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第26話 近道は近いだけ

地図を手に入れてから、三人の歩き方は少し変わった。


町を出る前に道を確かめる。


分かれ道では方位磁針を見る。


今までなら「たぶんこっち」で進んでいたところを、「たぶん」を少し減らせるようになった。


そして今回。


セインは地図の上に引かれた細い線を指していた。


「ここ通れば早い」


ピエナが覗き込む。


「本当に?」


「主要街道を回るより短い」


クリスも見る。


「じゃあこっちでいいんじゃないか?」


「だな」


三人は迷わず脇道へ入った。


その判断を後悔するまで、十分もかからなかった。


道が細い。


かなり細い。


しかも坂。


急。


さらに足元は土ではなく、細かい石が多い。


歩くたびに滑る。


「ねえ」


ピエナが前を歩くセインを見る。


「これ、本当に道?」


「地図にはある」


「地図にあるかどうかじゃなくて」


一歩。


ズルッ。


ピエナが滑る。


クリスが腕を掴んだ。


「大丈夫?」


「ありがと」


セインが地図を見る。


「でも方向は合ってる」


ピエナが方位磁針を見る。


「方向しか合ってない気がする」


その通りだった。


近道ではある。


楽な道とは、どこにも書いていなかった。


しばらく進むと、今度は倒木が道を塞いでいた。


「これ越える?」


ピエナが聞く。


クリスが倒木を見る。


「越えられる」


「越えられるかどうかじゃなくて」


セインは《吸着》で横の岩へ張りつき、先を見る。


「向こうは通れる」


「じゃあ行こう」


クリスが先に登る。


ピエナも続く。


結局、行くしかなかった。


三人は倒木を越え、崩れかけた斜面を進み、細い崖沿いを歩き、途中で一度だけ「これ、近道じゃなくて試練では?」という話になった。


地図は正しかった。


地形が親切ではなかった。


さらに進んだところで、道が二つに分かれた。


「地図だと?」


ピエナが聞く。


セインが広げる。


「一本しかない」


「じゃあこの道、地図にないんだ」


クリスが右側の細い道を見る。


草が少し踏まれている。


完全な獣道ではない。


誰かが使っている形跡がある。


セインは方位磁針を見る。


「方向は悪くない」


「行ってみる?」


ピエナが聞く。


三人は顔を見合わせる。


ここまで来た時点で、今さら慎重という言葉だけ持ち出しても遅かった。


「行こう」


三人は地図にない道へ入った。


そこからさらに少し歩くと。


木々の向こうに、屋根が見えた。


「……家?」


ピエナが目を細める。


一つ。


二つ。


三つ。


小さな畑。


井戸。


柵。


人影もある。


「村だな」


セインが言う。


クリスが地図を覗く。


「載ってないぞ」


「本当に載ってないね」


三人は顔を見合わせる。


そして、そのまま村へ入った。


村人たちは、外から来た三人を見て少し驚いた。


ただ、警戒しているというより。


珍しいものを見た顔だった。


「旅人か?」


年配の男が声をかけてくる。


「はい」


セインが答える。


「この村、地図に載ってないんですけど」


男は笑った。


「そうか」


「そうか、でいいんですか?」


ピエナが聞く。


「今まで困ってないからな」


クリスが村を見る。


「出る時困らない?」


「出るやつは道知ってる」


理屈としては成立していた。


外から来る側だけが困る。


村の中では何も問題ない。


地図に載るという発想自体が、かなり外向けだった。


三人は水を分けてもらい、少し休ませてもらうことになった。


その途中。


村の広場に、古い石像が立っているのを見つけた。


ただし。


首から上がなかった。


ピエナが立ち止まる。


「……頭ないね」


「ないな」


クリスも見る。


石像は剣を持っている。


古びてはいるが、作りはしっかりしていた。


「これ誰?」


セインが近くにいた老人へ聞く。


「昔の勇者らしい」


三人が止まる。


「勇者?」


「らしい、だけだ。昔からそう言われてる」


セインが石像を見上げる。


頭がない。


勇者らしい。


情報量が少なすぎる。


「なんで頭ないんですか?」


ピエナが聞く。


老人が遠くを見る。


「落ちた」


「落ちた?」


「何年か前の大雨でな。転がってどっか行った」


扱いが軽い。


勇者像として、それでいいのか。


「探さなかったんですか?」


「探したよ」


老人は答える。


「見つからんかった」


そして少し間を置く。


「祭りまでに戻したいんだがな」


三人が顔を見合わせる。


来た。


また小さい話が。


セインが聞く。


「どの辺まで探しました?」


老人が少し笑う。


「手伝ってくれるのか?」


「見つかるかは分からないですけど」


ピエナも頷く。


「せっかくだし探そうよ」


クリスも石像を見る。


