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第12話 本当に行く奴があるか

 今日こそ寄り道しない。


 セインとピエナは、朝からそう決めていた。


「今日は絶対に真っ直ぐ行こうね!」


「ああ」


「昨日は羊だったから!」


「うん」


「今日は何も拾わない!」


「困ってても?」


「……内容による!」


「それ俺と同じだろ」


「そうだね!」


 決意はあった。


 条件もついていた。


 二人は東へ続く街道を歩いていた。


 王国の勇者との差はかなり縮まっている。


 昨日は少し寄り道した。


 今日はその分も進みたい。


「今日ちゃんと歩けば、かなり近づけそうだよね!」


「たぶん」


「じゃあ急ごう!」


「ああ!」


 二人は歩く速度を上げた。


 しばらくして。


「おい!」


 前方から声がした。


 セインとピエナが顔を上げる。


 街道脇。


 一人の男が剣を構えていた。


 その前には、四足の大きな魔物。


 狼に似ている。


 ただし身体は一回り大きく、肩から背中にかけて硬そうな突起が並んでいる。


「戦ってる!」


「行くぞ!」


 二人が駆け寄る。


 男がこちらを見る。


「来るな!」


 セインが止まった。


「え?」


 男は魔物から目を離さずに言った。


「ここは俺に任せて――」


 剣を構える。


「先に行け!」


「分かった!」


「頑張って!」


 セインとピエナは、そのまま横を通り過ぎた。


「待て!」


 二人が止まる。


 振り返る。


 男が怒っていた。


「本当に行く奴があるか!」


「先に行けって言っただろ」


「言った!」


「だから行った」


「そういうことじゃない!」


 ピエナが首を傾げる。


「じゃあ一緒に戦う?」


「違う!」


「違うの?」


「だから先に行け!」


「じゃあ行くね!」


「待て!」


 二人はまた止まった。


「どうしてほしいんだよ」


 セインが聞く。


「もっとあるだろ!」


「何が?」


「言葉が!」


「言葉?」


 男は真剣だった。


「仲間が一人で敵を食い止めようとしているんだぞ!」


「仲間?」


「今そこはいい!」


 よくはなかった。


 初対面だった。


「普通はな!」


 男は続ける。


「『そんな、お前を一人で置いていけない!』とか!」


「あー!」


 ピエナが頷く。


「『必ず戻る! それまで死ぬな!』とか!」


 セインが聞く。


「戻るの?」


「そういう意味じゃない!」


「じゃあ戻らない?」


「そこじゃない!」


 難しかった。


「つまり」


 ピエナが聞く。


「もっと感動的にした方がいい?」


「そうだ!」


 男は強く頷いた。


「命を懸けて仲間を先へ進ませる場面なんだぞ!」


「分かった!」


「じゃあもう一回やる?」


「ああ」


 やるらしい。


 男は魔物へ向き直った。


 剣を握り直す。


 少し息を整える。


「ここは俺に任せて――」


「そんな!」


「早い!」


「まだだった?」


「最後まで言わせろ!」


「分かった!」


 男は最初からやり直した。


「ここは俺に任せて、先に行け!」


 ピエナが少し間を置く。


「そんな……一人じゃ危ないよ!」


 男の表情が少しだけ緩んだ。


「そうだ」


 次にセインを見る。


 期待されていた。


「……頑張れ」


「違う!」


「何が?」


「もっと気持ちを込めろ!」


「頑張れ!」


「声を大きくしろとは言ってない!」


 要求が細かかった。


 その時。


 魔物が動いた。


「グルルッ!」


 地面を蹴る。


 男へ突進。


「来た!」


 男が剣を構える。


 魔物の前脚。


 爪。


 男が剣で受ける。


「くっ!」


 押される。


 靴が地面を削る。


「大丈夫!?」


 ピエナが叫ぶ。


「大丈夫だ!」


 男は押し返す。


 魔物が一度離れる。


 すぐにまた走ってくる。


「うおっ!」


 今度は横へ避ける。


 爪が服をかすめた。


「……大丈夫だ!」


 少し説得力が下がった。


 セインが言う。


「やっぱり手伝おうか?」


「だから先に行け!」


「でも苦戦してるぞ」


「問題ない!」


 魔物がまた来る。


「うおおっ!」


 男が剣で受ける。


 今度は完全に押し倒された。


「危ない!」


 ピエナが一歩出る。


「俺に任せろ!」


 男が叫ぶ。


 そのまま地面を転がった。


「任せていいのかな」


「本人は任せてほしそう」


「でも困ってるよね?」


「困ってるな」


 二人は顔を見合わせた。


「じゃあ助けようか」


「うん!」


     ◇


 セインが走る。


「だから先に――」


「ちょっとだけ!」


「何がちょっとなんだ!」


 魔物がセインへ向きを変える。


 飛びかかる。


 セインは横へ避けながら指先を向けた。


「《粘糸》!」


 糸が魔物の前脚に絡む。


 続けて二本。


 三本。


 引く。


 魔物の体勢が崩れる。


「今!」


「うん!」


 ピエナが両手を向ける。


「《爆裂》!」


 ドンッ!


