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朱の足跡 fast contact  作者: 有知春秋
皆藤愛沙編
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第三章 下 芯にある一本の刀

 

 風呂上がりに道場に集まり食事をする一同、正方形を作るように御膳を並べ勇也のいる上座の正面に体格の良い坊主頭の少年を中心に2列になって御膳を前にする。


 少年達は額から出る汗が止まらなくなっている、けして風呂上がりで血行が良くなっているからではない。


「す、すげぇな……」


 体格の良い坊主頭の少年が言うすげぇなというのはミルクの食欲と勇也の食欲。


「んっ? どうした?」


「いや、朱の血筋は大食だと聞いてたが予想以上だった」


「みんなも成長期なんだから食わないとダメだぞ、それに昨日の晩から何も食ってないだろ? 成長期には致命的だ、俺なら死んでる」


「遠慮すると失礼だな、腹一杯食わせてもらう」


「食え食え」


「それにしても……慈桜家で飯が食える日が俺の人生にあったとは思わなかったなぁ」


「あっ!」


「どうした?」


「おもしろいもんがあるんだ、コレ見てくれ、」


 懐に手を入れると道場内にピリッとした空気が発生する、威圧や殺気では無く何かを伺う感じの期待と不安。


 勇也は1枚のA4用紙を出す、不敵な笑みを浮かべながら立ち上がると体格の良い坊主頭の少年の前に行く。


「入隊募集だ」


「?、入隊募集?」


 用紙を受け取り内容を見る、他の少年達も覗き込むように見る、内心では慈桜家の規則でもあるの? と不安になるが内容を読んで全員は揃って頭に? を浮かべる、一斉に明流を見る。


「何かしたのか?」


「何かしたのか? やないやろ? 書いてある通りや、不合格者の無念を晴らす勇士同盟や」


 笑いを堪える美礼、隣の苗木や耕介も笑いを堪える、耕介の隣にいる明流だけが少年達を警戒している。


「いや、学園の試験の時に将来の希望職を書くから入学を認められた時点で有りだろ? 未智は漁師と書いたんだろ?」


「第一志望をマグロ漁師、第二がマグロ養殖、第三は漁港でバイト、学園とは関係無い科目を書いた」


 警戒しながら恐る恐る言うが少年達の表情は全く変わらない。


「学園とは関係無い? 全校集会の時にも騒いでたけど何か問題でもあるのか?」


「?、問題あるだろ、」


 会話に入るのは蒼、更に続ける。


「漁師だったら生産者育成学校だろ? 学園に入学しなくても漁師街は船の受け継ぎがある、学園卒業の経営権が必要無い」


「なんだそういう事か、」


 納得したように軽く返答すると蒼に視線を向けて更に続ける。


「俺はてっきり親が漁師を辞めて未智が船を持つ為に来たのかと思ったんだ」


「親が辞めたとしても漁師になるなら漁師街が支援するだろ?出世払い的な感じで」


「あぁ〜……それは勘違いだ」


「勘違い?」


「農化街ではよくあるんだが、跡取りが学園卒業後に農業から離れたりして跡取りがいなくなり離農するしか無い家が多々あるんだ、

 そうなると生産量が減るだろ? 他の家が離農した家の畑で生産量を補うが限界がある、細かく言えばその家で育てた野菜や家畜の味は出ない、

 毎年学園卒業者の跡取りが減ってるのに育成学校が減ってないという事は無い、金という支援はあっても愛情込めて受け継ぐのが農業だ、

 未智が漁師街から船を支援されても畑と一緒で未智と歩んで行く船では無く、漁師街の船だ、それは離農した畑を違う人間が耕すのと同じ、代々継いで来た畑や船で取れる愛情ある野菜や魚とは天地の差がある、

 だが、未智のように船が無いヤツはどうする? 畑の無いヤツはどうする? 無いなら自分の力で畑や船を勝ち取り、自分の野菜や家畜を作るしかないだろ?」


 一同の表情を見て勇也と耕介以外は半分も理解していないのが解る、農業に携わる自分との差だと割り切り解りやすく理解させようと更に続ける。


「例えばこの御膳にもあるマグロだ、マグロは釣る人間によって味が天と地の差がはっきりと出る、それは養殖でも変わらない、

 だが、生産性を考える漁師街の船なんか支援されてみろ? ただ船が欲しいだけならいいが、自分の提供したい自分のマグロより生産量生産量と言われて質の落ちたマグロになっちまう、

