↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
20/37

第20話 詰まっているのはどこだ

町務斡旋所の掲示板には、今日も世界の命運とは一切関係なさそうな依頼が並んでいた。


『畑を荒らす小型魔物の駆除』


『屋根の風見板修理』


『行方不明の荷車捜索』


『北地区共同水路・水量低下の原因調査』


セインは最後の紙を見つめた。


「これにするか」


「水路?」


ピエナが横から覗き込む。


「魔物じゃないの?」


「魔物かもしれない」


「水路に?」


「分からないだろ。巨大な何かが詰まってる可能性もある」


「巨大な何かが詰まってたら、もう水路じゃなくて事件じゃない?」


もっともである。


クリスも掲示板を眺めながら首を傾げた。


「水が少ないなら、増やせばいいんじゃないか?」


セインとピエナが同時に振り返った。


「どうやって?」


「上流から持ってくる」


「その上流から来なくなってるって話だよ」


「なるほど」


クリスは素直に頷いた。


理解が早い。


理解する前の発言が遠いだけだった。


依頼を受けると、斡旋所の職員から簡単な説明を受けた。


北地区には町の外れを流れる川から水を引く細い水路があり、そこから複数の畑へ水を分けている。


ところが数日前から流れが弱くなった。


完全に止まってはいない。


だから余計に原因が分からないらしい。


「水路の途中に土砂でも溜まったんじゃないの?」


町を歩きながらピエナが言った。


「たぶんな」


セインは答えた。


「でも、どこに溜まってるか分からない」


水路は途中から地下へ入り、町の北側を通って畑の近くで再び地上へ出る。


地下部分は石を組んで作られており、人が中へ入れるほど大きくない。


上から掘り返せば確認できる。


問題は、どこを掘ればいいか分からないことだった。


現地へ着くと、水路を管理している男が三人を待っていた。


「ここから先が地下だ」


男が石造りの入口を指す。


水は流れている。


だが確かに弱い。


セインはしゃがみ込み、水面を見る。


「出口は?」


「あっちだ。二百歩くらい先」


「長いな」


ピエナが顔をしかめた。


「全部掘る?」


「掘らない」


「爆発させる?」


「もっと掘ることになる」


危うく水路そのものが依頼対象になるところだった。


セインは石壁へ手を当てた。


昨日、地下倉庫で試したことを思い出す。


《振動》。


触れたものを震わせる。


強くすれば、物を壊すこともできるかもしれない。


だが今やりたいのは逆だった。


壊さずに調べる。


セインは手のひらから、ごく弱い振動を石へ流した。


ブルッ。


手の下だけが震えた。


「……短い」


「何が?」


ピエナがしゃがむ。


「振動がすぐ消える」


「もっと強くすれば?」


「それだと石が震えてるだけになる」


セインは少し考えた。


地中から襲ってきたあの魔物は、地面へ振動を送ってこちらの位置を捉えていた。


ただ震わせていたわけではない。


送っていた。


そして、何かを受け取っていた。


セインはもう一度石へ手を置いた。


今度はさっきより弱く。


代わりに、一瞬ではなく一定の間隔で振動させる。


トン。


少し空ける。


トン。


また少し空ける。


「何してるの?」


「比べてる」


「何と?」


「次の場所と」


ピエナは少し考えてから、


「ああ」


と頷いた。


セインは数歩移動した。


再び壁へ手を当てる。


トン。


トン。


さらに移動。


トン。


トン。


「……違う」


セインが呟いた。


「何が?」


「ここ、返ってくる感じが弱い」


クリスが壁を叩いた。


コンコン。


「音も違うな」


セインが振り返る。


「分かるのか?」


「いや、なんとなく」


説明としては何の役にも立たなかった。


だがセインも壁を拳で軽く叩いた。


確かに少し鈍い。


「中に土がある?」


ピエナが言った。


「たぶん」


「じゃあここ掘る?」


「待て」


セインはさらに先へ進んだ。


同じことを繰り返す。


返ってくる感覚が弱い場所は、数歩にわたって続いていた。


その先ではまた元に戻る。


「この辺だ」


セインは地面へ線を引いた。


管理人の男が驚いた顔をする。


「分かるのか?」


「たぶん」


「たぶん?」


「掘れば分かる」


急に信頼性が下がった。


それでも全部掘るよりはましだった。


男が近くから道具を持ってきて、四人で土を掘る。


しばらくすると、水路の上を覆う平たい石が現れた。


石をどかす。


その下には――


大量の枝が詰まっていた。


「当たり!」


ピエナが声を上げる。


セインも思わず笑った。


「本当に分かったな」


「いや、分かってなかっただろ」


クリスが枝の塊を覗き込む。


「でもここに何かあるとは分かった」


「それを分かったって言うんじゃない?」


ピエナに言われ、セインは少し考えた。


「……そうか」


自分でもまだ、《振動》で何を感じているのか説明できない。


ただ、違いは分かった。


