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第33話 大きく壊すなら、ちゃんと狙え

 依頼を受けた時、ピエナは少しだけ不満そうだった。


「岩をどかすだけ?」


「だけ、って言うなよ」


 セインが言う。


「昨日はクリスが活躍したし、その前はセインが新しいスキル取ったし……」


 ピエナは頬を膨らませた。


「なんか私だけ地味じゃない?」


「爆発する時点で地味じゃないだろ」


「そういうことじゃないの!」


 クリスが首を傾げる。


「今日は大きく爆発できるの?」


「できればしたい」


「目的変わってない?」


 三人はそんな会話をしながら、町外れの山道へ向かっていた。


 依頼内容は単純だった。


 昨夜の雨で山肌が崩れ、大きな岩盤が道へせり出してきた。


 まだ完全には落ちていない。


 だが、このままでは近いうちに崩れる。


 しかも、その下には町へ水を送る水路と、小さな倉庫がある。


 雑に崩せば全部巻き込む。


 かといって放っておけば、いつ落ちるか分からない。


「つまり」


 現場へ着いたピエナが、巨大な岩盤を見上げる。


「壊したいけど、壊し方を間違えたら駄目なんだね」


「そういうことだ」


 依頼人の男が頷く。


「できれば、あっちの谷側へ落としてほしい」


「できれば?」


「……無理なら町に報告して大人数呼ぶ」


「最初からそうしなよ」


「呼ぶのに時間かかるんだよ!」


 ピエナは岩盤を見た。


 かなり大きい。


 人の背丈どころではない。


 山肌の一部そのものが、今にも剥がれ落ちそうになっている。


 セインも見上げる。


「これ、俺の糸じゃ無理だな」


「《振動》なら?」


「割るだけならいけるかもしれないけど、どこに落ちるか分からない」


 クリスは少し離れた場所から岩盤を見る。


「右側の下、少し浮いてない?」


 ピエナがそちらへ回る。


「ほんとだ」


 しゃがみ込む。


 岩の下には細い隙間がある。


 左側は山肌に強く噛んでいる。


「これなら……」


 ピエナが岩盤の周囲を歩き始めた。


 右。


 左。


 少し離れる。


 また近づく。


「何見てるの?」


 クリスが訊く。


「どこを壊したら、どっちに動くか」


「分かるの?」


「前よりは」


 ピエナは岩盤の右下へ手を向けた。


「まずここ」


「いきなり爆破するのか?」


 セインが訊く。


「小さいの」


「それならまあ」


 パンッ。


 乾いた音。


 岩盤そのものではなく、下の土と小石だけが弾けた。


「次、こっち」


 パンッ。


「今度は?」


「左側の噛んでるところを少しだけ削る」


 パンッ。


 小さな爆裂を、位置を変えながら打ち込んでいく。


 派手さはない。


 だが、岩盤の状態が少しずつ変わっていく。


「……なるほど」


 セインが呟く。


「壊してるんじゃなくて、落ちる方向を作ってるのか」


「そう」


 ピエナが少し得意そうに笑う。


「前だったら、とりあえず大きくやってたかも」


「やってたな」


「やってたね」


 セインとクリスが同時に言う。


「二人とも!」


 少し声が大きくなった。


 でも今日はカマキリはいない。


 ピエナは思い切り怒っていい。


「まあ見てて」


 再び岩盤を見る。


 少し強めの《爆裂》。


 ドンッ。


 岩盤がわずかに揺れた。


「動いた!」


 依頼人が声を上げる。


「まだ」


 ピエナはすぐ次の位置へ移る。


 今度は岩盤の奥側。


 ドンッ。


 さらに別角度。


 ドンッ。


 少しずつ、岩盤の重心が谷側へ寄っていく。


 セインもクリスも、もう口を挟まなかった。


 ピエナが今何をしているのか、二人とも分かり始めていた。


 ただ壊しているのではない。


 爆発の強さ。


 位置。


 向き。


 順番。


 全部を使って、大きな岩を一つの方向へ導いている。


 最後の一発。


 ピエナが手を構える。


「これでいける」


 セインが少し下がる。


「大きい?」


「中くらい」


「ピエナの中くらい怖いな」


「失礼ね」


 ドンッ!


