送船団に対し、全速前進を命じろ。海岸線に乗り上げ、第一波の兵士たちの死体を踏み越えて、台湾の防衛陣地を完全に蹂躙しろ」
「しかし総書記!」
統合参謀総長が、青ざめた顔で進言した。
「現在、アメリカ軍の空母打撃群と爆撃機が、我が方の船団を狙ってフィリピン海から新たなミサイル攻撃の準備に入っているとの情報があります。防空艦の護衛が薄くなった無防備な民間輸送船団(第二波)をこのまま前進させれば、アメリカ軍のミサイルの格好の標的になります! 一旦、本土の防空網の傘の下まで後退させるべきです!」
「後退だと?」
総書記の目が、蛇のように細められた。
「この期に及んで撤退を口にする者は、反逆罪とみなす。……アメリカ軍がミサイルを撃ってくるなら、撃たせておけ。奴らのミサイル一発の値段で、我が国は十隻の船を造れる。奴らのミサイルが尽きるのが先か、我が軍の兵士が尽きるのが先か、勝負してやろうではないか」
午前2時00分。
血塗られた台湾海峡の夜に、いかなる合理性も人命の尊厳も無視した、純粋な狂気の命令が下された。
中国軍の主力となる数千隻の第二波輸送船団が、轟々たるエンジン音を響かせながら、死の待つ台湾の海岸線へと一斉に進撃を開始する。
しかし彼らの頭上、はるか成層圏の彼方では、アメリカ空軍の放つ、これまでとは次元の違う「ステルスの鉄槌」が、音もなくその巨大な鎌を振り上げようとしていたのである。
この話はシミュレーション小説であり現実のいかなる国を中傷するものでは有りません。




