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第9話 町務斡旋所

 町へ戻った二人は、今度こそ寄り道をしなかった。


「王国の勇者について聞きたいんだけど」


 宿屋の主人にそう尋ねる。


「ああ、勇者様なら昨日の朝に出たよ」


「昨日!?」


「朝!?」


 二人が同時に身を乗り出した。


「東へ向かったはずだ」


 セインとピエナは顔を見合わせる。


「縮まってる!」


「ああ!」


「二日差だったよね?」


「たぶん!」


「もう一日じゃん!」


「追いつける!」


 宿屋の主人が首を傾げた。


「勇者様を追ってるのか?」


「うん」


「仲間か?」


「違う」


「じゃあ何で?」


「俺も勇者だから」


「…………」


「王国が間違えて別の奴を選んだんだ」


「…………」


「だから俺が先に魔王を倒す」


「向こうは知らないけどね!」


 ピエナが付け足した。


「知らないのか?」


「知らない」


 主人はしばらくセインを見た。


「……東へ行ったぞ」


 説明を諦めた。


 必要な情報は手に入った。


 これで出発できる。


「あ、そういえば」


 主人が思い出したように言った。


「東へ行くなら、湿地の方には近づかない方がいいぞ」


 セインが止まった。


「なんで?」


「最近、魔物が出てるらしい。近くの畑まで荒らされてるって話だ」


「畑?」


「ああ。何人か怪我もしたらしい」


「困ってる?」


「まあ、困ってるだろうな」


 セインがピエナを見る。


 ピエナもセインを見る。


「……行く?」


「どこに?」


「魔物」


「勇者追うんじゃなかった?」


「追うよ」


「魔物は?」


「困ってるらしい」


「じゃあ行く?」


「……行く」


 決断は早かった。


 昨日の朝に出発した勇者との差は、一日。


 縮まったばかりだった。


     ◇


「ここ?」


「たぶん」


 二人がやって来たのは、町の中央にある石造りの建物だった。


 入口の横には、大きな文字でこう書かれている。


 ――町務斡旋所。


「何するところ?」


「困ってる人の仕事を集めてるらしい」


「すごい!」


「何が?」


「困ってる人がいっぱい分かるじゃん!」


 セインが入口を見る。


 少し目が輝いた。


「……確かに」


 危険な施設だった。


 中へ入る。


 建物の中は静かだった。


 長い受付台。


 並べられた椅子。


 壁には何枚もの紙が貼られている。


 その前で、数人の人間が真剣な顔で内容を読んでいた。


「いっぱいある!」


 ピエナが掲示板へ駆け寄る。


「『北地区、屋根修理補助』」


「うん」


「『荷車の積み下ろし』」


「うん」


「『迷子の山羊捜索』!」


「山羊も困ってる?」


「飼い主じゃない?」


「そっか」


「『南通り側溝清掃』」


「……それも勇者がやる?」


「困ってるなら」


「全部やる気?」


「やらないよ」


 セインは掲示板を見た。


 依頼は二十枚以上ある。


「…………」


「セイン」


「何?」


「全部やろうとしてる顔してる」


「してない」


 していた。


「ご用件をお伺いします」


 受付から声がした。


 そこには髪をきっちりまとめた女性職員が立っていた。


 姿勢がいい。


 表情も真面目だった。


 セインが受付へ向かう。


「湿地の魔物の依頼を受けたい」


「依頼番号はお分かりでしょうか」


「番号?」


「掲示票右上に記載されています」


「見てない」


「では確認してから、再度お越しください」


「ここで聞いたら駄目?」


「依頼番号をご確認ください」


「湿地の魔物なんだけど」


「類似依頼が複数ございますので」


「一個じゃないの?」


「三件ございます」


「そんなに?」


「依頼番号をご確認ください」


 融通は利かなかった。


 二人は掲示板へ戻った。


「あった!」


 ピエナが一枚の紙を指差す。


 東部湿地周辺・農地被害調査及び原因除去。


「番号は?」


「四十二!」


 二人は再び受付へ向かう。


「四十二!」


「依頼番号四十二ですね」


「うん」


「では受託者のお名前をお願いします」


「セイン」