何もない場所。


何かが詰まっている場所。


振動の返り方が違う。


それだけでも十分使える。


問題は。


「取れないな」


枝は石組みの奥へぎっしり詰まっていた。


入口部分だけ取り除いても、まだ奥に続いている。


ピエナが腕まくりをした。


「じゃあ私の出番?」


「爆破するなよ」


「しないよ!」


一拍置いて、


「……たぶん」


不安が増した。


ピエナは水路の中へ手を向ける。


「この前みたいに、小さくやればいいんでしょ?」


「枝だけ動かせるか?」


「やってみる」


ピエナは集中した。


《爆裂》。


普段なら圧縮した魔素を一気に弾けさせる。


今回は違う。


小さく。


できるだけ小さく。


枝の少し手前。


パンッ!


乾いた音が響いた。


枝の塊がわずかに動いた。


石壁もわずかに動いた。


全員が止まった。


「……今、壁も動いたよな?」


セインが聞く。


「気のせいじゃない?」


「動いた」


クリスが即答した。


「ほら!」


「でも壊れてない!」


ピエナは胸を張った。


基準が低い。


とはいえ、以前ならもっと強く撃っていた。


少なくとも壊さない程度には抑えられている。


「もうちょい弱くできないか?」


セインが言う。


「できる」


ピエナは即答した。


「たぶん」


二度目の不安である。


今度はさらに小さく。


パン。


枝だけが少し動く。


「あ」


ピエナ自身が一番驚いた。


「できた」


「今のいいじゃん」


セインが言った。


ピエナは手のひらを見た。


「小さすぎると思ったけど、こういう時はこっちの方が使いやすいんだ」


「当たり前だろ」


「爆発は大きい方が気持ちいいじゃん」


用途ではなく気分の話だった。


それでも、枝は少しずつ手前へずれてきた。


あと少し。


しかし最後の部分が石に引っかかって動かない。


クリスが覗き込む。


「俺がやる」


「剣で?」


「いや」


クリスは水路の縁に片手を置き、もう片方の手を枝の塊へ伸ばした。


指先がなんとか届く。


「《衝撃》」


ドン!


枝が吹き飛んだ。


同時に泥水が三人へ飛んだ。


沈黙。


セインの顔から水が滴る。


ピエナの髪に葉っぱが刺さっている。


クリス自身も頭から泥水を被っていた。


「強い」


セインが言った。


「思ったより軽かった」


クリスが答える。


「弱く押すんじゃなかったの!?」


ピエナが叫んだ。


「弱くした」


「これで!?」


「かなり」


普段どれだけ強く使っているのか。


クリスは枝を拾った。


「でも取れた」


「取れたけど!」


ピエナが抗議している横で、水路から音がした。


ゴゴゴゴゴ。


三人が振り返る。


水が来る。


詰まりが取れたことで、上流から溜まっていた水が一気に流れ込んできた。


「まずくないか?」


セインが言った。


「何が?」


クリスが聞いた。


直後。


大量の水が開いた水路から噴き上がった。


三人はまとめて後ろへ転がった。


管理人の男だけは少し離れていたので無事だった。


「おお! 直った!」


男が喜ぶ。


泥だらけの三人は地面に座ったまま、水路を眺めた。


勢いよく水が流れていく。


ピエナが髪から葉っぱを抜いた。


「……これ、成功?」


「水は流れた」


セインが答える。


「じゃあ成功だな」


クリスが立ち上がる。


成功の定義が雑だった。


帰り道。


セインは歩きながら自分の手を見ていた。


《振動》。


昨日までは、触ったものを震わせる能力だと思っていた。


それだけじゃない。


振動を送る。


返ってきた違いを感じる。


まだ何が返ってきているのかは分からない。


距離なのか。


硬さなのか。


中身なのか。


形なのか。


たぶん全部少しずつ違う。


だったら。


分けて覚えればいい。


「また始まった」


ピエナが言った。


「何が?」


「セインが歩きながら考えてる時の顔」


「どんな顔だよ」


「今ここにいない顔」


「いるだろ」


「身体はね」


クリスがセインの顔を覗き込んだ。


「戻ってこい」


「いるって」


セインは二人を押しのける。


それでも口元は少し緩んでいた。


《振動》は、思っていたより面白い。


強くするだけではない。


使い方を変えれば、見えないものまで分かるかもしれない。


「次は何調べる?」


セインが言った。


「宿の壁とか?」


ピエナが答える。


「なんで?」


「隣の部屋が何してるか分かるかも」


「やめろ」


「床なら?」


「もっとやめろ」


クリスが少し考えた。


「財布の中身は?」


「振動で分かるわけないだろ」


「やってみないと分からない」


セインは口を開き――


少し止まった。


確かに、やってみないと分からない。


「……宿に戻ったら試すか」


「試すんだ」


好奇心に倫理が追いつくには、もう少し時間が必要だった。

面白かったら、評価やブックマークで応援してもらえると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。