第19話 中まで響く
次の町へ着いた、その日の午後。
三人は町務斡旋所にいた。
「地下倉庫?」
ピエナが依頼票を読む。
「町の食料保管庫です」
受付の職員が説明する。
「数日前から、夜になると壁の向こうや床下から物音がするようになったそうです。小動物か魔物かは不明。倉庫内の食料にも一部かじられた跡があります」
「討伐?」
クリスが聞く。
「必要であれば。ただし、まずは原因確認をお願いします。地下は古く、壁の一部が崩れやすいため、大規模な攻撃は避けてください」
三人が同時にピエナを見る。
「なんで私見るの?」
「大規模な攻撃」
「しないよ!」
「地下で《爆裂》は怖い」
セインが言う。
「分かってるって!」
受付の職員は何も言わず、依頼票へ一文追加した。
『地下構造物への過度な破壊行為は禁止』
「今書いた?」
「念のためです」
町務斡旋所は、学習する組織だった。
◇
地下倉庫は、町の中央近くにあった。
石造りの建物。
その地下へ、長い階段が続いている。
「暗いね」
ピエナがランタンを持ち上げる。
「音するかな」
クリスは少し楽しそうだった。
「静かにしろ」
セインが言う。
三人が倉庫へ降りる。
袋詰めされた穀物。
木箱。
干した野菜。
壁際には大きな棚。
一見すると、普通の倉庫だった。
「どこから音するの?」
ピエナが小声で聞く。
「夜が多いらしい」
「今、昼だよね」
「そうだな」
「じゃあ待つ?」
「いや」
セインは床へ手をついた。
「試したい」
ピエナが笑う。
「やっぱり」
「昨日取ったばっかりだろ」
《振動》。
まだ分からないことが多い。
だからこそ。
使いたかった。
◇
セインは床へ手を置く。
意識する。
魔素を流す。
ブルルッ。
石床が細かく震えた。
「何か分かる?」
クリスが聞く。
「……何か返ってきた」
ピエナが少し身を乗り出す。
「何がいるの?」
「分からない」
「じゃあ何が分かったの?」
「何かある」
「それは最初から分かってるよ!」
セインは無視した。
もう一度。
今度は弱く。
ブルッ。
返ってくる。
石。
木箱。
壁。
「……違う」
「何が?」
ピエナが聞く。
「場所によって返り方が違う」
「それは壁と床で違うってこと?」
「たぶん」
「たぶん多いね」
「昨日取ったばっかりだからな」
クリスが隣へしゃがむ。
「もっと狭いところだけやってみたら?」
「狭いところ?」
「広すぎると色んなものから返ってくるんじゃない?」
セインが少し考える。
「……なるほど」
「合ってる?」
「分からない」
「また分からないんだ」
「でも試す価値はある」
◇
セインは壁際へ移動した。
右手を石壁へ。
振動を流す。
ブルルッ。
「……」
もう一度。
少し場所をずらす。
ブルルッ。
「ここ」
「何?」
ピエナが寄る。
「こっちの方が軽い感じがする」
「軽い?」
「返ってくるのが早いというか……いや、違うな」
セインは眉を寄せる。
「中が空いてる?」
クリスが言った。
セインが止まる。
「それかも」
「壁の向こうに空間?」
「たぶん」
「壊す?」
ピエナが聞く。
三人がまたピエナを見る。
「だから爆発じゃないって!」
「言ってないだろ」
「顔が言ってた!」
セインは壁を叩く。
コン。
少し右。
コン。
音も違う。
「空洞あるな」
「じゃあ何かいる?」
「まだ分からない」
その時。
壁の向こう。
カリッ。
「今聞こえた!」
ピエナが言う。
クリスも頷く。
「いるね」
セインは壁へ手をつけたまま、もう一度《振動》を流した。
ブルルッ。
直後。
壁の向こうから。
ザザッ。
何かが動いた。
「動いた」
セインの顔が変わる。
「分かった?」
「今のは分かった」
「どっち?」
「右」
三人が右を見る。
数秒。
