↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/37

第6話 野次馬

「今日は進む」


 セインは歩きながら、昨日と同じことを言った。


 昨日も進むつもりだった。


 その結果、森で薬草を五本採った。


 しかも途中から状態まで選び始め、予定よりかなり時間を使った。


 今日は違う。


 寄り道はしない。


 困っている人を見つけても――。


「泥棒だーーー!!」


 セインは走り出した。


 決意は短かった。


「どっち行った!?」


「え?」


 道端で叫んでいた男が、突然目の前に現れたセインを見た。


「泥棒!」


「あ、あっちだ! 財布を――」


「分かった!」


「いや、まだ――」


 最後まで聞かず、セインは男が指差した方向へ走った。


 細い通りの向こうに、人を押しのけながら走る男が見える。


「待て!」


 男が振り返った。


 そして速度を上げた。


「待てって言っただろ!」


 当然、待たなかった。


 セインも速度を上げる。


 幸い、人通りの多い場所で完全に見失うほどではない。


 男が角を曲がる。


 セインも曲がる。


 さらに次の角へ。


「速いな……!」


 少なくとも薬草よりは動いていた。


     ◇


「なんかあったの?」


 少し離れた露店で髪飾りを眺めていた少女が顔を上げた。


 明るい色の服。


 髪には大きな飾り。


 腕にも小物がいくつか付いている。


 旅をするには少々目立つ格好だったが、本人に目立たないつもりはなかった。


 むしろ可愛ければよかった。


「スリだってさ」


 露店の女が答えた。


「スリ!?」


「ああ。さっき財布を盗んで逃げたらしいよ。今、若い男が追いかけて――」


「どっち!?」


「え?」


「どっち行ったの!?」


「あっちだけど……」


「ありがとう!」


 少女は走り出した。


 露店の女が手を伸ばす。


「あっ、ちょっと! 髪飾りは!?」


「あとで戻るー!」


 少女は人混みへ消えた。


 被害者ではなかった。


 犯人を捕まえる義務もなかった。


 ただ、続きが気になった。


     ◇


「待て!」


「待てって言われて待つ泥棒いる!?」


「え?」


 突然、後ろから声がした。


 セインは走りながら振り返った。


 女の子がいた。


 知らない女の子だった。


 やたら派手だった。


「誰!?」


「ピエナ!」


「そうじゃなくて!」


「じゃあ何!?」


「なんでついてきてるの!?」


「気になるから!」


「何が!?」


「泥棒!」


 理由はあった。


 納得できる理由ではなかった。


「あれが犯人!?」


「そう!」


「何盗ったの!?」


「財布!」


「誰の!?」


「知らない!」


「知らないの!?」


「まだ聞いてる途中で逃げた!」


「なんで!?」


「逃げるから!」


「そっか!」


 納得した。


 セインには何に納得したのか分からなかった。


「あっ!」


 ピエナが前を指差す。


 逃げていた男が細い路地へ飛び込んだ。


「近道あるよ!」


「知ってるのか?」


「知らない!」


「じゃあ何が近道なんだよ!」


「細いから!」


 ピエナが路地へ突っ込んだ。


「おい!」


 セインも追う。


 結果として近道だった。


「ほら!」


「たまたまだろ!」


「近かったじゃん!」


「そうだけど!」


 二人が大通りへ飛び出す。


 ちょうどそこへ、逃げていた男が走ってきた。


「うわっ!?」


 男が急停止する。


「いた!」


「なんで先にいるんだよ!」


「知らない!」


「お前も知らないのかよ!」


 逃げ道を塞がれた男は辺りを見回した。


 前にはセインとピエナ。


 後ろからは騒ぎを聞いた人間が何人か追ってきている。


 男は舌打ちすると、腰から短いナイフを抜いた。


「来るな!」


 セインの表情が変わった。


「ピエナ、下がれ」


「え?」


「刃物持ってる」


「ほんとだ!」


「だから下がってろ」


 セインが剣に手をかける。


 相手は人間だ。


 魔物とは違う。


 斬ればいいという話ではない。


 どう取り押さえるか。


 《粘糸》で腕を――。


「あ、私やる!」


「え?」


 ピエナが前へ出た。


「待て」


「大丈夫!」


「何が?」


 ピエナが右手を前に出す。


 その周囲に魔素が集まり始めた。


 セインが眉を寄せる。


「何する気だ?」


「ちょっと爆発させる!」


「ちょっと?」


「うん!」


「人に向けて?」


「横!」


「横?」


「横を爆発させたら、びっくりして止まるでしょ!」


「待て、それ――」


「《爆裂》!」


 ドンッ!!