 地面が震える。


 魔物の身体が横へ吹き飛ぶ。


 そのまま地面を転がる。


 一回。


 二回。


 三回。


 止まった。


「…………」


「…………」


「…………」


 三人が魔物を見る。


 動かない。


 ピエナが言った。


「倒れた」


 セインが頷く。


「倒れたな」


 男は黙っていた。


 一人で命を懸ける予定だった戦いは。


 三人になった途端。


 数秒で終わった。


     ◇


 少しして。


 男が魔物へ近づく。


 剣先で軽く確認する。


「……倒しているな」


「うん」


「早かったね!」


「ああ」


 男は立ち上がる。


 ピエナを見る。


「強いな」


「ほんと!?」


「ああ」


「やった!」


 素直に喜んだ。


 セインも男を見る。


「三人の方が楽だったな」


「ああ」


「じゃあ最初から一緒に戦えばよかったんじゃない?」


「それは違う」


 即答だった。


「何が?」


「俺が一人で残るべき場面だった」


「なんで?」


「そういう場面だったからだ」


 セインとピエナは少し考えた。


「でも三人ならすぐ終わったよ?」


「それは分かっている」


「じゃあ三人でよくない?」


「戦術的にはその方が正しい」


「じゃあ」


「だが!」


 男の声が強くなる。


「あの場面は違う!」


「違うんだ」


「違う」


 そこだけは譲らなかった。


「命を懸けて仲間を先へ進ませる者がいる」


「うん」


「残される側は、それを拒む」


「うん」


「だが最後には覚悟を受け取り、涙を堪えて先へ進む」


「なるほど」


「そこまで含めてだ!」


 男は本気だった。


 勝敗の話ではなかった。


 効率の話でもなかった。


 もっと別の何かを守っていた。


「じゃあさ」


 ピエナが聞く。


「私たちがちゃんと感動的に言ってたら、一人で戦ってたの?」


「ああ」


「危なかったよ?」


「ああ」


「死ぬかもしれなかったよ?」


「ああ」


「それでも?」


「ああ」


 男は迷わなかった。


 ピエナが少しだけ目を丸くする。


「……すごいね」


「そうか?」


「うん」


 ピエナは本当にそう思っていた。


 セインも少し考える。


「覚悟はすごいな」


「そうだろう」


「でも三人で戦った方がいいと思う」


「それとこれは別だ!」


 そこも譲らなかった。


     ◇


「じゃあ俺たち行くな」


 セインが言う。


「王国の勇者追ってるから」


「勇者?」


「ああ」


「そうか」


 男は頷く。


「なら急いだ方がいい」


「うん」


「今度こそ行っていい?」


「ああ」


 男が道を開ける。


「気をつけてな」


「ありがとう!」


「じゃあ」


 セインとピエナが歩き出す。


 三歩。


「待て!」


 二人が止まった。


「何!?」


「今の別れ方も違う!」


「まだあるの!?」


「さっきの流れがあったんだぞ!」


 男は真剣だった。


「もう少しこう……あるだろ!」


「例えば?」


「『またどこかで会おう』とか!」


「あー!」


「あるいは『次は一緒に戦おう』とか!」


 セインが言う。


「さっき一緒に戦ったぞ」


「そういう意味じゃない!」


 また難しくなった。


「じゃあ」


 ピエナが考える。


「またね!」


「軽い!」


「元気でね!」


「悪くないが、もう少し!」


「達者で!」


「年寄りみたいだ!」


「注文多いね」


「大事なところだからな!」


 結局。


 別れるまでに、少し時間がかかった。


     ◇


 二人は再び東へ進む。


「変な人だったね」


「うん」


「でも本気だったね」


「本気だった」


「一人で残ろうとしてたし」


「危なかったけどな」


「でもちょっと格好よかった!」


「そう?」


「うん!」


 ピエナは少し考えた。


「セインも言ってみたら?」


「何を?」


「ここは俺に任せて先に行け!」


「嫌だよ」


「なんで?」


「一緒に戦った方が早いだろ」


「それ言ったら怒られそう」


「怒るだろうな」


 二人は笑った。


 そして歩き続けた。


「ねえ」


「何?」


「今日、寄り道してないよね?」


 セインが止まる。


「……してない」


「戦ったけど」


「向こうからいた」


「じゃあ寄り道じゃない?」


「たぶん」


「やった!」


 二人の中で。


 寄り道の定義が、少しずつ広がっていた。

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