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第28話 勇者、多すぎないか

丘を下り始めた三人の足取りは、自然と速くなっていた。


遠見筒の向こうに見えた、剣を持った男。


その周囲には人だかりがあり、仲間らしい者たちもいた。


これまで何度も聞いてきた王国認定勇者の噂と重なる。


ようやく追いついた。


少なくとも、三人はそう思っていた。


「走る?」


ピエナが聞く。


「走る」


セインは即答した。


「まだ結構距離あるぞ」


クリスが言う。


「だから走るんだろ」


「なるほど」


三人は走った。


方位磁針。


地図。


遠見筒。


旅を続ける中で少しずつ増えてきた道具が、ようやく一つの結果へ繋がった。


そしてその結果を、最後だけ脚力で解決しようとしている。


道具の進歩に人間が追いついていなかった。


町へ入った頃には、三人とも少し息が上がっていた。


だが、休んでいる場合ではない。


広場の方から人の声がする。


「勇者様だ!」


セインが反応した。


「いた!」


三人は人だかりへ向かう。


その中心には、遠見筒で見た男が立っていた。


年齢は二十代半ばほど。


大きな剣を背負い、革と金属を組み合わせた派手な装備を身につけている。


体格もいい。


その周囲には三人の仲間。


いかにも旅慣れている。


「ついに会ったな」


セインが小さく言う。


ピエナが横を見る。


「まだ向こう、セインのこと知らないよ」


「今から知る」


「そういう意味じゃないと思う」


セインは人だかりを抜けて前へ出た。


そして。


男の前に立つ。


「王国認定勇者だな?」


男がセインを見る。


少し間があった。


「違うぞ」


「……え?」


セインが止まった。


ピエナも止まる。


クリスだけが男を見たまま首を傾げる。


「違うのか?」


男は胸を張った。


「俺は西街道の勇者、ガルドだ」


沈黙。


セインが聞く。


「西街道?」


「そうだ」


「王国認定では?」


「ない」


「勇者なのに?」


「勇者だ」


話が一周した。


セインは少しだけ混乱した顔でピエナを見る。


ピエナも同じ顔をしている。


クリスがガルドへ聞いた。


「西街道って何?」


「この辺りの街道沿いで魔物退治や護衛をやってる。いつの間にかそう呼ばれるようになった」


「じゃあ自分で付けた名前じゃないんだ」


「最初はな」


「今は?」


「気に入ってる」


馴染んでいた。


かなり。


そこへ町の男が笑いながら口を挟む。


「ガルドはこの辺じゃ有名だぞ。去年なんか荷馬車を襲った魔物を三匹まとめて倒したんだ」


「ほらな」


ガルドが少し得意げになる。


セインはまだ考えていた。


「勇者って、一人じゃないのか?」


町の男が逆に不思議そうな顔をした。


「王国の勇者は一人だろ?」


「そうだよな」


「でも勇者って呼ばれてるやつなら他にもいるぞ」


「……いるの?」


「いるいる」


軽かった。


とても軽かった。


セインの中で長年守られてきた勇者という言葉の希少価値が、今、急速に下落していた。


ガルドが指を折る。


「北の方には『雪原の勇者』って呼ばれてるやつがいるし、南の村には『赤屋根村の勇者』がいるって聞いたな」


町の男も続ける。


「川向こうにもいたぞ。橋の勇者」


ピエナが聞く。


「橋の勇者って何した人?」


「壊れた橋を直した」


「それ勇者じゃなくて職人じゃない?」


「本人も大工だ」


さらに話がややこしくなった。


クリスが面白そうに聞く。


「他にもいる?」


「東の勇者って名乗ってるやつもいるな」


「それは何したの?」


「知らん」


「知らないの?」


「本人がそう言ってるだけだから」


セインが反応する。


「自分で?」


「まあ、そういうのもいる」


セインは黙った。


ピエナが横から顔を覗き込む。


「セイン?」


「……勇者って勝手に名乗っていいのか?」


ピエナは少し考える。


「セインも名乗ってるよね」


「俺は本物だから違う」


一切揺れなかった。


「みんなそう言うんじゃない?」


「俺には根拠がある」


あった。


本人の中には。


十三歳の雨上がり。


勇者の紋章。


一瞬の光。


本人にとっては、人生を決めるには十分だった。


読者にとっては水滴だった。


信念の材料には、必ずしも強度が必要ではない。


ガルドが興味を持った。


「お前も勇者なのか?」


「ああ」


「どこの?」


「どこの?」


質問の意味が分からない顔だった。


「西とか東とか、そういうの」


「ない」


「じゃあ何勇者だ?」


セインは少し考えた。


「本物の勇者」


ガルドが笑った。


「でかく出たな!」


セインは笑っていなかった。


本気だった。


ピエナが慌てて説明する。


「セインは王国が勇者を選ぶ前から、自分が勇者だと思ってて」


「違う」


セインが訂正する。


「思ってるんじゃなくて、勇者なんだ」


「そこ大事なんだね」


「大事だ」


クリスも普通に頷く。


「俺は本物だと思ってるぞ」


セインが嬉しそうに見る。


「だろ?」


「面白いし」


「理由そこ?」


友情は成立している。


根拠は不安定だった。


その後、三人は町の中を少し歩いた。


すると。


勇者がいた。


もう一人。


酒場の入口で剣を背負った男が、


「俺は東門の勇者だ!」


と酔っ払いながら名乗っていた。


さらに。


市場では子どもたちが一人の若者を囲んで、


「兄ちゃん勇者!」


と呼んでいた。


理由を聞くと。


昨日、木に登った猫を下ろしたらしい。


ピエナが言う。


「勇者の範囲、広いね」


セインも腕を組む。


「広すぎる」


クリスは楽しそうだった。


「俺も何か名乗ろうかな」


「何勇者?」


「回避の勇者」


「それはちょっと強そう」


「じゃあピエナは?」


「爆発の勇者」


「怖いな」


ピエナが笑う。


「セインは?」


「だから本物の勇者だって」


そこだけは分類を拒否した。


夕方。


三人は宿へ向かう途中、再びガルドを見かけた。


町の人々から依頼を受けている。


どうやら明日は近くの森へ魔物退治に向かうらしい。


セインは少し離れたところからその様子を見る。


ピエナが聞いた。


「どう?」


「何が?」


「勇者いっぱいだったけど」


セインは少し考えた。


「別にいいんじゃないか?」


ピエナが少し意外そうな顔をする。


「いいんだ」


「困ってる人助けてるなら」


セインはガルドを見る。


「村の人が勇者って呼びたいなら、それはそれでいいだろ」


「じゃあ東門の酔っ払いは?」


「あれは知らん」


そこには線を引いた。


「でも」


セインは続ける。


「本物は俺だけどな」


ピエナが笑う。


「結局そこなんだ」


「当たり前だろ」


セインは本気だった。


誰かを勇者と呼ぶことを否定する気はない。


ただ。


自分が本物であることとも、何も矛盾しないらしい。


非常に広い心と、非常に狭い結論が同居していた。


その日の夜。


三人は宿で地図を広げていた。


王国認定勇者は、この町にはいなかった。


また追い越されたのか。


そもそも別の道を進んだのか。


まだ分からない。


ただ一つ分かったことがある。


世の中には。


思っていたより。


勇者が多い。

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