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第18話 震える魔物

 祭りの町を出て、二日目。


 三人は山沿いの道を歩いていた。


 昨日までの賑やかさが嘘みたいに静かだった。


「祭り楽しかったなあ」


 ピエナがまだ言っている。


「樽、もう一回やりたい!」


「次やったら五位より上行けると思う」


 セインも少し乗っていた。


「俺は七位だったから、まず六位」


 クリスも真面目だった。


「目標低くない?」


「一個ずつ上がるの大事だろ」


「そこだけ妙に堅実だな」


 三人とも、昨日の競技をかなり引きずっていた。


 だが。


 その話は、足元の揺れで止まった。


 ズズッ。


「……今、揺れた?」


 ピエナが立ち止まる。


「揺れた」


 セインも地面を見る。


「地震?」


 クリスが周囲を見渡す。


「いや、違う気がする」


「なんで?」


「短すぎた」


 また。


 ズズッ。


 今度は少し強い。


「近いな」


 セインがしゃがむ。


 手を地面につける。


「……何かいる」


「分かるの?」


「分からない」


「分からないんだ」


「でも普通じゃない」


 三人は少しだけ黙った。


 その時。


 前方の斜面が崩れた。


 ドサッ。


 土の中から何かが飛び出す。


「来た!」


 クリスが剣を抜く。


 現れたのは、大型犬ほどの魔物だった。


 ずんぐりした身体。


 短い脚。


 前脚だけ異様に太い。


 顔はモグラに似ているが、背中は硬い甲殻に覆われている。


「地中にいたのか」


 セインが構える。


 魔物は三人を見る。


 いや。


 見ていなかった。


 目は細く、ほとんど閉じている。


「……あれ、こっち見えてる?」


 ピエナが言う。


「たぶん見えてない」


 クリスが少し横へ動く。


 魔物の顔は追わない。


「本当に?」


「試す」


 クリスがさらに右へ。


 魔物は反応しない。


「見えてないね」


 ピエナが少し安心する。


 その瞬間。


 魔物が前脚を地面へ叩きつけた。


 ドンッ。


 振動が走る。


 次の瞬間。


 魔物がクリスの方へ突進した。


「えっ」


 クリスが身をひねる。


 ギリギリで避ける。


「見えてないのに分かった!?」


 ピエナが叫ぶ。


「地面!」


 セインが言った。


「今の振動だ!」


     ◇


 魔物はまた前脚を叩く。


 ドンッ。


 地面が震える。


 セインは一歩横へ。


 ピエナも位置を変える。


 クリスはさらに大きく回る。


 魔物の頭が、わずかに動いた。


「三人とも分かってる」


 セインが言う。


「足の位置?」


「たぶん」


「振動で?」


「そうだと思う」


 魔物がまた走る。


 今度はピエナへ。


「来た!」


 ピエナが後ろへ下がる。


「《爆裂》!」


 ドンッ!


