9 訓練中の騎士と魔女の猫
PVがちょっとずつ増えてきており、読んでくれる人が増えているようでありがたい限りです。
ブクマといいねしてくれた方どうもありがとうございます。
エルクス・クレオールは騎士団の中でも堅物隊長として有名だ。
非番の日でも訓練を欠かすことなく、毎日のように訓練場に入り浸っている。
隊長としてそれなりの給金を貰っているにも関わらずそれを娯楽に使用することもない。
騎士団の隊長の一人であり、公爵家の跡取りであり、容姿も非の打ちどころのない完成された彫刻のように整っている。
ともすれば年頃の令嬢からのお誘いも毎日のようにあるわけだが、それら一切を受けたこともない。
公爵家の跡取りとしての業務より、騎士としての鍛錬を優先し、権力にも興味を持たない。
部下たちは彼のことを無欲の冷徹鬼と呼ぶ。
ちなみに冷徹と鬼のゆえんは彼の訓練が地獄のように厳しく、部下がどれだけ泣き言を言っても表情一つ変えずに無情に訓練を推し進めるところから来ている。
「どうしたお前達。街ではあんなに元気だったというのに、もう立てなくなったのか」
エルクスの足元には、以前街でスイレンとトラブルを起こした騎士三人組が屍のように転がっている。
「訓練の半分も終わっていないというのに、軟弱この上ないな」
失望したように溜息をつくエルクスは三人組とは対照的に、汗一つかいていない。
(じょ…冗談じゃねえ……)
(バケモンじゃねえか………)
息も絶え絶えの状態で、騎士達はゲッソリとやつれた顔を見合わせる。
噂に名高い第一部隊の地獄の訓練メニューを受けさせられた三人組は悪態をつき返すだけの体力もない。
ちなみに他の第一部隊の騎士達は早々に訓練メニューを消化し解散しており、現在訓練場には居残り訓練をさせられている三人組とエルクスしか残されていない。
普段、自分達の部隊の訓練でも手抜きをしていた三人組は第一部隊の訓練について行くことすらできなかった。
一つの訓練を終わらせるのに第一部隊隊員の二倍以上の時間がかかる三人組の訓練が終わるのを待つ間、監督だけしているのも飽きてしまったエルクスは三人組の監視をしながら筋トレなどをしていた。
だというのに息一つ上がっていないエルクスを見上げて、三人組は街での行為を後悔せざるをえなかった。
「足腰が立たないというのなら仕方ない……」
(や、やっと終わるのか!?)
(解放される!)
(死ぬかと思った…!)
「寝たままの姿勢で素振りをしよう」
(((まだやるのか!?!?!?!?!?!)))
解放されるかもしれないという希望は打ち砕かれ、新たなメニューが提案されたことに三人は絶望を隠せない。
(で、でも寝ながらやれるなら今までより楽なんじゃ……)
という淡い期待すら打ち砕くエルクスがどこからともなく取り出してきたのは、おおよそ剣とは言えないような代物。
持ち手だけ細く加工された巨大な鉄の塊だ。
「さあ、これを使うといい」
エルクスが軽々と投げてよこしたそれは、ズドンと巨大な魔獣の足音のような音を立てて地面に落ちた。
(こ、こんなん…)
(持てるわけねえって…!)
(腕もげるって…!)
「落としたら顔に怪我をするから気をつけろ」
実際顔面に落としたら怪我どころか命の危険があることをとてもよく理解できた三人は、死に物狂いで素振りを始める。
ぷるぷると子鹿の足のように腕をふるわせながら素振りをする三人を尻目に、エルクスは淀みない動作で練習用の剣(ただの鉄)を振る。
「腕も動かなくなったら次は魔術の訓練をしよう」
表情一つ変えず、さも当たり前のように言われた三人は死を覚悟し、二度と馬鹿な真似はしない、と固く誓いを立てたのだった。
素振りも終わり、屍が三体足元に転がる中、次はどのような魔術を訓練しようかと思案していると、ふと視線を感じてエルクスは訓練場の隅に目をやる。
訓練場の隅の日当たりの良い場所で二匹の猫が日向ぼっこをしながらこちらを見ていた。
「お前達、今日はもう上がっていい」
何故かよくわからないが解放され九死に一生を得た三人は、エルクスの気が変わらないうちにと、ずるずる這いながら訓練場から逃げ出した。
エルクスは二匹の猫の元に駆け寄る。
「私に何か御用でしたか?」
「おや、どうしてわかったのでしょうか」
「普通の猫ごっこしてたのに~」
ニッチョーさんとゲッチョーさんはニャニャッと笑う。
「いえ…お恥ずかしながら何故か猫は私を見ると逃げてしまうので…。それで、もしかしたらスイレンさんの猫かと」
「なんだぁ~そうなのかぁ」
ゲッチョーさんは普通の猫のフリをしてもうちょっと観察してようと思ったのに、と残念そうに言った。
