第一章 トラウマ
新入生500人との大立ち回りから明けた翌日、朝の4時、道場では枕とは逆側から顔を出して寝る南原苗木と携帯情報端末を握りながらアンゴラウサギ型の帽子を被って寝ている渓谷茜が布団を並べている。
離れた位置では、御膳の上にA4サイズの携帯情報端末を置き力尽きたように慈桜勇也と渓谷蒼が寝る、その横では青樽美酒に見守られながら未智明流が布団で寝ている。
バンッ! と道場の出入口が開く。
『朝じゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
ズダダダダダと畳の上を走りながら叫ぶのはヘビメタのバンドマンのように寝癖を総立ちさせたミルク、父親勇也に一直線に突っ込みズガァン!! と思いのまま突撃、その勢いは壁までふっ飛び勇也の天パ頭で壁に穴を空ける。
「朝じゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
甲高い耳触りな叫び声は続く、蒼と苗木は爆睡、茜と明流が起きるとミルクの叫び声は悲鳴に変わる。
「いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」
壁にめり込む天パ頭はそのままだが腕が伸びている、手は大きく広げられミルクの顔を鷲掴みする、アイアンクロウ。
「寝込みを襲う不意打ちとは……誰に教わった?」
アイアンクロウをしたままゆっくりと立ち上がる、その表情は教育的指導をする父親。
「お参りの時間じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
日課のお参りの時間に起きていない方が悪いと言うように言い放つ。
「山の神の社は山だ、山に向かって……」
野球選手のように大きく振りかぶる。
「お参りすれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!!」
ブオン!! と腕を振り抜きミルクを庭側の扉に向けて投げる。
目を擦りながら起き上がる茜が視界に入れたのは、右拳を前に突き出しながらカッコつけるミルク、「なっ!?」と声を上げた時には通り過ぎて行きクルクルと縦回転を始める、茜は咄嗟に手を伸ばすが扉の直前で体操選手のように着地。
バッ! と振り向き父親勇也を見る。
「パパもお参りじゃ!!」
「うるせぇ!!」
ガシッと天パ頭を鷲掴みするのは桜庭礼実、問答無用で勇也を引っ張る。
「いだっ!? てめぇ!? 何しやがる!!」
「お参りの時間です」
「髪を引っ張るな!! 将来に不安が出来る!!」
「捻くれた毛根が失うなら喜ばしい事です、いっそのこと月代にしなさい」
【月代とは、前時代に元服を終えた成人男性が前頭部から後頭部まで三日月型に剃ったり脱いたりした髪型、現代ではその風習は無い】
「なるほど、その手があったか」
月代に納得しながらホルモンの減少で起きる頭髪減少は恐れる、だが、「んっ?」と自分の頭髪事情から気付く。
「待て!? 月代にしたら髷を結わないとならない!! 俺の頭髪はそんなに甘くないぞ!? 月代に咲く花火になっちまう!? 髷なんて結え無い!!」
「非常食に茄子でも乗せてなさい」
「その手があったか!?……いや!! 昔食った花林糖じゃダメか?」
「好きにしなさい」
ミルクが嬉しそうにガラガラガラと庭側の扉を開ける、礼実は朝のゴミ捨てのように庭に勇也を投げる。
地面に尻餅を着く、頭髪を気にしながら礼実を見上げる。
「てめぇ!? 亭主をゴミのように投げやがって何様のつもりだ!」
「私に見えているのはゴミにもならぬモジャモジャ、ゴミに失礼です」
「……、話しにならないな」
「お参りじゃ!?」
「んっ? あぁ」
勇也がいるのは西側の庭、朝日が昇る直前の薄暗い空を見上げる、視線を下ろすと遠目に西門と西桜臣家の屋敷が見える。
「西側だと家で日陰になるな、南側に行くぞ」
歩を進める勇也の隣をミルクが歩く、その2歩後ろを礼実は付いて行く、向かった先は道場の角、南側の庭と西側の庭が見渡せる位置。
東側の空からは太陽がゆっくりと顔を出し始める、勇也が指を差す位置は太陽の反対側、遠目に見える学慈街を囲う高い塀から更に遠目に見える山脈。
「この方向に社がある」
朝日がゆっくりと屋敷を照らし3人の肌に心地良い暖かさを与える。
ミルクは勇也が指を差す方向にトコトコと歩を進める、勇也と礼実から2メートルの位置で足を止める。礼実は勇也の隣に立つ。
西側の山脈を見上げるミルク、小さな両手をパン! パン! と叩くと合掌したまま真っ直ぐに山脈を見る、スッと息を吸い込み、お参り開始。
「安居楽業! 安寧秩序! 一汁一菜阻止!、
一千一里! 威風堂々! 陰徳陽報! ネギ! 大盤振舞!! ネギ! 大盤振舞!!、
今日も1日臥薪嘗胆! 言行一致! ネギ! 効果覿面!、
山の神様剛毅果断!! ワタキにネギを大盤振舞! 大盤振舞!」
ミルクが四字熟語に『良い子でいますからネギを大盤振舞して下さい』と含めて唱える『山の神大盤振舞』、ネギの部分を好きな物にすると山の神様は御利益を与えてくれると言われている。礼実は何も唱えずミルクといれる今に感謝して合掌のみ、勇也は信仰心が皆無なため大あくびをしていた。
ミルクは合掌していた小さな両手をパン! パン! と叩く、その時には太陽が丸々と顔を出し3人を照らす。
ミルクは満足感を表情に出す、振り向くとあくびをする父親勇也と微笑み顔の母親礼実。
「朝起きたらママがいるんじゃ、パパとママがいる大盤振舞じゃ、ワタキジは幸せ者じゃ」
