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仕立て屋魔女と11匹の猫  作者: 八猫宰相


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12/12

10 猫は暖かい場所が好き

「突然なのだけど、この子を養子にしてくれるような人間を探すことはできるかしら。もちろん信頼できる人間限定で」


 店に着くなりスイレンがずずいと押し出したのはエルクスの身長の半分ほどしかない少年だった。


「マーヴェル侯爵という男のところで働いていたのだけど、追い出されてしまって身寄りがないのよ」


「マーヴェル侯爵の……」

 公爵家の人間でありながら貴族の社交場に顔を出さないエルクスですらよく聞く名だ。耳に入ってくるのは悪い噂ばかりだが。


 身なりは綺麗に整えられてはいるものの、服の袖からのぞく手首は折れてしまいそうなほどに細く痩せこけている。

 衣服で隠れてはいるが、全身がどのような状態であるかなど想像に易く、侯爵家でどのような扱いを受けていたかなど手に取るようにわかった。


「しかし信頼できる人間と言っても……」


 社交界に顔を出さないエルクスは交友関係が狭い方だ。騎士の知り合いならたくさんいるが、子供の後見人になれるような人間と言われるとあてが少ない。

 エルクスはしばし考え込んで、そういえば最も最適な家があったことを思い出した。


「ではとりあえずうちに来ていただくということでどうでしょうか」


「え、エルクス様の家ですか!?」

 驚いて声を上げたのはリーヴだ。


「エルクス様のおうちってクレオール公爵家ですよね……?」

「その通りだが」

 リーヴとエルクスの会話にスイレンは全くついていけていない。


 まだ紹介もしていないはずなのにリーヴはなぜエルクスのことを知っているのだろうか。

 そしてエルクスの家はそんなに驚くほどの物なのかと。


 スイレンの頭の上には大量の疑問符が浮かんでいる。


「あの、もしかしてスイレン様…エルクス様のこと知らないんですか!?」

「し、知ってるわよ。騎士の隊長なんでしょう」

 リーヴが思わず青ざめてしまうほどに驚かれたスイレンは、頬を膨らませて少し不機嫌そうだ。

 その様子を見て、エルクスはこういうところは年相応なのか…と思ったが口には出さない。


「全然知らないじゃないですか!いいですかスイレン様、エルクス・クレオール様はですね……」






「………と、言うことでですね、エルクス様はこの国最年少で騎士団第一部隊の隊長に就任され、剣術にも魔術にも秀でたこの国で一番強いと言われている騎士様なんですよ!そのうえ公爵家の跡取りでもあって、国民のことも気にかけてくれるので街の人たちからも大人気で、この国で知らない人はいないというお方なんです!」

 どうして知らないんですか!とリーヴはプンプン怒っている。


 自分よりも小さい子供にお説教されてスイレンは少しだけ反省した。

(こんなに一生懸命説明してくれているのに、人間に興味が無いからだなんて言えないわ…)