壁の端。
小さな隙間から。
何かが飛び出した。
◇
「出た!」
クリスが剣を抜く。
現れたのは、細長い身体の魔物だった。
四本脚。
ネズミにもトカゲにも見える。
身体は細い。
ただし、前歯だけ妙に大きい。
「食料かじってたのこいつ?」
ピエナが言う。
魔物は三人を見るなり、棚の陰へ走る。
「逃がすな!」
セインが《粘糸》を飛ばす。
一匹目。
外す。
「速い!」
「そっち!」
クリスが回り込む。
魔物が方向転換。
ピエナの方へ。
「来た!」
ピエナが両手を向ける。
「……爆発できない!」
「倉庫だからな!」
「じゃあどうすればいいの!?」
「小さく!」
「またそれ!?」
ピエナが魔素を絞る。
「《爆裂》!」
ポンッ。
小さな爆発。
魔物の横の床が弾ける。
「ギャッ!」
魔物が驚いて進路を変える。
「できた!」
「今のちょうどいい!」
「樽祭りのおかげ!」
祭りの経験が、地下倉庫で役に立った。
用途は誰も予想していなかった。
◇
魔物はセインへ向かう。
「来る!」
短剣を構える。
だが。
魔物は寸前で横へ跳ぶ。
「速いな」
セインが《粘糸》を二本出す。
床すれすれ。
進路へ張る。
魔物が走る。
一本目。
避ける。
二本目。
前脚が引っかかる。
「よし!」
セインが引く。
魔物が転ぶ。
「クリス!」
「分かった!」
クリスが前へ出る。
剣で軽く触れる。
「《衝撃》!」
ドンッ。
魔物が壁へ飛ぶ。
だが。
直撃寸前で身体をひねる。
「まだ動く!」
ピエナが言う。
魔物は棚の下へ潜り込んだ。
「狭いところ入った!」
「見えない」
クリスがしゃがむ。
「出てくるかな」
セインは床へ手をつく。
「試す」
《振動》。
弱く。
ブルルッ。
床を伝う。
返ってくる。
棚。
木箱。
壁。
そして。
「……いた」
「分かるの!?」
ピエナが聞く。
「たぶん」
「またたぶん!」
「でもさっきよりは分かる!」
「どっち?」
「棚の奥。右側」
クリスがすぐ動く。
「俺そっち回る!」
セインは《粘糸》を棚の下へ這わせる。
糸の先。
床へ接触。
そこへ《振動》を流す。
ブルルッ。
「……」
指先へ細かな震えが返る。
「動いた!」
クリスが待つ。
次の瞬間。
魔物が飛び出した。
「今!」
クリスが剣を当てる。
だが。
今回は《衝撃》を使わない。
逃げ道を塞ぐだけ。
魔物がセイン側へ戻る。
「来た!」
セインが糸を引く。
足に絡む。
止まる。
「捕まえた!」
◇
魔物は暴れる。
細い身体をくねらせる。
糸が何度も引っ張られる。
「これ、結構強い!」
セインが言う。
「切れそう?」
ピエナが聞く。
「まだ大丈夫!」
その時。
魔物が糸へ噛みついた。
「まずい!」
鋭い前歯。
糸が少しずつ傷む。
「切られる!」
セインは反射的に。
糸へ《振動》を流した。
ブブブブブッ。
「ギャッ!?」
魔物が突然口を離した。
三人が止まる。
「……今の何?」
ピエナが聞く。
「振動」
セインも少し驚いていた。
「糸震わせた」
「嫌だったのかな」
クリスが近づく。
「歯に響いたんじゃない?」
セインが魔物を見る。
「……歯」
「何?」
「振動って、表面だけじゃないのかも」
セインは自分の短剣を見る。
そして。
さっき魔物へ触れた時のことを思い出す。
「中まで伝わる」
◇
「どういうこと?」
ピエナが聞く。
「例えば」
セインは壁へ手を置いた。
「ここを押したら、力はここにかかるだろ」
「うん」
「でも振動なら、壁の中まで伝わる」
軽く《振動》。
ブルルッ。
「だから空洞も分かる?」
「たぶん」
「じゃあ魔物にやったら?」
クリスが聞いた。
セインが止まる。
三人が捕まえた魔物を見る。
ピエナが先に言った。
「私たちにはやらないでよ」
「やらない」
