第13話 クリス
今日は、当たらなかった。
「《爆裂》!」
ドンッ!
地面が弾ける。
土煙が舞い上がった。
「当たった!?」
「いや!」
「また!?」
煙の向こうから、小さな影が飛び出した。
「キィッ!」
四本の脚で地面を蹴り、左右へ大きく跳ねる。
大型犬ほどの身体。
細長い胴体に、妙に長い脚。
黒い毛の間から鋭い爪が覗いている。
速い。
とにかく速かった。
「そっち!」
「分かってる!」
セインが指を向ける。
《粘糸》。
三本。
魔物の進路を塞ぐように飛ばす。
「キッ!」
右。
左。
もう一度右。
魔物は身体を小さく捻り、糸の間を抜けた。
「避けた!」
「見れば分かる!」
「じゃあ次どうする!?」
「今考えてる!」
「早く考えて!」
「考えてる!」
魔物がこちらへ向きを変えた。
「来る!」
地面を蹴る。
一気に距離を詰めてきた。
爪が振られる。
セインは身体を捻った。
ギリギリ。
服の端が切れる。
「危なっ!」
「大丈夫!?」
「大丈夫!」
「じゃあ撃つ!」
「近い近い!」
「じゃあ離れて!」
「今離れる!」
セインが走る。
魔物も追う。
「今!」
「《爆裂》!」
ドンッ!
セインのすぐ後ろで地面が爆ぜた。
「近い!」
「当ててないよ!」
「俺にはな!」
魔物にも当たっていなかった。
また大きく横へ跳んでいる。
「……速すぎない?」
「速いな」
二人は距離を取る。
魔物も少し離れた場所で低く身を落とした。
左右へ細かく揺れている。
どちらへ飛び出すか分からない。
「次、広く糸張る」
「うん!」
「止まったら撃って」
「分かった!」
「止まらなかったら撃たないで」
「分かった!」
「本当に?」
「分かったって!」
そこは確認しておきたかった。
セインが指を広げる。
一本。
二本。
三本。
さらに二本。
今度は広く張る。
「これなら――」
魔物が動いた。
右。
一本目を避ける。
左。
二本目。
跳ぶ。
三本目。
「まだ避けるの!?」
着地。
即座に方向転換。
四本目。
「嘘だろ」
最後の一本まで抜ける。
そのままセインへ。
「危ない!」
速い。
さっきより近い。
間に合わない。
爪が迫った。
その瞬間。
一人の男が、間に入った。
「え?」
剣。
魔物の爪と刃が触れる。
次の瞬間。
ドンッ!
「キィッ!?」
魔物の身体が横へ吹き飛んだ。
地面を転がる。
「…………」
「…………」
セインとピエナが男を見る。
同い年くらい。
整った顔立ち。
旅装ではあるが、服の仕立ては妙にいい。
手には一本の剣。
男は魔物を確認したあと、勢いよくセインを振り返った。
「大丈夫!?」
「え?」
「今かなり危なかったよね!? 爪ここまで来てたよね!?」
「……うん」
「怪我してない!?」
「服だけ」
「ほんと!?」
男がセインの服を見る。
「うわ、切れてる!」
「だから服だけ」
「血は!?」
「出てない」
「よかったー!」
本気で胸を撫で下ろした。
さっきの鋭い動きはどこかへ消えていた。
「何今の!?」
今度はピエナが男へ詰め寄る。
「ドンってなった!」
「あ、見た!?」
「見た!」
「結構飛んだよね!?」
「飛んだ!」
「俺もちょっとびっくりした!」
「自分でやったんじゃないの!?」
「そうだけど!」
話が一気に騒がしくなった。
その時。
「キィィッ!」
三人が振り返る。
魔物が起き上がった。
「まだ動ける!」
ピエナが構える。
男も剣を握る。
そして。
空気が変わった。
◇
さっきまで大きく笑っていた顔から、余計なものが消えた。
男は魔物を見る。
ただ、それだけ。
「……来る」
魔物が走った。
速い。
正面。
爪。
男が半歩ずれる。
それだけだった。
空振り。
「え?」
ピエナが目を丸くする。
魔物はすぐに切り返した。
背後から飛びかかる。
男は振り返らない。
ほんの少し身体を傾ける。
爪が肩の横を抜けた。
「うそ!?」
今度は横。
男が足を少し引く。
また空振り。
「全部避けてる!」