 それは夢を捨てて金を稼げって事と同じだろ? だから学園を卒業して自分の船を手に入れるしかない、

 未智が今学園にいるのは自分の夢と未来設計をちゃんと持ってないと出来ない事だ、家業を継げばいい俺等とは違って新しい家業を自分から作るという強い志だ、俺は応援したいと思うが?」


 一同は農化街の実情から、支援と夢の差で生まれる自分の提供したい夢を教えられる。愛沙は暗い顔になり少し俯く、誰もそれには気づかない。


 少年の1人が続くように口を開く。


「俺の家は爺さんの代で離農した、爺さんの美味いトウモロコシと畑を復活する夢をかなえる為に学園に来た、

 この勇士同盟ってのは農化街(畑)と漁師街(船)で勘違いしてんだよ、俺と未智の違いなんて無い」


「目に付く目立つヤツを的にして自分は大丈夫だと思いたい連中の戯言だ、

 学園はたった3年間しか無いのに勇士同盟なんて作って未智を追い回してどうするんだ? 自分の学ぶ時間を無駄にするだけだろ?」


「未智?たった3年だ、農業なら3回しか収穫ができない少ない時間だ、

 こんな奴等は無視して船工学や海洋学を学んで、古白街の連中がマグロを食わしてくれって頼んでくる漁師になっちまえ、美岩街の連中が土下座して船を使ってくれって頼んでくるぐらいの漁師になっちまえ」


 自分を理解してくれる事に明流は感動する、少年達と意気投合し夢を語るまでに時間は必要無い。


 美礼と苗木はチッと期待はずれの少年達の反応に舌打ちする、勇也は少年達に対しての最後の警戒心を無くし愛沙の客人として受け入れる。


 体格の良い少年はチラッと愛沙を見る。


「全校集会での藤野さんに対してもそうだよな? 『刀が打てない』だけで刀屋を継げないなんて誰が決めたんだ?」


 ピクッと反応する美礼に気づかず更に続ける。


「刀屋という畑を継いで行く役目があるだろって話だ、俺は個人的に藤野さんを守らせてもらう」


「俺もだ! 畑が好きなら一緒に授業すればいい! 」


「藤野さんと授業受けれたら倍楽しいな!」


「一応俺等っていうかコイツは、」


 体格の良い坊主頭の少年を指差して更に続ける。


「畑田(はただ)健太(けんた)は俺等の年代では農化街で一番強い、一応俺等も健太(けんた)程じゃないが腕っ節には自信がある、藤野さんの授業を邪魔する奴等がいたら黙らせてやる」


 少年達は愛沙の返って来ない返答など気にする事なく、愛沙が学園に通う為なら我が身を厭わないと盛り上がる。


 少なからず学園に通いたいと思っている愛沙には心強くも少年達に返答出来ない自分に辛くなる。


 そんな愛沙の気持ちに更に追い討ちをかける発言がこの男から始まる。


「健太が一番とは出世したな」


 耕介は口元を笑わせながらバカにしたように言う。


「いつまでも隊員だと思うなよ! 健太が南介をぶっ倒す為に鍛えた農筋は昔とは違うぞ」


「ほほぉ、俺をぶっ倒す……だと?」


 ゆっくりと立ち上がり浴衣の上半身を脱ぐ、ムキムキの筋肉をひけらかし胸筋をピクピクと動かしながら少年達を見下ろす。


「藤野愛沙親衛隊隊長の俺を差し置いて一緒に授業を受けるだの俺をぶっ倒すだの……肥料になる覚悟があるようだな」


 ギロリと睨み付ける、その眼光とムキムキの農筋に1人を除いて少年達は生唾をゴクンと飲む。


「南介が藤野愛沙親衛隊隊長?」


 畑田健太はゆっくりと立ち上がり浴衣の上半身を脱ぐ、ムキムキになる農筋をひけらかすと上腕二頭筋をボンッと膨らませ更に続ける。


「相変わらず脳みそが筋肉に汚染されてるな、藤野愛沙親衛隊は俺等11人で十分だ、壌土に埋めて腐葉土にしてやる」


 一同はムキムキの農筋を見上げる。


 愛沙は意味の解らない親衛隊発足にボンッと頭頂部から空気砲を放つ、美礼と苗木に助けを求めようとするが2人は面白くなりそうな事は率先して受け入れる、見るからにムキムキの2人を煽って自分を助ける気が無い、蒼を見るが向き合うムキムキの元に行きレフェリーをする、茜は農筋の研究のため携帯情報端末で撮影、礼実はミルクの食事の取り分けで大忙し、チラッと恐る恐る見る勇也が座椅子に座った瞬間、2人のムキムキはプロレスラーのように両手を広げガシッと繋ぐ、農筋からの力比べが始まる、愛沙は諦めを表すようにプシュ〜……と煙を出しながら俯く事しか出来なくなった。


