役者
「……なんとか生き延びた、のか?」
床にあぐらをかき、ヘンゼルは釈然としない面持ちで腕を組みました。一本の蝋燭に点された頼りない火が赤く二人の顔を闇に浮かび上がらせています。グレーテルは背筋を伸ばして正座していました。
「半年だけね」
ヘンゼルは不可解そうにうなります。
「半年で美味しく太れって?」
「そう」
グレーテルが涼しい顔でうなずき、ヘンゼルは嫌そうに顔をしかめました。
交渉で半年の猶予を奪い取った後、ヘンゼルとグレーテルは小さな部屋に放り込まれ、鍵を掛けられました。とうに日は暮れ、窓から淡い月光が射しています。部屋は火の点った蝋燭が蝋燭立てにある以外は何もなく、今日はどうやら床で寝るしかないようです。ただ、部屋の中は不思議と暑くも寒くもありませんでした。
「窓は壊せなさそうだ」
「それほど甘くはないでしょう」
立ち上がり、窓をコンコンと叩くヘンゼルにグレーテルは呆れたような視線を向けます。軽く肩をすくめ、ヘンゼルは窓枠に背を預けました。
「半年後には仲良くスープの具かな?」
「バカ言わないで」
トボけた様子のヘンゼルをグレーテルは軽くにらみます。すぐさまヘンゼルは両手を挙げて降伏の意志を示しました。グレーテルは小さく息を吐きます。
「魔女が提案に乗ったのは食欲より退屈が勝ったからよ。このゲームの本質は『二人の子供を半年間肥育すること』じゃない。『魔女の食欲と興味の天秤を興味側に傾け続けること』。それができれば半年の期限を超えることもできるし――」
グレーテルの瞳に冷たい光が掠めました。
「――できなければ明日にでも終わる」
腕を組みなおし、ヘンゼルは短く問います。
「具体的には?」
「変わらないわ。……魔女を、殺る」
グレーテルは表情を変えず、ヘンゼルは軽く目を見張りました。
「どうやって?」
グレーテルは小さく首を傾げます。
「さあ?」
拍子抜けしたようにヘンゼルは肩を落としました。小さく笑ってグレーテルは言葉を続けます。
「でも、それ以外に道はない。絶対強者である魔女の気を引き続けるのはスリルしかない。身体で、知恵で、私たちが持っている全てで、魔女を脅かし続ける。もし私たちが従順な家畜になれば、その日が『私たちが食卓に並ぶ日』だわ」
食卓、という言葉に反応したのか、ヘンゼルのお腹がぐぅと鳴りました。ヘンゼルは苦笑いを浮かべてお腹をさすります。
「……結局、今日はほぼ、何も食べてないんだよなぁ」
「『大事に大事に育てて』くれるって話のはずだったんだけど」
ぼやきに反応したように床が光り、二人はハッと息を飲みます。何もなかった部屋に机と椅子が現れ、机の上には湯気を立てる七面鳥の丸焼きが乗っていました。オーブンから出したばかりのような肉は飴色の焼き色が付き、香辛料の匂いと微かなドライフルーツの香りが食欲をそそります。食卓に一瞬見惚れ、グレーテルは口の端を上げました。
「筒抜け、か」
「まぁ、そうなるよなぁ」
誘惑されるようにヘンゼルは椅子に座ります。グレーテルも食卓に着き、ナイフで鳥肉を切り分けました。肉の乗った皿を受け取り、ヘンゼルは唾を飲み込みます。
「歓迎されてるねぇ」
「役者としてね」
グレーテルは手に握ったナイフを見つめました。魔女は何も怖れていない――その顔を歪ませることが、明日からの二人の仕事です。ナイフを置き、フォークを握り直して、グレーテルは初めて食べる七面鳥の肉にフォークを突き刺しました。




