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第7話 話が進まない

 結局、人だかりは大道芸を見ていただけだった。

 

 二人はしばらく見た。

 

 予定より町を出るのが少し遅れた。


 町を出てから、しばらく経った。


 セインは東へ向かって歩いていた。


 隣にはピエナがいる。


 なぜいるのかは、一応分かっている。


 面白そうだから、らしい。


 理由として十分なのかは、まだ分からない。


「セインって、どこから来たの?」


 ピエナが聞いた。


「西の方にある小さい村」


「へえ! どんなところ?」


「どんなって……普通だよ。畑があって、家があって」


「何作ってるの?」


「野菜が多いかな。あとは――」


「私、トマト好き!」


「……そう」


「王都には黄色いトマトがあるんだって!」


「黄色?」


「うん! 甘いらしいよ!」


「へえ」


「食べてみたくない?」


「まあ、ちょっと」


「でしょ!? 王都って食べ物もいっぱいあるらしいよ! すっごく大きいケーキのお店もあるって聞いたし、それから――あっ!」


 ピエナが道の脇を指差した。


「見て!」


「何?」


「鳥!」


 一羽の小鳥が枝に止まっていた。


「……鳥だな」


「可愛くない?」


「普通じゃない?」


「羽が青いよ!」


「青い鳥なら村にもいたよ」


「ほんと!? いいなぁ。その羽、髪飾りにしたら絶対可愛いよね」


「取るなよ」


「取らないよ!」


 鳥が飛んでいった。


「あー、行っちゃった」


「そりゃ行くだろ」


「さっきの町にも可愛い髪飾りあったんだよね」


「買えばよかったじゃん」


「買おうとしてたよ」


「じゃあなんで買わなかったの?」


「泥棒が逃げたから」


「…………」


 セインは横を見る。


 ピエナは何事もなかったように歩いている。


「お前、あのとき何してたの?」


「髪飾り見てた」


「被害者じゃなかったの?」


「違うよ?」


「犯人と知り合い?」


「知らない」


「じゃあなんで追いかけてきたの?」


「気になったから」


「……それだけ?」


「うん!」


 セインは少し考えた。


 やはり分からなかった。


「それで、その髪飾りが――」


「あ、蝶!」


「…………」


 話題が飛んだ。


 蝶も飛んでいた。


「綺麗!」


「そうだな」


「王都にはもっと綺麗なのいるかな?」


「知らない」


「いると思う?」


「俺、王都行ったことないから」


「私も!」


「知ってる」


「行ったことある?」


「今ないって言ったよね?」


「あ、そっか!」


 ピエナは笑った。


 セインは少し黙った。


「……俺の村の話、終わった?」


「村?」


「最初に聞いただろ」


「ああ!」


 思い出したらしい。


「おばあちゃんと住んでた」


「おばあちゃん!」


「うん」


「優しい?」


「優しいよ」


「いいなぁ。私のおばあちゃんも優しいよ!」


「へえ」


「お菓子作るの上手いの!」


「何作るの?」


「焼いたやつ!」


「広いな」


「甘くて丸くて――あっ、でも王都のお菓子ってもっとすごいらしいよ!」


 戻った。


 王都の話には戻った。


 村の話には戻らなかった。


     ◇


「腹減った」


 昼を少し過ぎた頃、セインが言った。


「私も!」


「この辺で食うか」


「いいよ!」


 二人は街道から少し外れた木陰に座った。


 セインは荷物からパンを出す。


 昨日、薬草を採った報酬の一部で買ったものだ。


 ピエナも自分の荷物を漁り始めた。


「何持ってる?」


「パンと、干した肉と、これ!」


 取り出したのは、小さな包みに入った菓子だった。


「何それ?」


「知らない!」


「なんで持ってるの?」


「昨日買った!」


「知らないもの買ったの?」


「人気なんだって!」


「何が?」


「これが!」


「だから何なの?」


「分かんない!」


 ピエナが包みを開ける。


 中には茶色い焼き菓子が三つ入っていた。


