第23話 曲がれないなら、飛ばせばいい
街道脇の林に入って、十分ほど。
三人は、依頼人から聞いていた魔物を見つけた。
いや。
正確には。
見つけるより先に、通り過ぎた。
「……今の何?」
ピエナが振り返る。
「速かったな」
セインも振り返る。
「もう一回来るぞ」
クリスだけが前を見ていた。
数秒後。
遠くから土煙。
一直線。
どんどん近づいてくる。
「来た!」
ピエナが身構える。
灰色の小型魔物。
四足。
細い身体。
長い脚。
頭は小さい。
角も牙もない。
見た目だけなら、それほど怖くない。
問題は速度だった。
「速っ!」
魔物が三人の横を通過する。
風だけが遅れてきた。
少し離れたところで。
ドガッ!
木にぶつかった。
沈黙。
ピエナが言う。
「……大丈夫かな」
魔物はふらふらしながら立ち上がった。
そして。
また走り出した。
「元気だね」
クリスが感心する。
感心している場合ではない。
依頼内容は討伐。
だが今のところ、敵より木の方が仕事をしている。
魔物が再び突っ込んでくる。
クリスが前へ出る。
「俺、試す」
「気をつけてね!」
ピエナが言う。
クリスは剣を抜く。
魔物は一直線。
速い。
とにかく速い。
クリスはギリギリまで待つ。
そして一歩横へ。
魔物が通り過ぎる。
剣を振る。
空振り。
「速すぎるな」
クリスが笑う。
「当てられない?」
セインが聞く。
「今のままだと難しい」
クリスがそう言うのは珍しかった。
それだけ速い。
だが。
クリスは楽しそうだった。
もう一度。
魔物が戻ってくる。
一直線。
クリスは今度もギリギリで避ける。
そして。
また空振り。
三度目。
今度は剣を振らない。
ただ避ける。
四度目。
また避ける。
五度目。
セインが聞いた。
「何か分かった?」
「うん」
クリスが答える。
「こいつ、曲がらない」
ピエナが首を傾げる。
「曲がらない?」
「走ってる途中で」
クリスは魔物の軌道を指でなぞる。
「全部真っ直ぐだ」
セインも地面を見る。
土煙の跡。
確かに。
一直線。
「速い代わりに、方向変えられないのか」
「たぶん」
クリスが頷く。
「だから避けるだけなら簡単」
「でも当てるのは難しい」
ピエナが言う。
「そう」
クリスは少し考える。
「だったら、来る場所を決めればいい」
三人が魔物を見る。
ちょうどその魔物も三人を見ていた。
そして。
走る。
一直線。
三人は避けた。
そのまま。
ドガッ!
また木。
もはや木との因縁の方が深い。
「道を作ろう」
セインが言った。
「道?」
「こいつが真っ直ぐしか走れないなら、走る場所をこっちで決めればいい」
ピエナの顔が明るくなる。
「それなら私、横からずらせるよ!」
「俺は入口に立つ」
クリスも笑う。
話が早い。
三人は近くを見回した。
木。
岩。
少し開けた地面。
そして。
小さな坂。
セインが坂を見る。
さらにその先を見る。
坂の向こうは。
開けている。
かなり開けている。
「……ここ使えそうだな」
「何に?」
ピエナが聞く。
「道の最後」
「最後?」
セインは坂を指した。
「ここまで走らせる」
クリスも見る。
「で?」
「そのまま行く」
ピエナが坂を見る。
そして。
坂の先を見る。
「……飛ばない?」
「たぶん飛ぶ」
三人が少し黙る。
そして。
全員ちょっと笑った。
この時点で、討伐という目的はかなり危うくなっていた。
まず。
セインが《粘糸》を使う。
左右の木。
岩。
低い枝。
完全な壁ではない。
だが、横へ抜けにくいように道を狭めていく。
「ここ通ればいい感じ?」
ピエナが聞く。
「ああ。この辺から真っ直ぐ」
「じゃあ私は外れそうになったら戻すね」
「頼む」
クリスが道の入口へ立つ。
「俺が引っ張る」
「引っ張るって言い方すると、完全に競技だね」
ピエナが言う。
まだ競技ではない。
まだ。
たぶん。
魔物が遠くでこちらを見る。
クリスが剣を構える。
「来い」
魔物が地面を蹴る。
土煙。
一直線。
速い。
「今!」
クリスが横へ避ける。
魔物がコースへ入る。
「入った!」
ピエナが声を上げる。
魔物は真っ直ぐ走る。
だが途中。
少しだけ左へずれた。
「そっち行かせない!」
ピエナが左側へ手を向ける。
「《爆裂》!」
パンッ!
魔物の左横で小さな爆発。
驚いて、わずかに右へ。
コース中央へ戻る。
「戻った!」
「そのまま!」
セインも高い枝へ《吸着》で張りつきながら、上から糸の位置を見る。
魔物は速い。
だが。
走る場所は、もう決まっている。
「右!」
セインが叫ぶ。
ピエナが右側へ。
「《爆裂》!」
パンッ!