「私もミルクと入れて幸せを感じております」
「その幸せはみんなからの大盤振舞だ、山神でなくみんなに感謝するんだぞ」
「うむ、感謝返しは出世払いじゃ」
ミルクは溢れ出す涙を隠すように勇也と礼実から視線を逸らし西側の庭に身体ごと向ける、ゴシゴシと目元を擦りごまかすように身体を伸ばし深呼吸をした。
「ふわぁ〜〜……、?」
息を吐いた時、視線の先に何かを捉える。
間髪入れず全速力で西側の庭に向けて走り出す、視線は西の門。
勇也はミルクの向かって行った先にある西の門を見るが誰もいない。
礼実は慌てるようにミルクを追う。
「ミルク! 外へ出てはいけません!」
全速力で走るミルクには礼実の声は届かない、勇也も一足遅れて2人を追いかける、野球が出来る広い庭での全力疾走は礼実よりもミルクの方が早い、追い付いてもミルクに触れない礼実には声をかけるしか無い。
「どうしたんだ?」
惰性で走りながら頭に? を浮かべる勇也、その時にはミルクは西の門から西桜臣家の敷地に入る、続けて礼実が西の門から敷地内に入った、その瞬間。
「捕まえたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ミルクの叫び声が響き渡る。
「まずい!!」
油断していた勇也、慈桜家や四臣家の敷地内は原則立ち入り禁止、誰も入れないと聞いていた為の油断。
地面を蹴り上げ全速力で走る、山の中では敷地内にいる『小動物』とは遊んでも良いと言っていたのが仇になった、街にいる小動物はペットか野良犬や猫、一般的に街にいる生物はミルクが抱いては最悪だ。
「礼実!! ミルクに近寄るな!?」
返答は無い、礼実と小動物の両方か……と最悪の場面を予測する、西の門から西桜臣家の敷地に入る。
右側に視界を向ける、屋敷や裏庭を見る余裕は無い、礼実は何かを捕まえるミルクから一定の距離を空けている、安堵する暇は無い、小動物より最悪の事態が目に写る、ミルクが捕まえたのは人間。
「ミルク!? 離せ!!」
「捕まえたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ミルク! 離しなさい!」
「ワタキの客人じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
地面にうずくまる少女の腕から離れない、意地でも離さないと言うようにへばり付く。
勇也はミルクの背中を鷲掴みする、「(まずい!?)」、と思う程に力が入っている、無理矢理引き離すのは可能だがミルクも少女も無事じゃなくなる。
「おい!? 大丈夫か!?」
「申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません」
少女は身体を震わせながら謝り倒す。
「そんなのはいい! 身体は!? (んっ? なんで痛がらないんだ?)」
瞬時に朱い眼になり少女を視る、ミルクが掴む腕には肌の裂傷や打撲痕無し、筋肉や血管を視るが断裂無し、更に骨を視るが骨折無し、ミルクの力は全力だが学園の女袴の制服を着る少女は無傷。
「ど、どうなってんだ」
眼に写る現実に動揺しつつミルクの背中を掴んでいた手を離す。
「?、どうされました?」
「大丈夫だ、ミルク程度の力なら猫扱い出来る美礼レベルの肉体だ、(いや、以上か……)」
「美礼さんと同じ? ですか?」
「それにこの女、(どっかで見た事があると思ったら『畑に居たトラウマ女』だ)、……。」
ミルクが捕まえた少女は、先日苗木の家の前にある畑を手入れしていたショートボブの少女、先日は服の中に長い襟足を入れた見た目そのままのショートボブだったが、今は長い襟足を根元で縛り外に出している。
「?、どうされました?」
「客人として入れてくれ、(トラウマは早めに解消するに限るからな)、ミルク? 客人に失礼の無いようにするんだ」
「客人じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
喜ぶミルク、少女を客人として迎え入れる勇也、しかし——
礼実の嗅覚や聴覚で捉えるショートボブの少女は、嗅いだ事の無い匂い、聞いた事の無い声、服が擦れる音は古白街出身者が好んで着る女袴の制服、他の街の出身者が着てはダメだという決まりは無いが慈桜家仮屋敷があるのは西の街、朝の四時に訪問するのは古白街出身者? と考える、だが、礼実の感覚では古白街で出会った事が無い、入学式にも居なかった、と感覚では確信している。
「娘が大変失礼な事をしてしまい申し訳ありません」
うずくまる少女に深く頭を下げる。
少女はチラッと礼実と勇也を見る、手に持つ風呂敷袋で顔を隠すと恐る恐る立ち上がる、腕にはミルクがコアラのように抱き付く、オドオドとしながら風呂敷袋の横からチラッと覗く気弱なタレ目、守ってあげたくなる可愛い少女だ。
「申し訳あり、ません」
気弱で暗く小さな声で更に続ける。
「友人が、ここにおられると聞きまして、制服をお届けに、申し訳ありません」
「御友人ですか……今居られるのは、南原苗木さんと未智明流さんになりますが」
ショートボブの少女のオドオドとした口調と礼実の独特でゆったりとした口調は普通に会話をしていても流れが遅い。
「な、苗木ちゃ、さん、です」
「御案内いたします、失礼でなければ娘をそのまま抱いてあげて下さい」
「……はい」
西の門から慈桜家の敷地内に入る、先を歩く勇也の後に礼実が歩き、ミルクをストラップにする少女は風呂敷袋で顔を隠したまま礼実の2メートル後を歩く。風呂敷を置いて逃げたいがミルクがベバリ付いているため逃げれない、といった感じだ。
