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7 魔女と行き倒れの少年

「どうしよう…うう……」

 少年は路頭に迷っていた。

 少年の人生はまさに不幸の連続だった。

 親に売られて奴隷として侯爵の家で働くようになっり、労働環境の悪い中、侯爵にはいつも罵られて暴力を振るわれてばかり。

 侯爵の振る舞いに呆れた優秀な従者たちはこぞって退職し、残った従者は侯爵の言うことを聞くだけの無能者と逃げることもできない奴隷だけ。

 年の割に器用に物事をこなせる少年は屋敷で色々な雑用をしていたが、人手不足もあり最近は馬車の御者をすることも多かった。


 しかし数日前、馬車の手綱を取っている時に事故を起こし、侯爵に怪我を負わせてしまった事で解雇され屋敷から追い出されてしまった。

 親に売られたという身の上で、この国の出身でもない少年は、行く当てもなければ頼る人もいない。

 日頃から暴力を受けてはいたが、追い出される際に罰という体でいつもより酷く侯爵に暴行を受けた。ボロボロの服装でみすぼらしい姿の少年に手を差し伸べる人はいない。

 王が病に伏せるようになり王太子が政権を握るようになってからというもの、貴族を優遇する法案ばかりが発足し、市民の生活は苦しくなるばかり。

 そんな中で明らかに訳ありの少年を助けたりなどしたらどんなトラブルに巻き込まれるか分かったものではない。

 みな自分の生活に必死で、他人を助ける余裕などないのだ。


「おなか…へった…」

 ばたりと固い地面に倒れて、背中に朝日を浴びる。

 顔を上げる気力もなくうつ伏せたまま、冷たい地面に吸われていく体温に緩やかな死を感じた。

(あの子もこんな気持ちだったのかな)

 事故を起こした夜に自分が命を奪ってしまった子猫の姿は今も脳裏に焼き付いている。

(ぼくなんかよりずっと痛かったよね…。ぼくもすぐそっちに行って…謝るから…)


 霞んでいく視界に灰色の子猫の姿が見える。

(早く来いって言ってるのかな…)


 薄れていく意識の中、ビャーンと少ししゃがれた猫の声が聞こえた気がした。





 スイレンは頭を抱えていた。

 最近のこのトラブル遭遇率の高さはなんなのかと。

 猫の朝食を準備していると、突然シスイが騒ぎ出し、店を飛び出して行ってしまったのだ。

 この若さでドア開けを覚えるとは、やるわね…と感心する間もなく、スイレンは猛ダッシュしていくシスイを追ってきたわけだが、案内された場所にはみすぼらしい子供の姿が。

 昨日の出来事ですっかり人間に対する耐久値がオーバーキル状態のスイレンは全くもって関わり合いたくなかったのだが、シスイは倒れている子供の体の上にちょこんと座り、言うことを聞かなければ断固としてここを動かぬ、という意志を込めた佇まいでこちらを見ている。

「はあ…仕方ないわね……」

 帰りが遅くなると朝食を待っている猫達に怒られてしまうし、スイレンは常々猫の忠実な僕でありたいと思っているので、猫の頼みを断るようなことは絶対にしない。


「早く帰ってご飯にしましょう」

 行き倒れの子供の体を持ち上げ帰路につくスイレンの後を、シスイはビャーン!と一鳴きし、尻尾をピンと立ててついて行った。






(あたたかい……それになんか……)


(…ふかふか……?)