 均衡した力比べに道場内は盛り上がる、やや余裕があるのは耕介、それに負けない健太、藤野愛沙親衛隊隊長の座をかけての勝負、本人の了承を得ず勝手に親衛隊を作っている事など脳筋の2人には関係無い、自分が藤野愛沙親衛隊の隊長なる事しか考えてない。


 余興を楽しむ道場内、頭頂部から煙を出しながら俯く愛沙、先程視線を感じた勇也はチラッと愛沙が見る、いつもなら視線が合う前に視線を向けただけで「何故解った……」と思う程にプルプルと震えるはずが今は震えていない、状況に困って煙を出しているだけ。


「(これは……やっと慣れてくれたのか?)、」


 違う、愛沙は困って気づかないだけだ、とは勇也は思わない。


 チラッと礼実を見るとがむしゃらに食べるミルクの食事を取り分け、チラッと美礼を見るとムキムキ余興に大笑い、チラッと蒼を見るが美礼と同じく大笑い、誰も自分の成長(?)に気づいていない。


 勇也はここまま成長では無い勘違いに満足すればいいものを更なる高みに登るため、不可侵領域に足を踏み入れる。


「愛沙は刀屋なのか?」


 ビクッ!!……いつも以上にプルプルとする、ムキムキ2人に困っているところに勇也に声をかけられたらいつも以上に震えるしかない、しかもその内容は刀、エンジンのピストンなみに震えるしかない。


「(ど! どうした! 何が起きた!)、……お、俺の刀なんだが……」


 ビクッ!! ボンッ!!……天井まで届く空気砲、尚も頭からモクモクと雲を作るように煙が出る。


「(ダメだ!! 時期尚早どころじゃない!! 罠だった!!)、……わ、悪い、」


 一言で残像を作る程に震え、一言で空気砲を放ち、収まることなくモクモクと煙を出す愛沙の反応にこれ以上踏み込むのを諦める。


「11年間刀を研いでないから研いで欲しいなぁ……と思っただけだ、いい刀だから研ぐ必要は無いな、悪い、気にしないでくれ」


 肩を落としトラウマが増幅するのを感じながら食事を再開する、チラッと愛沙を見るがプルプルモクモクと震えたまま、ため息を漏らす。


 すると……


 愛沙はチラッと勇也を見る、ため息混じりに食事をしている、勇気を振り絞って俯きながら口を開く。


「……お孫様……?」


 か細い声で勇也を呼ぶ、しかし勇也は自分の事を呼んでいると思わず食事を進める、その無反応にプルプルモクモクが増量する。


「モジャモジャ? 愛沙さんが呼んでおります」


 ?……礼実の言葉に箸を止める、余興で盛り上がっていた一同もそれに気づき視線を向ける。


「お孫様? 俺?」


「島主の孫であるモジャモジャがお孫様では無く誰がお孫様ですか?」


「爺さんが島主だからお孫様か……なるほど、……うおっ!初めて声をかけられた!」


 少年達は美礼が言っていた人物が勇也である事に気づく、現在進行形でビクビクプルプルモクモクしているを愛沙を見て、自分達は大丈夫だ、と安心してしまう。


 美礼は心配そうに愛沙を見る、視線を移し勇也に『怖がらすな』と含ませたアイコンタクトを送るが、余程嬉しいのか勇也は全く気づかない。


「なんだ?! なんかあったか?!」


 不可侵領域に光が差し込んだ事に喜ぶ、ミルクがネギに目を輝かすように勇也も目を輝かす、見た目の遺伝が礼実要素の強いミルク、ウネウネのアホ毛以外にも勇也の要素がある事を一同が知った瞬間だった。


