第11話 いい人だった
王国の勇者が、今朝この町を出た。
その話を聞いてから、セインとピエナの機嫌はかなり良かった。
「もうすぐ追いつくね!」
「ああ」
「今日ちゃんと歩けば、見えるくらいまで行けるんじゃない?」
「かもな」
「じゃあ今日は絶対寄り道しない!」
「昨日も言ってた」
「今日は昨日より本気!」
「それも聞いた」
ピエナは少し考えた。
「じゃあ今日は、昨日よりもっと本気!」
「増やせばいいと思ってる?」
「だめ?」
「分からない」
基準は曖昧だった。
ただし二人とも、本気ではあった。
町を出る前に、セインたちはもう少しだけ王国の勇者について聞いてみることにした。
追いかけている相手が、どんな人間なのか。
セインも少し気になっていた。
◇
「勇者様?」
宿屋の主人は、すぐに頷いた。
「立派な人だったよ」
「どんな感じ!?」
ピエナが身を乗り出す。
「どんなって……礼儀正しいし、気も利くし。昨日なんて町の北で暴れてた魔物まで倒してくれてね」
「魔物?」
「ああ。家より大きいくらいのやつだ」
「家より!?」
「街道近くまで下りてきてたんだ。荷車も何台か壊されてな」
「それ倒したの!?」
「勇者様たちがな」
ピエナの目が輝く。
「すごい!」
「強いな」
セインも素直に感心した。
「おかげで今日はもう普通に街道を通れる。あの人たちが来なかったら、しばらく閉鎖するところだったよ」
「町を助けたんだ」
「ああ」
ピエナがセインを見る。
「勇者ってすごいね!」
「そうだな」
「セインも昨日、人助けしてたよね!」
「うん」
「何してたっけ?」
「髪飾り探してた」
「あ、そうだ!」
「…………」
「すっごい似合うの見つかったよね!」
「見つかった」
「女の子も喜んでたし!」
「喜んでたな」
ピエナは満足そうに頷いた。
「じゃあ二人ともすごいね!」
「俺は勇者だからな」
「うん!」
比較する意図はなかった。
片方は大型魔物を倒して街道を救い。
片方は女の子に似合う髪飾りを探していた。
規模には、かなり差があった。
「勇者様は子どもにも人気だったよ」
主人が続ける。
「剣を見せてくれって囲まれてな」
「見せたの?」
「抜きはしなかったけど、鞘ごと持たせてやってた」
「優しい!」
「それから、荷物を運んでた婆さんも手伝ってたな」
「いい人だね!」
「いい人だな」
セインも頷く。
ピエナが少し不思議そうに首を傾げた。
「セイン、普通に褒めるんだね」
「何が?」
「だって追いかけてる相手でしょ?」
「そうだけど」
「ライバルなんだよね?」
「向こうは知らないけど」
「それは知ってる!」
「じゃあ何?」
「もっとこう……悔しくなったりしないの?」
「なんで?」
セインは本気で分からない顔をした。
「あいつ何も悪くないだろ」
「でも王国に勇者として選ばれたんでしょ?」
「王国が間違えただけだから」
「そこは変わらないんだ」
「本人は悪くない」
「そっか!」
ピエナは普通に納得した。
納得できるかどうかは別として、セインの中では筋が通っていた。
「そういや」
宿屋の主人が思い出したように言った。
「勇者様、昨日もう一つ人助けしてたぞ」
「何?」
「町外れの爺さんだ。脚を痛めててな。逃げた羊を探してほしいって頼まれたらしい」
「羊!」
ピエナが反応した。
「探したの?」
「いや」
「探してないの?」
「あの人たちは魔王討伐で急いでるからな」
主人は続ける。
「でも放っておかなかった。爺さんを町務斡旋所まで連れて行って、依頼を出す手伝いをしてたよ」
「へえ……」
「自分じゃできないから、代わりにやれる人を探したんだろうな」
ピエナが少し感心したように言う。
「ちゃんとしてるね」
「そうだな」
「セインだったら?」
「羊探す」
即答だった。
「やっぱり?」
「困ってるんだろ?」
「うん」
「じゃあ探す」
ピエナは笑った。
「二人とも助けるけど、やり方違うね」
「そうだな」
