第26話
王宮
――大広間前ホール
昼下がりの社交時間。
貴族令嬢や文官、侍女たちが行き交う中、空気がわずかにざわめいた。
理由は明白、第三王子ヘンリクがわざわざ人目の多い場所に現れたからだ。
その視線の先にいるのは――
「シシィ。」
軽やかな声とともに、彼はためらいなく歩み寄り、周囲の会話が一瞬で静まる。
「殿下。」
シシィが礼を取ると、ヘンリク王子は気にした様子もなく微笑んだ。
「今日は贈り物ではない。直接言いに来た。」
「何をでしょうか。」
「君に会いたかった。」
周囲から、抑えた息が漏れる中、ヘンリク王子は続けた。
「花や物では足りないと分かったからな。顔を見て伝えることにした。」
その距離は、王族と令嬢の公式距離よりわずかに近い。
「近い内にまた二人で茶をしよう。今度は時間を長く取る。」
明確な次の約束に周囲からざわめきが広がる。
その瞬間――
「殿下。」
低く、よく通る声。
近衛隊長アーサーが、巡回の隊員たちを伴ってホールに入ってきた。
空気がさらに張り詰める。
アーサーは二人の前で止まり、形式通り一礼した。
「警備確認のため、当ホールの一時動線整理を行います。」
副官が即座に動き、さりげなく周囲の人の流れを変えていき、シシィの周囲に近衛が配置される形になった。
ヘンリク王子が小さく笑う。
「随分と大掛かりだな。」
「王宮内でも不審者対策は必要です。」
「俺の前で?」
「例外はございません。」
ヘンリク王子は面白そうに目を細めた。
「なるほど。近衛隊長は権限をフル活用か。」
「安全確保です。」
「俺への牽制ではなく?」
「職務です。」
周囲には聞こえない程度の声量で、ヘンリク王子が囁く。
「必死だな。」
アーサーの表情は変わらない。
「警備は常に全力です。」
そのまま副官へ命じる。
「本日より、ヴァルモン伯爵令嬢の王宮滞在中は近接警護レベルを一段階上げる。」
「了解。」
完全に、制度を使った囲い込みだった。
ヘンリク王子が小さく肩を揺らす。
「面白い。守るつもりなら、最後までやれ。」
「そして、シシィ。守られているだけの立場ではいられないぞ。選ぶのは、君だ。」
その言葉を残し、王子は去っていった。
静まり返ったホール。
数秒後、アーサーが低く言う。
「送り届けよう。」
「アーサー様、隊長直々によろしいのですか?」
「近接警護レベルを上げたので。」
形式上は完全に正当な理由。
だが、歩き出した後シシィにだけ聞こえる小さな声で続けた。
「殿下は、遠慮というものを知らない。だからこちらも、シシィを奪われるならば遠慮はしない。」




