第27話「ステルスの鉄槌」
【作中時間】2026年6月21日 02:00 - 03:00(台湾標準時 / UTC+8)
※日本標準時(JST / UTC+9):6月21日 03:00 - 04:00
※チャモロ標準時(グアム / UTC+10):6月21日 04:00 - 05:00
02:05 フィリピン海上空/高度4万フィート(米空軍 B-21「レイダー」爆撃機編隊)
太平洋の漆黒の夜空を、音もなく滑るように飛ぶ四つの巨大な影があった。
尾翼を持たず、機体全体がひとつの滑らかな翼で構成された全翼機。アメリカ空軍が誇る最新鋭の第6世代ステルス戦略爆撃機、B-21「レイダー」の編隊である。
機体の表面を覆う特殊な電波吸収塗料(RAM)と、計算し尽くされた滑らかな曲線は、中国軍のいかなる早期警戒レーダーにも「ゴルフボール大」の反応すら返さない。彼らは文字通り、空を飛ぶ『幽霊』であった。
「……こちらゴースト・リーダー。システム・オールグリーン。ステルス・プロファイル、完全に維持されている」
編隊長を務める機長は、グラスコックピットの薄暗い光の中で、淡々と計器をチェックした。
彼ら「ゴースト・フライト(幽霊編隊)」は、数時間前、中国軍のDF-26ミサイル(グアム・キラー)がアンダーセン空軍基地の滑走路を完全に粉砕する『わずか15分前』に、緊急スクランブルでグアムを飛び立っていた。
背後で火の海となった基地と、死んでいった地上要員たちの無念を背負いながら、彼らは一度も無線を発することなく、フィリピン海を西へ――台湾方面へと向けて飛行を続けてきたのだ。
「ゴースト・リーダー、こちらゴースト・ツー(2番機)。ハワイのINDOPACOM(インド太平洋軍司令部)より、戦術データリンク(MADL)経由で最終目標データパッケージのダウンロードが完了しました」
兵器システム士官(WSO)が、低い声で報告する。
「ターゲットは、台湾海峡を横断中の中国軍『第二波上陸部隊』。……数は?」
「……およそ、大小合わせて1,200隻以上。民間フェリー、RO-RO船、砂利用のハシケまで混ざっています。海峡を埋め尽くすほどの、文字通りの『壁』です」
機長は、ヘルメットのバイザー越しに前方の暗闇を見据えた。
「B-1Bの連中が第一波を削ったが、敵は全く怯んでいないようだな。……中南海の指導部は、本気で自国の人民を弾除けにして海峡を渡り切るつもりだ。狂っている」
「我々の仕事は、その狂気を止めることです、機長」
B-21レイダーの巨大な腹部には、B-1B爆撃機と同じく、大量のAGM-158C「LRASM(長距離対艦ミサイル)」が詰め込まれていた。
しかし、B-21の真骨頂は「ミサイルを運ぶこと」ではない。機体そのものが巨大な「空飛ぶスーパーコンピューター」であり、味方のF-35C戦闘機、イージス艦、海底の潜水艦、さらには宇宙空間の偵察衛星とリアルタイムでデータを共有し、最も効果的な殺戮の計算をAIが行う点にあった。
「これより射撃シーケンスへ移行する。……神よ、我らの行いをお許しください」
機長の呟きとともに、高度4万フィートの成層圏で、4機のB-21のウェポンベイ・ドアが静かに開かれた。
極低温の空気が機内に入り込むと同時に、真っ黒なステルス形状のLRASMが、次々と暗黒の空へ向けて投下されていく。
ドスッ、ドスッ、という重い投下音が連続し、合計数十発のミサイルが空中に解き放たれた。
