サバサバの定義を見失いそうです
ソニア陛下が衝撃のあまり固まっています。
「あ、ごめ〜ん。ローハンとは子どものときからの付き合いだから、つい呼び捨てにしちゃうんだよね〜」
てへっ、とまったく悪びれる様子がないバルサ。しかもローハン陛下の肩に手を置いていますわ。大胆と言うか何と言うか⋯⋯。
「ねえねえ〜、そんなことよりあさっての夜にはアルジュンが来てくれるってホント?」
実はバルサにはアルジュンという恋人がいます。そう、今まさにニーナが呼びに行ってくれている宮中伯です。
堅物なアルジュンがどうしてバルサを好きになったのか、永遠の謎です。
「ええ。最速で、の話ですが」
ニーナの正体を明かせない以上、もっと早く救援が来ることは言わない方が良いでしょう。
「アルジュンならすぐ来てくれるよ〜! じゃあ明日とあさってをしのげば良いんだね。まかせて、あたしサバサバしてるから〜」
そう言うと、バルサは手をひらひら振りながら去って行きました。
サバサバしていることと、この籠城戦は何の関係もないと思いますが⋯⋯。
(まあ、塔の守りは鉄壁。跳ね橋を上げているので、そうやすやすと破られることはないでしょう)
⋯⋯え? フラグじゃないかって?
◇◇◇
翌朝、「ウオォ⋯⋯」という兵士の声で目を覚ましました。
「跳ね橋が、降りている⋯⋯?!」
昨日上げたはずの跳ね橋が降りて、ぞくぞくと反乱軍が押し寄せています。
秒でフラグ回収です。
「な、なんで跳ね橋が⋯⋯」
茫然とするローハン陛下。
突然、ソニア陛下がワッと泣き出しました。
「申し訳ありません、陛下⋯⋯! 私がやりました。
実は私は南国の間者なのです。父王に『北方国は反乱の兆しがある。お前は嫁いで内側から国を崩壊させよ』と密命を受けておりました⋯⋯!」
えええ! 王妃の裏切り?!
「そ、そんな! 王妃よ、まさか反乱軍と通じていたのか?」
「いいえ陛下。父王にとって私は捨て駒。父王のもくろみでは、私はこの反乱で死ぬ運命⋯⋯。そして、反乱後の混乱に乗じて、父王はこの国を乗っ取るつもりなのです」
なるほど、そういうことでしたか。思い返せばソニア陛下は、輿入れのときに母国から一人もお付きの者を連れてきませんでした。見かねたローハン陛下がニーナをメイドに、バルサとキランを護衛につけたのでした。
母国と父王に見捨てられ、それでも使命を全うしようとしたソニア陛下。どんな気持ちだったのでしょうか。
「⋯⋯気づいてやれず、すまなかった」
ローハン陛下の言葉に、ソニア陛下がはっと顔を上げます。
「誰にも言えない秘密を抱えて、そなたはどれほど苦しんだことだろう。余は一番近くにいながら気づくことができなかった。許せ」
「ローハン陛下⋯⋯」
「ここでそなたを死なせはしない。この窮地を乗り切って、ともに生きよう」
キリッと微笑んで、ソニア陛下に手を差し伸べます。軍勢が迫る危機的状況だからか、ローハン陛下が三割増しでかっこよく見えます。これが吊り橋効果というやつでしょうか。
ソニア陛下も同じ状態なのか、ローハン陛下が差し出した手を、うっとりとした表情で握り返します。
「陛下⋯⋯。申し訳ありませんでした⋯⋯」
ソニア陛下がはらはらと涙を流し、周囲に温かい空気が流れました。でも敵はすぐそこまで迫っています。
ドォン!
