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第24話 幽霊より礼儀正しい

その村では、夜になると物が消えた。


最初は銀のスプーン。


次に、飾りボタン。


古い指輪。


鏡の縁についた金具。


そして三日前には、村長の家に飾ってあった銀杯まで消えた。


「昨日は娘の髪飾りだ」


村人の男が青い顔で言った。


場所は村の集会所。


三人の前には、今回の盗難被害に遭った村人たちが集まっている。


依頼内容は、


『夜間に発生する盗難事件の調査』


だった。


ただし。


村人の中では、すでに犯人はほぼ決まっていた。


「幽霊だ」


老人が言う。


「間違いない」


別の男も強く頷く。


「夜中に黒い影を見たやつがいる」


「なのに音はしなかった」


「扉も閉まっていた」


「朝になると物だけ消えてるんだ」


ピエナが少し身を乗り出した。


「本当に幽霊なのかな」


「怖いの?」


セインが聞く。


「ちょっと」


「ちょっとなんだ」


「すごくって言ったら嫌じゃん」


誰に対する見栄なのか。


幽霊相手に格好をつけても評価は上がらない。


クリスが村人たちを見る。


「黒い影って、どんな形だった?」


「分からん。窓の外を横切っただけだ」


「大きさは?」


「人より少し小さいくらいだったと思う」


セインも聞く。


「盗まれた物に共通点はありますか?」


村人たちが顔を見合わせる。


「共通点?」


「大きさとか、材質とか、置いてあった場所とか」


少し考えて。


一人の女性が言った。


「……光る物が多い気がします」


「光る物?」


「銀とか、磨いた金具とか。娘の髪飾りも光る石が付いてました」


村長も頷く。


「言われてみれば、うちの銀杯もそうだな」


ピエナが腕を組む。


「光る物が好きな幽霊?」


クリスが言う。


「趣味があるんだな」


幽霊像に生活感が出始めた。


あまり怖くない。


まず三人は、被害に遭った家を順番に見て回ることにした。


最初は村長の家。


銀杯が置いてあった部屋。


窓。


扉。


棚。


床。


セインが一通り確認する。


「壊されたところはないな」


「鍵は?」


クリスが聞く。


「夜はかけてた」


村長が答える。


ピエナが窓を見る。


「ここから入った?」


「窓も閉まってた」


「じゃあ幽霊?」


「まだ早い」


セインが窓枠へ近づく。


そこに。


細い傷。


「これ何だろ」


ピエナも覗き込む。


「爪?」


「かもしれない」


次。


髪飾りを盗まれた家。


こちらも扉に破損なし。


窓も大きく開けた形跡はない。


ただ。


棚の上。


高い位置に。


黒いものが一本落ちていた。


ピエナが拾う。


「羽?」


三人が見る。


黒い羽。


少し長い。


クリスが言う。


「幽霊って羽あるのか?」


ピエナが考える。


「羽のある幽霊なのかも」


セインが言う。


「新しい情報が増えたな」


「幽霊の情報として増やしていいのかな」


「今のところ他に分類できないだろ」


調査は進んでいる。


たぶん。


問題は、進むほど幽霊の具体像が出来上がっていることだった。


その日の午後。


三人は村中を歩いた。


被害に遭った場所。


盗まれた物。


時間。


窓や扉。


高い場所。


低い場所。


共通点を探す。


ピエナが紙を見ながら言う。


「やっぱり光る物ばっかりだね」


「しかも小さい物が多い」


セインが答える。


「持ち運びやすい?」


クリスが言う。


「銀杯は?」


「頑張ったんじゃない?」


妙なところで努力家だった。


さらに。


ほとんどの家で。


窓の外。


屋根。


棚の上。


高い位置に小さな傷や黒い羽が残っていた。


「鳥っぽくない?」


ピエナが言った。


「俺もそう思う」


セインが頷く。


「でも人より少し小さいんだろ?」