「店の人が、若い子に人気だって言ってたから」


「それだけで買ったの?」


「うん」


「美味いの?」


「今から分かる!」


 一つ口に入れる。


 噛む。


「…………」


「どう?」


「普通」


「人気なんだろ?」


「うん」


「普通なの?」


「私は普通」


「じゃあなんで嬉しそうなの?」


「食べてみたかったから!」


 ピエナはもう一つ食べた。


 入口は他人の評判だった。


 出口は自分の舌だった。


「セインも食べる?」


「普通なんだろ?」


「普通だよ」


「じゃあいらない」


「美味しいかもしれないよ?」


「お前が普通って言ったんだろ」


「私はね」


「……じゃあ一個」


「はい!」


 セインも食べる。


「…………普通だな」


「でしょ?」


「なんで人気なんだろ」


「見た目じゃない?」


「普通じゃん」


「包みが可愛い」


「そこ?」


「大事だよ!」


「食べ物なのに?」


「セインだって勇者っぽい服があったら着たいでしょ?」


「着たい」


「ほら!」


「……同じか?」


「同じ!」


 よく分からなかった。


 だが少し分かる気もした。


「そういえばさ」


 ピエナが干し肉をかじりながら言った。


「セインのあの糸って何?」


「《粘糸》」


「それがスキル?」


「うん」


「セインの?」


「今は」


「今は?」


 セインは少し考えた。


「元々は違う」


「どういうこと?」


「魔物から取った」


「取った!?」


「正確には取れてなかったんだけど」


「どういうこと!?」


「俺のスキルが《簒奪》っていうんだよ」


「《簒奪》!」


 ピエナの目が輝いた。


「名前かっこいい!」


「そう?」


「絶対強いやつじゃん!」


「俺もそう思ってた」


「違うの?」


「まだよく分からない」


「自分のスキルなのに?」


「初めて使ったの昨日だから」


「なんで!?」


「人からスキルを奪うと思ってたから」


「あー」


 ピエナが頷く。


「それは使いにくいね」


「だろ?」


「私なら一回試してみるけど」


「誰で?」


「…………」


 ピエナが止まった。


「誰だろ」


「考えてなかっただろ」


「うん」


 正直だった。


「それで魔物に使ったら、《粘糸》が使えるようになった」


「じゃあ奪ったんじゃないの?」


「俺もそう思った。でもそいつ、そのあと普通に糸出してきた」


「じゃあ奪ってないじゃん」


「そうなんだよ」


「増えた?」


「たぶん」


「すごいじゃん!」


「すごいのかな」


「だって他のスキル使えるんでしょ?」


「使えるようになるまで大変だったけど」


「どうやったの?」


「魔物を見た」


「見る?」


「どうやって糸を出してるのか観察して――」


「あ!」


 ピエナが突然立ち上がった。


「何!?」


「私も見せようか!?」


「何を?」


「《爆裂》!」


「なんで?」


「私だけ見せてもらってないじゃん!」


「俺も見せたつもりないけど」


「どこ爆発させよう?」


「待て」


 ピエナが周囲を見回す。


「木は駄目でしょ?」


「駄目」


「道も駄目?」


「人来るかもしれないから駄目」


「じゃあ石!」


「何のために爆発させるの?」


「見せるため!」


「さっき見たよ!」


「あ」


 ピエナが座った。


「そっか」


「忘れてたの?」


「話してたらやりたくなった」


「怖いな、お前」


「そんなことないよ」


「昨日、自分の手でも爆発してたし」


「あれはちょっと残ってただけ!」


「何が?」


「魔素!」


「なんで残るの?」


「分かんない!」


「そこ調べた方がいいんじゃない?」


「じゃあ今やってみる?」


「飯食い終わってからな」


「やるの!?」


「ちょっと見たい」


「でしょ!?」


 ピエナが嬉しそうに笑った。


 セインも少し笑った。


「どれくらい大きくできるの?」


「結構!」


「どのくらい?」


「ドーン! くらい」


「分からない」


「昨日のがドン! くらい」


