表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十四回転生した賢者はそろそろ幕を下ろしたい ~終わらない原因の女神を猫の従魔にしたので、今世でケリをつけます~  作者: 在河琉盤
序章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/22

第4話 喋る猫と帰る

神界パートです。

屋敷の門をくぐると、石畳の音が変わった。


外の雑踏が遠ざかり、庭の静けさだけが残る。


手入れの行き届いた木が並ぶ短い道。その先に玄関がある。


使用人が数人、出迎えに出ていた。


若い男が一人、中年の女が一人、それから門番が二人。


全員が背筋を伸ばし、三男の晴れの日の帰還を迎える顔をしていた。


どのような神託を得たのか。


どのようなスキルを授かったのか。


——皆、楽しみにしていた。


その顔が、一瞬で固まった。


「……猫、ですか」


「従魔だ」


テルムが短く言って、中に入ろうとした。


そのとき、エルが立ち止まり、


使用人たちの方をまっすぐに向いて、


行儀よく頭をすっと下げた。


「よろしくお願いします」


三秒ほど、誰も動かなかった。


呼吸すら止まったような沈黙。


「……喋った」


「喋りましたね」


「今、喋りましたよね」


「喋りましたよ、今」


使用人たちが小声で確認し合っている。


テルムは立ち止まって、エルを見た。


「……喋るのか」


今さらの確認だった。


「知ってましたよね?」


「人前で喋るとは思わなかった」


エルが首を傾げた。「挨拶は基本ですよ。お世話になるので」


テルムは天を仰いだ。


振り返らないことにした。


——考えるのは後だ。


使用人たちがまだざわついていた。


***


父親の執務室は、屋敷の奥にある。


廊下の突き当たり。


重い木の扉は常に閉まっていて、ここから先は空気が少し違う。


子供の頃から何度も通っているが、ここだけは慣れない。


テルムが扉を開けると、父親は執務机の前に座っていた。


書類から目を上げ、テルムを見た。それからエルを見た。


ただ、静かに見た。


この人はいつもそうだ。反応の前に観察がある。


「神託の儀から戻りました」


「うむ」


「報告があります」


テルムは一拍置いた。


「神獣を預けられました。育てろと」


部屋の中の空気が、少しだけ変わった。


「……神獣」


「はい」


父親の視線がエルに戻った。


エルは行儀よく、その視線を正面から受け、さも当たり前かのように挨拶をした。


父親の目が、わずかに見開かれた。


「喋れるのか」


「はい」


「……種は」


「わかりません。神殿の方も見たことがないとのことで、記録が残っていないようです」


父親の視線がエルに戻った。


しばらく、言葉がなかった。


「……雑に扱うわけにもいかんな」


困惑とも納得ともつかない、低い声だった。


それ以上は問われなかった。


テルムも、何も話さなかった。


***


執務室とは反対側、庭に面した静かな離れがテルムの自室である。


「少し離れてるんですね」


「いろいろやらかしたからな」


幼い頃から実験で何度か屋敷を壊しかけた。


その結果、ここになった。


テルムはこの自室を気に入っている。


ここなら前世で得た知識の再現をしても、誰にも邪魔されない。


地下室を掘った。


研究室も作った。


怒られもした。


それでも、やめなかった。


自室の扉を閉め、上着を椅子の背にかけた。


長かった。


(いつも思うが、生まれてから儀式までの十五年が長すぎるな)


——ようやくか。


ほぅと息を吐いたところで、気づく。


「……人型になれるのか?」


エルもといエランがテルムを見た。「えっ?なれますけど。知ってましたよね」


「地上では猫型、と。そういうものだと」


エランが少し目を丸くした。


「……それだとラノベ読めなくないですか」


(そういうものなのか?)


「自由に切り替われるものなのか?」


エランが「では」と言うように一呼吸置いた。


柔らかな光に包まれ、猫の姿に戻る。


また次の瞬間、猫の輪郭がぼやけそこに人が立っていた。


白い衣。


明るい髪。


神殿で見た姿と同じだが、なんだかとても得意気な顔をしている。


片手を腰に当てて何かを待っている顔だ。


——どこで覚えたんだそのポーズは。


(絶対ラノベだな)


「ほら、何かありませんか?」


「……普通だな」


「普通」


エランが不服そうな顔をした。「もっと他の感想ありませんか」


「人間と見分けがつかない。目立たなくて良いと思う」


「なんですかそれ、そんな褒め方聞いたことないですよ」


「褒めていない」


***


ゆっくりとした時間が過ぎる。


テルムは机の整理を始めていた。


エランは好き放題、本棚を物色している。


「ほう、なかなか揃っていますね」


「この本棚の高さ、最高ですね」


「この棚の質感、本にぴったりです」


(見る点が、少々独特だが)


エランはテルムのほうを見る。


「テルムくん、本が好きなんですね」


「そうでもない。集めているだけのものも多い」


「これは?」


「魔術の専門書だ。今世ではもう読み終えた」


「これは?」


「過去に役に立ったものを、今世の版で見つけた」


「過去の——」エランが手を止めた。振り返る。「そういうのが、あるんですね」


「ある」


短く答えてから、テルムは机の引き出しを開ける。


ペーパーナイフを取り出そうとした。


エランが何かに気づき、「あ」と声をあげる。


「その紙の束、なんですか」


「……覚えていることを書き留めている。全部じゃないが」


エランがそっと手を伸ばした。テルムは止めなかった。


束を受け取ると、思ったより重みがあった。


表の一枚から、ゆっくりとめくり始める。字が細かい。


余白に図が走り、その余白にまた字が足されている。


一枚、二枚、三枚。字、図、字。ページが増えるほど密度が上がっていく。


「すごい……」


ほんの少しだけ、声が揺れていた。


どれくらいの時間と、どれくらいの世界が、ここに収まっているのか。


エランはそれをすぐには言葉にしなかった。


途中で、手が止まった。


魔法陣が描かれたページだった。


幾何学的な線が複数走り、記号が密集している。


「……これ、なんですか」


「古い魔術の構造図だ」


「今世とは形式が違うが、組み換えれば再現できる可能性がある」


「まだ途中だ」


エランがしばらく、そのページを見ていた。


「いいですね!これ、続きをやってみましょう!」


「……なぜ」


「なんとなく、ラノベで見たものに似ている気がします」


「絶対、楽しいですよ」


テルムはため息を吐く。


少し間を置いた。


(もともと進めるつもりだったし、まあいいか)


「材料が足りていない。今ある素材では組み換えが試せない」


「買いに行くか」


エランの顔が、ぱっと明るくなる。


「私もいっていいですか」


「好きにしろ」


エルの姿に戻るのを確認してから、


テルムは上着を取った。


——まずは、使えるものから使うか。

本日あと一話更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