第3話 貧民街と三つのルート
テルムは貧民街へ駆けていた。
横でエルが飛ぶ。
「テルムくん、スキル狩りってなんですか?」
「神託でスキルを得た子供を攫って、奴隷商に流す——悪どい商売だ」
「子供を攫う……」
「まさか、貴族の子供にまで手を出すとはな。この国は思った以上に歪んでるのかもしれない」
「わたしの与えたスキルで、そんなことに……」
「気にするな、悪いのは攫ったやつに決まってる——奴隷商に接触するまでが勝負だ」
「場所はわかるんですか?」
「さっきの従者から、魔力印を預かった。これで魔力を辿れる」
方向がわかる程度だが——十分だ。
「被害者のところにひとっ飛びですね!」
「いや、まずは情報だ。うちの領に奴隷商はいない。決まったルートから外に向かうはず」
「なるほど、間に合いたいですね」
「ああ」
***
暫く駆けると、石畳みが途切れ雑な石道となる。
空気が澱み、錆びた鍋や食器が無造作に転がっている。
「ここが貧民街ですか……」
「離れるなよ。エルは金になりそうだから、すぐ攫われるぞ」
「えっ!? テルムくんは平気なんですか? 貴族の子どもが来るところじゃないですよね?」
「俺は色々やらかしてるからな」
「何やらかしたんですか!?」
懐かしい話だ。悪党退治と称して、兄弟で暴れ回った。
それ以来、誰も近寄らない。
「着いたぞ」
貧民街の中ほどにある小さな酒場の前でテルムは止まった。
看板はない。内部は薄暗く、昼間だというのに人の気配がまばらに沈んでいる。
エルはテルムの肩に乗り、息を潜める。
カラン。
扉を開けると、乾いた音が鳴り響いた。
一歩、二歩踏み込む。
途端、空気が止まり、視線が一斉に突き刺さる。
「ヴェレントの三男坊……」
誰かが呟いた。息を飲む音が聞こえる。
テルムは気にせず、奥に進んだ。
カウンターの端に、一人の男が座っていた。
背が高い。身なりは悪くないが、どこかくたびれている。鋭い目で周囲を一瞥する癖があった。
スネークと呼ばれる。この辺りを仕切る男だった。
「おやおや——ヴェレントの坊ちゃん、こんなところでどうしました?」
「急用でな。奴隷商へのルートを教えて欲しい」
スネークの眉が動く。
「私たちのルールをお忘れで?」
「貸しがあっただろ?」
テルムとスネークが睨み合う。誰も口を挟まない。
暫く静寂。
スネークが視線を外し、酒場の奥のほうに向く。
「おい、坊ちゃんに説明を」
ガタン。
暗闇の奥、何かが動く音が聞こえた。
闇が揺らぎ、一拍。一際がたいの良い男が出てくる。
手には地図を持っている。
カウンターの上に地図を広げ、三点を指し示す。
「ルートは三つ、北の農地、南の倉庫街、東の牧場」
テルムは手の中に視線を落とした。
「その中なら南の倉庫街だ。時間は?」
男がスネークに視線を送ると、スネークは静かに頷く。
テルムの方に向き直り、口を開いた。
「……次は明日の日の出だ」
「わかった」
(それだけ時間があれば十分だ)
テルムは南の倉庫街のルートを記憶し、踵を返して、出口に向かって歩き出す。
その背に、スネークの声がかかる。
「坊ちゃん、これで貸し借りなしですぜ」
(散々貸しを作らせておいて、よく言う)
「……また俺に貸しを作らせるなよ」
振り返らず、酒場を出た。
カラン。
乾いた音が鳴り終わると、エルが大きく息を吸う。
「すごいですね! まるでギャングの一シーンです」
「”ぎゃんぐ”が何か知らないが——楽しむな。急ぐぞ」
***
貧民街を南に抜ける。
その先に、倉庫街が広がっていた。
領南に広がる伯爵量との流通を一手に担っており、規模が大きい。
テルムは一帯の倉庫を見渡せる一段高い建物に登った。
眼下には所狭しと倉庫が並び、積まれた木箱の影が夕陽に引き延ばされて、まるで迷路のように絡み合っていた。
「この中のどこかにいる」
人を隠すには十分だ。
「この中に……」エルが緊張感を増していく。
テルムは手元に一度視線を落とし、倉庫へ向き直る。
「魔術印が反応しない。結界だ」
「えっ? この後、どうするんですか?」
エルの尾が小さく揺れる。
テルムはポケットの中に手を入れ、十ほどの種を握る。
「これを使う」
腕を振り、ばらりと地面に撒いた。
地面に当たるなり、種は弾け、中から手のひらサイズの木のゴーレムが次々と生まれた。
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