「じゃあドーン! は?」


「もっと!」


「それは分かった」


「もっといっぱい魔素使ったら、ドカーン! もできるよ!」


「おお」


「でも失敗すると私も飛ぶ!」


「それ見たい」


「ひどくない!?」


「ちょっとだけ」


「飛ばないからね!」


「じゃあ成功させないとな」


「任せて!」


 何を任せたのかは、セインにもよく分かっていなかった。


     ◇


 昼食を終え、二人は再び歩き始めた。


「セインって兄弟いる?」


「いない。一人っ子」


「寂しくなかった?」


「ばあちゃんいたし、村にも同じくらいの奴いたから。ピエナは?」


「お姉ちゃんと弟!」


「へえ。姉ちゃんって似てる?」


「全然! お姉ちゃんは落ち着いてて――あっ、花!」


「お、変な形」


 道端に、細長い花びらを持つ黄色い花が咲いていた。


「可愛いでしょ!」


「そう? なんか鳥の口みたいじゃない?」


「えー?」


 ピエナがしゃがみ込む。


「ほら、ここが口」


「あ、ほんとだ!」


「だろ?」


「じゃあこれは?」


 ピエナが隣の花を寄せた。


「二羽」


「増やすなよ」


「セインもやって!」


「じゃあ……」


 セインも一本寄せる。


「三羽」


「増やした!」


「そっちが始めたんだろ」


「じゃあ四羽!」


「多いな」


「五羽!」


「群れになってきた」


「十羽にしよう!」


「やろう」


 二人で花を寄せ始める。


 何をしているのかは、どちらも考えていなかった。


「できた!」


「おお」


「いっぱい!」


「鳥の群れだな」


「可愛い!」


「最初より気持ち悪くない?」


「ちょっとね!」


 二人で笑う。


「これ一個、髪に付けようかな」


「十個じゃなくて?」


「多いよ!」


「さっきまで喜んで増やしてたじゃん」


「見るのと付けるのは違うの!」


「二個」


「一個!」


「三個」


「増えた!」


 兄弟の話は消えた。


 今度は二人とも気づかなかった。


     ◇


 しばらく歩いていると、前から馬車がやってきた。


 荷台には、大きな木箱がいくつも積まれている。


 二人は道の端へ寄った。


「何入ってるんだろ」


 ピエナが言った。


「果物じゃない?」


「なんで?」


「昨日果物もらったから」


「全然関係ないじゃん!」


「じゃあ服」


「それ私が服好きだからでしょ!」


「じゃあ爆弾」


「なんで!?」


「お前が爆発するから」


「私が入ってるの!?」


「開けたらピエナが出てくる」


「嫌だよ!」


「でも箱に『王都で流行ってます』って書いてあったら?」


「…………ちょっと見る」


「見るんだ」


「見るだけ!」


「絶対入るだろ」


「入らないよ!」


「中に『今一番人気の服があります』」


「入る」


「入るじゃん!」


「それはしょうがないよ!」


「しょうがなくないだろ!」


 馬車が通り過ぎていく。


 二人は荷台を見送った。


「結局なんだったんだろ」


「服かな」


「果物かも」


「爆弾」


「それはないよ!」


「ピエナ」


「もっとない!」


 荷物の中身を当てる話だった。


 いつの間にかピエナを箱に入れる話になっていた。


「セイン、結構喋るね」


「そう?」


「もっと真面目な人かと思った」


「なんで?」


「勇者だから」


「勇者だって喋るだろ」


「魔王倒す人だよ?」


「魔王までずっと黙って歩いてたら暇じゃん」


「確かに!」


「魔王って喋るのかな」


「喋るでしょ!」


「会ったことある?」


「ないよ!」


「じゃあ分からないじゃん」


「でも魔王だよ?」


「魔王だと喋るの?」


「喋りそうじゃない?」


「何話すんだろ」


「『よく来たな勇者よ』とか!」


「なんで待ってるんだよ」


「あ!」


「普通、来る前に倒しに来た方がよくない?」


「ほんとだ!」


「魔王も勇者探してるかも」


「じゃあ途中で会えるじゃん!」


「楽だな」


「探してもらおう!」


「どうやって?」


「有名になる!」


「なるほど」