「うおっ!?」


「うわっ!?」


 男のすぐ横で爆発が起きた。


 地面の砂埃が一気に舞い上がる。


 男は驚いて尻もちをついた。


 ナイフが手から落ちる。


「今!」


「お前がやったんだろ!」


 セインが飛び込む。


 《粘糸》を右手から放ち、落ちたナイフごと男の腕を地面に固定した。


「うわっ、何だこれ!?」


「動くな!」


 男がもがく。


 粘糸が伸びる。


 切れない。


「おおー!」


 後ろでピエナが歓声を上げた。


「それ何!?」


「今聞くな!」


「糸!? 手から出した!?」


「そう!」


「すごっ!」


「だから今は――」


 ドン。


「え?」


 小さな音がした。


 セインが振り返る。


 ピエナの右手の辺りで、もう一度小さな爆発が起きた。


「きゃっ!」


 ピエナが尻もちをついた。


「…………」


「…………」


「何した?」


「何もしてない」


「爆発したぞ」


「ちょっと残ってたみたい」


「何が?」


「魔素?」


「聞くなよ」


 ピエナは自分の右手を見た。


「たまにあるんだよね」


「あるの?」


「うん!」


「駄目だろ」


「でも今日は小さかったよ!」


 比較対象があることの方が問題だった。


     ◇


「助かったよ!」


 財布を盗まれた男は、何度も頭を下げた。


「本当にありがとう!」


「いえ」


 セインは返ってきた財布を男に渡した。


「勇者なので」


「勇者?」


「はい」


 その横でピエナが勢いよく顔を向けた。


「勇者!?」


「うん」


「勇者なの!?」


「そうだけど」


「ほんとに!?」


「本当」


「すごい!!」


 セインは少し驚いた。


 これまで自分が勇者だと言ったとき、大抵の人間は一度疑った。


 この女は疑わない。


「王国の勇者!?」


「いや、それは別の人」


「別?」


「俺が本物の勇者」


「…………」


 ピエナが止まった。


 ようやく疑ったらしい。


「何それ面白そう!!」


 違った。


「どういうこと!?」


「王国が間違えて別の奴を勇者に選んだ」


「そんなことあるの!?」


「あった」


「それで!?」


「それで?」


「どうするの!?」


「そいつより先に魔王を倒す」


「ええっ!?」


 ピエナの目が輝いた。


 明らかに先ほど髪飾りを見ていたときより輝いていた。


「どっちが先に倒すか勝負してるの!?」


「向こうは知らない」


「知らないの!?」


「俺が勝手にやってる」


「何それ面白い!」


「面白くはない」


「じゃあ魔王ってどこにいるの?」


「知らない」


「知らないの!?」


「うん」


「知らないのに先に倒しに行ってるの!?」


「だから王国の勇者を追ってる」


「なんで?」


「あいつは王国から魔王のことを聞いてるはずだから。後を追えば魔王のところまで行ける」


「あー!」


「途中で追い越せばいい」


「頭いい!」


 評価は甘かった。


「それで、どのくらい先にいるの?」


「たぶん二日」


「じゃあ追いつけそうじゃん!」


「そうなんだよ」


「すごいじゃん!」


「分かる?」


「分かる!」


 二人の理解は早かった。


 計画の確実性は上がっていなかった。


「それで魔王倒したらどうするの?」


「俺が本物の勇者だって証明できる」


「なるほど!」


「だろ?」


「面白い!」


「面白い?」


「あ」


 ピエナは口を閉じた。


「いや、すごい!」


「今、面白いって言ったよね?」


「すごく面白……すごい!」


「言い直せてないぞ」


 ピエナは気にしなかった。


「私、ピエナ!」


「さっき聞いた」


「あなたは?」


「セイン」


「セインね!」


 一度で覚えたらしい。


「で、次どこ行くの?」


「東の町。王国の勇者もそっちに向かったらしい」


「へえ!」


「じゃあ俺は急ぐから」


「私も行く!」


「なんで?」


「面白そうだから!」


「お前、どこに行く途中だったの?」


「王都!」


「王都?」


「ずっと行ってみたかったの! 王都ってすっごいんでしょ? 可愛い服とか、美味しいものとか、流行ってるお店とか、有名な人とか!」


「じゃあ王都行けば?」


「行くよ!」


「今から?」


「ううん!」


「行かないじゃん」


「後で行く!」


「いつ?」


「そのうち!」


「そのうち?」


「だって王都は逃げないでしょ?」


「まあ」


「でも本物の勇者が王国の勇者を追いかけてるのは今でしょ?」


「そうだな」


「じゃあこっち!」


 ピエナは迷わなかった。


 王都への憧れは強かった。


 目の前の面白そうな話は、もっと強かった。


「それに、王国の勇者に追いついたら本人も見られるんでしょ?」


「まあ、追いつけば」


「有名人じゃん!」


「そこ?」


「王国の勇者だよ!?」


「俺も勇者だけど」


「セインは今見てるし」


「…………」


 セインは少し納得できなかった。


     ◇


「そういえば」


 町を出てしばらくして、セインは気づいた。


「何?」


「お前、なんでついてきてるの?」


「次の町まで一緒に行くんでしょ?」


「いつ決まった?」


「さっき!」


「誰が決めた?」


「私!」


「俺は?」


「今知った!」


「そうだよ!」


 ピエナは笑った。


「いいじゃん。一人より二人の方が楽しいよ!」


「俺、急いでるんだけど」


「私も歩くの速いよ!」


「そういう問題じゃなくて……」


「あっ!」


 ピエナが道の先を指差した。


「何?」


「人集まってる!」


「…………」


「なんだろ!」


「待て」


「ちょっと見てくる!」


「待てって!」


 ピエナが走り出した。


 セインはその背中を見た。


 今日こそ寄り道をしないつもりだった。


 薬草も採っていない。


 果物泥棒も捕まえていない。


 ここまでは順調だった。


「セイン! なんか揉めてる!」


「報告しなくていい!」


「困ってるかも!」


 セインの足が止まった。


「…………」


 ピエナが振り返る。


「どうする?」


「……見るだけだからな」


「うん!」


 二人は人だかりへ向かった。


 この日。


 セインは初めてピエナと出会った。


 そして同時に――


寄り道を増やす人間を、一人手に入れた。

面白かったら、評価やブックマークで応援してもらえると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。