「お初にお目にかかります。私はニチナガ。スイレンは私のことをニッチョーさんと呼びます」
サバ白猫のニチナガは猫らしからぬ丁寧なお辞儀で自己紹介する。
「僕はツキナガ!ニチナガのお兄ちゃんなんだよ!ゲッチョーさんって呼ばれてるけどそう呼んでいいのはスイレンだけだからね!」
キジ白猫のツキナガは元気いっぱいに胸を張る。
「はい。ニチナガさんとツキナガさんですね。私はエルクス・クレオールです。よろしくお願いしますね」
先程までの無情な冷徹鬼は一瞬にして影を潜め、エルクスはふわっと柔らかい表情になる。
騎士団内では絶対に見せたことのないような表情だが、猫愛が漏れ出てしまっているだけで本人は自分の表情が緩んでいることに気付いていない。
「エルクスはいつもこんなに訓練してるの?訓練好きなの?僕は遊ぶ方が好きだけどなぁ~」
「訓練が好きかどうかというのはあまり考えたことはありませんが、ただそろそろ闘技会が近いので鍛錬を怠るわけにはいかないとは思っていますね…」
「闘技会というのは?」
「一年に一度、建国祭に行われる国民が力を競い合う大会です。優勝者は王への謁見が認められ、お褒めの言葉と栄誉を授けていただけるのですよ」
「栄誉っておいしいものか?」
「そういうのじゃないですよ、ツキナガ」
猫を至近距離で見れるという喜びと、ニチナガとツキナガの会話の可愛さに、ここが訓練場であるということを忘れて転げまわりそうになるのをエルクスはグッとこらえた。
「去年は誰が優勝したんだ?エルクスか?」
「いえ、私は準優勝でした。昨年は王太子が優勝されましたよ」
正確には昨年も、なのだが。
「そうかぁ~こんなに訓練しても優勝できないのかあ。人間って大変だな」
純粋に残念がるツキナガを見て、エルクスは少し後ろめたい気分になった。
騎士団内では周知の事実ではあるが、エルクスは毎年王太子にわざと負けて優勝を譲ってきた。
王太子にわざと負けるよう命令されたからではあるが、エルクス自身、王へ謁見することも栄誉にも興味がなかったので優勝せずとも問題はなく、毎年王太子の命令を受け入れてきた。
誰に誤解されたとしてもそれで自分の強さが陰るわけではないし、王太子が優勝した方が民も喜ぶだろうと、王家と国民のことを考えてのことだった。
ただ、今まで誰に何を言われても何も感じなかったのに、人間の話などを真面目に楽しそうに聞いてくれる二匹の猫の目を見ていると、エルクスは自分が悪いことをしたような気持ちになってきた。
「じゃあこの国では王太子ってやつが一番強いのかぁ~」
「そう…ですね」
「そういえばツキナガ、スイレンに何か頼まれていたのでは?」
突然思い出したかのようにニチナガが口を開く。
「あっ!そうだった!あのねぇ、スイレンがエルクスにお願いがあるから、時間のある時にお店まで来て欲しいんだって!」
「それでここにいらしたんですね。わかりました、もう訓練は終わりましたので、これから伺います」
「じゃあ僕スイレンに伝えてくるね!」
ぴょーんと飛び上がってツキナガは空に消えていく。
「では私は一度着替えて…」
ツキナガは慌ただしく去って行ってしまったが、ニチナガはその場に残ったまま。
「どうされましたか、ニチナガさん」
「どうもなにも、あなたはスイレンの店を知らないでしょう。ですので、私が道案内して差し上げます」
と言って、ニチナガは後ろ脚だけで立って、ニョインと両手を上げて伸びる。
突然バンザイポーズをしているニチナガに、エルクスはとても可愛らしいがこれには何の意図があるのだろうか、と深刻な顔で硬直した。
「早く抱っこしてください!」
「……は、はい!」
猫から抱っこしてほしいだなんてそんなことを言われることがこの人生であっただろうか、いやない、なんなら今後もない。と目の前で起きたことを現実として受け入れられなかったエルクスだが、とにかく言われるがままにニチナガを抱き上げた。
「まったく、人間は考えることが多くて大変ですね」
すぽりとエルクスの腕の中に収まったニチナガは、エルクスを見上げながら言う。
「話したくないことは無理に話す必要はないんですよ」
エルクスの動揺はニチナガにすっかり見透かされてしまっていたようだ。
こんなに小さな猫に気を遣われてしまい、エルクスは恥ずかしいやら面目ないやらで複雑な心境だ。
ニチナガはエルクスを慰めるように、彼の頬をピンクの肉球でぷにぷにと触った。
それからエルクスとニチナガは一緒に騎士の宿舎に戻ったわけだが、エルクスが猫を抱いているという光景が宿舎内をかつて無い程ざわつかせたことは言うまでもない。
ニッチョーさんとゲッチョーさんの本名が出ましたので、お話内での名前の表記がニチナガとツキナガに変わりました。