ピエナが声を上げる。
セインは黙って見ていた。
速いのは魔物だ。
男が異常な速度で動いているわけではない。
むしろ逆。
動きが少ない。
一歩。
半歩。
身体を傾ける。
首を引く。
それだけで全部外れていく。
「なんで……」
魔物が距離を取る。
右へ行こうとする。
男が一歩だけ右へ寄った。
魔物が止まる。
左へ切り返す。
男は追わない。
左側は空いている。
「……あ」
セインが気づいた。
「ピエナ」
「何!?」
「あいつ、避けてるだけじゃない」
「え?」
「魔物を動かしてる」
◇
魔物が右へ行こうとする。
男が右へ立つ。
左へ逃げる。
男は追わない。
ただ少しだけ前へ出る。
魔物がさらに左へずれる。
そして。
「そこの糸の人!」
男が叫んだ。
「俺!?」
「左に張れる!?」
「どこ!?」
「あの木の手前!」
「分かった!」
セインが即座に《粘糸》を飛ばした。
三本。
魔物の左側へ。
「来るよ!」
「本当に!?」
「来る!」
魔物が動いた。
本当に左。
「来た!」
「すごっ!」
一本目。
魔物が跳ぶ。
二本目。
身体を捻る。
避ける。
その先。
男が一歩踏み込んだ。
魔物がわずかに進路を変える。
三本目。
前脚に絡んだ。
「キッ!?」
「かかった!」
セインが引く。
魔物の体勢が崩れる。
「爆発の子!」
「私!?」
「今!」
「分かった!」
ピエナはもう両手を向けていた。
「《爆裂》!」
ドンッ!
今度は直撃した。
魔物が吹き飛ぶ。
地面を転がり、そのまま動かなくなる。
「…………」
一瞬だけ静かになった。
「やったあああ!」
ピエナが両手を上げる。
「当たった!」
「当たったな!」
「今のすごくない!?」
「すごかった!」
男も急にいつもの調子へ戻った。
「うわ! 綺麗に決まった!」
「ね!」
「その糸すごいね! 何それ!?」
「《粘糸》」
「粘る糸!? そのまま!?」
「そっちは何だよ!」
「あ、俺!?」
「最初のドン!」
「《衝撃》!」
「衝撃!?」
ピエナの目が輝く。
「名前かっこいい!」
「そう!?」
「うん!」
「俺も結構好き!」
自分のスキル名を褒められて普通に喜んでいた。
◇
「どういうスキル?」
セインが聞く。
「触ったものに衝撃を出せる!」
「触れば?」
「うん!」
「剣越しでも?」
「できる!」
「威力は?」
「魔素込めた分だけ強くなる!」
「なるほど」
分かりやすかった。
セインは少し安心した。
次に聞く。
「じゃあ、さっき全部避けてたのもスキル?」
「え?」
「あれ」
「違うよ」
「違うの!?」
ピエナが先に驚いた。
「じゃあ何!?」
「避けただけ」
「避けただけ!?」
「うん」
「なんであんなに避けられるの!?」
「当たりそうだったから!」
「それで避けられるの!?」
「避けないと当たるじゃん!」
「それはそうだけど!」
何も解決していなかった。
セインが聞く。
「なんで次に左へ行くって分かった?」
「ああ!」
男の顔が明るくなる。
「右に行かせなかった!」
「どうやって?」
「右に俺がいた!」
「それだけ?」
「うん!」
「じゃあ、なんで最初に右へ行こうとしてるって分かった?」
「行きそうだったから!」
「何を見て?」
「魔物!」
「魔物のどこ?」
「えっ」
男が本気で考え始める。
「……脚?」
「脚?」
「いや、目も見た!」
「どっち?」
「あと身体の向き!」
「じゃあ身体の向き?」
「たぶん!」
「たぶん!?」
「でも分かった!」
セインは黙った。
理解できない。
正確には。
相手自身が、説明できていなかった。
「……すごいな」
思わず言う。
男の顔が一気に明るくなった。
「ほんと!?」
「うん」
「やった!」
「そんな喜ぶ?」
「褒められたら嬉しいだろ!」
「まあ」
「お前も強いよ!」
「俺?」
「糸すごかった!」
「ほんと?」
「うん! あれなかったら最後止められなかった!」
「……ありがとう」
「私も!」
ピエナが手を上げる。
