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第29話 勇者は先に動く

翌朝。


町の空気は、昨日までとは少し違っていた。


広場に人が集まっている。


怒鳴り声。


泣き声。


何人かの男が慌ただしく走っている。


「何かあったみたい」


ピエナが言う。


三人は自然と広場へ向かった。


昨日会ったガルドもいる。


他にも。


東門の勇者。


市場で子どもたちから勇者と呼ばれていた若者。


さらに、旅装の剣士が二人。


昨日までなら、ここだけで勇者が何人いるのか数えるところだった。


今日はそんな雰囲気ではなかった。


「森で魔物が出た!」


町の男が叫ぶ。


「木こりが三人戻ってきてない!」


周囲がざわつく。


話を聞くと。


町の北にある森で、普段は奥にいるはずの魔物の群れが街道近くまで下りてきたらしい。


朝早く森へ入った木こり三人が、まだ戻っていない。


さらに。


森の近くにある小さな作業小屋には、怪我をした男が一人取り残されている可能性がある。


状況は分からない。


魔物の数も不明。


「討伐隊を出さないと」


誰かが言う。


別の男が首を振る。


「衛兵は南門の護衛に出てる。戻るのは夕方だ」


「じゃあどうするんだ!」


町の人々の視線が。


自然と。


広場にいる武器を持った者たちへ向く。


ガルドが腕を組んだ。


「魔物の種類は?」


「分からない」


「数は?」


「それも……」


ガルドは少し顔をしかめる。


「情報がなさすぎるな」


それは正しい。


東門の勇者と名乗っていた男も言う。


「森の中で群れ相手は危ないぞ」


これも正しい。


旅装の剣士が聞く。


「報酬は?」


町の男が困った顔をする。


「今すぐ用意できる金は多くない。でも、助けてくれたら必ず――」


「命かけるなら、それなりには欲しいな」


これも。


間違ってはいない。


誰も悪いことは言っていなかった。


危険な場所へ行く。


情報を集める。


報酬を確認する。


普通なら当然のことだ。


セインが聞いた。


「戻ってない人がいるんだよな?」


男が振り返る。


「ああ」


「最後にいた場所は?」


「北の伐採場だ。そこから小屋までは一本道だが……」


「分かった」


セインが歩き出した。


町の男が慌てる。


「待て! まだ何がいるかも分からないぞ!」


セインが振り返る。


「だから見に行く」


「危険だぞ」


「困ってるんだろ?」


その言い方は。


あまりにも普通だった。


名乗りもない。


演説もない。


勇者だから行く、とすら言わない。


本人にとって。


困っている人がいて。


自分が行ける。


なら。


行く。


それだけだった。


ピエナがセインの横へ並ぶ。


「私は?」


セインが見る。


「来るだろ?」


「もちろん」


クリスも剣を肩へ乗せる。


「俺も」


誰も相談しなかった。


必要がなかった。


三人が歩き出す。


後ろから声がした。


「本当に行くのか?」


ガルドだった。


セインが振り返る。


「行く」


「相手も数も分からないぞ」


「ああ」


「怖くないのか?」


「怖いけど」


セインは普通に答えた。


「戻ってない人がいるなら、早い方がいいだろ」


そして歩く。


ガルドはしばらく、その背中を見ていた。


森へ入る。


ピエナが周囲を見る。


「静かだね」


「遠見筒は使いにくいな」


セインが言う。


木が多すぎる。


代わりに。


地図で森の外周を確認し。


方位磁針で北を取る。


旅に使っていた道具が、今度は人を探すために使われる。


しばらくして。


折れた枝。


足跡。


血。


「こっち」


クリスが先に気づいた。


三人が走る。


木の陰に。


男が一人倒れていた。


「大丈夫!?」


ピエナが駆け寄る。


意識はある。


脚を怪我している。


「他の二人は?」


セインが聞く。


「奥だ……魔物が出て、別れた」


「種類は?」


「灰色の……四足だ。三、いや五匹くらい」


少しだけ情報が増えた。


セインが周囲を見る。


「小屋まで戻せる?」


ピエナが男を支える。


「私が行く」


クリスが言う。


「俺が運ぶ方が早い」


男を背負う。


セインは頷いた。


「じゃあ小屋まで頼む。俺とピエナで先見る」


「すぐ戻る」


役割が決まる。


誰が偉いわけでもない。


ただ、その場で必要なことをする。


セインとピエナが森の奥へ進む。


しばらくして。


声。


「助けてくれ!」


二人が走る。


木の上。


男が二人。


その下。


灰色の四足魔物が三匹。


地面をうろついている。


ピエナが小声で言う。


「いたね」


「ああ」


「どうする?」


セインは周囲を見る。


木。


斜面。


魔物。


二人。


「引き離す」


《粘糸》。


一本を木へ。


もう一本を少し離れた場所へ。


さらに。


セインが石を拾い、糸で遠くへ飛ばす。


ガサッ!