また中央へ。
クリスが後ろから走る。
さすがに追いつけない。
「速いな!」
「それ今言う!?」
ピエナが笑う。
コースの先。
坂。
魔物がそこへ向かう。
「来るよ!」
セインが叫ぶ。
魔物は速度を落とさない。
むしろ。
坂でさらに勢いがついた。
「ちょっと待って」
ピエナが言う。
「思ったより速くない?」
「かなり速いな」
セインも言う。
「これ、本当に大丈夫?」
「もう行った」
クリスが指す。
魔物は坂を駆け上がった。
そして。
地面がなくなった。
飛んだ。
三人が見上げる。
魔物もたぶん見下ろしていた。
一瞬だけ。
時間が止まったように見えた。
そのまま。
さらに飛ぶ。
「……飛んでるね」
ピエナが言う。
「ああ」
セインが答える。
まだ飛ぶ。
「結構行くな」
クリスが言う。
まだ飛ぶ。
「……どこまで行くの?」
ピエナが目を細める。
まだ飛ぶ。
三人は黙って見ていた。
完全に飛距離を見守る観客である。
倒す予定だった。
飛ばす予定ではなかった。
まして、記録を見るような顔で空を眺める予定など誰にもなかった。
やがて。
遠く。
草原の向こう。
ドサッ。
小さな土煙が上がった。
三人がしばらく黙る。
ピエナが最初に口を開いた。
「……今、どれくらい飛んだ?」
セインが答える。
「分からない」
クリスも言う。
「かなり」
「かなりじゃ分からないよ」
「でもかなりだぞ」
「次やるなら印つけたいね」
セインが言った。
ピエナが振り返る。
「次もやるの?」
セインも少し止まる。
「……記録は気になる」
「セインまで!」
討伐直後の会話ではない。
そもそも本当に討伐できたのか、まだ確認すらしていない。
三人は慌てて着地点へ向かった。
◇
かなり歩いた。
本当にかなり歩いた。
「飛ばしすぎたんじゃない?」
ピエナが言う。
「思ったより飛んだな」
「戦うより疲れてるよね」
「それはある」
討伐を楽にするための工夫で、討伐後の確認作業が長距離移動になった。
改善とは何か。
やがて草むらの向こうに魔物を見つけた。
三人が近づく。
魔物は動かない。
クリスが少し離れた位置から様子を見る。
「倒れてるな」
セインも確認する。
「……討伐できてる」
ピエナが着地点と、遠くに見える坂を交互に見る。
「飛ばしただけなのに?」
「着地まで込みだったんだろ」
「それ、もう攻撃じゃなくて輸送じゃない?」
かなり乱暴な輸送だった。
ともかく。
依頼は達成である。
セインは遠くの坂を見る。
「でも、角度変えたらもっと飛びそうだな」
ピエナがすぐ振り返る。
「まだ記録の話するの!?」
「仕組みの話」
「その仕組みが競技になりそうなんだって!」
クリスも坂を見る。
「次は助走を長くした方がいいかもな」
「増えた!」
討伐は終わった。
別の何かが始まりかけていた。
町へ戻り、依頼完了を報告する。
斡旋所の職員が聞いた。
「討伐できましたか?」
セインが頷く。
「はい」
「どのように?」
三人が少し黙る。
ピエナがセインを見る。
クリスも見る。
セインは答えた。
「……地形を利用しました」
間違ってはいない。
かなり都合よく省略しているだけである。
職員は書類へ何かを書き込んだ。
「承知しました」
詳細を聞かなかった。
行政には、知らなくてもいいことがある。
町を出る頃。
三人はまた例の話をしていた。
「でも本当に何歩くらいだったんだろ」
ピエナが言う。
「最初から測っておけばよかったな」
セインが答える。
「次は測ろう」
クリスも乗る。
「だから次ある前提なんだ」
「同じ魔物いたら試せる」
「坂もいるよ?」
「坂は作ればいい」
セインが言う。
ピエナが止まる。
「作るの?」
「土盛れば」
「本気じゃん」
セインは少し考える。
「いや、だから仕組みの話」
「その仕組みの話が一番危ないんだって」
三人は笑いながら街道を歩いていく。
この時。
彼らはまだ知らない。
自分たちがやったことを見ていた近くの農夫が、
後日、
「あの魔物、どこまで飛ぶか競ったら面白いんじゃないか」
と言い出すことを。
さらにその数年後。
町の祭りで。
助走路。
発射坂。
着地点。
記録係。
観客席。
そして、
『直進獣飛距離競技』
という、どう考えても一度立ち止まって考えた方がいい催しが生まれることを。
もちろん。
三人はまだ知らない。
知らない方がいいこともある。
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