「爆発の子もすごい!」
「爆発の子じゃない!」
「あ、ごめん!」
「まだ名前言ってないからしょうがないけど!」
「確かに!」
三人とも今さら気づいた。
◇
「じゃあ名前!」
ピエナが手を上げる。
「私はピエナ!」
「ピエナ!」
男が続ける。
「俺はクリス!」
「クリス!」
最後にセイン。
「俺はセイン」
「セイン!」
クリスは二人を交互に見る。
「よし、覚えた!」
「そんな難しくないだろ」
「名前は大事だよ!」
「それはそうだけど」
ピエナがクリスを見る。
「クリス、すっごいかっこよかった!」
「ほんと!?」
「戦ってる時!」
「戦ってない時は!?」
「普通!」
「普通!?」
「顔はかっこいい!」
「じゃあいいか!」
立ち直りが早かった。
セインもクリスを見る。
「確かに顔は整ってるな」
「ありがとう!」
「自分でもそう思う?」
「よく言われる!」
「素直だな」
「嘘ついても仕方ないだろ?」
嫌味ではなかった。
ただ事実として受け取っていた。
それが少し腹立たしかった。
◇
「二人はどこ行くの?」
クリスが聞く。
「魔王のところ」
「えっ!?」
反応が大きかった。
「魔王!?」
「うん」
「本当に!?」
「本当に」
「なんで!?」
「俺が勇者だから」
「ええええ!?」
クリスが目を見開く。
「勇者!?」
「そう」
「でも王国の勇者、別にいるよね!?」
「いる」
「じゃあ勇者二人いるの!?」
「違う」
「違うの!?」
「王国が間違えた」
「えっ!?」
さらに驚いた。
「王国が!?」
「うん」
「そんなことある!?」
「あるみたい!」
ピエナも加わった。
「あるの!?」
「セインがそう言ってる!」
「じゃあどういうこと!?」
クリスがセインを見る。
「なんで自分が勇者だって分かったの!?」
「ばあちゃんに言われた」
「おばあちゃんに!?」
「子どもの頃、困ってる子を助けたら『勇者様みたい』って」
「なるほど!」
クリスは大きく頷いた。
「それで?」
「あと、村に勇者の紋章がある」
「うん!」
「『真なる勇者の前で光る』って言い伝えがある」
「うんうん!」
「俺が前を通ったら光った」
「えええええ!?」
クリスが大きくのけ反った。
「光ったの!?」
「光った」
「じゃあ勇者じゃん!」
「だからそう言ってる」
セインは当然のように頷いた。
ピエナも目を丸くする。
「それ初めて聞いた!」
「言ってなかった?」
「聞いてない!」
「じゃあ本当に光ったの!?」
「本当に」
「すごいじゃん!」
「だろ?」
セインは少し誇らしげだった。
クリスも完全に食いついていた。
「じゃあ王国が別の人選んだの、確かに変じゃない!?」
「そうなんだよ」
「なんで!?」
「俺のこと知らないから」
「ああ!」
「だから間違えた」
「なるほど!」
納得が早かった。
ピエナも、
「そういうことだったんだ!」
と頷いている。
勇者の紋章がなぜ光ったのか。
この場に真相を知る者はいなかった。
◇
「それで、王国の勇者より先に魔王倒すんだよ!」
ピエナが説明する。
「面白っ!」
クリスが笑った。
「何それ! めちゃくちゃ面白い!」
「だろ?」
「王国の勇者は知ってるの!?」
「知らない」
「知らないの!?」
「うん」
「勝負してるのに!?」
「俺の中では」
「すごいな!」
褒めるところではなかった。
セインが聞く。
「王国の勇者、見たことある?」
「ある!」
「本当に!?」
「何回か!」
「どこで?」
「王都で!」
「王都で?」
「うん!」
「どんな人!?」
「ちゃんとした人!」
「それは知ってる!」
最近よく聞いていた。
「強い?」
「強いと思う!」
「どのくらい?」
「かなり!」
「俺とどっちが?」
「今はたぶん勇者!」
「即答か」
「でもセインも面白い!」
「強さの話してるんだけど」
「今のところは勇者!」
正直だった。
◇
「クリスはどこ行くの?」
ピエナが聞く。
「俺?」
「うん!」
クリスは少し空を見る。