魔物の一匹が反応する。


そちらへ向く。


「一匹動いた」


「もう一回やる?」


「ああ」


今度はピエナ。


魔物の後方。


小さく。


「《爆裂》」


パンッ!


二匹が驚いて別方向を見る。


「今!」


木の上の男たちが降り始める。


だが。


一匹が気づいた。


走る。


ピエナが手を向ける。


「そっちはダメ!」


魔物の横。


「《爆裂》!」


パンッ!


進路がずれる。


そこへ。


横からクリスが飛び込んだ。


「間に合った」


剣の腹。


「《衝撃》!」


ドンッ!


魔物が横へ転がる。


「早かったな!」


セインが言う。


「置いてきた!」


「置いてきたって怪我人を?」


「小屋に!」


説明が足りなかった。


一瞬だけ事故の匂いがした。


そこからは早かった。


セインが《粘糸》で動きを制限し。


ピエナが《爆裂》で進路をずらし。


クリスが前へ出て崩す。


三人にとって。


もう初めて使う連携ではない。


これまでの小さな戦い。


変な魔物。


しょうもない依頼。


そこで試してきたことが。


少しずつ。


自然に繋がっていく。


最後の一匹が倒れる。


木こり二人が降りてくる。


「助かった……」


一人が言う。


セインは息を整えながら答える。


「怪我は?」


「大丈夫だ」


「じゃあ戻ろう」


それだけだった。


森の出口へ近づいた時。


前から人が来た。


ガルド。


さらに。


東門の勇者。


旅装の剣士。


昨日市場にいた若者。


武器を持った町の男たちもいる。


セインが少し驚く。


「来たのか?」


ガルドが眉を寄せる。


「お前らだけ行かせたままにできるか」


東門の勇者も気まずそうに言う。


「数が分からないなら、数増やした方がいいだろ」


理屈は後からでもいい。


来たことの方が大事だった。


木こりが言う。


「もう倒してくれた」


集まった者たちが三人を見る。


少し沈黙。


ガルドが笑った。


「早いな」


セインは首を傾げる。


「近かったから」


そういう話ではなかった。


町へ戻る。


怪我人は治療を受ける。


家族が泣きながら礼を言う。


町の人々が三人を囲む。


「ありがとう」


「本当に助かった」


「若いのに大したもんだ」


セインは少し居心地が悪そうだった。


褒められるために行ったわけではない。


だから。


どう反応していいのかが分からない。


その中で。


昨日。


猫を助けただけで勇者と呼ばれていた若者が、セインを見ていた。


「なあ」


「何?」


「お前、本当に勇者なのか?」


セインは少し不思議そうな顔をする。


そして。


いつも通り答えた。


「だから最初からそう言ってるだろ」


ピエナが吹き出した。


クリスも笑う。


ガルドが腕を組みながらセインを見る。


昨日までは。


少し変わった自称勇者。


それくらいだった。


今は。


少し違う。


王国に認定されているわけではない。


特別な称号があるわけでもない。


本人の主張だけを聞けば。


むしろ怪しい。


それでも。


困っている人がいた時。


一番最初に動いた。


報酬を聞く前に。


危険が分かる前に。


誰かに認められる前に。


本人だけは何も変わっていなかった。


変わり始めたのは。


周りの見る目の方だった。


その夜。


宿へ戻る途中。


ピエナがセインに聞いた。


「今日、ちょっと勇者っぽかったよ」


セインが振り返る。


「ちょっと?」


「かなり」


「最初から勇者だ」


「はいはい」


クリスが笑う。


「俺は前から信じてるぞ」


セインが嬉しそうに見る。


「やっぱりクリスは分かってるな」


「面白いから」


「またそれか」


三人は笑いながら歩く。


始まりは。


一つの勘違いだったのかもしれない。


本人はそう思っていない。


今も。


これからも。


たぶん。


ずっと。


でも。


勇者だと信じているから。


勇者ならどうするかを考えて。


その通りに動き続ける。


そうしているうちに。


いつか本当に。


そう呼ばれる理由が。


後から追いついてくるのかもしれなかった。

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