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第17話 転がし樽祭り

 次の町へ着いた時。


 ピエナが最初に見つけたのは、宿でも町務斡旋所でもなかった。


「祭りやってる!」


 通りの向こう。


 家々の間には色とりどりの布が渡され、道の両側には屋台が並んでいる。


 串焼き。


 焼き菓子。


 果物を絞った飲み物。


 木彫りの飾り。


 町の子どもたちは妙な形の帽子を被って走り回り、大人たちは昼間から酒を飲んでいた。


 ピエナの足が速くなる。


「ねえ見て! あっちのお菓子、王都で流行ってるやつに似てない!?」


「俺、王都で見たことあるよ」


 クリスが答える。


「本当に!?」


「たぶん似たやつ。もっと小さかったけど」


「あとで行こう!」


「いいよ!」


 セインは二人の後ろから声をかける。


「先に勇者の情報」


 二人が止まった。


「あ」


「そうだった」


「忘れるの早くない?」


「忘れてないよ」


 ピエナが言う。


「祭りが先に目に入っただけ!」


「俺も!」


「それを忘れてたって言うんじゃない?」


 答えは返ってこなかった。


 二人とももう町務斡旋所の方向へ歩き始めていた。


 切り替えだけは早かった。


     ◇


 町務斡旋所で確認したところ。


 王国認定勇者は、この町を二日前に通過していた。


「二日か……」


 セインが少し眉を寄せる。


「前より離れた?」


 ピエナが聞く。


「少しな。こっちは依頼受けたり、野営したり、クサイザー調べたりしてたから」


「クサイザーは必要だったよ!」


「何が?」


「面白かった!」


「勇者追うのには必要ないだろ」


「でも面白かったよ?」


 クリスも真顔で言う。


「そこは否定してない」


 三人の旅において。


 有益だったかどうかと、面白かったかどうかは別の評価項目らしい。


「今日は祭り見て、明日ちゃんと進もう!」


 ピエナが言う。


「見るだけ?」


 セインが聞く。


 ピエナが少し黙る。


「……面白そうなのがあったら参加する」


「最初からそのつもりじゃん」


「だってせっかく来たんだよ?」


「俺も出たい!」


 クリスまで乗った。


「まだ何やってる祭りか知らないだろ」


「だから見に行く!」


 セインは少し考えた。


 勇者は二日前。


 一日くらいなら。


「……まあいいか」


「やった!」


「セインも出る?」


「内容による」


 すでに半分参加する気だった。


     ◇


 祭りの中心は、町の端にある大きな坂だった。


 かなり長い。


 しかも急だ。


 坂の両側には観客席代わりの柵が設置され、その向こうに町の人々が集まっている。


 そして坂の上には。


 大量の木樽。


「……樽?」


 クリスが言った。


「いっぱいあるね」


 ピエナも見上げる。


 樽はすべて同じくらいの大きさ。


 大人一人で抱えるには少し大きい。


「酒でも運ぶのか?」


 セインが言った。


 近くにいた老人が振り返る。


「運ぶぞ」


「祭りで?」


「祭りでじゃ」


「どうやって?」


「好きなように」


 老人は当然のように答えた。


「好きなように?」


「そうじゃ」


 老人が坂の上を指差す。


「あそこから一人一つ樽を受け取り、麓のゴールまで運ぶ。それだけじゃ」


「転がしても?」


「よい」


「持っても?」


「よい」


「引いても?」


「よい」


「スキルは?」


「もちろんよい」


 ピエナの目が輝いた。


 クリスも同時に笑う。


 セインは嫌な予感がした。


「……何でもあり?」


「他人の樽へ触れるのは禁止。他の参加者への妨害も禁止。樽を壊したら失格じゃ」


「なるほど」


「それ以外は?」


「好きに運べ!」


 老人が胸を張った。


「それが転がし樽祭りじゃ!」


 セインが少し考える。


「名前の割に、転がさなくてもいいんだ」


「昔は全員転がしておった」


「今は?」


「スキル使った方が面白いと気づいた」


「伝統、結構柔軟だな」


「面白い方がよかろう!」


 反論しにくかった。


     ◇


 三人は受付へ向かった。


「出るの?」


 セインが聞く。


「出る!」


 ピエナは即答した。


「俺も!」


 クリスも早かった。


 二人がセインを見る。


「……出る」


「やっぱり!」


「出るなら勝つぞ」


「セイン、一番やる気あるじゃん」