「姓は?」


「ない」


「年齢」


「十六」


「現住所」


「村」


「村名をお願いします」


「……村」


「名称です」


「名前あったかな」


「住んでたんでしょ?」


「みんな村って呼んでた」


 職員の筆が止まった。


「では所在地を」


「西の方」


「もう少し具体的にお願いします」


「かなり西」


「具体的ではありません」


 受付開始から、まだ一項目も終わっていなかった。


「滞在先は?」


「まだ決めてない」


「連絡先は?」


「ない」


「身元保証人は?」


「ばあちゃん」


「こちらの町にお住まいですか?」


「村」


「…………」


 初めて職員がほんの少し目を閉じた。


「同行者の方は?」


「ピエナ!」


 ピエナが元気よく答えた。


「お名前を」


「ピエナ!」


「姓は?」


「ない!」


「年齢」


「十六!」


「現住所」


「……今どこになるんだろ?」


「旅してるもんな」


「実家?」


「現在の住所です」


「じゃあない!」


 職員は黙って紙に何かを書いた。


 何を書いたのかは教えてくれなかった。


「戦闘経験はございますか?」


「ある」


「証明書は?」


「ない」


「過去に当斡旋所または他町の公的斡旋機関で受託実績は?」


「今日初めて来た」


「では戦闘経験未確認となります」


「倒したことあるよ」


「記録がございませんので」


「魔物連れてくればいい?」


「生体の持ち込みは禁止されています」


「じゃあ死んでたら?」


「死骸についても指定搬入口以外からの持ち込みは禁止です」


「持ってきていいんだ」


「指定手続きを行った場合に限ります」


「手続きあるの?」


「ございます」


 セインは少し疲れてきた。


 魔物とはまだ戦っていない。


「依頼受けるだけで大変だね」


 ピエナが小声で言う。


「魔物倒す方が早いかも」


「規定上、未受託の状態で当該業務を行った場合、報酬のお支払いはできません」


 二人とも職員を見る。


 聞こえていた。


「なお、依頼番号四十二は危険度が低いため、戦闘経験未確認の方でも二名以上であれば受託可能です」


「じゃあ受けられる?」


「はい」


「最初に言ってよ」


「確認事項が先です」


 正しかった。


 嬉しくはなかった。


     ◇


 結局、手続きにはかなり時間がかかった。


 依頼内容は単純だった。


 東側の湿地に隣接する畑で、作物が荒らされている。


 何人かが見慣れない魔物を目撃。


 一人が腕を掴まれて軽傷。


 町として求めているのは、魔物の全滅ではない。


 原因を特定し、畑への被害を止めること。


「倒す数は決まってないんだ」


「被害が止まれば依頼達成だって」


「一匹でも?」


「一匹が原因なら」


「十匹いたら?」


「十匹どうにかするんじゃない?」


「百匹いたら?」


「帰ろう」


「早いね」


 二人は湿地へ向かった。


     ◇


 町から東へしばらく進むと、地面が柔らかくなってきた。


 草の間に水が溜まり、ところどころ黒い泥が見える。


「靴汚れそう」


 ピエナが嫌そうな顔をした。


「魔物よりそっち?」


「この靴気に入ってるんだよ!」


「爆発では平気なのに?」


「爆発も嫌だよ!」


「昨日、自分で爆発させてたじゃん」


「あれは必要だったの!」


「泥も必要かも」


「必要じゃない!」


 何の必要性を争っているのかは分からなかった。


 畑に着く。


 荒らされた跡はすぐに見つかった。


 葉が千切られ、土の上には妙な跡が残っている。


 丸い跡がいくつも並んでいた。


「これ何?」


 ピエナがしゃがむ。


「足跡?」


「足、多すぎない?」


「じゃあ手?」


「手も多いよ」


 二人は跡を追った。


 畑の端。


 湿地との境にある大きな岩。


 その上に、何かがいた。


「……あれ?」


「何?」


「岩の上」


 灰褐色の塊。


 最初は岩の一部に見えた。


 それが動いた。


 ぬるり。


 八本の腕が岩を這う。


「多い!」


「何が?」


「腕!」


「八本ある!」


「数えたの!?」


「見えたから!」


 犬ほどの大きさの、タコに似た魔物だった。