 自分は冷たい地面に倒れていたはずなのに、と少年はぼんやりする頭で考えた。

 自分は死んでしまって、死後の世界に辿り着いたのだろうかと、少年はゆっくりと瞼を上げる。

「あら、目が覚めたのね」

 目の前には上から自分を覗き込むようにしている、黒い髪の綺麗な女の人。

「女神さまですか……?」

 珍しい色の髪に宝石のような輝きの黒い瞳。

 光がきらきらと反射して、女神さまって本当にいたんだ…と少年は自分は死んだのだと確信を持った。





 目が覚めるなり目の前の少年はおかしなことを言う。

「……?傷は綺麗に治療したはずだけど頭の中にダメージが残っていたのかしら……?」

 シスイに促されるまま仕方なく店に少年を運び込んだものの、体中傷だらけの汚れだらけで誰がどう見てもこのまま放置したら死んでしまうだろうと予想するのは難しくない状態だった為、スイレンは本当に仕方なく、仕方なーく少年を治療することにした。

 怪我を治療した際、スイレンにとって別の問題が発生したりしたものの、とにかく少年は傷一つ汚れ一つない状態になったはずだった。


「おかしいわね……」

 完璧な状態にしたはずなのに少年がおかしな事を言い出したので、頭の中に深刻な怪我でもあって、治療し損ねたのかと思い、スイレンは少年の額に手を当てる。

「あの…ぼく死んだんですよね?ぼくここで会いたい子がいるんです」

(なるほど。頭に怪我は残っていないし、これは自分が死んだと勘違いしているわけね)


「あなたは死んでいないから、残念ながらそのお願いにも応えられそうにないわね」

「えっ……?そうなんですか?」

 そういえば、意識を失う前にあった全身の痛みは消えていて、代わりに今はぬくぬくと暖かい物に包まれている感触がある。

 自分の体はどうなっているんだろうかと、少年は少しだけ首を上げてみる。


 ぷるるる……ぷるるるる……


 ぷぴー……ぷぴー……


 自分の体の上にいる灰色の毛の塊。

 ごろごろと音を鳴らし寝息を立てながら丸くなる物体に、少年は見覚えがあった。

「えっ!この猫、あの時の……?」

 そんなはずはない、と胸の上で寝ている子猫に手を伸ばそうと少年は上体を起こした。


「急に起き上がると危ないわよ」

「えっ、わあ!猫がいっぱいいる!?」

 少年が起き上がったことで、布団の上にいた猫が三匹ほどベッドの上をころころと転がった。

 一体何が起きてこんな状態になったのか少年には全く分からなかったが、そんなことよりも目の前にいるこの灰色の毛の子猫は…。

「そんなはずないのに…似てる…」

 自分の膝の上で変わらず寝ているシスイをじっと見ている少年の姿を見て、スイレンはようやく合点がいった。


「ああ…。…あなたどこかで聞いたことのある声だと思ったら、偉そうな男の馬車の御者をしていた子ね」

「ど、どうしてそれを…」

「それなら確かに、あなたの言うあの時の猫というのはそこにいる子猫、シスイで間違いないわ」

「死んで…なかった…?」

「そうね。でもあなたがその子を害したという事実は変わらないけれど」


 しばしの沈黙が流れた後、少年は震える声で言った。

「ぼく…ほんとうは嫌だったんです……」


「でも、侯爵様に怒られるのが怖くて、どうしても逆らえなくて……」


「やっちゃだめだって、わかってたのに……」


「私はあなたのやった事を許してはいないけど……、当の本人が許しているのだから私から言うことは何もないのよね…」

 子猫とはいえシスイは魔力を持った生物だ。シスイには、この少年が自分に怪我を負わせた人間であることが分かっている。

 分かっていてこの人間を助けたのなら、シスイはこの少年を許したのだろう。

 そうでもなければわざわざスイレンを少年の元まで連れてなど行かなかっただろう。


(ケットシーは妖精に属するから善性が強いのかしらね……。これがネコマタだったら呪い殺されていそうなものだけど…)

 シスイの性格なのかケットシーとしての性質なのか。もしくはこの少年への同情なのか。

 理由は分からないがシスイはご機嫌な様子で少年の膝の上で寝転がったまま、ぐいーんと伸びをした。


 ぽろぽろと涙を流しながら少年は伸ばされたシスイの手をきゅっと握った。

「ごめん…痛い思いさせて、ごめんね……。もう絶対あんなことしないから…」

今日はお昼にもう1話投稿されます。

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