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第30話 揃いすぎている

 その森がおかしいと気づいたのは、セインたちが街道を外れてしばらく歩いた頃だった。


「……今の見た?」


 ピエナが足を止める。


「ああ」


「見た!」


 セインとクリスも同時に振り返った。


 三人の視線の先では、一匹の角兎が茂みの向こうへ消えていくところだった。


 珍しい魔物ではない。むしろ森ならよく見かける、おとなしい部類だ。


 問題は、その少し前だった。


 狼型の魔物が同じ方向へ走っていった。


 さらにその前には猪型。


 その少し前には大きなトカゲ。


「全部、同じ方だな」


 セインが方位磁針を確認する。


「仲良しなのかな?」


 クリスが言う。


「さっきの狼、角兎を食べる側じゃない?」


 ピエナが返す。


「じゃあ仲良しではないな」


 セインが即座に訂正した。


「引っ越し?」


「種族合同で?」


「森にもそういう日があるのかもしれない」


「ないと思う」


 ピエナの返答は常識的だった。


 この三人の中では珍しいことである。


 少し進むと、さらに妙なものを見つけた。


 地面に残った足跡だ。


 複数種類の魔物の跡が、ほとんど同じ方向へ続いている。


 逃げ惑ったような乱れ方ではない。


 ただ、揃いすぎていた。


 セインがしゃがみ込む。


「追ってみよう」


「やっぱり?」


「おかしいだろ」


「おかしいけど」


 ピエナは軽く息を吐いた。


「こういう時のセイン、絶対行くよね」


「勇者だからな」


「それ、便利な言葉になってない?」


「なってない」


 たぶんなっていた。


 三人は森の奥へ進んだ。


 やがて、小高い場所に出た。


 セインが遠見筒を取り出す。


「いた」


「何が?」


「魔物。六体」


「多いね」


「……なんだこれ」


 セインが遠見筒をピエナへ渡す。


 覗いたピエナも黙った。


「……変」


 そこには六体の魔物がいた。


 狼型が二体。


 猪型が一体。


 角兎が一体。


 大型のトカゲが一体。


 丸々とした鳥型が一体。


 統一感はまるでない。


 森にいたものを適当に集めただけにも見える。


 なのに。


 全員が同じ場所へ顔を向けていた。


 一体が地面へ鼻を近づける。


 他も同じ場所へ寄る。


 一体が少し移動する。


 他も続く。


 一体が止まる。


 全員が止まる。


「訓練したのかな?」


 クリスが遠見筒を覗く。


「誰が角兎に集団行動教えるんだよ」


「角兎専門の人?」


「そんな職業あるのか?」


「知らない」


 無責任だった。


 だが、その六体から少し離れたところに、人影があった。


 白銀の長い髪。


 赤い瞳。


 森では妙に目立つ赤を基調にした衣服。


 年齢はセインたちより少し上に見える。


 少女とも、大人の女性とも言い切れないくらいだった。


 彼女は木にもたれながら、魔物たちを見ていた。


 時折、視線を動かす。


 すると魔物たちの向きも変わる。


「……あの人、関係あるかな」


 セインが言う。


「ありそう」


 ピエナが答える。


「行ってみる?」


「行く」


「早いなあ」


 三人は岩場を降りた。


 隠れる理由もなかったので、そのまま正面から近づく。


 白銀髪の少女がこちらに気づいた。


 そして、露骨に嫌そうな顔をした。


「……何?」


 第一声から歓迎の意思がなかった。


 セインは気にしない。


「その魔物、ずっとここにいるのか?」


「だったら?」


「みんな同じ方向に来てたから、何かあったのかと思って」


「それで森の奥まで来たの?」


「うん」


 少女は三人を順番に見た。


「暇なの?」


「旅してる」


「答えになってないわ」


 少女は小さくため息をついた。


「帰りなさい。この先、地面が緩い場所があるから。右側を通ると落ちるわよ」