南側の庭に向かう、玄関前では両腕から白い煙を出しながら朝のストレッチをする松庭美礼、隣りには無理矢理付き合わされ半分寝ている茜がいる。
昨晩ミルクが寝た後に、「私はミルクと一緒に寝ます」、と礼実が言いだし、勇也はダメだと断固反対した、だが、聞く耳持たずの礼実の説得は皆無、蒼から美礼を間に挟みミルクに手を出させないようにする、という提案が出され、勇也は美礼の両腕は使えないからダメだと言ったが、両足でミルクちゃんを抱いて寝たらええやろ、と蒼の提案を一時受理。
もちろん勇也は3人が寝る部屋を朱い眼で監視した、美礼が礼実に情を向ける可能性があるからだ、しかし、美礼は爆睡(?)しながらもミルクを両足で抱き続け、礼実がミルクに触ろうとすると爆睡(?)しながらも躱し続けるという鉄壁さを見せる、勇也が美礼を心底信用する切っ掛けになった。
言うまでもないが美礼は爆睡したフリをしている、元々夜の修行や朝の修行を日課にしているため夜が遅く朝が早い、健康流幼児である礼実が起きていられる時間などミルクの寝る21時に毛が生えた程度、修行代わりには丁度いいと言わんばかりに礼実の対処をしていた、朝はミルクがオネショをしそうになったのを逸早く察知、寝ているミルクをそのままトイレに連れて行きオネショを阻止するというファインプレイもしている。
美礼はいつもと変わらず朝の修行、両腕が重症なため下半身を中心にストレッチ、そこに4人が来る。
「んっ? 愛沙やないか」
「美礼ちゃん、おはよう、苗木ちゃんに制服届けに来たの」
美礼と普通に会話する愛沙と呼ばれる少女、美礼に対しては声は小さいがオドオドとした雰囲気を出さない。
「苗木ちゃんの友達は愛沙やったんか、……、……大丈夫なん?」
「うん」
「苗木ちゃんは悪い人間やないからな、私も昨日友達になったんや、愛沙の友達やったんなら紙一重やったなぁ」
「苗木ちゃんはいつの間にか居て、いつの間にか居なくなるから、美礼ちゃんに紹介したかったけど出来なかったの」
勇也は少女愛沙が美礼の知り合いと解り、美礼のツッコミからのトラウマ増幅を避ける為、この場は美礼に任せて屋敷に入る。
愛沙は風呂敷の横から勇也が屋敷に入って行くのを見る、屋敷の奥にいなくなるのを確認し顔を隠していた風呂敷袋を下げる。
「……、愛沙? 大丈夫か? 無理しとんちゃう?」
気を使うというよりは心配そうに愛沙を見る。
「大丈夫だよ……」
気の弱いタレ目は勇也のいなくなった玄関をチラチラと見る、その手元は震えていた。
「愛沙からは言わんでな」
「うん、美礼ちゃん、ごめんね」
「謝らんでええ、愛沙はなんも悪うないんやから」
2人の会話が途切れる。
礼実は2人の会話を詮索する事は無い、そもそも美礼が自分に話さない事は西桜臣分家としての美礼の判断、立ち入った話しは聞かない、と本来ならなるのだが——
「美礼さんのお知り合いのようですが……立ち入った事でなければ」
勇也がいなくなった後に風呂敷袋を下ろし顔を出した愛沙に妻として気にならないというのは無い、男女の関係は勇也の性格から如何にもという反応を出すため疑わない、そもそも朱の血筋は西桜臣家の血筋以外は異性に見えない、礼実が気になるのは愛沙の正体、自分が知る限り美礼が古白街出身の100人の少女以上に気にかける民は『四臣家として見当がつく』。
美礼は申し訳無さそうに愛沙に向けていた視線を礼実に移す。
「愛沙は刀屋藤野の娘や」
「!、やはり刀屋藤野の御長女様でしたか」
不動の微笑み顔が曇る、目元を申し訳なさそうにすると眉間に力を入れ玄関の方へ向く。
「アヤちゃん……」
美礼は歩を進めようとした礼実の足を止める、苦笑いをしながら更に続ける。
「学園に通うようになったら遅かれ早かれ愛沙とアホ天パは出会っとる、
朱の血筋の記憶能力は当時のままや、成長した愛沙や私が解らんでも仕方ない、『アヤちゃんも四臣家として藤野家を護る為に感情は捨てなあかん』、
……ママにもこの件は朱の血筋や民から愛沙を護れって言われとる、それ以前に愛沙は私の友達や」
「私は……」
「アヤちゃん? もしもアホ天パが愛沙に責任なんか感じたらどうするんや? 刀屋は藤野だけちゃうで?『跡継ぎのおらん刀屋藤野』を朱の血筋が責任だけでその刀を持ったら……考えんでも解るやろ? 私はそうなったらアホ天パを斬らなあかん」
「……、……藤野様」
微笑み顔に申し訳無さが出て既に無表情、頭を下げようとした時。
「ママ? またパパが悪い事したのか?」
愛沙の腕でストラップ化していたミルク、話しの内容は解らないが礼実の表情で勇也がまた悪い事をしたと感じ取った。
「!、……。」
言葉を失う、ミルクに対して嘘が付けない礼実は微笑み顔を作るのでやっと、言葉を選ぶ余裕が無い。
「ミルクちゃん何言うとん?」
ミルクの視線を礼実から自分に移す、痛む両腕を上げて無理矢理ミルクの頬に掌を添える。
「アホ天パは大半悪い事しとるやろぉ? たまたま、遊んどったら悪い大人がアホ天パを狙って愛沙のママが助けただけや」
「むむ! 出世払いじゃ! 御礼じゃ!」
「あかんあかん、昨日苗木ちゃんのアニメを見たやろ? 愛沙のママは正義のヒーローやねん、助けた人間に正体がバレたらヒーローは出来んくなる、アホ天パが正義のヒーローに救われたなんて思い出したら……」
「パパには内緒じゃ!! アイサにはパパに出来ないお持て成しじゃ!!」
「そうやな、愛沙のママは命の恩人やからな」
「大変じゃ大変じゃ大変じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