 岩盤が大きく傾いた。


 ゴゴゴゴゴ……。


「おお!」


 依頼人が声を上げる。


 岩盤が谷側へ。


 ゆっくりと。


 しかし確実に。


 その時だった。


 上の山肌から。


 パラッ。


 小石が落ちた。


 クリスが顔を上げる。


「……まずい」


 セインも見る。


 岩盤のさらに上。


 そこにあった亀裂が、一気に広がっていた。


「ピエナ!」


「分かってる!」


 次の瞬間。


 山肌が崩れた。


 最初の岩盤だけではない。


 その上に乗っていた岩まで、まとめて落ち始める。


「嘘でしょ!?」


 依頼人が逃げる。


 クリスが一歩前へ出るが、すぐ止まった。


 《衝撃》でどうにかできる規模ではない。


 セインも《粘糸》を出しかけて、やめた。


 無理だ。


 止められない。


 落ちる。


 水路へ。


 倉庫へ。


 全部巻き込む。


「ピエナ!」


 セインが叫ぶ。


 ピエナは動かなかった。


 岩を見ていた。


 落ちてくる巨大な塊を。


 その向き。


 速度。


 亀裂。


 谷までの距離。


 全部を。


「……大丈夫」


「何が!?」


「落ちる方向は分かる」


 ピエナが前へ出た。


 セインが目を見開く。


「でかすぎる!」


「だから」


 ピエナが両手を前へ向ける。


「でかくやる」


 空気が変わった。


 セインが息を止める。


 クリスも黙る。


 ピエナの周囲へ魔素が集まっていく。


 今までの小さな《爆裂》とは、明らかに違う。


 密度が違う。


 圧が違う。


「ピエナ」


 セインが少し下がる。


「本気でやるのか?」


「うん」


「倉庫は?」


「当てない」


「水路は?」


「当てない」


「俺たちは?」


「避けて」


「そこ雑じゃない?」


「早く!」


 三人が後ろへ下がる。


 ピエナは落ちてくる岩盤を見続ける。


 狙う場所は一つ。


 真正面ではない。


 下でもない。


 岩の左奥。


 そこへ。


 最大出力。


「《爆裂》!」


 一瞬。


 本当に一瞬だけ。


 音が消えたように感じた。


 次の瞬間。


 ドッ――――ン!!


 山が揺れた。


 地面が震える。


 風が押し寄せる。


 セインたちは思わず腕で顔を覆った。


 巨大な岩盤が。


 吹き飛んだ。


「……は?」


 セインの口から声が漏れた。


 何十人がかりでも動かせそうにない岩の塊が。


 空中で向きを変え。


 谷側へ。


 そのまま大きく弧を描いて落ちていく。


 ズドォォォン!!