 ただし海にいるものより身体は平たく、皮膚は岩のような色をしている。


 腕の裏には丸い吸盤が何列も並んでいた。


 魔物がこちらを見る。


「……気づいた」


「どうする?」


「まず様子見る」


 セインが短剣に手をかける。


 次の瞬間。


 魔物が岩から落ちた。


「遅い?」


「遅そう!」


 べちゃ。


 地面に落ちる。


 そして。


 ぬるぬるぬるぬる。


「速い!」


「思ったより速い!」


 腕を交互に地面へ吸着させ、身体を引っ張りながら進んでくる。


「来るよ!」


「分かってる!」


 セインが《粘糸》を射出した。


 一本。


 二本。


 魔物の腕に張りつく。


「捕まえた!」


 引く。


 動かない。


「……重い!」


「手伝う?」


「頼む!」


 ピエナが糸を掴む。


 二人で引く。


「せーの!」


 引く。


 魔物は動かない。


「なんで!?」


「地面にくっついてる!」


 見ると、八本の腕が泥と岩にぴったり吸着していた。


「もっと引く!」


「うん!」


 二人で引く。


 糸が張る。


 魔物の身体が伸びる。


 吸盤は離れない。


「こいつ強い!」


「くっつくのが!?」


「くっつくのが!」


 派手さはなかった。


 しかし異様に面倒だった。


「ピエナ、爆発――」


「やる!?」


「小さく!」


「分かった!」


 ピエナが手を向ける。


「もっと離れて!」


「分かった!」


 セインが離れようとした。


 魔物の一本の腕が伸びた。


「うわっ」


 手首を掴まれる。


「セイン!」


「大丈夫!」


 振り払おうとする。


 離れない。


「…………」


「取れない?」


「取れない」


「爆発する?」


「俺ごと?」


「小さく!」


「嫌だよ!」


 魔物の腕がさらに巻きつく。


 セインは短剣を構えた。


 だが、その前に。


 腕の裏側に並ぶ吸盤が目に入った。


 魔素が流れている。


 腕全体ではない。


 一つ一つの吸盤へ。


 触れた面に沿うように形が変わり、その内側から空気を押し出す。


 そして密着した瞬間、内部の圧力を落とす。


「……なるほど」


「何が!?」


「これ、スキルだ」


「今!?」


「今だから分かった!」


 セインは掴まれていない右手を魔物へ伸ばした。


 右手で腕に触れる。


 左手を自分の胸へ。


 意識を集中する。


 魔素の流れ。


 吸盤。


 密着。


 圧力。


 その構造を、自分の中へ写す。


「セイン?」


「ちょっと待って」


「今すごく巻かれてるよ!」


「分かってる!」


「大丈夫!?」


「たぶん!」


 数秒。


 魔物の構造が、自分の中へ刻まれる。


 ――《吸着》。


「取れた!」


「何が!?」


「スキル!」


「今取ったの!?」


「うん!」


「戦ってる途中だよ!?」


「だから取れた!」


 説明にはなっていなかった。


「ピエナ!」


「何!?」


「今からこいつ剥がす!」


「どうやって!?」


「分からない!」


「取った意味ある!?」


 まだなかった。


     ◇


 結局。


「ドン!」


 という小さな爆発で、魔物は驚いて腕を緩めた。


 セインがその隙に抜ける。


「熱っ!」


「小さくしたよ!」


「熱いものは熱い!」


「でも取れた!」


「それはありがとう!」


 セインは《粘糸》を近くの木へ飛ばした。


 そして魔物の周囲へ何本も張る。


「どうするの?」


「地面から剥がすの無理なら、動けなくする」


「あ!」


 魔物が進む。


 糸に腕が絡む。


 一本。


 二本。


 三本。


 吸着すればするほど、別の糸に絡んでいく。


「これなら!」


「爆発していい!?」


「待って!」


「まだ!?」


「畑から追い出せればいいんだろ!」


「あ、倒さなくてもいいんだ!」


 町務斡旋所の説明が、ここでようやく役に立った。


 魔物は糸を嫌がるように身体を捩る。


 セインが一本ずつ糸の位置を変える。


 進める方向だけを湿地側へ開ける。


 魔物はそちらへ逃げた。


 ぬるぬるぬるぬる。


「帰った!」


「速いな!」


「追う?」


「いや」


