8 美少年と魔女の欲
少年の様子が落ち着いたところで、スイレンはこれまでの経緯を話し、少年は自分の身の上やここ数日の出来事を話した。
少年はリーヴと名乗った。
「お礼が遅くなってしまいましたが、スイレン様…この度はぼくのような人間を助けていただいて本当にありがとうございました」
「礼には及ばないわ。私はシスイの頼みを聞いただけだしね」
(侯爵に解雇された責任の一端は私にあるみたいだし……)
目が覚めたシスイは変わらずリーヴの膝の上にいて、キリっとした顔でビャン!と鳴いた。
「怪我を治してもらった上にその…体の…あの…汚れまで綺麗にしていただいたみたいで…」
恥ずかしそうに顔を赤くするリーヴに、一瞬何を言われているのかよくわかっていなかったスイレンだが、一拍おいてああ、成程とその羞恥の正体を理解した。
「安心していいわ、あなたの体を綺麗にしたのはうちの(かわいい)猫達だから」
にっこり微笑むスイレンの言葉に、リーヴはホッと胸を撫で下ろした…のも束の間、
「まあ、あなたの新しい肌着を作るのに全身くまなく観察させてもらったけれど」
と羞恥のどん底に突き落とすスイレンの一言で、リーヴは真っ赤になった顔を両手で覆い隠した。
「ところであなた、そんな見た目をしていて今まで襲われたりしなかったの?」
スイレンからの突然の質問に、リーヴは首を傾げる。
質問の意図を理解できていないリーヴは、スイレンに促されてベッドから出ると化粧台の鏡の前に誘導された。
「…………………えっ?誰ですかこれは」
鏡に映るのは綺麗に手入れされた金髪と、傷も汚れもない顔。まるで絵画に描かれるような綺麗な少年の姿がそこにあった。
「誰って、あなた以外に誰がいるのよ」
「ええっ!?そんなばかな…」
鏡に映っているのだから自分以外に有り得ないのだろうが、リーヴには信じがたい光景だった。
彼は物心ついてからというもの、顔や体に傷や痣のない状態の自分の姿を見たことがなかったからだ。
侯爵だけでなく売られる前から両親に虐待を受けていた彼は顔も体も腫れや痣だらけで、醜い子供として扱われてきた。
それが怪我の治療により本来の姿に戻ったところを、全身余すところなくスイレンの美容ケアを受けたことで、髪も肌も輝くような美少年が誕生してしまったのである。
「ぼく怪我をしてない時の自分って見たことがなくて……」
「なるほどね……。ある意味不幸中の幸い…といったところなのかしらね…」
「どういうことですか?」
「これだけ可愛ければ性奴隷として売られてもおかしくなかったってことよ」
「せっ……せい…!?」
先程まで赤くなっていた顔から一気に血の気が引いていく。
「………とにかく今まで無事でよかったわね」
よしよし、とスイレンに頭を撫でられ、リーヴは人に撫でてもらったのは人生で初めてかもしれない、となんだか温かい気持ちになった。
「ところでリーヴ…お願いがあるのだけど、いいかしら……?」
何とも言えぬ怪しい圧をスイレンから感じたが、恩人の頼みとあっては!とリーヴは元気よく「はい!」と返事をしたのだった。
「やっぱり!最高に可愛いわ~~~!」
興奮するスイレン。
顔を真っ赤にしているリーヴ。
呆れ顔の猫達。
リーヴはスイレンの作った少女用のワンピースを着せられ頬どころか耳まで赤くなってしまっているが、リーヴの容姿と自身の服の完成度にスイレンは興奮しっぱなしである。
猫達はまたスイレンの悪い癖が出たな…と呆れ顔でその様子を見守っていた。
「うちの可愛い弟も小さい頃は少女のように愛らしかったのに、今はちょっとがっしりしてしまったものだから、少女服の製作は暫くご無沙汰だったのよね……!!」
昔は弟に試作した少女服を着せては嫌な顔をされていたスイレンだったが、その弟が成長してしまってからというもの、めっきり作る機会を無くしてしまっていたスイレンの創作意欲は完全に欲求不満になっていたのだ。
「私はこの見た目だから可愛い服は似合わないし…」
魔女になった弊害で少女という期間をすっ飛ばしてしまったスイレンは自身の見た目も相まって、可愛い服というものに縁がない。
だがしかし可愛い服は作りたい。
作ったからには着て欲しいというのが職人というもの。
その欲全てを満たせる人物が目の前に降って湧いたからには、スイレンには最早『着せる!』の三文字しか頭になかった。
「暖色系でなく寒色系でまとめてみたんだけど、どうかしら」
「どうと言われましても…」
スイレンが作った服は白、青、灰色をベースに作られたワンピースで、リーヴの髪色に合わせて差し色として金色のリボンなどがあしらわれている。
衣服に関して感想を求められても、今までまともな服を来たことがないリーヴとしては答えようがなかった。
(スイレン様は自分に似合わないって言ってたけど、そんなことないんじゃないかな……)
確かにスイレンはリーヴが女神と見間違えるほど神秘的な美人ではあるが、可愛い服も似合いそうなのに、とリーヴはちらりと後ろにいるスイレンを見る。
「どうしたの?」
「いえ…なんでもないです」
スイレンにじっと見つめ返されて、リーヴは咄嗟に視線を逸らした。
女の子用の服を着せられて恥ずかしさはあるものの猫以外に見ている人はいないし、スイレンが嬉しそうにしているのでちょっと恥ずかしいくらいならいいか…とリーヴはスイレンが満足するまで付き合うことにしたのだった。




