第15話 地面で寝る
町を出たのは昼過ぎだった。
次の町までは、歩いて一日半ほどかかる。
今日中には着かない。
「じゃあ今日は野営だな」
セインが言うと、クリスが振り返った。
「野営?」
「そう。途中に宿はないから、日が暮れる前に寝る場所を決める」
「外で?」
「外で」
クリスは少し考えたあと、普通に聞いた。
「……どこで寝るの?」
セインは街道の脇を指した。
「地面」
「地面で寝るの!?」
声が大きかった。
ピエナが笑う。
「クリス、野営したことないの?」
「ない。今まで町に着いたら宿に泊まってたから」
「毎回?」
「だいたい。暗くなる前に着くようにしてたし」
「間に合わなかったことは?」
「今のところない!」
「それ、結構運よかったと思うよ」
ピエナに言われ、クリスは少し驚いた顔をした。
「旅ってもっと適当に歩いても何とかなると思ってた」
「何とかならない時があるから野営するんだよ」
「なるほど」
旅をしていた。
ただし、旅慣れてはいなかった。
◇
夕方。
三人は街道から少し外れた場所を選んだ。
近くには小さな川があり、周囲には木も多い。
「この辺でいいか」
セインが荷物を下ろす。
ピエナも周囲を見回した。
「地面も平らだし、風もそんなに強くないね。雨さえ降らなければ大丈夫そう」
クリスが空を見る。
「雨降ったらどうするの?」
「濡れる」
セインが答えた。
「それだけ!?」
「屋根ないし」
「何か張ったりしないの?」
「ちゃんとした道具があればね。でも今日はないから、降ったら木の下に寄るくらいかな」
ピエナが説明する。
クリスは改めて周囲を見る。
「宿ってすごかったんだな……」
「まだ寝てもないよ」
「もう屋根のありがたさは分かった」
理解が早かった。
◇
「まず火を起こすから、薪集めよう」
ピエナが言った。
三人で周囲の枝を集める。
しばらくして、クリスが両腕いっぱいに太い枝を抱えて戻ってきた。
「これくらいあれば足りる?」
セインが一本取る。
「これは太すぎる。最初からこれに火つけるのは面倒だな」
「じゃあ細い方がいい?」
「最初は細い枝。火が安定してから太いのを入れる」
「へえ」
クリスは枝を見る。
「火って、つけば全部一緒だと思ってた」
「焚き火したことないの?」
ピエナが聞く。
「自分ではない。屋敷だと火は最初からついてたし、旅先では宿だったから」
「なるほど。じゃあこれは知らなくてもおかしくないか」
ピエナはそう言って、細い枯れ枝を何本か選んだ。
「こういう乾いてるやつが使いやすいよ。湿ってると煙ばっかり出たりするから」
「分かった」
クリスは今度はちゃんと細い枝を探しに戻った。
数分後。
かなり大量に持ってきた。
「今度は?」
「多い」
「少ないよりいいだろ?」
「まあ、それはそう」
初めての加減は難しい。
◇
火がついた頃には、空もかなり暗くなっていた。
セインが干し肉と硬いパンを取り出す。
クリスはそれを見た。
「今日の夕飯?」
「そう」
「これだけ?」
「そう」
少し間が空いた。
「温かい料理は?」
「今日はないよ」
ピエナがパンを受け取りながら答える。
「町に着けば食べられるけど、野営だと簡単な物で済ませることも多いし」
「なるほど……」
クリスは干し肉を一口かじる。
噛む。
まだ噛む。
さらに噛む。
「硬いな、これ」
「干し肉だからな」
「家で食べてた肉と全然違う」
「そりゃそうだよ。保存できるようにしてるんだから」
ピエナは自分の干し肉を持ち上げた。
「柔らかい肉の方がおいしいけど、何日も持ち歩けないでしょ?」
「ああ、そういうことか」
「旅の食べ物は、おいしさだけじゃなくて持つかどうかも大事なんだよ」
クリスはもう一口噛む。
「じゃあこれ、旅にはすごく向いてるんだな」
「そういうこと」
「硬いけど」
「それは我慢して」
評価は最後まで変わらなかった。
◇
食事を終える。
クリスは改めて地面を見る。
「で、本当にここで寝るんだよね」
「まだ疑ってたの?」
「疑ってるんじゃなくて、確認したかった」
ピエナが自分の荷物から布を出した。
「毛布ある?」
「一枚ある」
「なら上に掛けた方がいいかな。地面が気になるなら、枯れ葉を少し敷けば多少は違うよ」
「多少?」
「多少」
「やる」
クリスはすぐに葉を集め始めた。
かなり集めた。
自分の身体が沈みそうなくらい積んだところで、ピエナが見に来る。
「……多くない?」
「柔らかい方がいいだろ?」
「まあ、いいけど。一回寝てみれば?」
クリスが横になる。
数秒。
「チクチクする」
「葉っぱだからね」
「増やせばいい?」
「たぶん逆じゃない?」
半分減らした。
もう一度寝る。
「……さっきよりいい」
「最初からそれくらいでよかったんだよ」
「やってみないと分からないだろ」
「それはそう」
ピエナも笑った。
◇