ミサイルは自由落下しながら小さな主翼を展開し、ターボファン・エンジンに点火。炎の尾を引くことなく、冷たい夜の海面スレスレまで一気に急降下し、超低空飛行へと移行した。
「全弾投下完了。ウェポンベイ、クローズ。……これより反転し、後方空域の空中給油ポイントへ向かう」
B-21レイダーの編隊は、自らの手を汚すことも、敵の防空網に触れることもなく、無慈悲な鉄槌を振り下ろしただけで、再び太平洋の暗闇の中へと姿を消していった。
02:20 台湾海峡(台湾本島沖合 30キロ)/中国人民解放軍 第二波上陸船団
台湾海峡のど真ん中。
中国人民解放軍の「第二波上陸船団」は、海面を真っ黒に埋め尽くすほどの異常な密集陣形で、台湾の海岸線を目指して猛進していた。
その中の一隻、2万5,000トン級の巨大な民間カーフェリー「東方之珠」。
平時は上海と日本の大阪を結ぶ優雅なクルーズフェリーとして運航されていたこの船は、現在、中国陸軍の主力戦車(99A式戦車)約40両と、完全武装の歩兵3,000名を飲み込んだ、巨大な「動く兵舎」と化していた。
「……前方の海面に、無数の残骸と死体が浮いています! 第一波の部隊のものです!」
ブリッジで双眼鏡を覗いていた一等航海士(民間から徴用された船員)が、震え上がった声で叫んだ。
「気にするな! 止まれば我々が標的になる。そのまま踏み潰して前進しろ!」
船を指揮している中国軍の政治将校が、冷酷に怒鳴りつける。
彼らは、第一波部隊が台湾軍の水際陣地で大虐殺(カジュアリティ60%以上)に遭っているという悲惨な報告を聞かされていた。しかし、後退は許されない。彼らの任務は、第一波が作った「血の道」を通って、台湾の港湾施設に直接乗り上げ、重戦車部隊を一気に揚陸させることだった。
「……レーダー手、周辺空域に異常はないか?」
将校が、神経質に問う。
「異常ありません。周辺を護衛している052D型駆逐艦のデータリンク情報でも、敵の航空機やミサイルの接近を示すエコーはゼロです。……アメリカ軍のミサイル攻撃は、先ほどで一段落したようです」
レーダー手が、安堵の息を漏らしながら答えた。
彼らは大きな勘違いをしていた。
レーダーに映らないからといって、そこに「何もない」わけではないのだ。
同じ頃、彼らの船団からわずか数十キロ手前の海面スレスレを、アメリカ空軍のB-21から放たれたLRASMの群れ(スウォーム)が、音速に近い速度で殺到していた。
LRASMは、強力なレーダー波を出して自らの位置を知らせるような愚かな真似はしない。ミサイル先端に搭載されたAIとパッシブRF(電波)センサーが、中国軍の駆逐艦が出しているレーダー波を「逆探知」し、その探知範囲の隙間を縫うようにして自律的に飛行ルートを変更していたのである。
ミサイル同士がデータリンクで会話を交わす。
『目標群、探知』
『敵の防空艦(駆逐艦)を迂回。最もRCS(レーダー反射断面積)の大きな非武装の大型船を優先目標に設定』
『突入タイミングを同期。飽和攻撃を開始する』
AIが下した冷酷な計算結果に基づき、LRASMの群れは、護衛の軍艦を完全に無視し、その後方に密集している巨大な民間フェリー群へと狙いを定めた。
「……なんだ、あの音は?」
東方之珠のブリッジにいた船長が、夜の海から響いてくる、ジェットエンジンのような微かな風切り音に気づき、耳を澄ませた。
次の瞬間、漆黒の海面の闇を切り裂くようにして、真っ黒な飛翔体が肉眼で確認できる距離に突如として現れた。
レーダー警報(RWR)が鳴る暇すら、一秒たりともなかった。
ズガァァァァァァァァァンッ!!!!!