クリスが言う。


「鳥にしてはでかいな」


「魔物ならありえる」


セインは黒い羽を見た。


「幽霊じゃなくて、鳥型の魔物かもしれない」


ピエナが少し安心する。


「じゃあ良かった」


「なんで?」


「魔物なら殴れるから」


幽霊より安心する基準が物理的すぎる。


その夜。


三人は村長の家で待ち伏せした。


机の上には。


銀の皿。


磨いた金具。


鏡。


銀色の装飾品。


そして。


中央には。


大きな銅鍋。


ピエナが小声で言う。


「やっぱり鍋だけ浮いてない?」


「光るだろ」


セインが答える。


「光るけど」


「目立つ方がいい」


「幽霊に鍋って効くのかな」


「もう鳥型魔物の可能性高いだろ」


「でも幽霊だったら?」


「その時考える」


準備は万全ではなかった。


勢いだけはあった。


三人は物置の暗がりに隠れる。


しばらく。


何も起きない。


一時間。


二時間。


ピエナが小声で言う。


「来ないね」


「静かに」


「ずっと静かだよ」


クリスは壁にもたれている。


「眠くなってきた」


「寝るなよ」


「寝ない」


五分後。


目を閉じていた。


信用とは。


その夜。


結局。


何も起きなかった。


翌朝。


村の反対側。


また盗難が起きた。


「こっちだった!」


ピエナが頭を抱える。


盗まれたのは。


銀の髪留め。


小さな手鏡。


磨かれた金属の留め具。


セインが被害に遭った部屋を見る。


「俺たちが待ってた家を避けた?」


「見られてたのかな」


クリスが窓を見る。


「それなら結構賢いな」


ピエナが言う。


「じゃあ今夜も待つ?」


セインは少し考えた。


「同じやり方じゃまた避けられるかもしれない」


「どうする?」


「囮を増やす」


「村中に?」


「何ヶ所か」


ピエナが笑う。


「泥棒と知恵比べになってきたね」


その通りだった。


幽霊退治は、いつの間にか防犯対策へ変わっていた。


二日目の夜。


三人は一ヶ所には集まらなかった。


光る物を置いた家を数軒用意し。


その周囲を歩き回る。


セインは屋根。


《吸着》で壁や高い場所を移動する。


ピエナは路地。


クリスは少し離れた場所。


村全体は静かだった。


月明かり。


風。


虫の声。


時々。


犬の鳴き声。


そして。


ピエナが違和感に気づいた。


歩いていた時。


急に。


何も聞こえなくなった。


「……え?」


風の音。


虫。


自分の足音。


全部ない。


ピエナが止まる。


数歩後ろへ戻る。


音がする。


前へ。


音が消える。


「何これ」


小声で言ったつもりだった。


自分の声すら、ほとんど聞こえない。


ピエナはすぐに手を上げた。


合図。


屋根の上にいたセインが気づく。


クリスも走ってくる。


三人が集まる。


セインが低い声で言う。


「ここだけ音が消えてる」


クリスが手を叩く。


パチン。


……何も聞こえない。


少し横へ移動。


パチン。


音が戻る。


三人が黙る。


ピエナが言った。


「幽霊っぽくなってきた」


「戻すな」


セインが言う。


せっかく鳥型魔物説まで進んだのに。


ここに来て幽霊が盛り返してきた。


その時。


屋根の上。


黒い影が動いた。


三人が見上げる。


羽。


細長い身体。


人より少し小さい。


黒い鳥型の魔物。


口元には。


何か光るもの。


「いた!」


ピエナが指差す。


魔物が止まる。


三人と目が合う。


セインが言う。


「逃がすな!」


魔物が羽ばたく。


だが。


羽音がない。


「音消してる!」


ピエナが叫ぶ。


三人が追う。


魔物は屋根から屋根へ。


セインは《吸着》で壁を登る。


クリスは下から先回り。


ピエナは逃げる方向へ小さな《爆裂》を置く。


パンッ!