「次は見張り決めよう」
セインが言う。
クリスが起き上がる。
「見張り?」
「全員寝たら、魔物が来ても気づけないからな。交代で一人ずつ起きてる」
「なるほど。それは必要だな」
ここはすぐに理解した。
「俺、最初やるよ。まだ眠くないし」
「初めてだけど大丈夫?」
ピエナが聞く。
「周り見てればいいんだろ? 音とか気配とか」
セインが少し考える。
「まあ、お前ならそこは大丈夫そうだな」
「どういう意味?」
「戦ってる時、俺たちより先に色々気づいてただろ」
「ああ。あれは分かる」
「説明できないけど?」
「説明できないけど」
そこは変わらなかった。
「じゃあ最初クリス。次がピエナ。最後俺でいいか」
二人が頷いた。
◇
セインとピエナが横になる。
火が小さく弾ける。
虫の鳴き声。
川の音。
風が葉を揺らす音。
しばらくして。
「……セイン」
小さな声で呼ばれた。
目を開ける。
クリスが立っている。
さっきまでの軽い表情は消えていた。
「何かいる」
ピエナも起きる。
「どこ?」
「森の方。三匹くらい」
「見えた?」
「一匹だけ。あとは音」
クリスが剣を抜く。
セインも起き上がった。
「どの辺?」
「右の茂みと、その少し奥。たぶんこっち見てる」
次の瞬間。
茂みが揺れた。
三つの影が飛び出す。
狼に似た小型魔物。
「本当に三匹いた」
ピエナが立ち上がる。
「だから言っただろ」
クリスが前へ出る。
一匹が飛びかかった。
半歩ずれる。
爪が空を切る。
二匹目。
身体を少し傾けるだけで避ける。
三匹目だけ、剣で受けた。
「《衝撃》」
ドンッ。
魔物が横へ吹き飛ぶ。
「セイン、右のやつ止められる?」
「やる」
《粘糸》。
飛び出そうとした一匹の前脚へ絡む。
体勢が崩れる。
「ピエナ、今なら狙える」
「分かった!」
魔素を集める。
「《爆裂》!」
轟音。
地面が弾け、魔物が吹き飛んだ。
残った二匹が止まる。
三人を見る。
そして、森の奥へ逃げていった。
◇
「追わなくていいよね?」
ピエナが聞く。
「もうこっち来ないならいい」
セインが糸を消す。
クリスも剣をしまった。
その途端、表情が戻る。
「俺、ちゃんと見張れてたな」
「そこが一番嬉しいの?」
「初めてだったから。寝てる二人がいるのに気づかなかったらまずいだろ」
セインが少し笑う。
「その辺は思ったよりちゃんとしてるんだな」
「思ったよりって何だよ」
「今日ずっと野営のこと何も知らなかったから」
「知らないのと、できないのは違うだろ」
「それはそうだね」
ピエナが頷く。
「火の起こし方とか寝方は知らなくても、周りを見るのは元々得意なんだろうし」
「そう。こういうのは分かる」
クリスが森を見る。
「音とか、何かが動いた時の感じとか。説明は難しいけど」
セインが反応した。
「さっき三匹って分かったのは何で?」
「音」
「三方向から聞こえた?」
「いや。同じ方向」
「じゃあ何で三匹?」
「三匹っぽかったから」
「そこを聞いてる」
「だから、音が三匹だった」
「音に匹数あるの?」
「あるだろ?」
「俺にはない」
クリスは少し考える。
「じゃあ……葉っぱの揺れる位置とか、足音の間隔とか?」
「今のはかなり近い気がする」
「でも考えて聞いてるわけじゃないんだよな」
「それが分からない」
セインはまだ聞きたそうだった。
ピエナが毛布を持ち上げる。
「続き明日にしない? 今、夜だから」
「あ」
セインが空を見る。
本来は寝る時間だった。
◇
「じゃあ次、私が見張る」
ピエナが火の近くへ座る。
「クリスは寝ていいよ」
「分かった」
クリスは葉を敷いた寝床へ戻った。
横になる。
少しして。
「……やっぱ地面硬いな」
「一日で慣れないよ」
「宿ってすごいな」
「今日それ何回目?」
「ベッドあるんだぞ」
「知ってる」
それから数分もしないうちに。
静かになった。
ピエナが寝床を見る。
「寝たね」
「早いな」
セインも見る。
「地面嫌がってたのに」
「疲れてたんじゃない? 初めてのことばっかりだったし」
「でも夜襲には一番先に気づいた」
「得意なことと知らないことが、すごく分かれてるよね」
「それは思う」
セインは少しだけクリスを見る。
戦えば強い。
魔物の動きにもよく気づく。
なのに。
野営の仕方も。
薪の選び方も。
地面で寝ることも知らなかった。
本人はそれを恥ずかしがるでもなく。
知るたびに面白がっている。
「変な奴だな」
セインが言う。
ピエナが笑った。
「セインもね」
「なんで俺?」
「そこ分からないところとか」
「分からない」
「ほら」
火が小さく弾ける。
三人になって初めての夜は。
思ったより普通に過ぎていった。
少なくとも。
地面で寝ること以外は。
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