第44話 キャンプ演習と、腹が減るまでの話
「えー、今日は校外授業だ」
タキ・アルコが手を打った。
訓練場に散っていた一年生の視線が、揃って集まる。
「野営地の整備も兼ねて、キャンプ演習を行う。――」
「火起こし、設営、周囲の確認。学院の外で動くための基礎を学んでもらう」
ざわめきが広がる。
「キャンプか」
「外泊ってこと?」
「ええやん、ちょっと楽しそうや」
思った以上に反応が軽い。
まあ、教室に詰め込まれているよりはましだろう。
「遊びじゃないからな」
そう言いながら、タキ自身の声がわずかに弾んでいる。
「一年は三、四人で組め。現地で作業を振る。あと——」
タキが軽く指を上げた。
「チームごとに二年から監督役をつける。指示はそっちに従え」
一瞬、空気が止まる。
「監督?」
「二年が見るんか?」
「ちょっと緊張するな……」
反応は半々だ。
気にしない者と、明らかに身構えた者。
「来年は自分が監督役をすることになるかもしれないんだ。しっかり学ぶように」
「じゃぁ、チームができたら教えてくれ」
タキがパチンと手を鳴らすと生徒達が動き始めた。
「ほな、組むで」
マレオンが肩を叩いてきた。
「テルはうちらな」
「決まりやね。エルちゃん良い?」
左右から挟まれる。
「はい! もちろんです!」
「お前……俺はまだ何も言ってない」
「機会があればって言うてたやん」
「こういうのがその機会やで。なー?」
「はい!」エルが尻尾をぶんぶん振って答える。
会話が成立していない。
「せんせー、できたでー!」
マレオンがもう手を振っている。
俺の意思は最初から数に入っていないらしい。
「よし、そのまま行け」
タキがあっさり通した。
「聞いてない」
「聞く気もなかったやろ」
フィデアが静かに言う。
否定はできない。
***
学院を出て二時間。
森に入ると、空気が少しだけ変わった。
木漏れ日が揺れ、足元に影を落とす。
土は乾いていて歩きやすい。
「思ったより歩きやすいな。整備されとるんやな」
マレオンが周囲を見回す。
「野営地までは頻繁に間引きしているみたいやで」
フィデアがエルとじゃれ合いながら言う。
「なるほどな――おっ!野営地見えてきたで」
「もう人いますね!」
「二年生やろ。先行してるってタキ先生が言ってはったわ」
野営地は、森の中の開けた場所にあった。
大き目のロッジが二棟。簡易的な屋根のある炊事場。石で囲まれた焚き火跡。
ところどころ補修の跡が目立ち、長年かけて維持してきているのがわかる。
(なかなか広いな)
遠くのほうでタキが手を振っていた。
「一年はこっちに来てくれ! 二年を割り当てる」
ぞろぞろと生徒が動く。
広場に着くと、タキ先生の横に、五人の二年生が立っていた。
中にアルヴァがいる。
視線を向けると、逸らされた。
なんだ?
「じゃぁ、一年はさっき決めた班の順番通りに整列!」
「二年はさっき言った通り。後は任せるから、よろしく」
タキ先生を前にして、一年の五班が縦に並ぶ。
二年が動き始め、アルヴァが近寄ってきた。
おいおい、まさかな。
目の前にアルヴァが止まると、さらりと言う。
「この班を担当する。アルヴァ・クラヴィスです」
普段一緒にいるときと表情が違う。
が、視線を合わせようとはしない。
ははん、上級生モードか。
マレオンが小声で呟く。
「テル、アルヴァ様やん、ツイてるな」
「……ああ、そうだな」
「アルヴァさん、有名なんですか?」
「エルさん、知り合い? 二年の中でも優秀って聞くで」
「美人やしな」
「マル!」
「大丈夫、フィーも美人やで」
「そういうのいらんねん」
「全部聞こえてます……」
アルヴァは顔を赤らめる。
こういうアルヴァを見るのも、珍しい。
***
班に割り当てられたスペースに移動する。
テントを張り、薪を組む。
一通り場が整ったところで、アルヴァが手を叩いた。
「じゃあ、ここからは試験で出るやつね」
地面にしゃがみ込み、小さな杭を打つ。
「まずは魔物避け。こんな感じでテントの周りに張るの」
「え、こんなんで効くん?」
マレオンが覗き込む。
「効くわよ。去年、これで助かったから」
さらっと言う。
「……実体験かいな」
「ええ。野営地の周りにも設置しているんだけど、一部壊れてて、夜中に寄ってきたのよ。三匹」
「それ先に言うて?」