 セインは荒らされた畑を見る。


 そして魔物がいた岩。


 湿地。


 地面には、同じ吸盤跡がいくつか続いている。


「一匹じゃないかも」


「じゃあどうする?」


「まず、なんで畑まで来たのか調べる」


 ピエナがセインを見る。


「倒さないの?」


「依頼は被害を止めることだろ?」


「そうだった!」


 魔物を倒すことと、問題を解決することは、同じではなかった。


     ◇


 湿地を少し調べると、理由はすぐに分かった。


 本来、水が溜まっていたらしい場所が乾いている。


 泥にはいくつもの吸盤跡。


 水辺にいた魔物たちが、乾いた場所を離れて畑の方へ移動していたのだ。


「水がないから来たのか」


「畑、野菜あるもんね」


「水分あるしな」


「じゃあ水戻せばいい?」


 二人は周囲を見る。


 少し離れた場所で、倒れた木が細い水路を塞いでいた。


「……あれじゃない?」


「たぶん」


「どかす?」


「どかそう」


 二人で引いた。


 重かった。


 《粘糸》も使った。


 それでも重かった。


 最後はピエナが、


「爆発させる?」


「木だけ?」


「たぶん!」


「たぶんは嫌だな」


 となったので、普通に頑張った。


 しばらくして木がずれる。


 水が流れ始めた。


 少しずつ、乾いていた場所へ広がっていく。


「戻った!」


「これで来なくなるかな」


「たぶん!」


「明日確認だな」


「また来るの?」


「依頼終わったか確認しないと」


「真面目!」


「勇者だから」


「そこなんだ」


     ◇


 翌朝。


 畑は荒らされていなかった。


 二人は町務斡旋所へ戻った。


「依頼番号四十二、終わった」


「完了報告書をご記入ください」


「まだ書くの?」


「必要です」


「昨日いっぱい書いたよ」


「昨日は受託申請書です」


「違うの?」


「異なります」


 違った。


「原因は?」


「湿地の水が減って、魔物が畑まで来てた」


「対応内容は?」


「塞がってた水路を直した」


「魔物討伐数は?」


「ゼロ」


 職員の筆が止まる。


「ゼロ?」


「追い返した」


「依頼内容は原因除去ですので問題ございません」


「いいんだ」


「はい」


「魔物倒してないのに?」


「被害が解消されていれば」


「そっか」


 少し不思議な気分だった。


 魔物退治の仕事だと思っていた。


 実際には、魔物を一匹も倒していない。


 それでも依頼は終わった。


「確認後、報酬をお支払いします」


「今じゃないの?」


「現地確認が必要です」


「どのくらい?」


「本日中には担当者を派遣します」


「じゃあ待つ?」


「結果確認後になりますので、早くても明日の午後です」


「…………」


「…………」


 セインとピエナは顔を見合わせた。


「勇者追う?」


「追おう」


「報酬は?」


「あとで取りに来る?」


「戻ってくるの?」


「……いつか?」


「受取期限は三十日です」


 職員が言った。


「三十日以内に?」


「はい。それを過ぎますと会計処理上――」


「分かった!」


 二人は逃げた。


     ◇


 町を出て少ししたところで、セインは思い出した。


「あ」


「何?」


「《吸着》」


「そういえば取ってた!」


 二人とも忘れていた。


「使ってみる」


「どこで?」


 セインは街道脇の大きな木を見る。


「これ」


 幹に右手を当てる。


 魔素を流す。


 手のひらに、魔物の吸盤と同じ働きを作る。


「……お」


「くっついた?」


「くっついた」


 手を離そうとする。


「…………」


「どう?」


「取れない」


「え?」


「取れない」


 ピエナが笑い始めた。


「くっついたままじゃん!」


「笑ってないで手伝って」


「引っ張ればいい?」


「たぶん」


「じゃあ引っ張る!」


「ちょっと待――」


 ぐいっ。


「痛い痛い痛い!」


「取れない!」


「分かったからやめて!」


 新しいスキルを手に入れた。


 戦闘力は、少し上がった。


 使いこなせるかどうかは、また別の話だった。

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