 愛沙は見ていない勇也の目の輝きよりも声が大きくなっている事にボンッと空気砲を放つ、気絶をしないで意識を保っていられるのは目的があるからだ。


 膝上に置いてある手を握る、俯きながら口を開く。


「刀を、見せて……下さい」


「!、研いでくれるのか! よし、」


 背後の刀立てに置いてある刀を左手で取ると愛沙の前に行く、黒塗りの日本刀を横向きにして愛沙に向ける。


「刀匠富士が打った『名の無い名刀』だ」


 ピクッと反応したのは美礼と礼実、視線を刀よりも勇也に向けるが全く気づかない、一同は愛沙を見る。


「……拝借します」


 会釈をして一礼すると両手で黒塗りの日本刀を受け取る、その時にはプルプルと震えていなく頭頂部からの煙も収まり少量出すだけに留まる。


 愛沙の目線は使いすぎてすり減る柄(つか)と割れた鍔(つば)を辿り、黒塗りの鞘の剥げる漆部分を見る。


「柄巻きも頼めるか?」


「……、失礼します」


 勇也の要望には答えずゆっくりと鞘から刀身を抜く、ハバキのカチャという音が道場内に響く、愛沙の目線はハバキから切っ先まで一直線に色が分かれる直刃を辿る、切っ先手前まで鞘を抜くと逆再生するようにゆっくりと刀身を納めていく。


「見事だろ?」


「……、……失礼します。」


 会釈をして一礼するとゆっくりと立ち上がる、黒塗りの日本刀を持ったまま更に一礼してそのまま道場出入口に向かう、その表情はいつもと変わらず暗い。


「……、……と、研いでくれるのかな?」


 美礼に視線を向ける。


「……どうやろな、そんな事よりアホ天パ?」


 威圧する感じで勇也を見る。


「なんだ? 怒られる事はやってないぞ?」


「お前は存在だけで怒る価値十分や、」


 ショックを受ける勇也に更に続ける。


「名の無い名刀とか言うとったな? どういう事や?」


「名前が無いんだ」


「富士の刀の銘(めい)は富士や、茎(なかご)に富士って彫ってあったんちゃうん?」


「何も書いてないぞ」


「富士の刀ちゃうやろ、お前がかっぱらったのは富士の弟子の刀や」


「なるほど……んっ? かっぱらってねぇよ! ちゃんとドングリの首輪を置いていった!」


 ゴンッ! と空(カラ)になるオヒツで勇也の頭を叩くのは礼実、静かにオヒツを置く。


「何しやがる!」


「刀を持ち出したと聞いています」


「刀を置いてた棚にドングリを置いた! 断じて持ち出したりかっぱらった訳じゃない! 買ったんだ!」


「ドングリで刀を買えるんか?」


「あのドングリは俺が母親から逃げて初めて裏山に入った時の思い出が詰まったドングリだ、金には変えれない価値がある一品だっ……」


 ゴンッ! と天パ頭に頭突きをする美礼。


「何しやがる!?」


「お前の安い思い出やったらモジャモジャした頭の中に残っとるやろ、ドングリに詰め込んで刀と交換出来ると本気で思っとるのか?」


「親父は酒をドングリと交換すると言っていた」


「「(犯人はアイツか……)」」……一同は納得する。


 島の自己中の代名詞勇也の父親カイト『なら』ドングリがお金になる、釣りはいらないと言いながら店の酒を飲み干す、それは島の民なら誰でも知る真実、知らないのは勇也とミルクだけだ。もちろんカイトが釣りはいらないと言うドングリはただのドングリでは無い、自己中が実力を伴うと見事な化学反応を起こす。