礼実はミルクに気付かれないように愛沙に頭を下げる、愛沙は気弱なタレ目を向けて困ったように美礼に視線を移す。
「アレや、ミルクちゃんは『パパ』に内緒にせなあかん」
「うむ!」
「アヤちゃんは正義のヒーローの肩を持たなあかん」
「……はい」
「愛沙はアホ天パが私等と会った事あるの解らんから顔を隠さんでええ」
「……、……うん」
「私はアレやな、アホ天パがドアホやったら斬る」
「ワタキのヌシを倒したパンチもじゃ!!」
美礼の機転で話しの筋をミルクに隠した。
礼実は愛沙に対して申し訳無さが湧き出る、美礼が西桜臣分家として刀屋藤野を護る内は自分の私情で動いては本末転倒、抑えれる感情なら抑えなければならない、例え刀屋藤野の跡継ぎ愛沙の人生を勇也が狂わせた、と知っていても。
ミルクの「お持て成しは温泉じゃ!!」という押し付けから美礼は朝の修行を中止する、茜は立ちながら寝ていたのだが美礼に担がれて気付いたら全裸にされて大浴場に浮いていた、起きた瞬間に美礼に担がれて夢か幻の中で脱衣所に連れてかれ、ザッと浴衣を投げられ帯を締められ担がれる、茜は99%夢の中で美礼に全裸にされ風呂に入り担がれる。
「温泉の次はご飯じゃ!!」
愛沙の腕にへばり付く、美礼や蒼にも見せないスキンシップの多い懐き方は風呂場でも同じくミルクは愛沙にベタベタだった。礼実は羨ましい気持ちと申し訳無さで複雑な気持ちになっていた。
朝の7時、一同は道場に集まり食事をする。
席順は宴会を思わせるコの字型、これが慈桜家と四臣家の食事スタイルのようだ。
上座ではミルクを挟むように勇也と礼実が座り、勇也の左斜め正面には空になる御膳、本来は真一が座る、その隣には御膳を前に布団で寝る蒼、そして半分寝ている茜が続き、本来なら竪郎が座る空になる御膳。
礼実の右斜め正面には秘薬を両腕に塗り白い煙を出す美礼、次に愛沙が座り、その隣に御膳を前に布団で寝る苗木、次に青樽美酒に監視されながら食事をする未智明流、今日はお粥では無くみんなと同じ食事を食べる。
明流は食事の前に勇也に蘇体治療をされ、秘薬を塗り完治にまではいかないが通常生活に支障は無くなる。
上座からチラチラと愛沙を見る勇也、「(苗木や明流とは違う人類、先日のトラウマの借りを返させてもらうぞ)」と思いながら、先日愛沙から頂いたトラウマの返却に動く。
「な、名前を聞いてなかったな」
緊張感を引き攣る苦笑いに出しながら愛沙に聞く。
『!、プルプルプルプルプルプル』
勇也の声が聞こえた瞬間から身体をプルプルと震わせ始める、顔は俯き返答する意思は無い。
「(さ、さすがトラウマだ……だが、ここで負けては俺に成長は無い!)、お、俺は慈桜勇也だ、よろしく」
『プルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプルプル』
「(プルプルが酷くなった!)」
更に深く俯き、更にプルプルが酷くなる愛沙に動揺する。
「藤野愛沙や」
美礼が愛沙に気を使って代弁する。
「そ、そうか」
チラッと愛沙を見ると震えが少なくなっていた、「(男が苦手なのか?)」と思い視線を明流に移す。
「明流?」
「んっ?どうした?」
「いや、明流も藤野愛沙に自己紹介をした方がいんじゃないか?」
「そうだな、」
御膳の上に体を乗り出し愛沙を見る、自分の方をチラッと見る愛沙を視界に入れると自然な笑顔で自己紹介する。
「漁師街出身の未智明流、藤野さん、よろしく」
「……古白街出身、藤野愛沙です、よろしくお願いします」
ガーン! と勇也には無かった自然な自己紹介の流れにトラウマは濃く深く植え付けられる。
「(お! 俺だけ!? まさかプルプルは俺だけ!?」
愛沙のプルプルは明流に対して無い、一切ない、美礼もそれには不思議になる。
「愛沙? 明流は大丈夫みたいやな」
「……うん、……」
「なんだ! 大丈夫ってなんだ!?」
勇也の声で何かを言おうとした愛沙はプルプルと震え出す、正確には勇也の視線や声など気配や存在全てにプルプルしてしまう、美礼ははぁとため息を出し呆れるように勇也を見る。
「愛沙は人間恐怖症なんや、極度の人見知りや」
「人間恐怖症?、(トラウマか? 俺も人間恐怖症になりそうだぞ……)、それでプルプルなのか?」
「そうや」
勇也はチラッと愛沙を見る、目線が合った瞬間にプルプルは大きくなりササッと美礼の背後に隠れる。
「明流とは目が合っても大丈夫だった気がしたが……、気のせいじゃなく俺にだけじゃないか?」
「誰にでも人見知りや、特にお前みたいな天パ頭には拒絶や」
「そ、そんな断定した拒絶が……」
「天パが原因で人間恐怖症と言っても過言では無いなぁ」
「茜!?」
バッ! と半分寝ながら食事をする茜に視線を向ける。
「?、はい?」
「科学で天パをサラサラに出来るか!?」
ブッ! と吹き出す明流と美礼。
「美容室でストレートパーマや縮毛矯正ができます」
「美容室? そこに行けば天パじゃなくなるんだな?」
「今ある頭髪はサラサラのストレートになります……」
「よし!? 美容室に行くぞ!」
「……が、勇也さんの天パは無理だと思いますよ?」
「なんだと!? また朱の血筋差別か!?」
「違います、お父さんが学生時代に勇也さんのお父さんからサラサラストレートになりたいと言われてストレートパーマや縮毛矯正などを進めたんです、
ですが、効果が無く更に天パが酷くなり、研究して発明した作品もことごとく失敗、万人に効果があるのに勇也さんのお父さんだけ天パが酷くなったと言ってました」
ぎゃはははははははははははははははははははははははははははは!!!!