東方之珠の右舷中央部、喫水線のわずか上に、2発のLRASMが立て続けに突き刺さった。
厚さ数センチしかない民間船の薄い鋼板など、徹甲弾頭の前ではティッシュペーパーに等しかった。ミサイルは船体をやすやすと貫通し、3,000名の歩兵と燃料満載の戦車が密集している巨大な車両甲板のど真ん中で、数千度の熱と爆風を解き放った。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
ブリッジの窓ガラスが衝撃波で粉々に吹き飛び、船長と政治将校の体は、紙屑のようになぎ倒された。
船体の下部から、想像を絶する巨大な火柱が夜空に向かって数十メートルの高さまで吹き上がる。99A式戦車の弾薬庫が次々と誘爆を起こし、2万5,000トンの巨体が、まるで内部から膨張する風船のようにひしゃげ、真っ二つにへし折れた。
地獄は、東方之珠だけでは終わらなかった。
海峡を埋め尽くしていた他のRO-RO船や輸送艦にも、AIによって割り振られたLRASMが次々と吸い込まれていく。
防空網を突破された中国軍の駆逐艦が、慌ててCIWS(近接防御火器)のガトリング砲を撃ちまくるが、すでに遅すぎた。彼らが守るべき「輸送船」という名の柔らかい腹は、見えないステルスのメスによって完全に切り裂かれていたのである。
「……退船! 退船しろぉぉっ!!」
燃え盛る船内で、火だるまになった兵士たちが、絶望的な悲鳴を上げながら暗く冷たい海へと次々に飛び込んでいく。
しかし、重い装備を着たまま荒波に投げ出された彼らを待っていたのは、溺死か、あるいは漏れ出した重油の炎に巻かれて焼死するという、究極の二択しかなかった。
数万人の命を載せた第二波輸送船団は、アメリカ軍の圧倒的なテクノロジーによる「見えない鉄槌」を脳天から食らい、海峡の真ん中で完全な阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
02:40 ハワイ・オアフ島/アメリカ・インド太平洋軍(USINDOPACOM)司令部
「……B-21ゴースト・フライトより、全弾着弾の確認。BDA(戦闘被害評価)システム、作動。……敵の大型輸送船団に対し、壊滅的な打撃を与えました」
ハワイの地下統合運用センター(JOC)。
巨大なスクリーンに映し出された、無数の火柱が上がる台湾海峡の赤外線衛星映像を見つめながら、情報将校が静かに報告した。
センター内には、歓声は一切湧き起こらなかった。
軍人たちもまた、あのスクリーンの中で、何万人という人間が鉄の棺桶に閉じ込められたまま海の底へ沈んでいっている事実を、痛いほど理解していたからだ。戦争とはいえ、これほど一方的な「大量殺戮」を見せつけられれば、誰の心にも冷たいしこりが残る。
「……被害の推定は?」
インド太平洋軍司令官(海軍大将)が、コーヒーカップを握りしめたまま、重苦しい声で尋ねた。
「敵の第二波船団のうち、少なくとも40隻以上の大型輸送船・フェリーを撃沈、あるいは航行不能に追い込んだと推定されます。これに乗船していた中国軍の兵力は……控えめに見積もっても、2万人から3万人が海没したと思われます」
「たった数十発のミサイルで、3万人の命が消えたか。……テクノロジーの進化は、死の効率化でしかないな」
司令官は、深い溜息をついた。
しかし、戦術将校が直後に告げた報告は、その感傷を冷酷に打ち砕くものだった。
「司令官。……敵の船団、止まりません」
「なんだと?」
「LRASMの直撃を免れた残存船団――それでもまだ数百隻以上存在します。彼らは、炎上する味方の船の残骸を文字通り『掻き分けながら』、速度を落とすことなく台湾の海岸線へ向けて前進を続けています! さらに、後方の福建省の港からは、小型の漁船やレジャーボートまでを動員した第三波が、海峡へ漕ぎ出し始めています!」
司令官は、スクリーンの前へ歩み寄り、信じられないものを見る目で赤い光点の群れを睨みつけた。
「3万人の犠牲を出して、なおも前進を続けるというのか? あの中南海の連中は、自国民の血が全て流れ尽きるまでこの突撃を止めない気か!」