「アホか、カイトが拾ってくるドングリは裏樹海産や、ドングリ一個で潰れる酒屋が立て直せる一品や、そのドングリと裏山のドングリを一緒にするな」


「……、……、」


 口をパクパクとさせながら一同を見る、頷きで返される反応に自分の父親の偉業を知る、額から大量の汗が流れ出す、顔を引き攣らせ蒼で視線を止める。


「蒼!? 今から裏樹海に行ってドングリを拾ってくるぞ!!」


「無理だ、樹海に入る前に死んじまう」


「親父でも行けるなら大丈夫だ!!」


「全く大丈夫じゃない、あのヌシをデコピン一発で倒すぐらいでやっと樹海入口だ」


「はぁぁぁぁぁぁ?!どんだけよ!?」


「お前がカイトに似とるのは天パだけやな、」


 ガシッと天パ頭を鷲掴みすると更に続ける。


「西桜臣家が生んだカイトの伝説を継ぐのはお前には荷が重いようや、しょせんは朱の血筋やな、カイトと同じ西桜臣分家を継ぐ私が伝説を塗り替えるしか無いようや」


 美礼が鼻で笑う中、道場出入口から愛沙が静かに現れる、その手には黒塗りの日本刀と檜仕立ての日本刀、天パ頭を美礼に鷲掴みされる勇也の元に行く。


「愛沙! その刀を新品にしてくれ! 刀匠富士に返してくる!」


「アホか! 手遅れや!」


「親父に騙されただけだ! 無知な子供がやっちまっただけだ!」


 愛沙はゆっくりと座ると黒塗りの刀を左側に置く、檜仕立ての刀を両手で握り締めプルプルと震える。


「……お孫様」


「なんだ!? 富士が知り合いなのか!? 出世払いで勘弁してくれと伝えてくれ!!」


「愛沙? なんやその刀?」


 美礼の発言と共に一同の視線は愛沙が持つ檜仕立ての日本刀に集まる。


 勇也は美礼の手から解放され檜仕立ての日本刀を見る、その瞬間ゾワッと寒気が襲う。


「うおっ! 富士の刀だ!」


「富士の、刀では……ありません」


 勇也に檜仕立ての日本刀を両手で出す。


「み、見ていいか?」


「はい」


 勇也は檜仕立ての日本刀を受け取る、左手で鞘を握り右手で柄を握ると左手親指を合口に添える、クッと力を入れてハバキを出した瞬間。


 リィ〜〜〜…………ン…………


 暗闇に響く鈴の音色が響き渡る、ハバキと刀身が開放された音とは誰も思えなく、一同の鼓膜を通った音色は寒気と同時に鳥肌を起こし息を吸う事も忘れさせる。


 勇也は合口を開くだけで刀身を出さない、眉間に力を入れ、クッと奥歯を噛み締める。


「……『刀では無くなっている』、富士に何があった?」


「……富士の刀では、ありません、……11年前、お孫様が『ドングリ』と交換だと言って、持って行かれたこの刀も、富士の刀ではありません」


「この刀は俺が持ち出した刀と『同じ刀匠』が打った刀だ、この刀を打った刀匠に何があった? 『明らかに人間性が変わっている』」


 !……美礼と礼実は先程感じた『名の無い刀』という違和感を確信する、同時に蒼は耕介に視線を向け『今はまだ他の四院家に言うな』と含ませる。


 愛沙はプルプルと震え出す、黒塗りの刀を取り膝上に置くと俯きながら口を開く。


「刀匠富士の家系では、初めて打った刀を御神刀にします、

 それは、刀匠として生きる自分の、芯にある一本の刀にする為です、

 その習わしは、刀匠富士の弟子達にもあり、刀匠富士の元で、刀匠を目指す者達は、一刀目を御神刀にします」


「俺はその御神刀……芯にある一本の刀を……」


「刀を『ただの』人斬り包丁にするのは、残念ながら持ち主次第です、その為、『刀匠の魂』、刀匠の芯にある一本の刀は、持ち主の芯にある一本の刀を、ただの人斬り包丁にさせないように、魂を込めます……、申し訳ありません……」


 愛沙は身体をプルプルと震わせない代わりに声を震わせ、モクモクと煙を出さない代わりに涙を流していた、勇也は愛沙がトラウマだが愛沙は勇也自体が恐怖症(トラウマ)、声を聞くだけ姿を見るだけでも過去を思い出し怖い。


 勇也はバカではない、自分にだけ極端に怯える愛沙に特別な理由が無いわけが無いと思っている、その理由は天パだから、引越しさせたから、と見た目や表面上の問題だけではなく愛沙の根本に問題がある、おそらくは芯にある一本の刀にその根本の理由があると考える。


「ゆっくりで構わない、続けろ」


「……、……初めの魂を忘れない為に、初めての一刀を御神刀にし、子々孫々一刀一刀初志貫徹、が富士の家系での習わしです、

 ですが……11年前のお祭りの日、富士の刀神棚にこの刀を祀った日、初めての一刀と共に……芯にある一本の刀も無くなりました」


 懐から折り畳む絹生地を出す、畳の上に置き開いていくと中には古ぼけたドングリの首飾りがあった。


「!、俺が持ち出したからか?」


 黒塗りの日本刀そして今現在手に持つ檜仕立ての日本刀は愛沙が打った刀だと解った、そして自分が愛沙の芯にある一本の刀を持ち出したから愛沙が刀を打てなくなったと考えた、だが、その考えが違う事を直ぐに知らされる。