美礼と明流は大爆笑、腹を抱えて大笑いする。
「さすがカイトやぁ!!!! 頭の中だけちゃう! 髪の毛一本から自己中やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「伝説の不死鳥天パの噂は本当だったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「お! 俺はまだ解らないだろ!?」
「お前の天パはカイト譲りや! 無理や無理や!」
「諦めろ諦めろ! もっと酷くなるぞ!」
「ぐ、ぐぐ、(妖精だ、藤野愛沙の正体は山神が言っていた妖精だ、出会ったら大事に見守り人に虐められてたら保護すれと言っていた妖精だ……だが、天パが妖精とのコンタクトにこれだけの枷を生むとは……)」
山育ちの勇也の知識は殆どが巨漢熊や山の神様から得た知識になる、その知識から——「(山神は、妖精は恥ずかしくて人前に出て来ないと言っていた、おそらく藤野愛沙は虐められた妖精だ、天パの木こりに住処を奪われた妖精だ、厄介な事になった……」——と当たらずとも遠からずな妄想をする。
『んっ? なんだ? 賑やかだな?』
布団から起き上がるのは蒼、大笑いする美礼と明流や考え込む勇也を見る、ふと視界に愛沙が入り頭に? が浮かぶ。
「んっ? あんた……昨日畑にいたよな?」
「プルプル……はい」
ガーン! とプルプルと震えながらも蒼と会話をする愛沙に更なる濃く深いトラウマを植えられる勇也だった。
「渓谷蒼だ、昨日は驚かせて悪かったな」
「いえ、藤野、愛沙です」
「藤野?」
チラッと美礼を見るが落ち込む勇也に大笑いして気づかない、藤野家と勇也の経緯は四臣家として聞いているため視線を礼実に向ける。
「愛沙さんはミルクの客人として迎え入れています」
「ミルクの客人?、(勇也は気付いて無いのか? いや、11年前だから成長して解らないってところだな、好都合と言えば好都合だな)」
「アイサはワタキの客人じゃ、アオと一緒じゃ」
「家では客人でいいが学園での藤野家は四臣家の保護対象だからな」
「むむ! 学園でもアイサはワタキの客人じゃ」
「……、まぁいいか、藤野家? 聞いてるだろ?」
「……はい、申し訳ありません」
「謝る必要なんて無い、四臣家が出来るのは藤野家を護るぐらいなんだ」
「……。」
「昨日の入学式はどうしたんだ? 真一と竪郎が探しても見つからなかったと言ってた、大人数が集まるから出なかったのか?」
「入学式は、今日だと苗木ちゃんが言ってたので……」
「苗木?」
「愛沙は苗木ちゃんの友達やったんや! 朝に制服届けに来たらミルクちゃんに捕まってもうたんや」
「苗木の友達か……、苗木の家に2人分の私物があったからな、一緒に住んでいたのは藤野家だったのか」
「待て!! なんで蒼にプルプルしない!? なんで普通に会話してる!? 蒼も前髪が天パだろ!?」
「?、プルプルってなんだ?」
蒼は視線を愛沙に向けると勇也の声にビクビクしながら美礼の後ろでプルプルと震えていた、「なるほど」と一言、勇也に視線を戻す。
「蒼!? 藤野愛沙は人間恐怖症の妖精だ! 特に天パの人間を恐がる珍種だ! それなのに一部天パのミルクや前髪が天パの蒼と普通に会話をしてる! 苗木なんて常にボサボサなのに一緒に住んでる! 人類だけじゃない妖精も朱の血筋を差別してる!」
「愛沙は古白街に住んどってアヤちゃんにも見つからん程に存在感無いし外に出る愛沙なんかレアや、珍種や言うのは否定はせん、それに、私の修行場に私に気付かれないでいつの間にかおるからな、妖精言うのもあながち間違いない」
愛沙は美礼の中でも妖精や珍種になっていた、納得するところは納得する、だが、勇也の発言で納得で出来ない部分があるため更に続ける。
「ミルクちゃんも朱の血筋なんやから差別はちゃうやろ? お前の天パが別格なだけや、どんだけ自分の天パを過小評価しとんねん」
「天パ差別だ!」
「一概に天パに対しての人間恐怖症じゃなく単純に勇也の事が苦手なだけだろ?」
「……はい」
プルプルと震えながら答える。
「な! なんでだ!」
驚愕する勇也の反応に爆笑する美礼と明流、2人は笑いながら勇也の疑問に答える。
「そんなもん年頃の女子なら苦手な人間の一人や二人いるだろ? こういうのはなんて言うんだっけか」
「生理的に受け付けない、やな」
爆笑する美礼と明流に奥歯を噛み締める勇也、ズガッと座椅子に座り食事を再開する。
蒼は呆れるように鼻息を出す。
「勇也? 色んな人間がいるんだ、そういうのも学園で学べ」
「生理的に受け付けないなら救いはある、天パのせいじゃないんだな?」
「生理的には天パも含まれるからな……親父さんの天パを見せて拒絶しなかったら天パじゃないってことじゃないか?」
「俺個人を拒絶してるだけになるぞ?」
「単純に勇也が苦手なんだ、そういう年頃なだけだ、藤野家とコンタクトを取るのは諦めろ」
「(解決策の無い事がこの世にあったとは……さすが妖精だ)」