「頭ないまま祭りはちょっと気になる」


理由は十分だった。


村人の話では、石像の頭は大雨の時に広場から外れ、斜面側へ転がったらしい。


三人はその先を調べた。


草。


岩。


細い沢。


古い倒木。


「頭、重そうだよね」


ピエナが言う。


「石だからな」


「どこまで転がるかな」


クリスが斜面を見る。


「結構いくんじゃないか?」


セインが下を覗く。


「川まで行ってたら面倒だな」


しばらく探す。


ない。


さらに下。


ない。


その時。


クリスが止まった。


「あれ」


指差す先。


低い崖の下。


何か白っぽいものがある。


三人が降りる。


草をどける。


石。


丸い。


顔。


「いた」


ピエナが笑った。


石像の頭だった。


ただし。


木の根に引っかかり、半分土に埋まっている。


「これ持てる?」


ピエナが聞く。


クリスが両手をかける。


「重い」


珍しく即答だった。


セインが《粘糸》を出す。


頭の周りへ何本か絡ませる。


「引っ張ろう」


三人で少しずつ動かす。


土から抜く。


斜面を上げる。


途中で一度転がりかける。


ピエナが押さえる。


「危なっ!」


「また下まで行ったら嫌だな」


「今度はもっと探しやすいよ」


「位置分かってるからな」


前向きなのか雑なのか分からない会話だった。


なんとか村へ戻し、石像の上へ頭を載せる。


村人たちが集まってくる。


老人が目を細めた。


「おお。こんな顔だったか」


ピエナが聞く。


「覚えてないんですか?」


「何年も頭なかったからな」


戻した意味が少し不安になった。


ところが。


頭を固定するため、台座の周りを掃除していた時だった。


セインが石像の足元に刻まれた文字を見つける。


かなり古い。


一部は削れている。


村の老人たちでも読めない。


ただ。


一つだけ。


紋章のようなものが残っていた。


「これ」


セインが指差す。


老人が近づく。


「ああ、それか」


「知ってるんですか?」


「昔、王都から来た役人が見て驚いてたな」


「なんて?」


「古い勇者隊の印だとか言ってた」


三人が黙る。


今度は少し空気が変わった。


老人は続ける。


「この村、昔の勇者が旅の途中でしばらく滞在したらしい。魔物を追い払って、道も直してくれたとか」


セインが石像を見る。


「本当に勇者だったんだ」


「たぶんな」


老人の返答は最後まで軽かった。


村の古い倉庫から、もう一つ物が出てきた。


細長い筒。


両端に磨かれた透明な板が入っている。


老人が言う。


「これも勇者が置いていった物らしい」


セインが受け取る。


「何に使うんですか?」


「遠くを見る」


「遠く?」


言われるまま片目を当てる。


少し調整する。


すると。


遠くの山が近く見えた。


セインが止まる。


「……見える」


ピエナがすぐ横から覗きたがる。


「貸して!」


「待て待て」


クリスも後ろから見る。


「俺も」


三人で順番に使う。


遠くの木。


丘。


道。


かなり先まで見える。


「これ、すごいね」


ピエナが言う。


「先の様子見れる」


クリスも頷く。


「人がいるかも分かるな」


セインは筒を見た。


方位磁針。


地図。


そして今度は。


遠くを見る道具。


別に狙って集めているわけではない。


それでも、気づけば旅に使えるものが少しずつ増えていた。


老人が言う。


「持っていけ」


三人が見る。


「いいんですか?」


「村じゃほとんど使わん」


「でも勇者が置いていった物なんじゃ」


「使うやつが持ってた方がいい」


老人はそう言って笑った。


セインは少しだけ迷ってから、深く頷く。


「大事に使います」


「そうしてくれ」


村を出る前。


セインはもう一度、頭の戻った石像を見る。


昔の勇者が立ち寄った村。


地図にも載っていない。


今の王国認定勇者も、おそらく知らない場所。


それを見つけたのは。


近道をしようとして、道を外れた三人だった。


ピエナが言う。


「結局、近道だったのかな」


セインが地図を見る。


「距離は短かった」


「でも時間は?」


セインが少し黙る。


クリスが遠見筒を覗きながら言う。


「まあ、これもらえたし良かったんじゃないか?」


ピエナも笑う。


「それはそう」


セインも遠見筒を受け取り、遠くを見る。


街道。


丘。


その先。


まだ勇者の姿は見えない。


でも。


以前より先は見える。


「行こう」


三人はまた歩き出した。


地図にない道を通り。


地図にない村を見つけ。


そこで、昔の勇者が見ていたかもしれない景色を覗ける道具まで手に入れた。


近道は、近いだけだった。


ただし。


遠回りだったかどうかは、まだ分からなかった。

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