「いえ、持ち出される前に……」


 ギュッと黒塗りの日本刀を握り締め、過去を思い出しプルプルと震え出す身体に力を入れる、俯く顔を上げ、涙を浮かべる気弱なタレ目を勇也の視線と合わせる。


「刀を持つ者達が……母を見捨てました、11人の虚無僧に斬られる母を、見捨てました」


「!!」


「助けを求める私(わたくし)の声は届かず、刀を持つ者は母を見捨てました、

 父の、富士の、刀を持つ者が、母を見捨て、お孫様に斬りかかり、母を斬り、誰も助けてくれなく……美礼ちゃんだけが、助けてくれました、

 その時に、私(わたくし)の芯にある一本の刀は失いました」


「あの時、の……、……」


 鮮明に残る記憶から11年前を思い出す、虚無僧の斬撃から自分を庇う女剣士、野次馬の中で助けを求め泣き崩れる少女、野次馬の中から飛び出し虚無僧に斬りかかる黒髪の少女、そして野次馬1人1人の申し訳なさそうにする表情1つ1つを思い出す。


 鮮明な記憶を振り返り、愛沙の気弱なタレ目に泣き崩れる少女の面影を見る、愛沙の背後にいる美礼の切れ長な目に虚無僧に斬りかった黒髪の少女の面影を見る。


「わ、悪……、いや、誤ってすむ問題じゃ無い……、……」


 言葉を失う、俺に怯えて当たり前だ、と眉間に力を入れ強く目を瞑り自分が生んだ愛沙の人間恐怖症に罪が生まれる、そんな勇也に不意を突くように愛沙の言葉が届く。


「お孫様には、刀匠の、芯にある一本の刀は、必要ですか?」


 プルプルと震えながらも勇也を見る。


 愛沙の中ではここからが本番、勇也が不意を突かれた気持ちになるのも仕方がない、『自分は刀を握る資格が無い』と葛藤するまでになっていたのだから、しかし、愛沙の表情には責任の所在は自分にあると語っている、勇也には芯にある一本の刀が必要か必要では無いか、勇也本人が芯にある一本の刀があるか? を知りたいと潤ませるタレ目に込められている。


「(自分が失った刀匠の芯が必要か必要では無いか……俺に責任を求める発言では無いな、現に『この刀には愛沙の芯がある』、おそらくは……)、……刀を見せてもらう」


 答えを先送りにする、逃げる訳では無い、刀匠としての愛沙を見る為だ。


 勇也が刀匠としての愛沙を見たいように愛沙が知りたいのは勇也の芯にある一本の刀、『自分には無い刀匠の魂を必要とするか必要としないか』。


 美礼は愛沙の友人として勇也の答えを聞きたい、耕介は四院家として学園にある愛沙問題のため聞かなければならない。


 チラッと美礼を伺う蒼は「(このゴリラ、なんで言わねぇんだ……)」と『愛沙が刀を打てる』事を知っていたと勘違いする、だが、それは蒼の客観的な美礼しか見てないための思い違い、美礼はそこまで薄情な人間では無い。


 美礼は愛沙が刀を打てないと思っていた、11年間の付き合いで一度も刀を打ったところを見た事が無いからだ、そもそも人間以上に刀を怖がる、今でも勇也が持つ刀が愛沙が打った刀とは思えない。刀匠富士の刀の銘は富士というのを知っていただけだ。


 だが、蒼•美礼が苦虫を噛んだようになるのは、11年前に勇也が持ち出した刀が愛沙が打った刀だと知った以上は四臣家として踏み込めなくなった事だ、同じく耕介など四院家が踏み込めない状況が出来上がった事になる。


 それは何故か、刀匠富士の刀だから『刀を打てない愛沙』を誤解から保護する事が出来る、だが、愛沙の打った刀となると話しは別、『刀を打てる愛沙は刀屋藤野の跡継ぎ』になり実力主義の矢面に立たなければならない。


 ここまで複雑化したのは朱の血筋と藤野家の関係が深くなった事による大人達の政治が関わり、愛沙自身の精神面の問題もある、愛沙が刀を打てない、と政治的にも愛沙的にも学園卒業まで徹底する必要があった、愛沙はそれを言われていたから美礼や苗木にも秘密にしていた。