 ピエナが目を瞬かせる。


「教えてくれるんだ」


「落ちられたら邪魔だからよ」


「優しいね」


「違う」


 即答だった。


「そういうのいいから。帰って」


「でも」


「でもじゃない」


 口調は刺々しい。


 だが、本気で追い払いたいなら、わざわざ危険な道まで教える必要はない。


 その時、セインが少女の背後を見る。


「なあ」


「何よ」


「あいつら、何してるんだ?」


 六体の魔物が、一斉に地面を掘っていた。


 狼も。


 猪も。


 角兎も。


 トカゲも。


 鳥まで。


 鳥は明らかに掘るのに向いていなかった。


 それでも必死に足を動かしている。


 見事な統率だった。


 適性だけが完全に置き去りだった。


「探し物?」


 ピエナが訊く。


 少女の表情がわずかに止まる。


「……関係ないでしょ」


「やっぱり何か探してるんだ」


「今のは答えたことにならないから」


「でも顔が」


「顔を見るな」


「見えるところにいるから」


「めんどくさいわね、あんたたち!」


 少女が声を荒げた。


 その瞬間。


 六体の魔物が一斉に顔を上げた。


 三人を見る。


 ピエナの表情が変わる。


「……今までこっち見てなかったよね」


 クリスも少し姿勢を低くした。


 少女が舌打ちする。


「刺激しないでよ」


「俺たち何もしてないぞ」


「私を苛立たせた」


「それであいつらも?」


「知らないわよ」


 少女はそう言ったが、魔物たちはすでに三人へ向きを揃えていた。


 セインが目を細める。


「……何かしてる?」


「帰りなさい」


 少女の声が少し低くなる。


「最後に言うわ。これ以上来ないで」


「何してるか分からないまま帰るのもな」


「好奇心で命張るのやめなさい!」


「心配してくれてる?」


「してない!」


 ピエナが小さく笑う。


「やっぱり優しい」


「そこの女、先に黙らせるわよ!」


 六体が動いた。


 同時だった。


 地面を蹴るタイミングまでほぼ揃っていた。


「散るぞ!」


 セインが叫ぶ。


 三人がそれぞれ別方向へ跳ぶ。


 クリスの前へ狼型が飛び込んでくる。


 彼は軽く身体をずらす。


 いつもなら、それで終わる。


 だが避けた先へ猪型が来た。


「おっ」


 クリスがさらに身を捻る。


 さらにその先へ角兎。


「多いね!」


「楽しそうに言うな!」


 セインは《粘糸》を飛ばした。


 木から木へ糸を張る。


 狼型が進路を変えた。


 すると、他の魔物も次々と方向を変える。


「……また揃った」


 セインが呟く。


 ピエナが小さな《爆裂》を魔物の横へ落とす。


 土が弾ける。


 六体が一斉に距離を取った。


「うわ、本当に変」


「感心してる場合じゃない!」


 ピエナはもう一発。


 今度は後方。


 だが魔物たちは、今度は前へ出る。


「やりにくい!」


「そりゃそうでしょ!」


 なぜか少女が答えた。


 クリスが猪型へ踏み込む。


 剣の腹を当て、《衝撃》を弱く流した。


 猪の足が浮く。


 その横から狼が来る。


 クリスは避ける。


 さらにトカゲ。


 さらに角兎。


「一匹ずつなら分かりやすいんだけどなあ」


「一匹ずつ相手してくれると思ってる方がおかしいでしょ!」


「それもそうだね!」


「納得しないで!」


 敵と会話しながら戦うクリスは、相変わらず妙に楽しそうだった。


 セインは魔物たちを見る。


 同じ動きではない。


 狼は噛みつこうとする。


 猪は突進する。


 角兎は角を向ける。


 戦い方はそれぞれ違う。


 なのに、妙にまとまっている。


 セインにも、それ以上は分からなかった。


「……変なスキルだな」


 小さく呟く。


 少女が一瞬だけこちらを見る。


「勝手に決めつけないで」


「違うのか?」


「教えると思う?」


「思わない」


「じゃあ訊かないで」


 セインは素直に引いた。


 少女の方が少し拍子抜けした顔をした。