アメリカの軍事的常識――合理的な損耗率に基づいた戦術的撤退――という概念が、中国の「人海戦術」という純粋な狂気の前で完全に崩れ去っていた。
「司令官! 台湾の衡山指揮所より、緊急の救援要請(SOS)です!」
通信将校が悲鳴を上げた。
「台湾西海岸、台北港および台中港の周辺。……中国軍の強行上陸部隊(第一波の残存)が、台湾軍の弾薬切れの隙を突き、ついに『港湾施設の確保(橋頭堡の確立)』に成功した模様です!」
「……最悪だ」
司令官は、指揮台のコンソールを激しく叩きつけた。
「港を取られたということは、敵はクレーンを使って重戦車や自走砲を直接陸揚げできるようになる。……台湾軍の市街地防衛部隊だけでは、装甲化された機甲師団の進撃は止められないぞ」
アメリカ軍の高価なステルス兵器は、中国の無尽蔵の「血と鉄の波」を削り取ることはできたが、完全に押し留めることはできなかった。
台湾海峡に沈んだ数万人の死体を文字通り「踏み台」にして、中国人民解放軍の狂気の矛先は、ついに台湾の喉元へと深く、致命的に突き刺さったのである。
02:55 台湾・新北市/台北港周辺
台湾北部の主要な物流拠点である台北港。
平時であれば、日本やアメリカからやってきた巨大なコンテナ船が行き交い、ガントリークレーンが休むことなく稼働しているこの近代的な港湾施設は、今や完全に異形の軍事要塞へと姿を変えていた。
「……急げ! 民間船の残骸をブルドーザーでどかせ! 揚陸スペース(ランプウェイ)を確保するんだ!」
顔を泥と血で真っ黒に染めた中国軍の陸戦隊(海兵隊)の将校が、防波堤の上でメガホンを握りしめ、狂ったように叫んでいた。
港湾施設を守備していた台湾軍の陣地は、弾薬の枯渇と、中国軍の死を恐れぬ波状攻撃(突撃)によって数十分前に完全に沈黙し、兵士たちは市街地へと後退していった。
至る所に台湾兵と中国兵の死体が転がり、破壊された装甲車が黒煙を上げている。
しかし、中国軍にその死体を片付ける暇はない。
「来たぞ! 第二波の輸送艦だ!!」
兵士の一人が、夜の海を指差して歓声を上げた。
アメリカのLRASMによる地獄の殺戮をくぐり抜け、奇跡的に生き残った中国軍の正規揚陸艦(071型)と、数隻の大型RO-RO船が、防波堤を縫うようにして港へと滑り込んできた。
ガァァァァンッ!!
という巨大な金属音とともに、輸送船の船尾ハッチが直接、岸壁に叩きつけられた。
「よし! 道は開けた! 全車、揚陸開始!!」
ディーゼルエンジンの重厚な咆哮とともに、船の腹の中から、これまで砂浜には直接上陸できなかった「本命の怪物たち」が、次々とその姿を現した。
125ミリ滑腔砲を備え、重さ50トンを超える中国陸軍の主力戦車「99A式戦車」。
そして、市街地を粉砕するための「05式155ミリ自走榴弾砲」の群れである。
キャタピラがコンクリートの岸壁を削り取りながら、無敵の機甲部隊が台湾の土を踏みしめる。
水際での死闘を生き延びた中国の歩兵たちが、ついに到着した重装甲の味方を見て、狂喜の声を上げ、涙を流して戦車の装甲に抱きついた。
「……これで、我々の勝ちだ」
上陸部隊の指揮官は、戦車のキューポラ(砲塔上部のハッチ)から顔を出し、炎に包まれた台湾の夜空を見上げた。
「第一波の同志たちが流した血は、無駄ではなかった。……これより全軍、台北市街地へ向けて進撃を開始する。夜明けまでに、総統府に五星紅旗を掲げるのだ!」
午前3時00分。
開戦から27時間が経過。
台湾防衛の要であった「水際での撃滅」というシナリオは、中国軍の数万人規模の犠牲を伴う執念によって完全に打ち砕かれた。
無傷の重機甲部隊を陸に上げてしまった台湾は、ここから先、コンクリート・ジャングルと化した台北の市街地を舞台に、戦車と歩兵が至近距離で殺し合う、絶望的な「市街地防衛戦」という地獄の最終フェーズへと引きずり込まれることとなったのである。
この話はシミュレーション小説であり現実のいかなる国を中傷するものでは有りません。