 それなら何故自分から全ての真実を話す気になったのか? 答えは簡単である、愛沙も刀匠の端くれ、刀匠のような刀を打てなくても愛沙自身の刀は打てる、愛沙は刀が怖いのではなく刀匠の芯にある一本の刀が怖いのだ、従って、朱の血筋らしくない勇也なら、刀匠らしくない自分の刀を……と朱の血筋に愛沙なりに勇也に挑んだのだ。


 誰も踏み込めない持ち主勇也と刀匠愛沙の問題になった藤野愛沙問題、解決は四臣家と四院家には出来ない、それが単純では無い勇也にとって最悪な結果に繋がるとしても。


 勇也の返答次第では全ての刀匠が愛沙の敵になる。

 所謂、朱の血筋慈桜勇也が刀匠の魂が必要と言えば、刀匠藤野愛沙を認めた事になり、実力主義の元に全ての刀匠は愛沙の敵になる。


 朱の血筋慈桜勇也が刀匠の魂が必要無いと言えば、刀匠藤野愛沙を認めない事になる。

 しかし、黒塗りの刀を勇也が持つ限り、他の刀匠から見たら筋道に逸れている事になる、『刀屋藤野と朱の血筋に、実力を無視した11年前からの繋がりがある』と思われる。


 例えるなら、○○産蕎麦粉使用と看板に出す店が1グラムの○○産蕎麦粉しか使っていなく他は小麦粉、法律的には蕎麦粉が1グラムでも入っていたらそれは蕎麦になる、そんな消費者的には黒で法律的には白は消費者は許さない、それが刀ならどうなる? 尚更許さない、許す者はただの馬鹿だ。


 愛沙は『刀が打てない』と言われている、所謂、見た目が蕎麦で中身はうどん、蕎麦打ち職人が小麦粉と蕎麦粉1グラムで蕎麦を打ってる状態だ、いや、愛沙なら蕎麦粉0、100%小麦粉で色や形だけ蕎麦、所謂、刀匠成分という蕎麦粉が0グラム、形だけの刀が出来上がる。


 愛沙の学園生活は、刀が打てる、刀が打てない、のどちらか、勇也が認める、勇也が認めない、のどちらかで大きく波乱を呼ぶ、大人達の政治が介入し次代の四臣家である子供達に隠してまで隠し通したかった愛沙が刀を打てるという真実。


 そんな愛沙の刀を前に、愛沙の人間恐怖症の原因を作り、自分の罪を知り、刀匠の芯にある一本の刀を必要無いか必要では無いかと問われた勇也。


 自分の一言が朱の血筋故の答えになる事は重々承知、自分の答えで愛沙の学園生活3年間を暗くさせる。


 四臣家の大人達はこの難題を阻止する為に秘密にし、四臣家の子供達に愛沙を学園卒業まで『四臣家として護らせたかった』。


 言うまでもなく愛沙が打つ刀は刀では無く、刀を打てないというのは譬喩(ひゆ)なのだから。


 勇也はハバキまで出した檜仕立ての日本刀に視線を向ける、すぅ〜……と刀身を出す、現れる刀身は光の一切無い暗闇で感じる禍々しくまとわりつく悪寒を表現したような乱れる刃紋、切っ先まで流れる刃紋は逆にもある、形は軽い反りのある日本刀だが両刃の刃は『刀を握る者全ていなくなれ』と持ち主にさえ言っている。


 鞘を抜くと畳に置く、両手で柄を握り切っ先を天井に向ける、裏側の刀身を見る為に手首を返す、その瞬間、〜〜〜…………と両刃が空気を斬る。


「刀匠の魂を否定し刀を持つ者を否定している、刀匠であった自分を否定し、弱くなった心が刀匠の芯を必要としなく、逆刃は持ち主の芯さえも斬る、妖刀と呼ぶに相応しい一刀だ、

 孤立を選んだ人間恐怖症……、俺が祭りの日に罪(つみ)を生まなかったら誰しもが認める真の刀匠になれた……」


 刀を持つ者はいなくなれ、持ち主さえもいなくなれ、愛沙の芯にある一本の刀を表す両刃の刃、刀匠として生きる事は出来ない事を意味している、刃紋が表す暗闇の中に愛沙がいる事を勇也は感じ取り自分が生んだ罪(つみ)だと奥歯を噛み締める。


 そんな勇也の罪を愛沙は切り捨てる。


「刀匠の芯にある一本の刀は、持ち主が人を斬ったからといって、曲がってはなりません、お孫様の罪(つみ)では無く、私(わたくし)の心が生んだ私(わたくし)の罰(ばつ)です……」