「勇者は次に行きながら助けて、セインは止まって助ける」
「……」
セインが少し考える。
「俺、追いつけるかな」
「どうだろうね!」
痛いところには触れていた。
本人に悪意は一切なかった。
◇
二人は町務斡旋所へ向かった。
「羊の依頼、まだあるかな」
「あるんじゃない?」
「なかったら?」
「誰かが助けたってことだろ」
「それならいいね!」
「うん」
町務斡旋所は、今日も変わらず真面目だった。
石造りの建物。
整然と並んだ椅子。
長い受付台。
掲示板には、何十枚もの依頼票。
そして職員は、全員きっちりした服装をしていた。
「羊……羊……」
ピエナが掲示板を探す。
「あった!」
――行方不明家畜捜索。
羊三頭。
依頼者は町外れに住む老人。
転倒による脚の負傷のため、自力での捜索が困難。
依頼提出補助――王国認定勇者一行。
「書いてある!」
「本当に勇者が繋いだんだな」
「受ける?」
ピエナが聞く。
セインは依頼票を見る。
「受ける」
「だよね!」
ピエナは嬉しそうだった。
「勇者が繋いだ依頼を、セインがやるんだ」
「変?」
「ううん。なんか面白い!」
「そう?」
「二人で一個助けてる感じする」
セインは少し考えた。
「……確かに」
本人同士は、まだ会ったこともない。
それでも一つの困りごとが、二人の間を繋いでいた。
「では受託申請をお願いします」
受付の職員が言った。
「また書くの?」
「当所の利用は初めてですので」
「昨日、別の町で書いた」
「こちらには記録がございません」
「同じ町務斡旋所じゃないの?」
「各町で管理しております」
「共有してないの?」
「しておりません」
「名前もまた書く?」
「お願いします」
「年齢も?」
「お願いします」
「住所も?」
「お願いします」
「……村」
「村名をお願いします」
同じところで止まった。
ピエナが笑う。
「まただ!」
「笑うなよ」
「昨日も同じことしてたじゃん!」
「今日は早く終わると思ったんだよ」
「必要事項は省略できません」
職員の口調は丁寧だった。
希望は通らなかった。
◇
羊探しは、思ったより簡単だった。
町外れの草地に、三頭分らしき足跡が残っている。
「こっちだね!」
「たぶん」
二人は跡を追った。
しばらくすると。
「メェー」
「いた!」
ピエナが指差す。
一頭の羊が、のんびり草を食べていた。
「一匹目!」
「捕まえよう」
「どうやって?」
「普通に」
二人で近づく。
羊が顔を上げた。
「メェー」
「可愛い」
「今度はちゃんと鳴き声と見た目が合ってるな」
「昨日の猪が変なんだよ!」
あと少し。
羊が二人を見る。
「メェー」
走った。
「逃げた!」
「速い!」
二人も走る。
「待ってー!」
「待たないだろ!」
「なんで動物って待ってくれないの!?」
「追いかけてるからだろ!」
羊は元気だった。
老人が怪我をした理由が、少し分かった。
「セイン! 糸!」
「あ」
指先から《粘糸》。
羊の前方へ回り込ませ、左右の木に張る。
羊が急停止した。
「メェ?」
「止まった!」
「今!」
二人でゆっくり近づく。
逃げ道を塞ぎ、なんとか捕まえた。
「一匹!」
「あと二匹!」
◇
二匹目は川辺にいた。
「今度は先に糸張ろう」
「学んだね!」
「一回逃げられたからな」
先回りして《粘糸》。
左右を塞ぐ。
羊が気づいた時には、逃げ道が少ない。
「メェー」
「捕まえた!」
二匹目。
「次も簡単そう!」
「このままいけるな」
成功した直後は、だいたいそう思う。
◇
三匹目はいなかった。
「足跡ここまであるのに」
「消えてるね」
二人は周囲を見る。
草。
木。
岩。
「メェー」
上から聞こえた。
二人が顔を上げる。
「…………」
「…………」
いた。
崖の途中。
細い岩棚の上に、羊が立っている。
「なんでそこにいるの?」
「聞いても分からないだろ」
「メェー」
「答えた!」
「鳴いただけ」
高さはそこそこある。
人が普通に登るには少し危ない。
ピエナがセインを見る。