「セインが本物の勇者だって有名になれば、魔王から来るんじゃない?」


「それいいな!」


「でしょ!?」


 二人は顔を見合わせた。


 本来の目的は、王国の勇者を追って魔王の居場所を知ることだった。


 新しい計画が増えた。


 確実性は増えていなかった。


「じゃあ有名になるには――」


「あ!」


 ピエナが声を上げた。


「何?」


「さっきのお菓子、名前見るの忘れた!」


「今!?」


「包みに書いてあったかも!」


「まだ持ってる?」


「捨てちゃった」


「じゃあ次の町で探そう」


「あるかな?」


「人気なんだろ?」


「そうじゃん!」


 魔王の話は終わった。


 今度はセインも戻さなかった。


     ◇


 夕方。


 二人は次の町が見える丘まで来ていた。


「着いた!」


 ピエナが両手を上げる。


「結構歩いたな」


「疲れた!」


「俺も」


「でも楽しかった!」


「まあな」


 セインも笑う。


「何話したっけ?」


 ピエナが聞いた。


「いっぱい話しただろ」


「何を?」


「俺の村から始まって……トマトだろ。鳥、髪飾り、蝶、ばあちゃん、菓子、《簒奪》、《爆裂》……」


「花!」


「馬車」


「箱!」


「魔王」


「お菓子!」


「……なんで魔王からお菓子になったんだ?」


「何でだっけ?」


「知らない」


 二人で少し考える。


「まあいいか」


「うん!」


 解決した。


「そういえば」


 セインが言った。


「お前の姉ちゃん、どんな人なの?」


「え?」


「昼に言ってただろ。お前と全然違うって」


「ああ!」


 ピエナが思い出す。


「お姉ちゃんはね、すっごく落ち着いてて、私が小さい頃から――」


「あっ」


 セインが町を指差した。


「あの店何?」


「どれ!?」


「あれ。看板でかいやつ」


「服屋じゃない!?」


「ほんとだ」


「可愛い!」


「行ってみる?」


「行く!!」


 ピエナが走り出す。


「待って! 俺も見る!」


「早く!」


「その前に勇者のこと聞かなくていい?」


「あ!」


 二人の足が止まった。


「忘れてた」


「俺も今思い出した」


「じゃあ先に勇者!」


「そのあと服屋」


「セインも見るの?」


「ちょっと気になる」


「じゃあ選んであげる!」


「勇者っぽいやつな」


「絶対似合うやつにする!」


「勇者っぽくて?」


「可愛いの!」


「可愛いのはいらない」


「なんで!?」


「俺、勇者だぞ?」


「勇者が可愛くてもいいじゃん!」


「格好いい方がいい!」


「じゃあ格好よくて可愛いの!」


「そんなのある?」


「探す!」


「じゃあ見てみるか」


「うん!」


 二人は町へ向かって歩き出した。


「あ、飯も食いたい」


「私も!」


「服屋のあと飯?」


「その前に勇者!」


「そうだった」


「宿も探さないと!」


「服屋で聞けばいいんじゃない?」


「頭いい!」


「だろ?」


「じゃあ最初に服屋?」


「……勇者は?」


「あ!」


「危なかった」


 二人で笑った。


「じゃあ勇者、服、飯、宿!」


「決まり!」


「お菓子も探す!」


「増えたな」


「人気のやつ!」


「名前分からないけどな」


「見たら分かるよ!」


「普通の茶色い菓子だったぞ」


「包みが可愛かった!」


「じゃあ包み探せばいいじゃん」


「そうしよう!」


「お菓子食わないの?」


「あれ?」


 予定がまた一つ増えた。


 順番はもう怪しかった。


「そういえば姉ちゃんの話――」


「あっ! セイン、あの店可愛い!」


「ほんとだ。何の店?」


「分かんない!」


「行ってみよう!」


「行こう!」


 二人は走り出した。


 姉の話は、今日三度目の中断を迎えた。


 今度はセインも気にしていなかった。


 身体は順調に東へ進んでいた。


 会話は一日中、どこにも辿り着かなかった。


 二人とも、それで困ってはいなかった。

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