挫折を味わう勇也、既に勇也の中のトラウマは漆黒に染まるまで濃く深くなる、しかし、ここで諦める勇也では無い、図太いと言った方が正しい、切っ掛けがあれば漆黒のトラウマに光を入れるため妖精•藤野愛沙に挑む事を決意する、せめてプルプルだけでも……と。
時間は8時、一同は制服に着替えて道場に集まる、ミルクはモンペと長袖と腹巻に大きな御守り、勇也は制服ではなく白色を基調にした浴衣、黒塗りの日本刀を帯刀する。
昨晩、「なんで俺だけ制服じゃない」と蒼に問うと、「朱の血筋だからだ」とあっさりと返される、勇也は「朱の血筋差別だ」と訴えたが、「堅苦しい制服なんて1時間も着ていられないだろ?」と言われ、明流のボロボロになった制服を着る、1分も経たず自分には着ていられないと解り朱の血筋差別が自業自得なのを理解した。
道場では苗木がまだ寝ている、何度か起こそうと試みたが起きる気配が微塵も無い。
「苗木ちゃん起きんなぁ」
布団に手を伸ばし爆睡する苗木を布団でグルグル巻きにする、そのまま担ぎ上げ左肩に乗せると右手に黒刃•村雨を握る。
「よっしゃ、行こうか」
「それはそれでアリだな」
学園までは徒歩30分程度の一本道、登校時間は9時迄になり9時を過ぎると門が施錠される。
登校中は布団(苗木)を担ぐ美礼を先頭にミルクを肩車する勇也と礼実が並び、その後ろに蒼と明流と愛沙と茜が続く。
登校1時間前というのもあり一本道には学園の生徒はいない、時間が30分早ければ注目を集める一行だが見通しの良い街並みを見ながらゆっくりと学園に向かう、そこに1人また1人2人と次々と『たまたま』を装うように古白街出身の100人の少女が現れる、学園に到着した時には一団になっていた。
閉じた西門の前には30代半ばの男性と女性がいる、先日、美礼と礼実が不法侵入した時に話していた2人の教師だ。
「なんや? 今日はお出迎えなんか?」
「西門と南門は故障中だから門から学園生以外が入らないか見てるんだ」
答えたのは男性教師、爽やかさある女生徒受けしそうな男性だ。
「南門はアホ天パが壊しとったな、西門まで壊れとったとは悪いヤツがおるんやなぁ」
「門にある監視カメラの映像では、黒い刃の薙刀を持った少女が鍵を斬ったのが映っていた」
「黒い刃の薙刀? なんや? 黒村雨を真似するヤツがおるとは感心やな」
…………。……犯人は美礼しかいない、と一同は解った。犯人(美礼)を知る蒼と茜は男性教師は解っていて言っていると表情から受け取る。
「茶髪まで同じだったぞ」
「私のファンかもしれんな、とりあえずアレやな、南門と一緒に慈桜家に請求して新品の最新にしたらええわ」
「いや、20年起きに『入学した東桜臣家』が新品にする事になっているから大丈夫だ」
「はぁ!?」
蒼は初耳だと言うように声を上げ更に続ける。
「なんだソレ?」
「朱の血筋や『西桜臣分家』が壊したら東桜臣家が直す、そういうもんだろ?」
「なんや西桜臣分家って? 私が壊した言うんか? 言い掛かりやで、西桜臣分家が門を壊すわけないやろ」
「そういえば20年前は『本家』だったな」
「アヤちゃんのママはイケイケやなぁ、怒ったら手に負えんのはアヤちゃんそっくりや」
「『本家の妹』が東桜臣家に対して解体料を請求してたわよ?」
笑顔で答えたのは女性教師、懐かしむように美礼を見る。
スパン! スパン! と発泡スチロールを斬ったような音が耳に届く。
一同の目の前で黒刃•村雨を振り抜く美礼、空中には苗木が包まる布団、ボフゥと右肩で布団(苗木)を受け止める。
「いだっ! めっちゃいだっ! あかん! これは治療費もや!!」
言いながら門を蹴りズガァンズガァンと倒す。
「何してんだお前」
「解体料と治療費は後で請求するで」
間髪入れず東門に向けて走り出す。
「……お兄ちゃん? 西桜臣本家の妹って美礼さんのお母さんだよね? ずっと言われるよ、お父さんが言ってた西桜臣分家には気をつけろってこの事だよ」
「親父の野郎、肝心な事を言いやがらねぇ、……もちろん学園が『門の費用を含めて』出すんだろうな?」
「自腹だ、東桜臣家の力を象徴する門だから学園は一切感知しない」
「象徴か、よし、俺の代は門無しだ、あのゴリラにはバナナでもくれてやれ」
「どの道、学園が直しても朱の血筋や四臣家が壊した物は全て東桜臣家が持つ事になるわよ? もちろん学園生以外が四臣家を狙って入ってきた時の修繕費用も四臣家が原因だから理由は同じ」
「なんだそれ」
「壊れれば壊れる程、直せば直す程、民は東桜臣家に頭が上がらなくなるわね」
「!、……チッ、」
舌打ちをすると茜に視線を向ける。
「茜? 美礼にはバナナで払え、金は一切払うな、どの道、『今後、四臣家が原因で壊れた物は壊したヤツの出世払いだ』、門を含めて壊せるようにしておけ」
「お金は?」
「気にするな、『親父の会社を使ってやれば全て四臣家や親連中に請求が行くようになる』、東桜臣家はそうやって科学者として研究をしていくんだ」