フィデアが即座にツッコむ。
アルヴァは小さく笑った。
「だから、ちゃんとやるの」
「次は、罠の張り方なんだけど――ちょっと、こっち来て」
アルヴァはテントの裏手、少し森に入ったところに移動する。
細い糸を木の間に張る。
地面すれすれ。
「魔物が近づいたら音が鳴るわ」
「地味やな」
「地味だけど、この糸が肝心。魔物の魔力に反応するわ」
「へー、魔力にも」
自然と言葉が出た。
さすが王都だ。領より技術が進んでいる。
「そう、引っかからなくてもいいの。すごいでしょ」
「鳴らないです」
エルが、前足でちょんちょん触れていた。
「エルちゃんは、魔物とは魔力の波長が違うみたいね」
「鳴ってたら、広場からみんな飛んできてたわ」
「エル、迂闊に触らないでくれ」
「迂闊じゃないです。確信犯です」
「なおさらだ」
溜息を吐く。
「あとは――」
焚き火の前に移動する。
「消し方」
「え、つけるんじゃなくて?」
「消すほうが大事」
きっぱり言い切る。
「火は目立つからね」
「消すなら、目を閉じてから。開けた瞬間の見え方が違うの」
「どうやって消すんですか?」
「必ず横に砂を入れた器を置いておくの――そして、倒すだけ」
アルヴァは器を倒すふりをする。
「重いです……」エルが器を押そうとするがびくともしない。
「エルちゃんには、ちょっと難しいかも」
「探索は、何が起こるかわからない」
「だから、近づかせない。気づく。遭ったあとも崩れない。それが大事」
「先生みたいだな」
「でしょ」
アルヴァは、テルムに視線を向け、胸を張った。
「はい、ここまで」
ぱん、と手を叩く。
「マレオンさんとフィデアさんは夕食の準備」
「テルム君は火の続きをお願い」
「了解ー」
「ほな、やるか」
各々が動き出す。
アルヴァが作業を眺めていると、エルから声がかかる。
「アルヴァさん。これなんですか?」
変な匂いがします。と、エルがテント脇の缶を前足でちょんちょんしながら、顔を顰めて尋ねる。
「それは、虫よけね。エルちゃんにはちょっと匂いがきついかもしれないわ」
うへーと言って、エルはテルムの方に逃げていく。
アルヴァはエルを視線で追い、火起こしをしているテルムの背中を見る。
近くにより、声をかける。
「テルム君、大丈夫そう?」
「ああ、もう付いた」
目の前ではパチパチと細かい枝が音を立てて燃えていた。
あら、早いのね、と、アルヴァが目を丸くする。
「木が湿ってたから、苦労すると思ったんだけど……」
「風で乾かしたからな」
「ああ、確かに。そういう方法もあるね。――でも、手際良すぎない? 本当に貴族?」
何百年冒険したかわからないからな。
「……田舎だからな」
「ふーん、ヴェレント領ってそうなんだ」
今度、行ってみたいな、と、アルヴァは納得してマレオンとフィデアの方に戻っていく。
「だいぶ辺境を想像してますよ」エルが笑いながら言う。
「田舎なのは変わりない」
「下準備もうできるで! お、もう火ついとるんか、うちが一番やな!」
マレオンの声に周囲を見渡すと、他の班は火起こしで苦戦している。
この森は湿気が多い。なかなか火がつかないのも無理はない。
「テルム」
後ろから声を掛けられた。
振り向くと、フォリアが立っていた。
「うちの班、全然火がつかない」
「湿気が多い。雨季でもないのに…..――なにかコツでもあるのか?」
「ああ、風を使って木を乾かすんだ」
「それは考えたが、簡単には乾かない」
「熱を足すんだ」
「!? 流石、テルム。ただ、火と風を使えるのがうちにはいない――お願いできないか?」
「そうだな……」
火さえつけば、その火で乾かせる。
「数本ならいいぞ」
「助かる。今持ってくる」
フォリアが自分の班に戻り3本の薪を持ってくる。
手をかざす。熱を含んだ風が薪を包み、湿った黒から乾いた茶へと色が変わっていく。
フォリアが唖然とする。
「こんなに早いのか……」
「風の流れを工夫すると、違う」
「興味しかないが……」
ちらっとフォリアが班の方をみると、急げ急げと手招きされていた。
「今度、教えてくれ。助かった」
薪を抱えて、フォリアが班に戻っていく。
アルヴァがちらりとこちらを見る。
すぐに視線を逸らした。
焚き火の音だけが残る。
「お疲れさん。下準備できたで」
「――腹、減ったやろ?」
フィデアから声がかかった。




