勇者ではない私にできること
【第二章 第33話】
勇者である凛が、初めて人財屋の仕事に関わります。
誰かの悩みに耳を傾ける。
それは、戦うこととは違う力でした。
凛自身も、自分にできることを探し始めます。
翌朝、凛は人財屋を訪れた。
「直人、昨日の話なんだけど」
「昨日の話?」
「私にも何か手伝えることがないか、一緒に考えてくれるって言ったでしょ」
そう言いながら、凛は少しだけ気まずそうに視線をそらした。
勇者として王城で役割を与えられている彼女が、わざわざここへ来て何をしたいのか。
俺は改めて考えた。
「まずは、普段どんなことをしているのか教えてくれないか?」
「訓練や魔物への対応、あとは王城から頼まれた仕事かな。人と話す機会は多いけど、基本的には指示されたことをこなす毎日よ」
「それで、何か物足りない?」
「……そうかもしれない」
凛は小さくうなずいた。
「誰かを守ることは大切。でも、目の前で困っている人がいても、私ができることは限られている。そう感じることがあるの」
その言葉に、俺はすぐには答えられなかった。
勇者という肩書きがあれば、誰もが彼女を頼りにするだろう。
けれど、頼られることと、自分が本当に望むことは、必ずしも同じではない。
「だったら、今日は仕事を見ていくか?」
「いいの?」
「見学なら問題ない。もちろん、勇者だからって特別扱いはしないけどな」
「それは分かってる」
凛は少し笑った。
その表情を見て、俺もようやく肩の力が抜けた。
午前中、中央商会から連絡が届いた。
先日、俺たちが提案した新しい組織体制について、試験的な運用が始まるという。
まずは小規模な新規事業を立ち上げ、ガルドを中心に、数字に強い担当者や現場をまとめる人財を組み合わせる。
その準備のため、商会の担当者が人財屋を訪ねてきた。
「実は、もう一つ相談がありまして」
担当者は困ったように続けた。
「新しい事業の準備を進める中で、現場の若手が何人か、配置に不安を感じているようなのです」
「不安、ですか?」
「あの者たちは経験が浅い。新しい仕事を任されることに、戸惑いがあるようで……」
俺は話を聞きながら、ふと凛を見た。
彼女も黙って耳を傾けている。
「本人たちとは話しましたか?」
「いえ。責任者から聞いた話でして」
「では、まず本人たちの話を聞きましょう。適性だけで配置を決めても、本人が納得できなければ長続きしません」
俺たちは商会へ向かうことになった。
凛も同行したいと申し出た。
「私は話を聞くだけでもいい?」
「構わない。ただし、相手が話したくないことまで無理に聞き出す必要はないからな」
「分かった」
商会の事務所では、若い職員が三人、俺たちを待っていた。
一人は帳簿を抱えた男性。もう一人は現場担当の女性。そして、少し離れた場所に立つ、口数の少ない青年。
俺は順番に話を聞いた。
帳簿を抱えた男性は、数字の扱いには自信があるものの、人前で説明することが苦手らしい。
現場担当の女性は、人と協力するのは得意だが、失敗したときに自分を責めすぎるという。
最後の青年は、質問しても短い返事しか返ってこなかった。
「新しい仕事を任されるのが嫌なのか?」
俺が尋ねると、青年は首を横に振った。
「嫌というわけじゃありません。ただ……俺が失敗したら、周りに迷惑がかかるので」
「それが怖い?」
「はい」
俺は彼の能力を鑑定した。
だが、表示された適性だけで答えを出すことはしなかった。
「今まで、失敗したときに誰かに相談したことはあるか?」
青年は少し考えたあと、首を横に振った。
「ありません。自分で何とかしないといけないと思っていました」
そのとき、隣で話を聞いていた凛が口を開いた。
「私も、そう思っていたことがあるよ」
全員の視線が彼女に集まった。
「頼られる立場になると、弱いところを見せちゃいけないって思うことがある。でも、一人で全部抱えたら、できることまでできなくなってしまう」
凛は青年をまっすぐ見た。
「あなたが失敗しないことだけが、仕事の目的なの?」
青年は答えられなかった。
「失敗を防ぐ工夫は必要。でも、失敗を恐れて何もできなくなるのも違うと思う。相談できる相手がいるだけでも、少し変わるんじゃないかな」
その言葉に、青年はゆっくりとうなずいた。
俺は凛の横顔を見つめた。
彼女は特別な技術を披露したわけでも、能力を鑑定したわけでもない。
ただ、相手の気持ちを自分の経験と重ねて、言葉を届けた。
それが、彼女にできることなのかもしれない。
商会を出た帰り道。
「凛、さっきの言葉はよかったな」
「そう?」
「少なくとも、俺が聞くより本人に届いていたと思う」
「私は、自分が昔感じていたことを話しただけよ」
凛は少し照れたように笑った。
「でも、誰かの役に立てたなら、うれしい」
俺はその言葉を聞いて、ひとつ気づいた。
人財の価値は、鑑定に表示される適性だけで決まるわけではない。
経験から得た言葉も、誰かの心に寄り添う姿勢も、その人が持つ大切な力だ。
そして、それは必ずしも数値で表せるものではない。
「凛。これからも、こういう仕事に興味があるか?」
「うん。もう少し、見てみたい」
「じゃあ、また都合が合うときに来ればいい」
「ありがとう、直人」
その笑顔を見て、俺は思った。
彼女は勇者としての役割を捨てたいわけではない。
ただ、それ以外の自分にも、何ができるのかを知りたいのだ。
そして俺も、まだ知らない彼女の一面を見つけ始めていた。
人財屋の仕事は、人を適切な場所へ導くこと。
けれど、ときには――その人自身が、まだ気づいていない可能性を見つけることも必要なのかもしれない。
今回は、凛自身の「人を見る力」に少し焦点を当てました。
勇者だからできることだけが、凛の価値ではありません。
彼女がこれからどんな形で人財屋と関わっていくのか。
こちらも少しずつ描いていきたいと思います。
Amane