「お父さんがソレで動くと思わないよ? 四臣家や親が突っぱねて不払いしたらどうするの?」
「四臣家や親が払わないなら東桜臣家に大義が出来上がる、出世払いが出来ないなら実験材料になってもらうだけだ」
「実験材料にする前にお金無いと直せないよ」
「金なんて『慈桜のばあさん』に無利息出世払いで返すから出せとか適当に言えば出す、余分に出させて東桜臣家の基盤にすればいい」
「大ジジはともかくばぁちゃんは可哀想だよ」
「バァさんからふんだくれ、茜が出来無いなら俺がする、いつもそうしてた」
「お兄ちゃん、お兄ちゃんのたまにっていうか頻繁にある不明金って……」
「今だから言うが、バァさんに決まってるだろ、親父やお袋だけでなく東桜臣家のジジババは誰も出さねぇ、腹立つぐらい使えねぇんだ」
「いくら借りてるの?」
「茜の研究を含めたら何百億だな」
ぶっ! と吹き出す茜の後ろでは100人の少女が額から汗を流す、蒼は気にすることなく更に続ける。
「今更何百億が何兆になってもバァさんの財布は痛まねぇし請求も無い、最終的には知らぬ存ぜぬのオレオレ詐欺だって言えば払わなくてもいい」
「お兄ちゃん何してんの?」
「何してんのって研究には金がかかる、ガキの小遣いやバイトで出来る研究なんて夏休みの工作程度だ、
東桜臣家が学園で力の差を見せるには金が絶対的に必要だ、だが東桜臣家の教育は自立教育、誰も金を出さないから代々朱の血筋の箪笥貯金から金を巻き上げる事を……」
ハッ! と礼実がいる事に気付く。
「……西の本家?」
「はい?」
「東桜臣家の研究は『次代の朱の血筋の為だ』、解るな?」
返す気の無い借金、その真実を口に出し気まずくなる、聞かなかった事にしてくれと表情に出す。
礼実の微笑み顔は変わらない、ご存知ですと言わんばかりに言う。
「はい、慈桜家の箪笥貯金はモジャモジャのお父様が継ぎ、私が継ぐと聞いております、
東桜臣家が代々借りていった金額をお祖母様から聞かされた時、モジャモジャの代の東桜臣家当主は歴代で一番多くお金を借りに来ていると喜んでおりました、
代々学園在学中には返済をしてますのでお祖母様は楽しみだと喜んでおります」
蒼の借金は勇也の祖母から礼実の知るところになっていた。
蒼はオレオレ詐欺だと言ってすっとぼけるつもりだった、最初から返す気なんて毛頭無い、学園在学中? 何言ってんだ? 何百億だぞ? と今更返さなければならない借金というのは受け入れれない。
「お兄ちゃん!? またお父さんに騙されたよ!? ばぁちゃんはアレでも西桜臣家だよ!? 借りるなら大ジジだったよ!?」
「大ジジには朱の血筋の記憶力があるだろ、ばぁさんならいずれボケるし今もボケたようなもんだから……」
「ばぁちゃんから勇也さんのお父さんに箪笥貯金を継いだらまずいよ!? あの自己中カイトはまずいよ!!」
「代々継いでいたとはな……、親父のヤツ、毎回肝心な事は言いやがらねぇ」
「返済期間は三年間だよ!? 何百億ってどうするの!?」
「私がお祖母様から聞いた時に見せられた台帳には一千億飛んで百七十万でした」
ぶばはぁあ!?……血を吐く茜。
『ふぅ〜、どうしたんや?』
東門を壊し終えた美礼が戻ってくる、茜は悶絶し100人の少女や教師2人は額から大量の汗を流すのを見る。
蒼は美礼ならば同じ道を歩んでいるはずだと話しを切り出す。
「お前は慈桜のばあさんから金を借りてるか?」
「箪笥貯金の事を言うとるんか?」
「そうだ」
「私は大ジジの竹林の竹をかっぱらっ……アルバイトしとるからな、借りとると言えば修行場の土地とか村雨貰う前の武器代とか壊した茶器代ぐらいやな、借りた金額なんかいくらか解らんわ」
「美礼さんは修行場の土地代金とお祭りの日に両断した慈桜家本宅の修繕費、修行用にと藤野家の武器をお祖母様に払っていただき八百億飛んで二百万です」
「「…………。」」……美礼らしいと思う一同だった。
「まぁアレやな、いくら借りても大丈夫や」
「大丈夫じゃないだろ」
「なんでや? 箪笥貯金の請求はその代の四臣家が請求するもんや、ばぁちゃんの内は誰も請求してこんし、アヤちゃんの代になったら私等や、チャラやチャラ」
「真ん中が抜けてるだろ、俺等の親の代に箪笥貯金が移ったら終わりだぞ?」
「アホか、それこそチャラや、あのカイトが箪笥貯金を継いだら酒でも飲ませて機嫌取ればチャラや」
蒼よりも明確に借金を返済する気がない美礼だった。
「なるほど、勇也の親父さんなら……、美礼? お前は返す気が無いんだな?」
「無いで、箪笥貯金は慈桜家の金や、ばぁちゃんの金やったら借りんし借りたとしても返すけど慈桜家の金なんて返す意味が解らん、アレやで? 金管理も出来ん大ジジの金やで? 朱の血筋は金の価値なんて解らんやろ? 死ぬ前までに使ってやらんと貯め込むだけで回らんだけや、四臣家の私等が使って民に回さなあかん、そうやろ?」
「そうだな」
美礼の発言に同意する蒼、民を思って慈桜家の財布を貪る四臣家事情か? と思いたいが『代々学園在学中に返済しています』という礼実の言葉が気になるところだ。