「登れる?」
「今なら」
セインは岩壁へ手を当てる。
《吸着》。
手。
足。
一つずつ吸着させ、そのまま壁を登る。
ピエナが下から見上げた。
「……やっぱり蜘蛛みたい」
「羊見てて!」
「蜘蛛が羊助けに行ってる!」
「勇者!」
「勇者って壁にくっつくの!?」
「俺はくっつく!」
それは勇者の説明ではなかった。
セインは羊のところまで登る。
「よし」
「メェー」
「暴れるなよ」
「メェー」
「本当に暴れるなよ」
《粘糸》を羊の胴へ軽く巻く。
落下防止。
糸の反対側を岩に固定。
「ピエナ!」
「何!」
「下で誘導して!」
「分かった!」
少しずつ羊を下ろしていく。
「もうちょい右!」
「俺から見えない!」
「じゃあ左!」
「どっち!?」
「今は右!」
「さっき左って言った!」
「羊が動いたの!」
「羊、動くな!」
「メェー」
「返事はいい!」
かなり時間はかかった。
それでも羊は無事に地面へ降りた。
「三匹!」
「終わった!」
大きな魔物は倒していない。
街道も救っていない。
羊を三匹見つけた。
今日はそれで十分だった。
◇
三頭を連れて老人の家へ戻る。
脚に布を巻いた老人が、外で待っていた。
「おお……!」
三匹を見るなり、顔が明るくなる。
「全部見つけてくれたのか」
「うん!」
「一匹、崖にいたよ!」
「またあそこ登ったのか……」
「よく登るの?」
「たまにな」
「柵直した方がいいよ」
「直すとも」
老人は一頭ずつ羊を撫でた。
ようやく安心したらしい。
「昨日、勇者様にも頼んでしまってな」
「聞いた!」
ピエナが答える。
「斡旋所まで連れてってくれたんでしょ?」
「ああ」
老人が笑う。
「魔王討伐を急いでいるのに、わざわざ俺の歩く速さに合わせてくれてな」
「優しいね」
「立派な人だったよ」
セインも頷く。
「そうだな」
「でも、羊は探せなかったからって、申し訳なさそうにしててな」
老人は少し笑う。
「『自分ではできませんが、必ず誰かに繋ぎます』って」
ピエナがセインを見る。
「本当に繋がったね!」
「ああ」
「勇者が斡旋所まで連れていって、セインが羊見つけた!」
「そうだな」
「二人ともすごい!」
ピエナは本気でそう思っていた。
老人も頷く。
「どっちもありがたいよ」
セインは少しだけ笑った。
「ならよかった」
◇
二人は再び東へ歩き始めた。
「王国の勇者ってさ」
ピエナが言う。
「うん」
「すごいね」
「強いな」
「大きい魔物倒して、街道助けて」
「うん」
「お婆さんの荷物持って」
「うん」
「お爺さんを斡旋所まで連れていって」
「うん」
ピエナが今度はセインを見る。
「セインもすごいね」
「そうだろ」
「髪飾り探して」
「うん」
「羊探して」
「うん」
「ニャーって鳴く猪と戦って」
「それは人助けじゃない」
「あ、そっか」
少し考える。
「でも勝ったよね!」
「逃げたけどな」
「じゃあ半分勝ち?」
「何それ」
ピエナは笑った。
「勇者って色々やるんだね!」
「そうだな」
公式勇者は、大型魔物を倒して街道を救った。
セインは、髪飾りを探して、羊を三匹連れ戻した。
やっていることの大きさはかなり違う。
どちらも、困っている人を助けていた。
「ねえ」
「何?」
「今日って、勇者に追いつく予定だったよね?」
「…………」
セインが止まった。
「……そうだった」
「羊探したから、また少し離れたかな?」
「たぶん」
「どうする?」
セインは少し考えた。
「急ぐ」
「うん!」
二人は歩く速度を上げた。
数歩進んだところで、ピエナが振り返る。
「羊、ちゃんと帰れてよかったね!」
「うん」
「髪飾りの子も喜んでたし!」
「うん」
「じゃあまあいいか!」
「そうだな」
追いつく気はあった。
寄り道を後悔する気はなかった。
その二つが両立するかどうかは、まだ誰にも分からなかった。
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