 どんな理由があろうとも刀匠の芯は曲がってはいけない、未熟である自分が背負うべき罰、勇也を擁護(ようご)している訳では無い、愛沙にしてみたら刀を持つ者は朱の血筋である勇也といえども同じであり、今現在勇也が持つ刀は勇也に死ねと言っているのと同義なのだから。


 愛沙は朱の血筋勇也に喧嘩を売っている事になる、愛沙の存在が刀を持つ者全てに喧嘩を売っている事になる、その愛沙からの問いに勇也は————


「罰か……、表の刃が罪なら裏の刃は罰、俺は表裏の無い愛沙の芯を写した見事な刀だと思う」


「持ち主を斬る刀です、持ち主がいなくなれば、刀は無くなります、……お孫様に刀匠の芯にある一本の刀は必要ですか?」


「刀匠の芯にある一本の刀が俺に必要か必要じゃ無いかの前に、俺の中にある芯にある一本の刀を教えておく」


「はい」


 勇也は鞘に刀身を納める、正面にあるドングリの首飾りと平行するように檜仕立ての日本刀を置く。


「その辺のヤツが鍬を持っても健太達みたいに畑を作れない、下手したら鍬や鎌や斧といった農具が人斬りの道具になっちまう、

 そして人を斬る為に作られた刀、その辺のヤツが大義無く振り回す刀は刀匠が大義を掴ませる為に魂を打ち込んだとしてもただの人斬り包丁になり下がる、刀匠としてこれ程虚しいものは無い」


「……。」


「だが、俺はその辺のヤツとは違う、何故なら俺が刀を握れば国が出来上がるからだ」


「「(ドングリで国を作れるという事か?)」」……呆れる一同。


 勇也は左手に檜仕立ての日本刀を持ちながらゆっくりと立ち上がる、歩を進めた先は正方形に御膳を並べる位置から離れた位置。


「そもそも俺の手刀は刀だ」


 畳の中心に向けて右手手刀を放つ、ズブッ!と畳の中心に手刀が刺さる、そのまま畳を持ち上げ愛沙を見る。


「見てろ、俺の芯にある一本の刀だ」


 右手手刀を抜いた瞬間、右手手刀を畳に放ち、ズバンッ!ズババ!バン!スババババン!と手刀を4回放つ、ガシッと右手で畳を掴むと愛沙を見る。


「『芯の刀』は足りている、そもそも俺が11年間で刀を必要とした相手はヌシだけだ」


「「(手刀というより斧だな)」」……勇也の武勇伝よりも率直な感想が頭を過る一同。


 真剣に勇也の話しを聞いているのは愛沙しかいない、一同は愛沙と会話ができる事に嬉しい勇也が一発芸を見せているとしか思えなかった。何故なら愛沙の問いは必要か必要では無いか、わざわざ見せる必要は無い、勇也が先延ばしにする理由は愛沙に自分を知ってほしいと思っているだけだからだ。会話下手の勇也には仕方がないと呆れるしかない。


「刀匠の芯にある一本の刀は必要ですか……」


 勇也の会話下手は気にするところでは無い、そもそも勇也以上に会話下手な愛沙から見たら会話上手だ。


「愛沙の芯にある一本の刀は刀匠の芯にある一本の刀に負けるのか?」


「…………。」


「勝てるところを見せてやる、刀匠や持ち主の芯にある一本の刀を愛沙と俺の芯にある一本の刀で砕いてやる、

 俺の答えは『刀匠藤野愛沙の持ち主ごと斬るという芯にある一本の刀なら必要』だ」


「……、」


 勇也の何かを確認するように見る、数秒見て勇也の変わらない真剣な表情に俯きながら答える。


「……わかりました、その『名の無い刀』をお預けします」


 愛沙の表情は変わらない、理由は簡単だ、『勇也の芯にある一本の刀が見えないのだ』、畳に手刀で刀と書かれても、自分を刀匠として認めても、国を作れると言われても愛沙の中では比喩でしか無く、勇也本人の芯にある一本の刀が見えない。


 本来なら『お納め下さい』と言うところを『お預けします』と言ってる時点で、勇也が檜仕立ての日本刀を持つに相応しいか計りかねている状態だ、勇也は愛沙を認めても愛沙は『まだ』勇也を認めていない事になる。


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