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第8話 流行りの髪飾り

 町に入ったら、まず王国の勇者について聞く。


 昨日、二人でそう決めた。


「まず勇者の情報ね!」


「ああ」


「そのあと服!」


「うん」


「あと甘いもの!」


「増えてない?」


「昨日話してたじゃん!」


「話してたけど」


「じゃあ増えてない!」


「そういうことになるの?」


 町の入口で、すでに予定は三つあった。


 なお、最優先は勇者である。


 今のところ。


 二人は通りを歩きながら、どこで話を聞くか相談した。


「宿屋とか?」


「人が集まる店の方がいいかもな」


「じゃああそこ!」


 ピエナが指を差した。


 そこには、一人の女の子が立っていた。


 人は集まっていなかった。


「一人しかいないけど」


「でも困ってそう!」


 女の子は手に紙を持ち、通りの左右を何度も見比べている。


 確かに困っていそうだった。


 セインも少し見てから頷いた。


「……困ってそうだな」


「でしょ?」


 二人の意見が一致した。


 勇者の情報収集は、まだ始まっていなかった。


「どうしたの?」


 セインが声をかけると、女の子が振り返った。


「え?」


「何か困ってる?」


「えっと……ちょっと探してるものがあって」


「何?」


「髪飾りなんだけど――」


 ピエナが一歩近づいた。


「髪飾り!?」


「う、うん」


「どんなの!?」


「ピエナ、近い」


「あ、ごめん」


 一歩下がる。


 女の子は少し戸惑いながら、持っていた紙を見せた。


 紙には簡単な絵が描かれていた。


 花のような形の髪飾りだった。


「これが欲しいの?」


「うん。王都で流行ってるらしくて」


「王都で流行ってる!?」


 ピエナが一歩近づいた。


「近い」


「あ、ごめん」


 また下がった。


 同じことを二回やった。


「友達から聞いたんだけど、この町でも売ってる店があるみたいなの。でも、どこか分からなくて」


「名前は?」


「店の?」


「髪飾りの!」


「知らない」


「色は?」


「青っぽいって」


「形は?」


「……たぶん花」


「どこの店?」


「だから、それが分からないの」


 ピエナが大きく頷いた。


「なるほど!」


 セインが横を見る。


「分かった?」


「全然!」


 情報は少なかった。


 やる気だけは増えた。


「じゃあ探そう!」


「いいの?」


「もちろん!」


 ピエナが即答する。


 セインも頷いた。


「困ってるなら手伝うよ」


「ありがとう。でも、お礼できるもの、あんまりなくて……」


「別にいいよ」


「じゃあ、もし見つかったら」


 女の子は少し考えてから言った。


「私が持ってる髪飾り、一つあげる」


「ほんと!?」


 ピエナの目が輝いた。


 セインは思った。


 たぶん今、ピエナのやる気がもう一段上がった。


     ◇


「青くて、花みたいで、王都で流行ってる髪飾り知りませんか?」


「知らないねぇ」


 一軒目。


「青くて花みたいなやつ?」


「はい!」


「これ?」


「違うと思います!」


 二軒目。


「王都で流行ってるやつ!」


「王都で流行ってるものなんて毎月変わるよ」


「毎月!?」


 三軒目。


 ピエナは楽しそうだった。


「次あっち!」


「まだ行くの?」


「見つかってないじゃん!」


「いや、行くけど」


 セインも、なんだか楽しくなってきていた。


 魔王を倒しに旅立ったはずなのだが、現在探しているのは髪飾りである。


 勇者の仕事として正しいのかは分からない。


 困っている人を助けているので、セインの中では正しかった。


「あ!」


 突然、ピエナが立ち止まった。


「何?」


「あの店!」


 通りの端に、小さな雑貨屋があった。


 店先には布や小物、髪飾りが並んでいる。


「可愛い!」


「それだけ?」


「それだけ!」


 入った。


 判断は早かった。


     ◇


「これじゃない!?」


 店に入って間もなく、ピエナが声を上げた。


 棚の端に、青い花を模した髪飾りが置かれている。


「絵と似てるな」


「絶対これだよ!」


 店主の女性に聞いてみる。


「ああ、それね。最近、王都の若い子に人気らしいよ」


「やった!」


 ピエナが両手を上げた。


「見つけた!」


「思ったより早かったな」


「私すごくない?」


「店見つけただけだけど」


「でも私が見つけた!」


「それはそう」


 二人は髪飾りを見る。


 青い花。


 銀色の細い飾り。


 小さな透明の石がいくつかついている。


「……可愛いね」


「可愛いな」


「セイン、分かるの?」


「何が?」


「可愛いとか」


「分かるよ」