 遠くで地面が揺れた。


 土煙。


 静寂。


 三人とも、しばらく何も言わなかった。


 依頼人も口を開けたまま。


 水路。


 無事。


 倉庫。


 無事。


 道。


 無事。


 山肌には、さっきまで岩盤があった場所だけが大きく空いている。


 クリスが最初に口を開いた。


「……今の、いつも撃てるの?」


 ピエナが肩で息をしながら答える。


「撃てるよ」


 セインが振り返る。


「なんで今まで撃たなかったんだよ」


 ピエナが睨む。


「危ないからに決まってるでしょ!」


 セインはもう一度谷を見る。


「いや、危ないっていうか……」


「何?」


「強すぎない?」


 ピエナの口元が少し上がる。


「今さら?」


 クリスが谷を覗き込む。


「僕の《衝撃》より全然大きいね」


「そりゃそうでしょ」


「セインのも?」


「今の俺じゃ無理」


 セインが即答した。


 ピエナがさらに胸を張る。


「でしょ?」


 依頼人がようやく我に返る。


「いやいやいやいや! なんだ今の!」


「《爆裂》」


「名前聞いてるんじゃない!」


「爆発です」


「見れば分かる!」


 ピエナは笑った。


 ただ、その直後。


「……疲れた」


 その場へ座り込んだ。


「大丈夫か?」


 セインが近づく。


「大丈夫。ちょっと魔力使いすぎた」


「ちょっと?」


「かなり」


「だろうな」


 ピエナは息を整えながら、谷を見る。


「でも」


「ん?」


「ちゃんと狙えた」


 セインは少し黙った。


 確かに。


 ただ大きかったわけではない。


 もし以前のピエナが同じ威力を出していたら、どこへ飛ぶか分からなかったかもしれない。


 今回。


 ピエナは落ちる方向を作った。


 岩の動きを読んだ。


 最後に、その全部を分かった上で。


 最大出力を使った。


「すごかったな」


 セインが言う。


 ピエナが振り返る。


「何?」


「普通に」


「……もう一回言って」


「すごかった」


「もっと」


「調子乗るな」


「いいじゃん!」


 クリスも笑う。


「僕もすごいと思ったよ」


「でしょ?」


「怖かったけど」


「余計な一言!」


 依頼人も笑った。


 しばらく休んでから、残った小石を片づけることになった。


 今度はセインの出番だった。


 《粘糸》で石をまとめる。


 《吸着》で足場を固定。


 大きめの石を動かすため、《振動》へ切り替える。


 その瞬間。


 また。


 胸の奥で。


 引っかかった。


「……っ」


 前回より少し長い。


 ほんのわずか。


 でも確実に。


 《振動》が出るまでに遅れた。


 ピエナがすぐ気づく。


「また?」


「ああ」


 セインは胸へ手を当てる。


 《粘糸》。


 《吸着》。


 《振動》。


 《鋭化》。


 全部使える。


 それなのに。


「前より長かった」


 ピエナの表情が少し変わる。


「やっぱり、スキル増えたからじゃない?」


「かもな」


「次に何か取る時、ちゃんと考えた方がいいよ」


「分かってる」


「本当に?」


「分かってるって」


「新しいスキル見たらすぐ欲しくなるくせに」


「ならない」


「昨日なってた」


「昨日は必要だった」


「毎回そう言いそう」


 クリスが横から言う。


「セイン、欲しい物見つけた時、顔変わるからね」


「またそれかよ」


 ピエナが笑う。


「ほら、クリスも言ってる」


「お前ら最近それ好きだな」


「分かりやすいから」


 話しているうちに、さっきまでの緊張は薄れていった。


 ただ。


 セインの胸の奥に残った違和感だけは、消えなかった。


 そして今日、もう一つ分かったことがある。


 ピエナの《爆裂》は、ただ派手なだけではない。


 小さく使えば、岩一つの向きを変えられる。


 大きく使えば、山の一部を吹き飛ばせる。


 その両方を、本人は少しずつ使い分けられるようになっていた。


 セインとクリスは、しばらく谷底を見下ろしていた。


 さっきまで山肌にくっついていた巨大な岩盤が、遠くで砕けている。


 二人はほとんど同時に、同じ結論へ辿り着いた。


 ――ピエナは、怒らせない方がいい。


 そして。


 二人とも同時に、昨日のことを思い出した。


 森。


 カマキリ。


 上がったスカート。


 そして、クマ。


 セインが小声で言う。


「……あれ、まだ怒ってるかな」


 クリスも小声で返した。


「たぶん」


「どうする?」


「忘れたふりしよう」


「それがいいな」


「聞こえてるんだけど?」


 二人が振り返る。


 ピエナが笑っていた。


 笑ってはいた。


 ただし。


 さっき山の一部を吹き飛ばした右手が、まだ上がっていた。


「……」


「……」


 セインとクリスは顔を見合わせた。


「ピエナ」


「何?」


「昨日は悪かった」


「僕も」


「急に素直だね?」


「反省した」


「すごく」


「何見て反省したの?」


 二人の視線が、ほんの一瞬だけ谷底へ向いた。


 ピエナもそちらを見る。


 そして笑顔のまま、もう一度二人を見る。


「へえ」


「……」


「……」


 その日。


 セインとクリスは、旅に出てから最も素直に謝った。

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