……鳴らない。


「私の爆発まで消えた!」


ピエナが驚く。


爆発は起きた。


土も跳ねた。


だが音だけがない。


「面白いな!」


セインが目を輝かせる。


「今それ言う!?」


ピエナは笑いながら追う。


魔物が細い路地へ入る。


クリスが先回りしていた。


「こっちだ」


魔物が急停止。


逆へ。


そこにはセイン。


魔物が止まった。


右。


ピエナ。


左。


壁。


上。


逃げられそう。


魔物が羽を広げる。


セインが《粘糸》を飛ばす。


一本。


羽の先へ絡む。


「捕まえた!」


魔物が引かれる。


バランスを崩して屋根へ着地。


三人が囲む。


そして。


少しの沈黙。


黒い魔物は口にくわえていた銀色の飾りを。


そっと。


床へ置いた。


深く頭を下げる。


「……大変、申し訳ございません」


三人が止まった。


ピエナが一番最初に口を開いた。


「しゃべった」


魔物は頭を下げたまま続ける。


「このたびは、村の皆さまに多大なるご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ございません」


セインがクリスを見る。


クリスがセインを見る。


犯人を追い詰める準備はしていた。


謝罪会見の準備はしていなかった。


「えっと」


セインが言う。


「お前が盗んでたのか?」


「はい」


即答。


「弁解の余地もございません」


「全部?」


「はい」


「銀杯も?」


「……はい」


少し間があった。


大物になると、本人にも覚えがあるらしい。


ピエナが魔物をじっと見る。


「なんで盗んだの?」


魔物が少し顔を上げる。


「光っていたためです」


「それだけ?」


「はい」


「欲しかった?」


「はい」


「すごく?」


「非常に」


理由が弱い。


欲望だけは強い。


セインが聞く。


「名前は?」


「クロウルと申します」


黒い羽。


鋭い目。


人より少し小さい鳥型の魔物。


見た目だけなら十分不気味だった。


口を開くまでは。


クリスが聞く。


「さっき音消してたよな」


クロウルが頷く。


「はい。《消音》という固有スキルでございます」


セインの目が変わった。


ピエナがすぐ気づく。


「あ」


「何?」


クリスが聞く。


「セインが気になる時の顔してる」


「してない」


「してるよ」


セインはクロウルを見る。


「自分の周りの音を消せるのか?」


「はい。一定範囲ではございますが」


「自分の声も?」


「はい」


「物音も?」


「はい」


「爆発も?」


「先ほどのものは範囲内でしたので」


セインが少し黙る。


面白い。


かなり面白い。


足音。


羽音。


物を動かす音。


全部消せる。


盗みに向いている。


本人もそこだけは完全に理解していた。


「夜間の活動におきまして、村の皆さまのご迷惑にならないよう配慮しておりました」


クロウルが言う。


セインが顔を上げる。


「盗みの配慮だけ丁寧だな」


クロウルがまた頭を下げる。


「申し訳ございません」


騒音対策だけは完璧だった。


防犯意識は完全に敵側だった。


「盗んだ物はどこ?」


クリスが聞く。


「すべて保管しております」


「保管?」


「はい。山側の巣に」


「まだある?」


ピエナが聞く。


「すべてございます」


「ちゃんと?」


「種類ごとに整理しております」


三人が黙る。


セインが聞く。


「種類ごと?」


「銀製品、装飾品、鏡類、その他金属光沢品に分類しております」


妙に管理が行き届いていた。


盗品倉庫としては非常に優秀。


盗品倉庫である時点ですべて失格だが。


翌朝。


三人と村人たちはクロウルの巣へ向かった。


そこには。


本当に全部あった。


しかも。


並んでいた。


かなり綺麗に。


村長の銀杯。


銀のスプーン。


髪飾り。


鏡。