 地面が弾ける。


 魔物が横へ逸れる。


「効いた!」


「でも止まってない!」


 硬い背中が爆発を受け流している。


 セインが《粘糸》を飛ばす。


 三本。


 前脚へ。


 絡む。


「止まれ!」


 引く。


 魔物の身体が傾く。


 だが。


 前脚が太い。


 完全には止まらない。


「強い!」


 セインが歯を食いしばる。


「じゃあ俺!」


 クリスが側面へ回る。


 剣で触れる。


「《衝撃》!」


 ドンッ。


 今度は魔物が少し浮いた。


 横転する。


「今!」


 ピエナが構える。


「《爆裂》!」


 直撃。


 魔物が地面を転がる。


     ◇


「倒した?」


 ピエナが様子を見る。


 魔物はゆっくり起き上がった。


「まだ」


 セインが言う。


 背中の甲殻には傷がある。


 だが浅い。


「硬いな」


「前からじゃなくて下?」


 クリスが言う。


「腹は柔らかそう」


「ひっくり返せれば」


 セインは《粘糸》を見る。


「さっき横転した時、もう少し引けばいけた」


「じゃあまたやる?」


「今度は狙う」


 魔物が地面を叩く。


 ドンッ。


 セインは動く。


 わざと左へ。


 魔物がこちらへ向く。


「来い」


 走り出す。


 突進。


 直前。


「《吸着》」


 足を地面へ固定する。


 《粘糸》を左右の木へ伸ばす。


 身体を低くする。


 魔物が横を通る瞬間。


 糸を前脚へ絡めた。


「今!」


 セインが身体ごと引く。


 《吸着》で足が滑らない。


 魔物の前脚だけが強く引かれる。


 バランスを崩す。


 ドスンッ。


 腹が上を向く。


「ピエナ!」


「分かってる!」


「《爆裂》!」


 ドンッ。


 腹部へ直撃。


 魔物の身体が大きく跳ねた。


 今度こそ動かなくなった。


     ◇


「やった?」


 クリスが近づく。


 魔物は反応しない。


「たぶん」


 セインも息を整える。


「結構硬かったね」


 ピエナが言う。


「でもやっぱり腹は弱かった」


「背中で守ってるんだな」


 セインは魔物を見る。


 その前脚。


 さっき何度も地面を叩いていた。


「……これ」


 ピエナが気づく。


「欲しい?」


 セインは少し黙った。


「欲しい」


「早い!」


 クリスが笑う。


「今回は迷わないんだ」


「だって面白いだろ」


「そこなんだ」


 セインは魔物へ近づく。


「目がほとんど見えてないのに、俺たちの位置分かってた」


「振動で見てたんだね」


 ピエナもしゃがむ。


「たぶん」


「それ取ったら、セインも地面叩くの?」


 クリスが聞く。


「まずはやってみないと分からない」


「またそれだ」


「使い方は取っても分からないから」


 セインは右手を魔物へ。


 左手を自分の胸へ。


 集中する。


 魔力の流れ。


 形。


 何かが自分の中へ写る。


 しばらくして。


 感覚が止まった。


「……入った」


「取れた?」


 ピエナが聞く。


「たぶん」


「名前は?」


「まだ分からない」


「じゃあ試す?」


「試す」


 クリスがすぐ乗った。


     ◇


 セインは近くの木へ手を当てた。


 集中する。


「……」


 ブブブブブ。


 木が細かく震えた。


「おお」


 クリスが顔を近づける。


「震えてる」


 ピエナも触る。


「本当だ。これ何に使うの?」


「今考えてる」


「攻撃?」


「たぶんできる」


 セインは短剣を抜く。


 刃に触れる。


 振動を流す。


 ブブブブブ。


「うわ」


 ピエナが少し引く。


「音が嫌」


「切れ味上がるかな」


「試す?」


 セインは細い枝へ刃を当てる。


 軽く引く。


 ザッ。


 思ったより深く入った。


「お」


「強くなってる?」


「たぶん」


 もう一度。


 今度は振動なし。


 比べる。


「……振動ありの方が入りやすい」


「じゃあ強いじゃん!」


 クリスが喜ぶ。


「でもまだ微妙」


「微妙?」


「もっとやり方ある気がする」


 セインは今度は地面へ手をつく。


 振動を流す。


 ズズッ。


 少し先の土が震える。


「さっきの魔物みたい」


 ピエナが言う。


「でも、これだけじゃ位置分からない」


「返ってくるの読まないといけないんじゃない?」


 クリスが言った。


 セインが止まる。


「……返ってくる?」


「ほら、さっきの魔物も叩いて終わりじゃなかったでしょ。何か感じてたんじゃない?」


 セインは地面を見る。


 振動を送る。


 何かに当たる。


 返る。


 違い。


「……そうか」


 ピエナが笑う。


「始まった」


「何が?」


「セインが考え込み始めた」


     ◇


 セインは何度か地面へ振動を送った。


 近くに石。


 木の根。


 空洞。


 違いはある。


 でも。


「分からない」


「全然?」


 ピエナが聞く。


「少し違う気はする。でも何が何かまでは分からない」


「すぐできたら、さっきの魔物いらないもんね」


「確かに」


 セインは立ち上がる。


「これは練習いるな」


「名前どうする?」


 クリスが聞く。


 セインは少し考えた。


「《振動》」


「そのまま!」


 ピエナが言う。


「分かりやすいだろ」


「《粘糸》もそうだったね」


「名前は分かりやすい方がいい」


 そこだけは一貫していた。


     ◇


 帰り道。


 セインは歩きながら、指先で《粘糸》を一本出していた。


 糸の先を木へ付ける。


 そして。


 糸へ《振動》を流す。


 ブブブブブ。


「それ何してるの?」


 ピエナが聞く。


「糸でも振動送れるか試してる」


「できる?」


「できる」


「じゃあ何か分かる?」


「まだ分からない」


「まだなんだ」


 クリスが糸を見る。


「でも糸なら遠くまで届くよね」


 セインが少し笑う。


「そうなんだよ」


 地面に直接触れるより。


 糸を通せば離れた場所にも届く。


 しかも。


 糸は複数出せる。


「面白いな」


「また顔変わった」


 ピエナが言う。


「どんな?」


「スキル考えてる時の顔」


「普通だろ」


「普通じゃないよ」


 クリスも笑う。


「俺も分かる。ちょっと楽しそう」


「楽しいからな」


 セインは素直に答えた。


 新しく手に入れた《振動》。


 今のところ。


 震わせるだけ。


 だが。


 セインはもう。


 それだけで終わるとは思っていなかった。

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