「じゃあ、これとこれどっちが可愛い?」


 ピエナが隣にあった二つを持ち上げた。


「……右」


「なんで?」


「勇者っぽい」


「髪飾りの話してるんだけど」


「右の方が勇者っぽくない?」


「知らないよ」


 セインの審査基準には、まだ勇者しかなかった。


「でも」


 ピエナが、例の青い髪飾りを見ながら首を傾げる。


「どうした?」


「あの子に似合うかな?」


「え?」


 セインも髪飾りを見る。


 そして、依頼してきた女の子を思い出した。


「……分からない」


「だよね」


「でもこれ欲しいって言ってたぞ」


「うん」


「じゃあこれでいいんじゃない?」


「そうなんだけど……」


 ピエナの視線が棚の上を動く。


 そして止まった。


「あ」


「今度は何?」


「こっちの方が似合いそう」


 ピエナが手に取ったのは、小さな白い花の髪飾りだった。


 青いものより、ずっとシンプルだ。


「でも頼まれたの青い方だろ?」


「そうなんだよね」


「じゃあ青い方じゃない?」


「でも白い方が似合うと思う」


「じゃあ白い方?」


「でも欲しいって言ってたのは青い方!」


「じゃあ青い方だろ」


「でも似合うのは白!」


「どうすればいいんだよ」


「本人に聞こう!」


「ここまで連れてくるの?」


「うん!」


 依頼は終わりかけていた。


 ピエナが延長した。


     ◇


「……こっち?」


「そう!」


 事情を説明すると、女の子は二人と一緒に雑貨屋まで来てくれた。


「まずこれ!」


 ピエナが青い髪飾りを渡す。


「わあ……!」


 女の子の顔が明るくなった。


「これ! これだと思う!」


「つけてみて!」


「うん」


 髪につける。


 似合っていないわけではない。


「可愛い!」


 本人は嬉しそうだった。


 セインも頷く。


「いいじゃん」


「うん、可愛い」


 ピエナも頷いた。


 これで終わり。


 かと思った。


「じゃあ次これ!」


「まだあるの?」


 白い髪飾りが出てきた。


「こっちもつけてみて!」


「でも私が欲しかったのは――」


「いいから!」


 女の子が困惑しながら付け替える。


 ピエナは少し離れ、真剣な顔で眺めた。


「…………」


「どう?」


「やっぱりこっち!」


 セインには、違いがよく分からなかった。


「そんなに違う?」


「違うよ!」


「どこが?」


「髪にも合ってるし、服にも合ってるし、顔が明るく見える!」


「へえ」


「セイン分かってないでしょ」


「分かってない」


「見れば分かるじゃん!」


「見てるけど分からない」


 ピエナは一度セインを見た。


「じゃあ、ちょっとこれ持ってて」


「何これ?」


「櫛」


「これは?」


「髪留め」


「これは?」


「鏡」


「俺いる?」


「いる!」


 勇者は現在、荷物置きとして活躍していた。


 ピエナは女の子の髪を少し整え、白い花の位置を変える。


「こう!」


 女の子が鏡を見る。


「……ほんとだ」


 少し照れたように笑う。


「私、こっちの方が好きかも」


「でしょ!」


 なぜかピエナが一番嬉しそうだった。


「でも……王都で流行ってるのは青い方なんだよね?」


「そうみたい」


「じゃあ――」


 ピエナが少し考える。


「白い方にすれば?」


「え?」


「青い方が欲しかったのって、流行ってるからでしょ?」


「うん」


「白い方が好きなのは?」


「……私が好きだから」


「じゃあ白!」


 結論は早かった。


「流行ってるのも気になるけど、自分が可愛いと思う方がよくない?」


 女の子は、もう一度鏡を見る。


 それから笑った。


「……うん」


 青い髪飾りは棚に戻った。


 長い時間をかけて探した流行の品は、最終的に買われなかった。


 それでも三人とも満足していた。


     ◇


「ありがとう!」


 店を出ると、女の子は何度も髪飾りに触れていた。


「一人だったら絶対、青い方買ってた」


「青いのも可愛かったけどね!」


「うん。でも、こっちの方が好き」


 ピエナが笑う。


「じゃあ正解!」


 セインは少し考えた。


「最初から白い方探してたら早かったな」


「それじゃ分かんなかったでしょ!」


「何が?」


「青いのと比べたから、白い方が好きって分かったの!」


「なるほど」


 セインは少し納得した。


「じゃあ青い方探したのも無駄じゃなかったのか」


「そういうこと!」


 たぶん。


「あ、そうだ。お礼!」


 女の子が二人を家へ連れていった。


 家に着くと、彼女は小さな箱を持ってくる。


 中にはいくつかの髪飾りが入っていた。


「好きなの一つ選んで」


「いいの!?」


「うん!」


 ピエナが真剣な顔になる。


 今日一番の集中力だった。


「これも可愛い……でもこっちも……」


