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第34話 質問には答えてください

 村の倉庫から、野菜が消える。


 最初に聞いた時、セインはかなり分かりやすい依頼だと思った。


 犯人を探す。


 見つける。


 理由を聞く。


 解決する。


 それだけ。


 少なくとも、そのはずだった。


「減ってるのは毎晩なんですか?」


 ピエナが倉庫の中を見回しながら訊いた。


「ここ三日ほどな」


 村長が答える。


「全部じゃないんだ。ニンジンが五本、芋が三つ、昨日はキャベツが半玉」


「半玉?」


 クリスが首を傾げる。


「半分だけ持っていったんだ」


「残り半分は?」


「ちゃんと置いてあった」


「律儀だね」


「盗人に使う言葉じゃないだろ」


 セインが言った。


 倉庫の扉に壊された跡はない。


 窓にも傷はない。


 鍵も正常。


 なのに野菜だけが減っている。


「動物かな?」


 ピエナが床を見る。


「食い散らかした跡はないな」


 セインが答える。


 皮も残っていない。


 泥も少ない。


 むしろ、妙にきれいだった。


「持って帰ってる?」


 クリスが言う。


「たぶん」


「料理するのかな」


「そこ気になる?」


 三人は村の周囲を調べることにした。


 倉庫の裏手。


 畑の脇。


 林へ続く細い道。


 少し進んだところで、ピエナが止まる。


「これ」


 地面に、ニンジンの葉が落ちていた。


 一枚だけ。


 さらに進むと、芋の皮。


 その先にはキャベツの外葉。


「近いな」


 セインが言う。


「すぐ見つかりそう」


 ピエナも頷いた。


 そして本当に、すぐ見つかった。


 林の奥。


 少し開けた場所。


 大きな岩の上に、一体の魔物が立っていた。


 二足歩行。


 体はそれほど大きくない。


 だが胸元の毛だけ妙に立派で、肩からふさふさと広がっている。


 なぜか一段高い岩の上に立っていた。


 その足元には。


 ニンジン。


 芋。


 キャベツ。


 全部あった。


 三人が止まる。


 魔物もこちらを見る。


「……いたね」


 クリスが言った。


「いたな」


 セインが言う。


「しかも分かりやすいね」


 ピエナが言った。


 ここまでは順調だった。


 ここまでは。


 セインが一歩前へ出る。


「お前、村の倉庫から野菜持っていったのか?」


 魔物は少しだけ胸を張った。


 そして、落ち着いた声で話し始めた。


「まず、その“持っていった”という表現につきましては、さまざまな受け止め方があるものと認識しております」


 三人が黙る。


「そのうえで申し上げますと、食料というものは本来、必要とする者のもとへ適切に届くことが重要であり、またその分配についても個別具体的な事情を踏まえて総合的に――」


 まだ続く。


 セインは聞いている。


 ピエナも聞いている。


 クリスも聞いている。


「――そうした観点から、今回の件につきましても一面的な評価を避け、丁寧な検討を重ねていくことが必要であると考えております」


 魔物が話し終えた。


 三人が数秒黙る。


 ピエナが訊いた。


「……で、持っていったの?」


「その点につきましても、今後の状況を踏まえながら適切に判断していく必要が――」


「今後じゃなくて昨日の話!」


 ピエナが即座に言った。


 セインが手を上げる。


「待て。今の話を整理すると」


「整理できるの?」


「……できない」


「できないんだ」


 クリスが感心した。


「なんで感心するの」


 セインはもう一度魔物を見る。


「じゃあ質問変える。ここにある野菜はどこから来た?」


 魔物は頷いた。


「非常に重要なご質問だと受け止めております」


「嫌な予感する」


 ピエナが小声で言う。


「まず、野菜の由来というものを考えるにあたっては、その生産過程、流通過程、保管状況、さらにはそれを必要とする個体の事情など、多角的な視点が――」


「長い!」


 ピエナが遮った。


 魔物が少し驚く。


「まだ途中ですが」


「途中だったの!?」


 クリスが魔物を見る。


「名前は?」


 セインとピエナが同時に振り返る。


「それ聞く?」


「分かりやすい質問なら答えるかなって」


「なるほど」


 セインが少し期待する。


 魔物は姿勢を正した。


「名前というものは、個体を識別する上で一定の役割を果たす一方、それのみをもって存在の本質を規定するものではなく――」


 クリスがセインを見る。


「駄目だった」


「駄目だったな」


 ピエナが額を押さえる。


「なんで名前聞いただけで存在の本質まで行くの」


 魔物はなおも話している。


「――したがって、呼称については文脈に応じた適切な理解が求められると考えております」


「結局名前は?」


「その点については、現時点で申し上げることは差し控えさせていただきます」


 三人が黙る。


「……怪しいな」


 セインが言う。


「名前隠す必要ある?」


 ピエナが言う。


「ないと思う」


 クリスが言った。


 魔物は少し不満そうに胸元の毛を整える。


「誤解のないよう申し上げますが、隠しているという認識ではなく――」


「もういい」


 セインが止めた。


 魔物が止まる。