「参加する以上は普通だろ」


 受付で三人分の参加料を払い、それぞれ番号札を受け取った。


 係員が説明を始める。


「競技中のスキル使用は自由です。ただし、他参加者への直接干渉は禁止。また、自分以外の樽へのスキル使用も禁止です」


 ピエナが手を上げる。


「《爆裂》で樽を後ろから押すのは?」


「壊さなければ問題ありません」


「地面を爆発させて自分ごと加速するのは?」


「他参加者を巻き込まなければ問題ありません」


「よし」


 セインが横を見る。


「何する気?」


「まだ考えてる!」


「その笑顔で?」


「考えてる!」


 クリスも手を上げた。


「《衝撃》で樽を押しても?」


「破損させなければ大丈夫です」


「じゃあ俺もいけそう!」


 係員は最後にセインを見る。


「何か確認は?」


「《粘糸》で自分の樽を引くのは?」


「問題ありません」


「《吸着》で地面に張り付くのは?」


「ご自由に」


 ピエナが笑う。


「セインもちゃんと考えてるじゃん」


「勝つ気だからな」


     ◇


 競技開始まで少し時間があった。


 坂の脇では、すでに何人もの参加者が準備している。


「見て!」


 ピエナが一人の男を指差す。


 男は自分の樽へ手を置いていた。


 次の瞬間。


 樽がふっと軽く持ち上がる。


「何あれ?」


「重さを軽くするスキルかな」


 セインが見る。


 男は樽を抱え上げ、試しに数歩走っている。


「ずるくない!?」


「ルール上ありだろ」


「強いね!」


「樽運び限定ならかなり強い」


 少し先では別の女が、樽を地面へ置いていた。


 手を触れる。


 樽が少しだけ浮く。


「こっちは?」


 クリスが聞く。


「完全に浮かせてる?」


「低い位置だけみたい」


 女が軽く押すと、樽は地面すれすれを滑っていった。


「うわ、速い!」


 ピエナが声を上げる。


「戦闘じゃどう使うんだろ」


 セインが言う。


「今それ考える?」


「気になるだろ」


「祭りだよ?」


「スキルだぞ?」


 どちらも譲らなかった。


     ◇


 別の参加者は、樽へ太い縄を巻き付けていた。


「スキル使わない人もいるんだ」


 クリスが言う。


「全員が競技向きのスキル持ってるわけじゃないからね」


 ピエナが答える。


「だったら工夫するしかないんじゃない?」


 男は縄を肩へ掛ける。


 樽を転がしながら、自分は前から引っ張るつもりらしい。


 その隣では、小柄な女性が樽の前にしゃがんでいる。


 指先を地面へ触れた。


 坂の一部分だけ、土が平らになった。


「地面を整えてる?」


 セインが食いつく。


「すごく限定的なスキルだな」


「でもこの祭りでは強そう!」


 ピエナが言う。


「樽が跳ねないもんね」


 セインは頷く。


「戦闘で強いかどうかと、ここで強いかは全然違うな」


 クリスも周囲を見る。


「面白いね。普段なら何に使うか分からないスキルでも、やること決まってれば強くなるんだ」


「逆もある」


 セインがピエナを見る。


「《爆裂》は強いけど、樽壊したら終わり」


「壊さないよ!」


「だから難しいんだろ」


「今日は壊さない!」


「今日は?」


「言い方!」


     ◇


 やがて。


 三人の番が近づいた。


 坂の上。


 それぞれの前に一つずつ樽が置かれる。


 セインが自分の樽を押してみる。


 重い。


「普通に転がすだけでも結構大変そうだな」


 ピエナも樽を押す。


「でも下り坂だから、動き出したら速そう」


「速くなりすぎるのも問題だな」


 クリスは樽を両腕で抱えようとする。


「……重い」


「当たり前だよ」


 ピエナが笑う。


「持って走るんじゃなかったの?」


「ちょっとだけ考えた」


「無理?」


「持てるけど、最後までこれは嫌だな」


「珍しく普通の判断したな」


「俺だって普通に考えるよ!」


 疑われる理由は本人にも少しあった。


     ◇


「位置について!」


 係員の声。


 三人を含め、十人ほどが横一列に並ぶ。


 それぞれ自分の樽。


 観客から声援が飛ぶ。


「今年も浮遊使い出てるぞ!」


「軽量化負けるな!」


「四十二回目のおじいちゃんいるぞ!」


 三人が振り返る。


 以前受付付近にいた老人が、同じ列に立っていた。


「おじいちゃん出るの!?」


 ピエナが驚く。


「当然じゃ!」


「何回目?」


「四十二回目!」


「優勝は?」


「ない!」


 力強かった。