「とりあえずカイトが島に帰ってきたら酒や」
「よし、茜? カイト攻略だ、好きな酒を調べろ」
「わかった!?」
「親父なら日の本という国の酒が大好物だって言ってたぞ? 俺も飲んだがあの酒は美味い、いずれミルクが酒の味が解るようになれば飲みたいもんだ」
「日の本?……(日本か?)、よしっ! カイト攻略は日本の酒で解決だ! 47都道府県全ての酒を輸入する、箪笥貯金で!」
「これで大丈夫だね!」
踏み倒す事しか頭に無い東桜臣家兄妹と美礼、勇也は金銭感覚が無いに等しく借金という言葉も知らない、その為、父親と飲んだ時に大好物だと言っていたのを言っただけだ。
礼実は踏み倒す事しか頭に無い蒼や茜や美礼の発言を気にしていない、『学園在学中に返済される借金』より勇也の言葉が気になるのだ、微笑み顔を勇也に向ける。
「モジャモジャ? あなたがお義父様といたのは五歳までのはず、いつお酒を飲まれたのですか?」
「三歳にはババァに隠れて親父と飲んでたな、ミルクも……」
パンッ! パンッ! と一同の耳に勇也の頰が打たれる音が届く。
「何しやがる!?」
「お酒は成人した大人がたしな……」
「ママ? ワタキジ……」
勇也に肩車されるミルクが礼実の言葉を止める。
ちなみにミルクのワタキが礼実と会話をする時に『ワタキシ』や『ワタキジ』となるのは礼実の『私』を真似をしているのだ、ミルクは本当は『私』と言いたいのだが口の中が常にヨダレでいっぱいで顎が未発達の為、ワタキシやワタキジになり普段はワタキで止めている。
「ワタキシは五歳じゃ、成人じゃ、世が世なら花嫁のれんをくぐる年齢なんじゃ、パパが親バカじゃから嫁に行けん行き遅れじゃ、お酒はママに内緒で四年前には飲んでるんじゃ」
「「(産まれてないだろ)」」……と言ったら強がるため言えない一同だった。
「飲んだ事無いだろ、俺と山神が飲んでる匂いを嗅いだだけで酔っ払って寝るだろ」
「ワタキは酔拳の達人じゃ!? 寝てるフリをしてるんじゃ!?」
「「(何故、強がる)」」
勇也が3歳から飲んでいたというカミングアウトよりもミルクが強がる事が気になる一同、単純に勇也に対抗しているだけなのだがミルクが酒を飲んでいない事に安心する。そして勇也の事は諦めている、あのカイトの息子だから、と。
借金に飲酒と問題が重なっていく四臣家と朱の血筋、そこにもう一つ問題が重なる。
「それよりも今日の代表者挨拶、楽しみにしてるわよ」
勇也に笑顔を向けながら言うのは女性教師。
「?、代表者挨拶?」
頭に? を浮かべる。
蒼の額からは大量の汗が流れ出し、礼実と美礼も額から大量の汗を流し始める。
「に、西の本家? 言ってないのか?」
「私からは言っておりません」
「美礼は?」
「言ってないで」
気まずくなる四臣家、勇也が頭に? を浮かべる調子から真一と竪郎も言っていないと確信する。
「代表者挨拶ってなんだ?」
「今日は全校集会よ、一年生の代表者が二年生と三年生に向けて挨拶する日、毎年試験での最優秀者が代表だけど朱の血筋が入学する年は朱の血筋が代表者、四臣家から……」
坦々と説明する女性教師だが蒼と美礼の表情が段々と青ざめて行くのを見て額から一滴の汗を流す。
「……聞いていないようね」
「聞いてない」
「勇也? 形式ばったものじゃない、とりあえず先輩宜しく程度に言ってやればいい」
「いえ、年功の序列という言葉もあります、季節の御挨拶から始まり御機嫌を伺ってからでなければ諸先輩方々に失礼になります」
「一発ドカーンとウケを狙わなあかんで」
「歴代の朱の血筋の挨拶をリストアップします」
茜が携帯情報端末を出すと蒼と美礼は茜を挟み慌ただしく議論を始める。
朱の血筋の代表者挨拶は四臣家の挨拶にもなり自分達の所信表明にもなる、上級生や同級生にこれぞ朱の血筋これぞ四臣家というのを見せなければならない。
もちろん勇也には四臣家の見栄を張りたい事情など知らない。
「ミルクも代表者挨拶するか?」
「ワタキも朱の血筋の端くれじゃ、顔を出すからには挨拶の一つもしなければならんじゃろ」
これには礼実も動き出す、勇也だけなら恥をかこうがどうでもいいがミルクは別、蒼•美礼•茜の議論の場に加わる。
「講堂のステージ裏なら使ってもいいぞ」
「講堂?」
「全校集会は講堂でやるから、他の生徒が来る前にステージ裏に待機しててくれたら俺等としても助かる」
「わかった」
一団は光財学園の校舎に向かう、それを見送る2人の教師は——
「20年前と同じく四臣家は朱の血筋に言うのを忘れてたな」
「代々狙ってた訳じゃないのね」
「入学式の慈桜御披露目で盛り上がるから忘れるんだろ」
「どうする? 何も考えてないわよ?」
「20年前、登校したら全校集会を1時間遅らすって言われたのを思い出した、あの時の先生も今みたいな気持ちだったんだな」
「20年前みたいにならないといいけど……」
中央玄関から校舎に入って行く一団を教師として心配そうに見る。