 少し気まずい沈黙。


 セインは足元の野菜を指さす。


「これ、食べた?」


「食べたという事実そのものにつきましては、否定するものではありません」


 三人が止まる。


「食べたんじゃねえか!」


 今度は三人同時だった。


 魔物が一歩下がる。


「ただし、ここで重要なのは、食べたという一点のみを切り取って評価するのではなく――」


「その一点で十分なの!」


 ピエナが言う。


「村の倉庫から取った?」


「その“取った”という表現はやや断定的であり――」


「取った!?」


「結果として移動した事実は――」


「取ったんじゃん!」


 ピエナの声が大きくなる。


 セインが横から訊く。


「なんで取った?」


 魔物は少し考える。


 そしてまた、胸を張る。


「今回の行動に至った背景につきましては、複数の要因が複雑に絡み合っておりまして――」


「来た」


 ピエナが嫌そうな顔をする。


「まず、近年この周辺では食料環境に一定の変化が見られ――」


 セインは聞く。


 ピエナも聞く。


 クリスも聞く。


 魔物は続ける。


「――さらに個体としての生活状況、周辺環境、季節的要因、入手可能性といった諸事情を総合的に勘案した結果――」


 まだ続く。


「――必ずしも望ましい形ではなかった可能性については認識しつつも、当時の状況においては一定の合理性が――」


 ピエナがもう限界だった。


「で、なんで取ったの!」


 魔物が止まる。


 少し考える。


「……腹が減っていました」


 三人が固まる。


 数秒。


「それ最初に言って!!」


 ピエナの声が林に響いた。


 魔物は少しだけ身を縮める。


「簡潔な説明が必ずしも正確な理解につながるとは限らず――」


「もう喋らなくていい!」


 ピエナが言った。


 魔物が黙る。


 本当に黙った。


 急に静かになった。


「……素直だな」


 セインが言う。


「そこは素直なんだね」


 クリスも言う。


 しばらくして、セインが訊いた。


「じゃあ、村に謝れるか?」


 魔物は口を開く。


 ピエナが睨む。


 魔物は一度閉じた。


 そして慎重に言う。


「……謝ります」


 三人が少し感動した。


「短い」


「できるじゃん」


「やればできるんだね」


 魔物は少し不満そうだった。


 村へ戻ることになった。


 魔物は野菜を抱えた。


 ニンジン。


 芋。


 残ったキャベツ。


「全部返すの?」


 クリスが訊く。


「すでに消費した分を除きましては――」


 ピエナが見る。


「……返します」


「よし」


 村へ戻る途中。


 セインが小声で言った。


「こいつ、悪いやつではなさそうだな」


「うん」


 ピエナも頷く。


「めちゃくちゃ面倒だけど」


「話長いね」


 クリスが言う。


 魔物が後ろから聞いていた。


「その“長い”という評価につきましては――」


 三人が一斉に振り返る。


「黙って歩いて」


 魔物は黙った。


 村へ戻ると、村長が驚いた顔をした。


「そいつが犯人か?」


 セインは少し考える。


「犯人って言うとたぶん話が長くなるので」


「うん?」


「こいつです」


 村長が魔物を見る。


「お前が野菜取ったのか?」


 魔物が口を開く。


 三人が同時に身構える。


「その点につきましては――」


「はいかいいえ!」


 ピエナが言う。


 魔物が止まる。


「……はい」


 村長が頷く。


「なんで?」


 三人が今度は村長を見る。


「それ聞いちゃう?」


「何が?」


 魔物が胸を張る。


「今回の行動に至った背景につきましては――」


「腹減ってたらしいです!」


 セインが先に答えた。


「そうなのか」


 村長が魔物を見る。


 魔物が少しだけ不満そうに頷く。


「まあ、腹減ってたなら最初から言えよ」


「その点につきましては――」


「黙ってろ!」


 三人が同時に言った。


 村長が吹き出した。


 結局。


 魔物は村の手伝いをする代わりに、余った野菜を少し分けてもらえることになった。


 畑仕事。


 荷物運び。


 倉庫整理。


 仕事そのものは真面目だった。


 ただし。


「それ、向こうに運んで」


「“向こう”という位置表現につきましては――」


「右!」


「承知しました」


 村人たちは、一日で使い方を覚えた。


 夕方。


 依頼を終えた三人は村を出た。


「疲れた」


 ピエナが言った。


「戦ってないのにね」


 クリスが言う。


「戦った方が楽だったかも」


 セインも言った。


 少し歩いたところで。


 背後から声がした。


「本日は多大なるご配慮をいただき――」


 三人は振り返らなかった。


「――今後も地域社会との調和を図りながら、持続可能な関係構築に努め――」


 声はまだ続いている。


 ピエナが歩きながら訊いた。


「今、何言ってる?」


 セインが答える。


「たぶん、ありがとう」


「たぶん?」


「たぶん」


 クリスが頷く。


「長いありがとうだね」


 三人はそのまま歩き続けた。


 後ろではまだ何か喋っていた。


 最後まで聞いた者はいなかった

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