おぼえてろ
部屋から出て、ヘンゼルは玄関へと向かいます。背後で扉を閉める音がしました。ヘンゼルは床を蹴り、身体を前に投げ出します。直後――
――バキッ!
ヘンゼルのいた場所の床を木槌が穿ちました。ヘンゼルは一回転して立ち上がり、後ろを振り向きます。そこには激しい怒りを湛えたリスがヘンゼルをにらんでいました。
「いきなりだね」
『そうかい? あたしはよく我慢したと自画自賛なんだがね』
腰に差した短剣の柄に手を掛け、ヘンゼルは足幅を広げて身を低くします。リスはゆっくりと木槌を肩に担ぎ直しました。床には大きく穴が空いています。リスの目が紅く光を帯びました。
『魔女様を脅かす者は許さない。あんたはここで消す』
殺気を隠すこともなく、リスは木槌を構えます。ヘンゼルは軽薄な笑みを浮かべました。
「いいの? 僕たちは君の大事な魔女様の、半年後のディナーのメインディッシュだよ?」
うっ、と小さくうめき、リスの殺気が揺らぎます。ヘンゼルはまくしたてるように言いました。
「君が僕を殺したら魔女様が楽しみにしていたディナーを台無しにすることになるんじゃない? きっと魔女様はがっかりするだろうね。ショックで泣いちゃうかも」
ううっ、とうめいて、リスの木槌を持つ手が揺れています。ヘンゼルは畳みかけるように言いました。
「第一、魔女様ともあろう方があの程度のことで傷一つ付くはずないじゃないか。あのとき魔女様は笑っていたろう? あの程度、魔女様にはお遊びの範疇だよ」
『あたしの気が済まないんだよっ!』
顔を真っ赤にしてリスは木槌をヘンゼルに突きつけます。「へぇ」とヘンゼルは感心したように言いました。
「魔女様の気持ちより、自分がすっきりするほうが優先なんだ?」
リスの顔がますます赤く、息を止めて赤黒くなり、葛藤するように木槌の柄を強く握り、床に柄を突き立て、うなり声と共に右足をバンバンと踏み鳴らします。天を仰いで「ぬがぁ!」と叫び、リスは涙目でヘンゼルをにらみつけました。
『おぼえてろ!』
捨て台詞を残し、リスは身を翻して去っていきました。勝手に自己完結する様を見せられ、ヘンゼルはひらひらと手を振ってその背を見送ります。廊下を曲がり、リスの姿が完全に見えなくなって、ヘンゼルは大きく息を吐きました。
「……一対一じゃ、たぶん勝てないな」
じっとりと額に滲んだ汗を拭い、ヘンゼルは再び玄関に向かって歩き始めました。