「試したそうな顔してる」
「魔物にはな」
「やっぱり」
セインは糸を緩めない。
近づく。
魔物の背中へ手を当てる。
「弱くやる」
「弱くね」
ピエナが念押しする。
「分かってる」
魔素を流す。
《振動》。
ほんの少し。
ブルッ。
魔物の身体が跳ねた。
「ギャッ!」
セインがすぐ手を離す。
「……」
「どうだった?」
クリスが聞く。
「分からない」
「また?」
「でも」
魔物を見る。
外傷はない。
なのに。
さっきまで激しく暴れていた魔物が、少し足元をふらつかせている。
「効いてる」
ピエナも気づいた。
「外は何ともないのに」
「中に響いたのかも」
セインが自分の手を見る。
「筋肉とか、骨とか、もっと中とか」
「言い方ちょっと怖いね」
クリスが言う。
「俺も今思った」
「自分で?」
「うん」
◇
「でもこれ」
セインは考える。
「かなり危ないかもしれない」
「珍しく自分で言った」
ピエナが少し安心する。
「どのくらい伝わるか分からない。強くやったら、中だけ傷つける可能性ある」
「じゃあ簡単には使えないね」
「うん」
「でも強い」
クリスが言う。
「外側が硬い相手にも、中まで届くなら」
セインが頷く。
昨日戦った、背中を硬い甲殻で覆った地中魔物。
《爆裂》も《衝撃》も、まともに当てれば外側でかなり受け止められていた。
もしあの時。
《振動》があったなら。
「……使い方次第だな」
セインは少し笑った。
「その顔」
ピエナが言う。
「何?」
「また考え始めた顔」
「面白いからな」
「危ない方に面白がらないでよ」
「理解しない方が危ないだろ」
ピエナは少し考えた。
「それは……そうかも」
◇
捕まえた魔物は、最終的に倉庫の外へ運んだ。
一匹だけではなかった。
《振動》を使って壁の向こうを調べると、小さな空洞があり。
そこに同じ魔物が三匹。
「四匹いたの!?」
ピエナが言う。
「食料減るわけだ」
クリスも納得する。
三人で出口を作り。
糸で逃げ道を制限し。
ピエナが小さな《爆裂》で誘導。
クリスが前へ出る個体だけ《衝撃》で戻す。
最後はまとめて外へ追い出した。
「倒さなくてよかった?」
クリスが聞く。
「倉庫から出せれば依頼は達成だろ」
セインが答える。
「外でまた入ってきたら?」
「穴塞いでもらう」
「そっちが大事か」
「たぶん」
原因を追い出しても。
入口がそのままなら、また戻ってくる。
町務斡旋所へ報告することが一つ増えた。
◇
帰り道。
セインは《粘糸》を一本出していた。
先端を木へ付ける。
糸へ《振動》を流す。
ブブブブブ。
指先へ返る。
「まだやってる」
ピエナが言う。
「さっきより分かる」
「何が?」
「木に当たってるのは分かる」
「見えてるからじゃなくて?」
「……」
セインが木を見る。
「それもある」
クリスが笑った。
「目閉じれば?」
「それだ」
セインは目を閉じる。
糸へ振動を流す。
返ってくる。
「……木」
「本当に?」
ピエナがこっそり糸の先を木から外した。
「……あれ?」
「分かってないじゃん!」
「今外しただろ!」
「分かった?」
「振動なくなったから!」
「じゃあ少し分かってる!」
何の検証なのか分からなくなってきた。
◇
新しく分かったことは二つ。
《振動》は。
送るだけではない。
返ってくる振動を読めば、見えない場所を探れる可能性がある。
そしてもう一つ。
振動は。
表面だけでは止まらない。
中まで届く。
まだ。
どちらも上手くは使えない。
けれど。
セインにとっては。
それで十分だった。
分からないことが増えた。
つまり。
またしばらく遊べるということだった。
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