「と、とにかくあなたに任せるということでいいのかしら」

「そうですね…。少々問題はあるのですが、その問題は解決することに決めましたので大丈夫です」

 エルクスが言う問題がなんのことかは分からないが、ザクロが信用するほどの人間ならばリーヴを任せるのにこれ以上適した人材はいないだろう。


「ではあなたにお願いしようかしら…」


「あの…スイレン様、ぼく行かなくちゃだめですか」

 エルクスは国の人間なら誰でも憧れを抱くような人物だ。

 後見人になってくれるならこれほど嬉しいことはない。


 しかしリーヴはスイレンの傍を離れたくはなかった。


「後見人ならスイレン様がいいです……」

 わがままかもしれないと思ったが、リーヴはスイレンの傍で助けてもらった恩返しがしたいのだ。


「残念ながら私はこの国に移住してからの期間も浅いし、後見人になれるだけの資格はないわ」


 スイレンは魔女としての力は持っていても、この国での地位というものを持っていない。

 スイレンはリーヴを危険から守ってやることはできるだろう。しかし本来教育を受けねばならない年齢の子供を学校に推薦するだけの資格がない。

 この国では学校に通えるのは爵位を持つ家や、騎士を輩出した家に限られ、何の地位も持たない人間は莫大なお金を支払うしかないのだ。


「あなたの将来を考えるなら、きちんとした家に行った方が良いわ」

 その点で言うならエルクスほど適した人間もいないだろう。

 公爵家としての地位を持ち、現役の騎士であり、身を守るための魔術や剣術も教えることができるのだから。


 スイレンの言いたいことは理解できたが、リーヴはそれでもスイレンの傍にいたい。

 出会ってたった半日程度だったとしても、リーヴはこれまでスイレンほど自分に優しくしてくれる人間に出会ったことがない。

 誰もが見捨てるような死にかけの子供を散歩に行くくらいの気軽さで助けてしまう人間を見たこともない。

 リーヴにとってスイレンは本当に女神のような存在なのだ。


 スイレンに出会って、スイレンの店で猫達と一緒に過ごしたほんの僅かな時間は、リーヴにとってなにより幸せな時間になった。


 俯いているリーヴの頬に、スイレンはそっと手を添える。

「いい、リーヴ。他人の言いなりにならず、自分の意志を貫きたいのなら誰にも負けないような力を手に入れなきゃダメなのよ」

 誰に虐げられることもなく、奴隷のように扱われることもないように。


「わかりました…。ぼくスイレン様の助けになれるくらい強くなりますから、そしたら…そしたら今度こそずっと一緒にいてくれますか……?」

 リーヴは頬に添えられたスイレンの手を握って、泣きそうな顔でスイレンを見上げる。


「そうね、あなたが一人前になったらね」

 スイレンに笑顔を向けられて、リーヴの目から涙がぼろぼろ零れる。


「ふふっ…。あなたは泣いてばっかりね…。会おうと思えばいつだって会えるんだから、そんなに泣かなくて大丈夫よ」

 そう言ってスイレンは掌の上で魔力と糸を編んでハンカチを作り出す。


「これからは身だしなみにも気をつけなくちゃね」

 スイレンが餞別にとリーヴにハンカチを手渡す。

 そのハンカチには灰色の猫の姿が刺繍されていた。


「あっ…シスイだ…」

「そう。可愛いでしょう」

「はい。ありがとうございますスイレン様」

 リーヴは嬉しそうにハンカチを広げている。いつの間にか涙は止まっていた。


 あっという間に子供を泣き止ませてしまったスイレンを見て、おろおろと慌てふためくだけだった自分は後見人としての務めを果たせるのかと、エルクスは少し心配になった。

 弟のいるスイレンと違い、エルクスは一人っ子でこれまで子供と接する機会も少なかった為、子供に対する対応力に差があるのは仕方ないことではあるのだが、目の前で見せつけられると少々凹んでしまう。


 エルクスが密かに消沈していると、彼の懐の中のものがもぞもぞ動いた。


「ところで……」


「あなたが大事そうに懐にしまっているうちの子、そろそろ返してもらっていいかしら」

 スイレンがエルクスの方を見ると、エルクスの服の懐からひょこりと顔を出したニチナガ。

「仕方ないですね、そろそろ帰りましょうか」

 思いのほかエルクスの懐を気に入ってしまったニチナガは人間達が会話をしている間中ずっとエルクスの懐の中で寛いでいた。


「そ、そんな…ニチナガさん…行ってしまわれるのですか」

 スイレンの店に向かうまでの間にニチナガと親交を深めたエルクスは、せっかく仲良くなったニチナガと離れがたく、更にしょんぼりと項垂れてしまう。

「そんな顔しないでください。私と君はもうお友達なのですから、私達だってこれからは会おうと思えばいつだって会えるんですよ」

 ニチナガはトンッと軽やかに地面に下りて、エルクスの足に体を擦り付けてからスイレンの店の中に帰っていった。


(……慰め上手なところは主に似たのだろうか)

 エルクスは今日の夢のような体験を噛みしめ、尊さのあまりスッと目を閉じるとスイレンと神に感謝したのだった。

筋肉質なエルクスの懐は、おそらくとても暖かい

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