金属ボタン。


小さな鐘。


そして。


誰の物か分からない、やたら光る石。


ピエナが棚を見る。


「……きれい」


クロウルが少し嬉しそうにする。


「ありがとうございます」


「褒めたらダメなやつだった」


「あっ」


クロウルがまた頭を下げる。


「失礼いたしました」


昨日まで。


村人たちは幽霊を恐れていた。


実際にいたのは。


《消音》で完全な騒音対策を施しながら盗みを繰り返し、盗品を種類別に管理している鳥型魔物だった。


恐怖は消えた。


代わりに説明しづらい疲労が残った。


村長が腕を組む。


「今後はどうする?」


クロウルは背筋を伸ばした。


「二度とこのようなことがないよう、再発防止に努めます」


セインが聞く。


「具体的には?」


クロウルが止まる。


「……具体的に?」


「何するの?」


「ええと」


目をそらした。


低姿勢だった。


計画はなかった。


一番危ない謝罪だった。


ピエナが言う。


「光る物見たら、また欲しくなるんでしょ?」


「……はい」


「我慢できる?」


「努力いたします」


「それ大丈夫?」


「善処いたします」


どんどん弱くなる。


セインが笑う。


「今のところ何も決まってないぞ」


「申し訳ございません」


謝罪だけは即座に出る。


クリスが巣の奥を見る。


「じゃあ盗らないで、自分で集めればいいんじゃないか?」


全員がクリスを見る。


「自分で?」


クロウルが聞く。


「川とか山で拾う」


ピエナも頷く。


「それなら誰も困らないね」


セインも言う。


「村で捨てる予定の金具とか、壊れた鏡とかをもらうのもありだな」


村長が少し考える。


「壊れた鍋や金具なら結構あるぞ」


クロウルの目が輝いた。


本当に輝いた。


「よろしいのですか?」


「盗まなきゃな」


「もちろんです!」


返事だけは一流だった。


話はまとまった。


盗品は全て返却。


クロウルは今後、村から物を盗まない。


光る物が欲しい時は。


拾う。


もらう。


捨てる物を譲ってもらう。


非常に単純。


なぜ最初からそうしなかったのか。


たぶん本人にも分からない。


村を出る時。


クロウルが三人へ深々と頭を下げた。


「このたびは、ご指導いただき誠にありがとうございました」


ピエナが笑う。


「もう盗んじゃダメだよ」


「はい」


「本当に?」


「はい。以後このようなことがないよう、再発防止に努めます」


セインが聞く。


「具体的には?」


クロウルが一瞬止まる。


「……拾います」


「よし」


ようやく中身が伴った。


三人は村を後にする。


少し歩いたところで。


ピエナが言った。


「幽霊じゃなかったね」


「途中ちょっと幽霊に戻りかけたけどな」


セインが答える。


「あの音消えるところ、本当に怖かったよ」


クリスが笑う。


「でも便利なスキルだったな」


その言葉に。


セインが少しだけ黙る。


《消音》。


かなり使い道がありそうだった。


足音。


物音。


戦闘。


潜入。


《粘糸》を使う時にも。


「セイン」


ピエナが顔を覗き込む。


「取らないの?」


「……今回はいい」


「珍しいね」


「まだ分かってないからな」


セインは少し笑った。


「欲しいからって何でも取ってたら、そのうち大変になる」


「成長したね」


ピエナが言う。


「なんで上からなんだよ」


三人は笑う。


その日の夕方。


村長の家の前。


綺麗に磨かれた壊れた鍋が一つ置かれていた。


その横には。


小さな木札。


『昨日のお礼です』


村長はしばらく鍋を見つめた。


そして。


近くにいた妻へ聞いた。


「……これ、うちの鍋じゃないよな?」


妻も見る。


「違うね」


二人が黙る。


再発防止には。


もう少し教育が必要だった。

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