拘束
グレーテルの眼差しに気圧されたように、お母さんの偽物は言葉に詰まりました。突きつけられた金の燭台が鋭利に光を反射しています。唾を飲み込み、お母さんの偽物は媚びたような引きつった笑みを浮かべて口を開きました。
「聞いて、グレーテル。お母さんは――」
『そこまで』
お母さんの偽物の言葉を遮り、ウサギがひどく冷めた声音で言いました。
『これ以上は見苦しいだけ。お前の幕は終わったのだ。役割を終えたなら、速やかに退場せよ』
ウサギの紅い瞳が妖しい光を放ちます。「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、お母さんの偽物はぐにゃりと形を歪めると、輪郭を失い、黒い泥となって床に広がり、やがて消えてしまいました。グレーテルは燭台を降ろし、ウサギを冷たく見据えます。ウサギは柔和な微笑みでそれに応え、大げさに手を叩きました。
『お見事でございます。愛も情も、あなた様を満足させる甘いお菓子とはなりえなかった。ご満足いただけるもてなしができなかった不手際を、心よりお詫び申し上げます』
痛恨の表情を作り、ウサギは深く頭を下げます。グレーテルは小さく鼻を鳴らしました。ウサギは顔を上げ、
『しかし』
と言葉を続けます。
『燭台を振り回して暴れるなど、お客様の振る舞いにはいささか問題がございます。当館の秩序を担う私としましては、この状況を看過するわけにはまいりません』
猫の給仕たちが一斉にグレーテルを取り囲みます。その手に銀のお盆はなく、鋭く伸びた爪がギラリと光を反射しました。ウサギは愉悦を顔に浮かべます。
『あなた様を拘束させていただきます』
侮るような紅い瞳を見つめ返し、グレーテルは小さく息を吐いて燭台を手放しました。燭台が床を打ち、ゴトッと重苦しい音を立てます。
「お母さんの姿を見せられて冷静さを失った時点で、私は負けていたということね」
『ご理解いただけて何よりでございます』
猫の給仕が左右からグレーテルの腕を掴みます。猫の爪が腕に食い込み、グレーテルはわずかに顔をしかめました。腕を引く猫の給仕に逆らうように足を止め、グレーテルはウサギに言いました。
「ひとつ、お願いがあるのだけれど」
『何でございましょう?』
ウサギが軽く手を上げ、猫の給仕が動きを止めます。グレーテルは淡々とした表情で『お願い』しました。
「あなたの主に目通りをさせてもらえる? この素敵なおもてなしのお礼がしたいわ」
ウサギはわずかに目を見開き、楽しそうに笑います。
『もちろんでございます。我が主もさぞ、喜ぶことでしょう』
ウサギはパチンと指を鳴らします。すると、今までただの壁だった場所に、豪奢な飾りの施された大きな扉が現れました。ウサギが目配せをすると、グレーテルの腕を掴んでいた猫の給仕はスッと退きます。ウサギはグレーテルの前に進み出ると、
『どうぞこちらへ。私がご案内いたします』
そう言って慇懃に一礼して、扉の前にグレーテルを導きます。グレーテルは扉を見上げました。威圧するような大きな扉には、まるで目のように大きな二つのルビーがはめられています。ウサギがドアノブに手を掛け、
――ギィ
ゆっくりと扉を開きました。扉の奥には階段があり、緩やかなカーブを描いて地下へと下っています。
『この先に、当館の主である魔女がおります。さあ、どうぞ』
階段の先は光届かぬ闇がわだかまっています。しばし闇を見つめ、グレーテルはゆっくりと足を踏み出しました。