「好きなの選べば?」


「だから迷ってるの!」


「どれも同じじゃない?」


 ピエナが、ゆっくりセインを見た。


「全然違うよ」


「そうなの?」


「全然違う」


「そっか」


 セインはそれ以上踏み込まなかった。


 分からないものに近づきすぎない判断も、時には必要だった。


「お前たちが手伝ってくれたのか?」


 声がした。


 振り返ると、家の奥から男が出てきた。


 四十代くらいだろうか。


 足を少し引きずっている。


「お父さん!」


「随分嬉しそうじゃないか」


「見て、これ!」


 女の子が髪飾りを見せる。


「流行ってるやつか?」


「違うの。最初はそれ探してたんだけど、こっちの方が似合うって教えてもらって」


「へえ」


 男がセインとピエナを見る。


「わざわざそこまで付き合ってくれたのか」


「楽しかったよ!」


 ピエナが答える。


 セインも頷いた。


「困ってたから」


「そうか」


 男は少し笑った。


「お前たち、旅人か?」


「うん」


「どこへ?」


「魔王を倒しに」


「……は?」


「俺、勇者だから」


「…………」


 男は娘を見る。


 娘も首を横に振った。


 知らないらしい。


「王国の勇者とは別だよ!」


 ピエナが補足した。


「別?」


「王国が間違えて別の人を勇者に選んだから、セインが先に魔王を倒すの!」


「向こうは知らないけど」


「知らないのか?」


「うん」


「…………そうか」


 理解を諦めるのが早かった。


「まあ、旅をしてるのは本当なんだな?」


「本当」


「なら、ちょっと待ってろ」


 男が家の奥へ戻っていく。


 しばらくして、小さな丸い物を持ってきた。


 金属製の蓋を開くと、中には一本の針が入っている。


「何これ?」


 ピエナが覗き込む。


「方位磁針だ」


「ほういじしん?」


「こっち側の針が、いつも北を指す」


「いつも!?」


「ああ」


「すごい!」


 ピエナがセインを見る。


「セイン、これすごいよ!」


「俺も聞いてたよ」


 男が笑った。


「昔、冒険者やってた頃に使ってたもんだ。今はもう旅もしない。古いが、まだ使える」


「冒険者だったの!?」


 ピエナの目が輝いた。


「昔な」


「ドラゴン倒した!?」


「倒してない」


「魔王は!?」


「会ったこともない」


「伝説の剣とか持ってる!?」


「持ってない」


「普通だ!」


「普通だよ」


 元冒険者は普通だった。


「これ、もらっていいの?」


 セインが聞く。


「ああ。娘に付き合ってくれた礼だ。髪飾り一つじゃ足りないだろ」


「ありがとう」


「なくすなよ」


「大事にする」


 セインはコンパスを受け取った。


 新しいスキルではない。


 強い武器でもない。


 魔王を倒す力が手に入ったわけでもない。


 ただ、北が分かるようになった。


 それでもセインには、十分嬉しかった。


     ◇


 町を出る。


「見せて!」


「さっき見ただろ」


「持ってみたい!」


「なくすなよ」


「分かってる!」


 ピエナがコンパスを受け取り、蓋を開ける。


 針がゆっくり揺れた。


「こっちが北!」


「じゃあ東は?」


「えっと……」


 コンパスを回す。


「こっち!」


「おお」


「すごくない!?」


「すごい」


「これでもう迷わないね!」


「ああ」


 二人は顔を上げた。


 東へ続く街道が、目の前に伸びていた。


「…………」


「…………」


 ピエナが街道を指差す。


「道、あるね」


「あるな」


「こっち行けばいいんじゃない?」


「そうだな」


 二人は街道を歩き始めた。


「じゃあコンパス、いつ使うの?」


「……道が分からなくなったとき」


「いつ?」


「知らない」


「使いたいね!」


「迷いたいの?」


「ちょっとだけ!」


「俺も使ってみたい」


「じゃあちょっとだけ迷う?」


「それは違うだろ」


 旅に役立つ道具を手に入れた。


 今のところ、使う予定はなかった。


 それでもセインは、何度かポケットの中のコンパスを確かめた。


 少しだけ、旅人らしくなった気がした。


「あ」


 ピエナが声を上げる。


「どうした?」


「王国の勇者!」


「……あ」


 二人とも立ち止まった。


 町に入る前。


 最初に何をするか、確かに決めていた。


「聞くの忘れた」


「忘れたね」


「戻る?」


 セインは振り返った。


 町の門は、まだすぐそこに見えている。


 ピエナも振り返る。


 二人は少し考えた。


「……戻るか」


「うん!」


 旅に役立つコンパスを手に入れた。


 そして二人は――


 来た道を戻った。

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