ついにドアが破られ、反乱軍がなだれ込んできます。
ああ、想定よりもずっと早く敵が侵入してきてしまいました。
「陛下、お下がりください!」
叫ぶわたくし。狭い階段を駆け上がろうとする兵士たち。
「「ウオォっ!」」
ツルっ。
あ、今転びましたね。
もう一度、兵士が駆け上がろうとチャレンジします。
「「ウオォォっ! 国王陛下、お覚悟を!」」
ツルルルっ。
「「⋯⋯」」
また転んだ。気まずいので、とっさに目を逸らしました。
「あー、引っかかったね〜」
バルサがのっそりと現れました。手ぐしで寝癖を直しています。
「ゆうべのうちに、階段に水を撒いておいたんだよ〜。まさか跳ね橋を渡ってくるとは思ってなかったけど、念には念を入れておいて良かったぁ〜」
どうやらバルサは、昨晩の冷え込みを利用したようです。石造りの城ですから、水を撒けば朝には階段が凍るという寸法ですね。
兵士たちは階段を上がろうとあがいていますが、もともと狭い階段です。上がってはつるりと足を取られ、いっこうに進みません。
はたから見ると、けっこう間抜けな光景です。それが分かっているからか、敵の兵士の顔がどんどん死んでいきます。
バルサは恍惚とした表情でそれを眺めていました。
「ふふふ⋯⋯。さあ、上がっておいで。あたしサバサバしてるから、もっと遊んであげるよ⋯⋯」
狂気じみた言動と目つきに、思わずわたくしたちの顔が引き攣ります。
水で足止めして、ついでに敵を滑らせ自尊心を折る作戦。
⋯⋯サバサバって何だっけ? 味方が陰湿すぎてサバサバの定義が分からなくなってきました。
◇◇◇
昼にさしかかり、やっと氷がとけ始めてきた頃。
「くっ、殺せ! 私としたことが、謀反に気づかないまま、なんとなく一緒に来てしまった⋯⋯!」
キランが打ちひしがれた様子で、床に手をついています。
「キラン⋯⋯。あなたゆうべ『宴で酔った勢いで』とか言ってましたが、さすがに職務中は飲酒できないのでは?」
「くッ、景気づけに食糧庫の酒を一杯ひっかけてきたのです!! 宴の前に!」
はい、ギルティ。
城内のお酒は騎士が勝手に飲んで良いものじゃありません。これは食糧庫の管理人に言いつけないといけませんね。
それに、「一杯ひっかけた」だけで「酔った勢い」が出るとは到底思えません。これは相当飲んでますね。
⋯⋯そういえば、アランが城内の酒の消費量が多いと糾弾していましたわ。もしや謀反の原因、こいつでは?
「キラン。なんとなく来ただけなら、あなただけでも降伏しなさい。事情を説明すれば、命は助かるのではないですか?」
「くっ⋯⋯。今一人だけ寝返ったら騎士としては終わりです。
『主君もろとも討ち死にした忠義者』と、『土壇場で裏切った臆病者』なら前者の方がましです。私はここで忠義を尽くし、騎士の誇りに殉じる所存ッ!」
今の話のどこに、騎士の誇りがあったんでしょうか? ていうか、そんな消去法みたいな理由で尽くされる忠義って⋯⋯。
それに、いつの間に用意したのか、キランの後ろには大量のワイン樽があります。通常のワイン樽の四分の一くらいのサイズなので、女性のキランにも運べたのでしょう。
ちっ、懲りもせず備蓄のお酒に手を出しましたね⋯⋯。
「こ、今度こそ⋯⋯!国王陛下、お覚悟!」
ああ! なんということでしょう。敵兵があと三、四段で階段を上り切ろうというところです。
思わず口元を覆ったわたくし。キランは兵士たちをちらりと見ると、立ち上がりました。
ガゴッ!
んー? キランがワイン樽を横倒しにしました。いったい何をしようというのでしょう。
「はっ」
ゴロロロッ!
気合とともに彼女が両手で押し出すと、ワイン樽が勢いよく転がり出しました。階段でさらに回転に勢いがついて、威力が増していきます。
「うわぁっ! 樽が落ちてくる!」
ゴロッ、ゴロロッ!
キランが一つ、また一つと樽を転がしていきます。樽は、階段をのぼる兵士を次々となぎ倒していきました。
樽を避けて逃げ惑う兵士たち。
「これで、敵兵は一番下の段まで逆戻り。その上、この狭い階段だ。これだけ樽を落とせばバリケード代わりになるだろう。樽をすべて片付けなければ、私たちのところにたどり着けまいッ」
キランはすらりと剣を抜きました。
「さあ、来い。上がって来たその時は、この私がお相手しよう」
意外すぎるほど凛々しいキラン。右手の剣は陽光を受けて煌めいています。
⋯⋯これで左手にワインを持っていなければ、感動的な場面だったのに。
キランの思わぬ活躍のおかげで、兵士が大量の樽を片付けるのには夜までかかりそうです。燭台に火を灯し、考えます。
――ニーナが呼びに行ったアルジュンは、そろそろ救援に来てくれるでしょうか?
次話は本日18時台にアップします。




