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第21話 糸は震える

街道を外れてしばらく進んだ林の中で、三人は足を止めた。


目の前。


倒木の向こうから、低いうなり声が聞こえる。


「いるね」


ピエナが声を落とす。


「ああ。しかも結構でかそうだな」


セインも足元の草の揺れを見ながら答えた。


姿はまだ見えない。


だが、音は一つではなかった。


枝が折れる。


草が揺れる。


何か大きなものがこちらへ近づいてくる。


クリスが剣へ手をかけた。


「そろそろ顔見せてくれそうだな」


直後。


倒木を踏み越え、魔物が姿を現した。


四足。


肩までの高さはセインの胸ほど。


灰色の体毛の上を、黒い板のような外皮が部分的に覆っている。


頭には短い角が二本。


前脚が太く、見るからに突進向きだ。


「うわ、硬そう」


ピエナが眉を上げる。


「あの黒いところは避けた方がよさそうだな」


セインも魔物の身体を見回す。


「じゃあ柔らかそうなところ探すか」


クリスはもう少し楽しそうだった。


魔物は三人を見るなり、地面を蹴った。


速い。


「散れ!」


三人が左右へ分かれる。


魔物がそのまま真っ直ぐ走り抜け、木へぶつかる。


ドンッ!


幹が大きく揺れた。


「うわあ……」


ピエナが目を丸くする。


「今の、まともにもらいたくないね」


「俺も嫌だな」


セインも素直に頷いた。


魔物が振り返る。


クリスが先に動いた。


正面から走る。


「クリス、正面行くの!?」


「その方が避けやすい!」


ピエナにはよく分からなかった。


たぶん本人には分かっている。


魔物が再び突進する。


クリスは真正面から待つ。


ギリギリまで。


そして一歩だけ横へ。


角が身体の横を通り抜ける。


クリスは剣の腹を魔物の肩へ当てた。


「《衝撃》!」


ドン!


魔物の上半身が横へずれた。


だが倒れない。


「おお、踏ん張った」


クリスが少し嬉しそうに言う。


魔物はそのまま前脚を踏ん張り、無理やり向きを変えた。


「もう一回試す」


今度は突進してくる魔物の前脚へ剣を当てる。


「《衝撃》!」


さっきより弱い。


だが狙いは違った。


前へ進もうとしていた脚が、一瞬だけ外へ流れる。


魔物の身体が傾いた。


「お、こっちの方がいいな」


クリスが笑う。


「今の何したの?」


ピエナが聞く。


「脚だけちょっと押した」


「それだけであんな崩れるんだ」


「走ってる途中だからな。少しずれるだけでも結構変わるみたいだ」


説明は相変わらず感覚的だった。


だが、さっきよりは伝わった。


魔物が怒ったように吠える。


今度はピエナへ向く。


「次、私だ!」


ピエナは片手を前へ出す。


魔素を集める。


いつものように大きく爆発させれば、たぶん止まる。


ただし自分も巻き込まれる可能性がある。


「真正面じゃなくて……」


ピエナは魔物の進行方向を見る。


少し右。


そこへ狙いをずらす。


「《爆裂》!」


パンッ!