 その時だった。


 トカゲ型の魔物が突然、戦闘から離れた。


 鼻先を地面へ向け、岩の根元を掻き始める。


 少女の表情が変わった。


「……そこ?」


 それまでの苛立った顔とは違う。


 六体の魔物が次々と岩の方へ寄っていく。


 セインたちも動きを止めた。


 少女は岩場へ近づき、トカゲが掘った場所を確認する。


 土。


 細い根。


 小石。


 それだけだった。


 少女はしばらく見つめたあと、大きく息を吐いた。


「違うじゃない」


 そして魔物たちを見る。


「もういいわ。行くわよ」


「え?」


 セインが思わず声を出す。


「待て」


「嫌よ」


「まだ話が」


「こっちにはない」


 少女が背を向ける。


 魔物六体も、その後を追い始めた。


「名前くらい教えろよ」


 セインが言った。


 少女は数歩進んでから止まる。


「……なんで?」


「次会った時、呼べないだろ」


「次も会う前提なの?」


「たぶん会うだろ」


 根拠はなかった。


 少女は少しだけ黙る。


「……セレナ」


「俺はセイン」


「訊いてない」


「私はピエナ!」


「俺はクリス!」


「だから訊いてないって言ってるでしょ!」


 三人とも名乗った。


 セレナは心底面倒そうな顔をした。


 そのまま森の奥へ向かう。


「セレナ!」


「今度は何!」


「さっきの、スキルだろ?」


 セレナは振り返らない。


「だったら何?」


「何ていうんだ?」


「教えると思う?」


 少し間があった。


「……思わない」


「なら聞くな!」


 セレナは今度こそ歩き出す。


 だが十歩ほど進んだところで、また振り返った。


「あんたたち」


「ん?」


「帰るなら左側から行きなさい。さっき言ったでしょ。右は地面が崩れてるから」


「分かった」


「あと、その銀髪」


 クリスが自分を指さす。


「俺?」


「さっき避けた時、足ひねりかけてたでしょ。しばらく走らない方がいいわよ」


 クリスが自分の足を見る。


「よく見てたね」


「うるさい」


「ありがとう」


「礼はいらない!」


 セレナは森の奥へ消えていった。


 六体の魔物を連れて。


 三人はしばらく、その方向を見ていた。


 最初に口を開いたのはピエナだった。


「……優しかったね」


「口は悪かったけどな」


「すごく悪かったね」


 クリスが足首を回す。


「でも合ってた。ちょっと痛い」


「よく見てたな」


「ね」


 セインは、セレナたちが掘っていた場所へ近づいた。


 何もない。


 岩。


 土。


 根。


 それだけだ。


「何探してたんだろうな」


 ピエナも覗き込む。


「宝?」


「だったら魔物六体で地面掘る?」


「効率は良さそう」


「鳥は全然掘れてなかったぞ」


「あの子だけ大変そうだったね」


 クリスが言う。


「掘るの向いてないのに頑張ってた」


 三人は少し黙った。


 そしてセインが立ち上がる。


「また会ったら聞こう」


「教えてくれるかな?」


「教えてくれないと思う」


「じゃあどうするの?」


「また聞く」


 ピエナが笑った。


「セレナ、嫌がりそう」


「もう嫌われてたぞ」


「会って十分くらいで?」


「早かったな」


 セインは方位磁針を取り出した。


「戻るか」


「左からね」


「ああ」


「右は崩れてるからね」


「分かってる」


「セレナが心配してたから」


「してないって言うと思うぞ」


 三人は左へ歩き出した。


 初めて会った敵は、六体の魔物を妙に揃えて動かし、何かを探していた。


 仕組みは分からない。


 目的も分からない。


 分かったのは、名前がセレナだということ。


 そして、口が悪いわりに帰り道は教えてくれるということだけだった。


 敵というものにも、いろいろいるらしい。

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