問い
「では改めて」
グレーテルは部屋の中を見渡すと、並べられた器具を興味深そうに眺めます。
「おばあ様はここで何をしていらっしゃるの?」
言葉を吟味するように魔女はゆっくりと答えました。
「薬を作っているのさ」
「何のお薬?」
グレーテルは無邪気な様子で三角フラスコを見つめます。三角フラスコは鉄の輪のような台に乗せられ、下から小さなランプの火で熱せられていました。フラスコの口に据えられた蓋からはガラス管が伸び、試験管へと繋がっています。熱せられたフラスコの液体から上がる蒸気がガラス管を通るうちに冷えて液体に戻り、試験管に雫となって注がれます。大きな口を歪め、魔女はケケケと嗤いました。
「魔女が作るのは『魔女の薬』と相場が決まっているだろうさ」
グレーテルは不満そうに口を尖らせます。
「こんな大掛かりな装置を使って作る薬が一種類なはずないでしょう?」
魔女は意外そうに目を見開くと、小さく鼻を鳴らしました。
「……ふん。薬の種類なんて数えきれないほどあるさ。解熱、鎮痛、咳止め、下剤――子供をカエルにする薬、とかね」
「カエルは少し嫌ね。鳥か猫がいいわ」
魔女の言葉をさらりと流し、グレーテルは別の机に視線を向けます。そこには乳鉢があり、中には灰色の粉が入っていました。乳鉢の横には分厚いガラスの瓶があり、わずかに緑がかった透明な液体がぬらりと光を反射しています。
「これは?」
グレーテルは乳鉢を指して尋ねました。魔女は面白くなさそうに眉にシワを寄せて答えます。
「石を砕いてすり潰したものさ」
「石を? 何のために?」
グレーテルが机に近付き、乳鉢を覗き込みます。魔女は一瞬視線を上げ、すぐに戻しました。
「ある種の鉱石からは薬効のある成分が抽出できる。だが塊のままじゃうまくいかないんんだよ。砕いてすり潰す必要があるのさ」
ふうん、と納得したようなしていないような声を上げ、グレーテルは隣のガラス瓶に視線を移します。
「こっちの瓶は?」
魔女はわずかに間を空けて答えました。
「……ただの蒸留水さ。砕いた石をそれに溶かして使うんだよ」
石を溶かした水を飲むことを想像し、グレーテルは小さく顔をしかめました。しかめ面に満足したように魔女はクククと笑います。
「その鍋は?」
気を取り直すようにグレーテルはぐつぐつと煮えたぎる大鍋を指さしました。ひどく粘性の強い黒褐色の液体がブクブクと泡立ち、弾けています。魔女はヒヒヒと声を上げて笑いました。
「そいつはそら、そこにいるウサギや上にいた猫どもの原料さ。ごらん」
魔女は立ち上がって大なべの前に立つと、大きなひしゃくで中身を掬い、床に置いてあったタライに注ぎます。タライの中にヘドロのように黒褐色の液体が広がりました。魔女はパチンと指を鳴らします。液体は悶えるように震え、盛り上がり、やがて猫の給仕の姿を形作りました。猫の給仕は濁った眼で魔女に一礼します。グレーテルは大きく目を見開きました。魔女は満足そうにうなずき、もう一度パチンと指を鳴らします。猫の給仕の形がぐにゃりと歪み、再び黒褐色の液体となってタライに崩れ落ちました。
「それは、魔法?」
グレーテルは呆然とつぶやきます。魔女は愉快そうに目を細めました。
「ああ、そうさ。魔女が魔法を使うのがそんなに珍しいかい?」
口元に手を当て、グレーテルは視線を落として首を横に振ります。
「珍しい、というより、不可解だわ」
「不可解?」
意外な言葉をぶつけられたように、右の眉を上げて魔女が問い返しました。グレーテルは視線を魔女に向けます。
「魔法が使えるのに、薬が必要なの?」
魔女は初めてのものを見るように目を丸くしてグレーテルを見つめました。魔女がまとっていた余裕の気配が消え、グレーテルはわずかに眉を寄せます。魔女はスッと表情を消し、平坦な声音で言いました。
「……魔法はあんたたちが思うほど万能じゃないのさ。魔法で病を癒すことはできない」
魔女の声は冷たく、諦めたような、老いさらばえたような、疲れてしまったような重さで部屋に響きます。
「魔法でできることなんざ、人形遊びと、せいぜい騙して壊すことくらいさ」
魔女の言葉の後ろに、素顔の感情が透けています。グレーテルは慎重に次の言葉を選びました。
「どうして、薬を作っているの?」
「生きるためさ!」
魔女は身を乗り出し、グレーテルをにらみつけます。
「あたしは生きなきゃいけない。五百年生きてもまだ足りない! 死ぬわけにはいかないんだ! 子供を喰らう化け物になっても、誰から罵られようとも!」
義務のように語る言葉を、グレーテルは静かに受け止めます。
「生きて、何をするの?」
「薬を作るのさ! 全てを癒す『生命の秘薬』を!」
魔女は叩きつけるように叫びました。グレーテルは軽く目を閉じ、開いて、魔女をまっすぐに見つめました。
「生きるために薬を作り、薬を作るために生きるの?」
魔女の身体が動きを止め、その目が呆然とグレーテルを見つめます。グレーテルは無言で魔女を見つめ返します。魔女はゆっくりと視線を落とし、自分の両手を見つめました。グレーテルは冷酷な声で尋ねました。
「誰のために、薬を作っているの?」
魔女は瞬きもせずじっと手を見つめます。やがてふと笑みを浮かべ、魔女は顔を上げました。
「……そいつは秘密にしとこうかねぇ。何でもかんでも説明されちゃ、面白くないだろう?」
「何でも答えてくれるって言ったのに」
グレーテルは不満そうに魔女をにらみます。「忘れたね」と鼻を鳴らしたとき、魔女は再び『魔女』の仮面を被っていました。
「さて、問答はこれくらいにしておこうじゃないか。手向けとしちゃ充分だろう?」
魔女の目に酷薄な光が掠めます。グレーテルはうなずきを返しました。
「そうね。お付き合いいただき感謝します、おばあ様。知りたいことも知れたし、それに――」
グレーテルは魔女ににっこりと微笑みます。
「――間に合ったみたいだから」
魔女が額にシワを寄せました。グレーテルはわずかに身を屈め、魔女を見据えたまま叫びます。
「ヘンゼル!」
――バンッ!
グレーテルの呼び声に応え、本棚の間にある小さな扉が外から蹴破られました。