爆発は魔物そのものではなく、右前方で起きた。


衝撃と土煙が横からぶつかる。


魔物の顔が反射的に左へ向く。


進路がずれた。


ピエナの横を通過する。


「できた!」


ピエナが振り返る。


「いいじゃん! 当てなくても曲げられるんだな」


セインが声を上げる。


「ね! これなら小さくても使える!」


威力は小さい。


だが、当てなくても動かせる。


ピエナ自身もそれが気に入ったらしく、かなり嬉しそうだった。


魔物は再び距離を取る。


三人を睨む。


「まだ来るな」


セインが構える。


「元気だねえ」


ピエナが言う。


「じゃあ次は俺も試したい」


セインは左手を前へ出した。


《粘糸》。


細い糸が伸び、近くの木へ貼りつく。


もう一本。


反対側の木へ。


その間へ糸を張る。


魔物の脚の高さ。


「引っかけるんだ」


ピエナが糸を目で追う。


「ああ。でも普通に張るだけだと切られそうだから」


セインは糸へ指を触れた。


《振動》。


ごく弱く。


糸が震える。


ブルルル。


「おお」


クリスが近くの糸を見る。


「ちゃんと伝わってる」


「問題はここからだな」


セインは少し振動を強める。


すると糸そのものが大きく揺れ始めた。


張った場所まで震える。


セインの指にも振動が返ってくる。


「思ったより暴れるな」


「強くしすぎると、先に糸がダメになりそう」


ピエナが言う。


「俺もそう思う」


セインは振動を少し弱めた。


さらに糸を引く。


張りを強くする。


すると、さっきより揺れが小さくなった。


代わりに。


細かく。


速く。


震える。


セインは目を細める。


「……これならいけるかも」


「何か変わった?」


クリスが聞く。


「緩いと大きく揺れるけど、張ると細かく震える」


「じゃあ、張った方がいい?」


「たぶんな」


その答えを確かめる時間はなかった。


魔物が地面を蹴った。


「来た!」


クリスが叫ぶ。


セインは糸を張ったまま構える。


「よし。そのまま来い」


「ちゃんとそこ通ってよー!」


ピエナまで魔物へ声をかける。


もちろん伝わってはいない。


だが魔物は真っ直ぐ来た。


糸へ前脚が触れる。


その瞬間。


ブツッ。


一本切れた。


「あっ!」


ピエナが声を上げる。


「まだもう一本ある!」


振動を流している糸が魔物の脚へ食い込む。


完全には止まらない。


だが。


外皮のない部分に、細い傷が走った。


魔物が吠えた。


わずかに速度が落ちる。


「効いてる!」


セインの目が輝く。


ただの《粘糸》なら、絡め取るだけ。


振動させると。


擦る。


削る。


張っていれば、なおさら。


「クリス!」


「任せろ!」


クリスが横から踏み込む。


魔物が突進の勢いを残したまま身体を向ける。


クリスは角を避ける。


剣の腹を前脚へ。


「《衝撃》!」


弱く。


短く。


脚だけを外へ押す。


魔物の重心が崩れた。


前脚が滑る。


「ピエナ!」


「こっちに倒す!」


ピエナは倒れかけた魔物の反対側へ手を向ける。


直接は狙わない。


地面。


「《爆裂》!」


パンッ!


横から衝撃。


魔物の身体がさらに傾く。


そのまま。


ズドン!


地面へ横倒しになった。


「やった!」


「まだ起きるぞ!」


セインが《粘糸》を飛ばす。


前脚。


後脚。


首の近く。


複数の糸を木へ固定する。


魔物が起き上がろうとする。


糸が伸びる。


「これだけじゃ長く持たないな」


セインは糸を握る。


そして。


《振動》。


ブルルルル。


張った糸が震える。


魔物が動くたび、糸が外皮の隙間へ擦れる。


傷が増える。


魔物が暴れる。


「セイン、それ手まで震えてない?」


ピエナが心配そうに見る。


「ちょっと返ってくる!」


「ちょっとじゃなさそう!」


「でも今は続ける!」


初めての組み合わせに、取扱説明書などない。


魔物がさらに暴れる。


糸が一本切れた。


次の一本も危ない。


「長くは無理だ!」


セインが叫ぶ。


「じゃあ俺がいく」


クリスが前へ出る。


魔物の頭がこちらを向く。


角が振られる。


クリスはその動きを避け、剣を肩の外皮の隙間へ差し込む。


「《衝撃》!」


ドンッ!


今度は強い。


魔物の身体が地面へ叩きつけられる。


動きが止まった。


しばらくして。


魔物は低く鳴いた。


立ち上がろうとする様子はない。


三人は少し距離を取りながら様子を見る。


「……もう来ないかな」


ピエナが言う。


「たぶん大丈夫そうだ」


セインが糸を緩める。


魔物はゆっくり身体を起こした。


三人が構える。


だが魔物は攻撃してこなかった。


そのまま森の奥へ逃げていく。


「帰っていったね」


ピエナが手を振る。


「もう来るなよー」


クリスも言う。


魔物には最後まで何も伝わっていなかった。


セインは切れた《粘糸》の残りを見る。


「まだ調整が必要だな」


「でもちゃんと傷ついてたよ」


ピエナが隣から覗き込む。


「ああ。振動を強くすると糸が暴れるし、弱すぎても意味がない」


「張り方も大事そうだったね」


セインが顔を上げる。


「やっぱりそう見えた?」


「うん。張った後の方が震え方が細かかった」


「俺もそこが気になってた」


セインは少し嬉しそうに糸を指で弾く。


張る。


震わせる。


その二つを合わせる。


それだけで、ただの《粘糸》とは違う使い方になる。


クリスが切れた糸を眺める。


「一本で切れるなら、何本かまとめたらもっと丈夫になるんじゃないか?」


セインが止まる。


ピエナもクリスを見る。


「それ、試してみたいな」


「だろ?」


クリスが得意げに笑う。


考えて言ったのか。


たまたま思いついたのか。


どちらでも、使える案なら問題ない。


「私も分かったかも」


ピエナが自分の手を見る。


「何か掴んだ?」


セインが聞く。


「爆発って、相手に直接当てなくてもいいんだね」


「ああ。さっきの進路ずらしたの、かなり使えそうだった」


「でしょ? 横で爆発させれば向きを変えられるし、足元なら転ばせられるかもしれない」


「それなら味方が近くても使いやすそうだな」


「そうなの! 大きくする以外にもやることいっぱいある!」


ピエナはすっかり機嫌がいい。


クリスも剣を肩へ乗せる。


「俺も弱く使う方、ちょっと分かってきた」


「脚ずらしたやつ良かったね」


ピエナが言う。


「相手が速いほど効きそうだ」


セインも頷く。


「大きく吹き飛ばさなくても、崩せれば十分なんだな」


「そうそう。それに魔素も少なくて済む」


三人はそれぞれ自分の手や武器を見る。


強くする。


大きくする。


速くする。


それだけが上達じゃない。


少しずらす。


少し弱める。


組み合わせる。


そんな地味な変化の方が、実戦では役に立つこともある。


セインは切れた糸を指先で消した。


「次は切れないようにしたいな」


「また試そうよ」


ピエナがすぐに乗る。


「ああ。今度は何本か重ねてみる」


「薪とかでやる?」


「それがいいな」


珍しく安全な練習方法がすぐ決まった。


するとクリスが言う。


「でも薪、動かないぞ」


「練習なんだから最初は動かなくていいんだよ」


セインが笑う。


「なるほど。じゃあ俺が薪を動かす?」


「なんで難しくするの?」


ピエナが笑った。


「動く薪の方が実戦っぽいだろ?」


「それはもう薪の練習じゃない気がする」


「じゃあ転がすだけにするか」


「結局動かすんだ」


三人はそのまま話しながら街道へ戻っていく。


安全な練習方法は決まった。


安全に終わるかどうかは、まだ決まっていなかった。

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