「今年こそじゃ!」


 老人のスキルは分からない。


 ただ。


 気合だけなら優勝候補だった。


     ◇


「始め!」


 合図と同時に。


 参加者たちが動いた。


 軽量化の男は、樽を抱えて走る。


「速っ!」


 ピエナが叫ぶ。


 浮遊させる女は、樽を滑らせるように進む。


 別の参加者は樽を普通に転がす。


 その横で。


「よし!」


 ピエナが樽の後ろへ回った。


 両手を向ける。


「いくよ!」


「誰に言ってる?」


「樽!」


「返事しないぞ」


「分かってる!」


 魔素を集める。


 いつもの戦闘よりはかなり少なく。


「《爆裂》!」


 ボンッ!


 小さな爆発。


 樽が前へ飛び出す。


「速い!」


 ピエナが追いかける。


 だが。


「待って待って待って!」


 思ったより速かった。


 自分の樽に置いていかれた。


「だから言っただろ!」


「まだ何も言われてない!」


 言われる前に失敗した。


     ◇


 クリスは樽を転がしながら走っていた。


「これ普通に楽しい!」


「祭りだからな!」


 セインは少し後ろ。


 《粘糸》を二本、樽へ巻いている。


 糸を手元へ繋ぎ、樽を前へ転がす。


 速くなれば糸を張る。


 遅ければ緩める。


「なるほど」


 セインが呟く。


「止めるんじゃなくて、速度を調整すればいいのか」


 《吸着》も足裏に使う。


 下り坂でも足が滑らない。


 その分、樽を制御しやすい。


「結構いい!」


 少しずつ前へ出る。


     ◇


「セイン!」


 ピエナが横から追いついた。


「速いね!」


「そっちは?」


「最初飛ばしすぎた!」


「見てた」


「今は分かった!」


 ピエナは樽の後ろへ回る。


 今度はさらに小さな《爆裂》。


 ポンッ。


 少しだけ加速。


「これ!」


「ちょうどいいな」


「でしょ!?」


 もう一度。


 ポンッ。


 また少し前へ。


「なんかかわいい爆発になってるな」


「爆裂なのに!」


「今の音、爆裂というより押しただけだろ」


「でも動いてる!」


 それでいいらしい。


     ◇


 前方ではクリスが苦戦していた。


「曲がらない!」


 樽が少しずつ道の端へ寄っている。


 クリスが横から押す。


 戻らない。


「《衝撃》使えば?」


 ピエナが叫ぶ。


「それやる!」


 クリスが樽の横へ手を当てる。


「弱く……弱く……」


 真剣だった。


「《衝撃》!」


 ドンッ!


 樽が大きく横へ跳ねた。


「強い!」


「弱くした!」


「それで!?」


「俺の中では!」


 今度は反対側へ寄った。


 クリスが追いかける。


「待って!」


「樽に言ってる?」


「言ってる!」


「返事しないよ!」


「分かってる!」


 同じことを言われていた。


     ◇


 その横を。


 一つの樽が静かに通り過ぎた。


 三人が見る。


 四十二回目の老人だった。


「え?」


 老人の樽だけ。


 妙に真っ直ぐ進んでいる。


 老人は樽の後ろを歩くような速さでついていく。


「何してるの?」


 ピエナが聞く。


「わしのスキルは《微調整》じゃ!」


「微調整!?」


「触れた物の向きを、ほんの少しだけ変えられる!」


 老人が樽へ手を添える。


 右へ寄りかける。


 少し左。


 跳ねかける。


 少し下。


 ほとんど速度を落とさず、完璧に制御している。


「強くない!?」


 クリスが叫ぶ。


「普段は地味なんじゃ!」


 老人が笑う。


「じゃが樽転がしなら負けん!」


 そのまま三人を抜いていった。


「四十二回目、強い!」


 ピエナが興奮する。


 セインは老人の背中を見る。


「完全に競技特化してるな」


「このためのスキルじゃないよね?」


「たぶん違う」


「でも一番合ってる!」


 老人はさらに前の参加者まで抜いていった。


 祭りには。


 戦闘力とは別の強者がいた。


     ◇


 終盤。


 先頭は軽量化の男。


 その少し後ろに老人。


 浮遊の女。


 そして三人。


「このままだと負ける!」


 ピエナが言う。


「もう負けてる」


 セインが答える。


「まだゴールしてない!」


「じゃあどうする?」


「もうちょっと強く押す!」


「壊すなよ」


「壊さない!」


 ピエナが魔素を集める。


 少し強め。


「《爆裂》!」


 ボンッ!


