第2話 ポンコツ女神を詰める日
第2話です。
——今日、女神を問い詰める。
(場合によっては、拘束する)
神殿へ向かう馬車の中で、テルムは目を閉じていた。
(十四回分の神託は、全て嘘だったのか、今日で明らかになる)
テルミアは、今世では小貴族ヴェレント家の三男テルムとして生まれ、今年で十五歳になった。
十五歳になれば、神託とスキルを授かる。
この国では当たり前の儀式だ。
他の子供たちにとっては、一生に一度の晴れの日だろう。
しかしテルムにとっては意味が違う。
この場は——尋問の場に他ならない。
***
街の中心に近づき、ゆっくり目を開ける。
今日の段取りは、もう頭の中で組んである。
まず前世の条件確認。
次に転生が止まらなかった理由の問い詰め。
泣かせるつもりはないが、泣いても止めない。
感傷に引きずられるほど、もう若くない。
——若く見えるだけで。
窓の外の声が増えてきた。
参道に近づくにつれ、人の気配がざわざわと膨らんでいく。
馬車がゆっくりと止まった。
外に出ると、エラン教会の白い塔が目に入った。
王都でも特に古い建物のひとつだ。
神殿前の広場には、すでに何組かが集まっていた。
ここに来るのは皆、似たような家格の子供たちだ。
見知った顔がこちらに気づいて近づいてくる。
「……やっぱり来てたんだ」
「当たり前だ」
「神託、来なかったらどうしようって思わない?」
「……思わない」
「なんで?」
「来る。必ず」
ぶっきらぼうに答えると、その子は少しだけ表情を和らげた。
「……そう言ってくれると、なんか安心する」
テルムは前を向いた。
来ることは保証できる。
何度も確認しているのだから。
神殿の扉は、大人の背丈の五倍はあった。
白大理石に金の透かし彫り。女神の紋章が中央に刻まれている。
名乗ると神官が深く礼をし、奥へと案内された。
天井は視界の外まで続き、柱の聖句が灯篭の光に浮かび上がる。
足音が響く。
何度転生しても、どの時代でも——この雰囲気だけは変わらない。
テルムは息を一つ吐いた。
さて、時間だ。
***
白い光の中に降り立つと、女神はもう待っていた。
この空間には床も天井もない。
ただ、どこまでも続く柔らかな白だけがある。
何度来ても慣れない。
——いや、慣れたくない。
女神はいつも通り、中心に立っている。
ふんわりとした明るい雰囲気。
柔らかく波打つ髪。
いかにも「女神です」という顔で、変わらず微笑んでいる。
邪気がない。
邪気がないのが、いちばん厄介だ。
「テルムくん! 今世もよく来ました!」
「……毎回強制的に来させられてるんですが」
「元気そうで良かったです!」
「聞いてないですね」
「今世はどうですか、慣れてきましたか、十五歳の体!」
「慣れたくありません」
「若いっていいですよね!」
テルムは脱力した。
この女神に言葉は三割しか届かない。
残りの七割は、笑顔で塗り潰される。
長い付き合いで学んだことのひとつだ。
***
「では、今世の神託を授けます!」
女神が胸を張る。
「少し待ってください」
「え?」
「その前に確認したいことがあります」
女神の笑顔が、微妙に固まった。
「前世の条件、果たしましたよね」
「……はい」
「魔王、倒しましたよね」
「……はい」
「勇者も支えました。世界も救いました」
「……はい」
テルムは一呼吸置いた。
「では、なぜ私はまた転生しているのですか」
沈黙。
白い空間が静まり返る。
女神の視線が揺れた。
「……その件なんですけど」
「聞きます」
「少し、複雑で」
「聞きます」
「怒るかもしれなくて」
「話次第です」
逃がさない。
***
女神は観念したように息を吐いた。
話を聞くにつれ、テルムの感情は静かに平坦になっていく。
要するにこうだ。
転生スキルは本来、神の従者を生み出すための上位スキル。
それをこの女神は、勢いで人間に付与した。神専用だと知らずに。
その結果——解除の仕方が分からなくなった。
「……それが、私ですか」
「……はい」
静寂が落ちる。
「……なんで、そんなことに」
「……ラノベで読んで、使ってみたくて。本当に軽い気持ちで……ごめんなさい」
てへ、と笑った。
テルムは三秒、女神を見つめた。
「毎回の神託で誤魔化していたってわけです?」
「……適当ではなく、その都度真剣に——」
「農村に生まれて出会いがゼロだったんですが」
「それは想定外で——」
「海のない世界に海を探しに行かされたんですが」
「あれは本当に申し訳なくて——」
テルムは一拍置いた。
「虫になったんですが」
女神が固まった。
「……虫、ですか」
「ある時、全部嫌になって死を選んだら、虫になりました。意識はありました。声は出ませんでした」
「それは——」
「蜘蛛の巣に引っかかって、ゆっくり死にました」
白い空間に言葉が落ちる。
「……本当に申し訳——」
「足が八本ありました」
「それは蜘蛛では——」
「……」
(言いたいのは、そういうことではない)
怒りは、言葉になる前に消えていった。
***
しばらく沈黙が続いた。
女神は小さくなっていた。
いつもの自信満々の姿は影もない。
テルムは追い打ちをかけなかった。
「終了条件は」
女神が顔を上げる。
「……本来は、役目を終えれば止まるはずで」
「……役目」
「……神託を達成すれば止まると思うじゃないですか……? 私も確認したんです。上位神にも掛け合って……会ってくれませんでしたけど」
「……つまり」
「……よく分かりません」
テルムは静かに息を吐いた。
神の常識は、人には分からない。
そしてこの女神だけでは、解決できない。
だが。
ここで終わらせる。
神界に戻られれば、次に会えるのは次の転生後だ。
それでは遅い。
——ここで終わらせる。
もう、次はない。
ならば——
こいつを使う。
(従魔契約で縛る)
過去の記憶にある。
人と契約し、現世に留まる精霊。
——神に使えない理由はない。
(女神には、責任を取ってもらう。絶対)
テルムの意図を感じ取ったのか、女神が後ずさった。
「……あっ、そろそろ時間ですね!ではまた来世で!」
光が広がり始める。
逃がすか。
術式を展開した。
白い空間に幾何学的な紋様が走り、女神の周囲を囲む。
「ちょ、ちょっと——これ何ですか!?」
「従魔契約です」
「え?」
「今世で終わらせる方法を探してもらいます」
「そんな話してましたっけ!?」
「今しました」
光が膨らんでいく。
女神が何か言いかける。
だが——
その前に、白がすべてを塗り潰した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
本日このあとも更新予定です。




