第12話 ふと笑みが零れそうになる
水弾を放つために振り下ろした右手を戻す。少し乱れた前髪を梳くって横に流し、ルーリザはなるほどね、と声を出さずにひとりで頷く。
審判のローグが構えといった傍から、開始一番に水弾を放つ準備をしていた。模擬戦の規則としても何ら問題はない。実践ならば目くらまし程度にしかならない低威力の攻撃だが、どんな手段でも有効打を相手に与えれば良い模擬戦ではそれなりに有効で、初手で相手の動揺を誘う良くある手だった。
普段好まない手法だが、王都の魔術学院第一級の自分と相対しても揺らぎが感じられず、依然としていけ好かない気楽な風情のアトリ・シートンの様子が気に障る。この少年にご執心なクレアのためにも、彼が化けの皮を被っているようであれば、さっさと引き剥がす必要がある。それに不意打ちにどう対応するかで相手の力量を図るのも、それなりに理には適ってはいる。
ただ、予想外だったのはアトリが体勢を崩しつつも、その不意打ちを躱してしまったこと。
クレアの様子を伺うと、彼女は特に驚きもせず、腕を組んだまま不動の構え。何故か表情が妙に誇らしげに見えるのは、アトリが攻撃を躱したのは偶然ではなく、当然ということなのか。そうであるならば、なかなか楽しませてくれるかもしれないが、あれを瞬時に見切って躱すのは俄かに信じ難いものがある。
目の前の少年の灰色の瞳には、期待した程の感情の乱れは感じられない。枯葉を踏みしめながら、細身の外見通りの身の軽さで、素早く体勢を立て直している。ルーリザは初撃に上手く反応した褒美として、すぐには追撃しないでやることにする。
では、本当に実力なのか試してみれば良い。ルーリザは思考の片手間で呪文を詠唱し、次手に雷攻めを選択する。ルーリザが指を振り下ろすのと同時に一瞬の閃光と炸裂音が響き、鋭い一筋の雷撃がアトリに向けて飛んでいく。
ルーリザが放ったこの魔術は、今ルーリザが使用できる攻撃魔術の中で最速。魔術が発動してからでは対応が不可の圧倒的な攻撃到達速度を前に、並大抵の魔術師相手なら回避行動も防御魔術も間に合わず、確実に攻撃が通ってきた。
しかし、アトリはゆらりと揺れるように動き、鋭く直進する雷撃の一閃を横に大きく飛び退くようにして、またもやするりと避ける。
ルーリザの背中がぞくりとする。何かがおかしい、アトリ・シートンは攻撃の見極めが鋭過ぎる。
魔術発動時の癖が読まれている可能性を真っ先に疑うが、初対面のアトリが癖を読める程にこちらを熟知しているはずがない。詠唱の暗号化も普段通り問題ないはずで、その筋も考えられない。
何かしらクレアからの入れ知恵が事前にあった可能性があるが、たかが助言だけで見切られる練度の攻撃でないことは自負しているし、これまで第一級魔術師としての経歴と経験が客観的にもそれを示している。初見で対応してくるアトリ・シートンが明らかに異様なのは間違いなかった。
ルーリザの顔に、ふと笑みが零れそうになる。理解を超える存在に相対した際に感じる、次へ次へと急かされるような、胸の奥深くを抉られるような、この胸騒ぎに似た胸の高鳴りと焦燥はいつ以来になるのかと、ルーリザは真剣に考え始める。