 樽が加速。


「よし!」


 ピエナも走る。


 今度は置いていかれない。


「慣れてきた!」


 横でクリスも樽へ手を当てる。


「俺も今度こそ弱く!」


「さっきも言ってたよ!」


「今度は本当に!」


「《衝撃》!」


 ドンッ。


 樽が少し前へ加速する。


「できた!」


「方向じゃなくて前に使ったのか」


 セインが言う。


「その方が簡単だった!」


「最初からそうすればよかったのに」


「今気づいた!」


 遅かったが。


 気づいたのでよかった。


     ◇


 セインも糸を引く。


 《吸着》で踏ん張る。


 少しだけ樽を加速させる。


 だが。


 前を走る老人との差が縮まらない。


「速いな、あの人」


「四十二年やってるからね!」


 ピエナが言う。


「四十二回!」


「ほぼ一緒!」


「違うだろ」


 その時。


 歓声が上がった。


 先頭の軽量化の男がゴール。


 少し遅れて。


 老人もゴールした。


「二位!」


 ピエナが叫ぶ。


「惜しい!」


 老人は両手を上げていた。


「過去最高じゃあああ!」


「優勝じゃなくても嬉しいんだ!」


 クリスが笑う。


 その直後。


 三人も次々にゴールへ飛び込んだ。


     ◇


 結果。


 セインは五位。


 ピエナは六位。


 クリスは七位だった。


「セインに負けた!」


 ピエナが悔しそうに言う。


「俺が一番だったな」


「三人の中ではね」


「五位だけどな」


 クリスが自分の樽を見る。


「俺、一番速く走れてたのに七位だった」


「樽を真っ直ぐ転がすの下手だったからね」


 ピエナが言う。


「走る競技じゃなかった」


 セインも続ける。


「……樽って難しいな」


 クリスは妙に真剣だった。


 少し前まで、荷車の車輪が外れることすら知らなかった男である。


 樽については今日、さらに詳しくなった。


     ◇


 表彰式。


 優勝は、樽を軽くするスキルを持つ男。


 そして二位。


「四十二回目にして過去最高順位! ボル爺!」


 大きな歓声。


 老人が壇上へ上がる。


「優勝じゃなかった!」


 ピエナが言う。


「でも一番盛り上がってる」


 クリスも笑っている。


 老人は賞品を掲げた。


 酒の入った大きな樽だった。


「また樽!?」


 ピエナが驚く。


 セインは頷く。


「この祭り、徹底してるな」


 優勝者にも。


 二位にも。


 三位にも。


 大きさの違う酒樽が贈られていた。


「持って帰るの?」


 クリスが聞く。


「たぶん」


「また運ぶの?」


 三人が少し黙る。


 競技は終わった。


 樽運びは終わっていなかった。


     ◇


 夕方。


 三人は屋台を歩いていた。


 ピエナは串焼き。


 クリスは甘い焼き菓子。


 セインは参加賞でもらった、小さな木製の樽飾りを持っている。


「今日楽しかったね!」


 ピエナが言う。


「楽しかった!」


 クリスもすぐに答える。


「俺、次やったらもっと上手くできると思う」


「何を?」


「《衝撃》を弱く使う」


 セインが少し反応した。


「確かに、戦闘だと強く当てることばっかり考えるもんな」


「ピエナもそうだったよね?」


「うん。いつもは爆発を大きくする方ばっかり考えてたけど、今日は小さくした方が使いやすかった」


「俺も《粘糸》で引っ張るより、速度を調整する方が便利だった」


 三人が少し黙る。


 祭りに出ただけだった。


 なのに。


 いつもとは違うスキルの使い方をしていた。


「祭りなのに練習になったね」


 ピエナが言う。


「練習しに来たわけじゃないけどな」


「楽しかったからいいじゃん!」


「それはそう」


 クリスも頷く。


「明日も祭りある?」


「あるみたい」


「出る?」


「勇者追うぞ」


 セインが即答した。


「そっか」


 クリスは少し残念そうだった。


 ピエナも屋台を見る。


「じゃあ今日はいっぱい遊んどこう!」


「それは賛成!」


 二人が別の屋台へ向かう。


 セインも後を追った。


 勇者との差は二日。


 縮まってはいない。


 けれど。


 樽の扱いだけは。


 三人とも昨日より上手くなっていた。

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