「特に決めてない!」
「決めてないの!?」
「うん!」
「旅してるのに!?」
「決めなくても旅できるじゃん!」
ピエナの顔が一気に明るくなる。
「いいね!」
「いいだろ!」
「私そういうの好き!」
「俺も!」
気が合った。
セインが聞く。
「なんで旅してる?」
「家出たから!」
「家出?」
「うん!」
「喧嘩?」
「してない!」
「追い出された?」
「違う!」
「じゃあなんで?」
クリスの勢いが、ほんの少しだけ落ちた。
「……家にいると、色々決められるから」
「色々?」
「やることとか、将来とか」
「嫌だった?」
「めちゃくちゃ!」
そこだけは即答だった。
「だから出た!」
「勝手に?」
「うん!」
「怒られなかった?」
「たぶん今めちゃくちゃ怒ってる!」
「大丈夫なの!?」
「今ここにいるから大丈夫!」
大丈夫の基準が自由だった。
「家ってどこ?」
ピエナが聞く。
「王都!」
「王都!?」
ピエナの目が一気に輝いた。
「クリス、王都出身なの!?」
「うん!」
「すごい!」
「そう?」
「王都ってどんな!?」
「広い!」
「お店いっぱいある!?」
「ある!」
「流行ってるものも!?」
「めちゃくちゃある!」
「あとで全部教えて!」
「いいよ!」
クリスも楽しそうだった。
「最近何流行ってる!?」
「甘い焼き菓子!」
「食べたい!」
「王都行けばある!」
「行く!」
「俺も!」
セインが横から入る。
「魔王は?」
「行くよ!」
「行く!」
「じゃあいいけど」
止める者はいなかった。
◇
「じゃあ俺たち行くな」
セインが言う。
「王国の勇者追わないと」
「うん!」
「助かった」
「こっちも楽しかった!」
「戦闘だぞ」
「楽しくなかった?」
「楽しかったけど」
「ほら!」
セインも同類だった。
「またね!」
ピエナが手を振る。
「また!」
二人が東へ歩き出す。
少しして。
「ねえ」
ピエナが小声で言う。
「何?」
「足音増えてない?」
「増えてるな」
二人が横を見る。
クリスがいた。
「うわっ!」
ピエナが驚く。
「いつから!?」
「最初から!」
「なんで一緒に歩いてるの!?」
「そっち行くから!」
セインが聞く。
「目的地ないんじゃなかった?」
「ない!」
「じゃあなんで?」
クリスは満面の笑みを浮かべた。
「だって二人面白そう!」
「それだけ?」
「十分だろ!」
ピエナが笑う。
「一緒に来る!?」
「いいの!?」
「いいよ!」
「やった!」
決まるのが早かった。
「魔王のところまで行くかもしれないぞ」
セインが念のため言う。
「いいじゃん!」
「危ないぞ」
「避ける!」
「全部?」
「全部は無理!」
「じゃあ当たったら?」
「痛い!」
「そこ普通なんだ」
「《衝撃》は攻撃のスキルだから!」
妙に元気よく答えた。
「でも面白そう!」
クリスは前を向く。
「勇者追いかけて、魔王倒しに行くんだろ?」
「そう」
「途中で何するか分からないんだろ?」
「かなり」
「最高じゃん!」
目が輝いていた。
今まで行き先を決めていなかった男に。
急に、とんでもなく大きな行き先ができた。
◇
三人で街道を歩く。
「そういえば」
ピエナがクリスを見る。
「クリスって名字ある?」
「ある!」
「何?」
「クリスティアン・フォン・アルディス!」
「…………」
「…………」
二人が止まる。
「長っ!」
「長い!?」
「クリスでいい?」
「もちろん!」
「最初からそうする!」
「俺も」
「俺もクリスの方が好き!」
「自分でも!?」
「呼びやすいから!」
本人にも実用性は重要だった。
クリスティアン・フォン・アルディス。
王都の名家に生まれ。
決められた人生が嫌で家を飛び出し。
目的地もなく旅をしていた少年は。
この日。
自称勇者と、爆発する少女の旅に加わった。
理由はまだ。
面白そうだから。
十分だった。
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